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中央アジア関連資料収集の展望 ―ウズベキスタンを中心に―:アジア情報室通報 13巻3号

アジア情報室通報 第13巻3号(2015年9月)
帯谷 知可(京都大学地域研究統合情報センター准教授)

アジア情報室では、資料収集が困難な地域の蔵書構築の参考とするため、定期的に外部有識者の意見を聴取している。平成27年3月5日、帯谷知可 京都大学地域研究統合情報センター准教授をお招きし、中央アジア地域で刊行された資料を収集する際の留意点をお話しいただいた。本稿はその概要である。(関西館アジア情報課)

1. 中央アジア及びウズベキスタンの概要

1.1. 地理的範囲・文化的背景

現在、中央アジア諸国というと、一般的にはウズベキスタン、カザフスタン、キルギス[1]、トルクメニスタン、タジキスタンの旧ソ連中央アジア5か国を指すことが多い。歴史的な呼称としての中央アジアの範囲はこれに留まらず、例えば中国の新疆ウイグル自治区は、中国領中央アジアと呼ばれることがある。旧ソ連領中央アジアを西トルキスタン、中国領中央アジアを東トルキスタンとも言う。さらにその外側に、現在の国境を越えて、共通の歴史的・文化的要素を持つ人々の暮らす地域が広がっており、アフガニスタンやイランなどの一部も含めて歴史的文化的中央アジアが想定されることもある。

図1 旧ソ連中央アジア諸国

(出典)Caucasus and Central Asia (Political) 2009 , Asia Maps, Perry-Castañeda Map Collection, UT Library Online (http://www.lib.utexas.edu/maps/middle_east_and_asia/caucasus_central_asia_pol_2009.jpg) を基に筆者作成。

旧ソ連中央アジアに目を向けると、この地域の文化的な基層としてまず、遊牧文化とオアシス定住農耕文化がある。現在の国名になっている民族でいえば、遊牧民の伝統を持つのはカザフ人、キルギス人、トルクメン人である。一方、ウズベク人とタジク人はオアシス定住民である。

言語は、テュルク語系が主であり、タジク語のみペルシア語系である。現在のウズベキスタンを含む中央アジア南部地域では、かつてペルシア語系の言語が主に使われていたところへ、テュルク語系の言語をもつ遊牧民が進出し征服した結果、徐々にテュルク語系の言語が使われるようになった。「テュルク化」と呼ばれる現象である。

このテュルク化は8~10世紀に進行したとされるが、ほぼ同時期に、アラブ人の侵攻によってイスラームがもたらされ、ゾロアスター教や遊牧民に顕著に見られた祖先崇拝、アニミズム、シャーマニズムなどの信仰を持った人々がイスラームを受容し、徐々にイスラーム化が進んだ。以来現在に至るまで、この地域の人々はムスリム(イスラーム教徒)であるという自己認識を有してきた。

さらに、19世紀以降、ロシア帝国による征服とロシア革命を経て、上記の伝統文化の基層(遊牧文化/オアシス定住農耕文化、テュルク語文化/ペルシア語文化、イスラーム文化)に、征服者であるロシア人の文化とソヴィエト文化が重なることとなった。特に、ソ連時代には社会主義的近代化という大きなプロセスを経験した。そのもとで遊牧民の定住化が行われ、中央アジア諸語は近代的な言語として整備されると同時にロシア語が深く浸透し、無神論教育のもとでイスラームの影響も著しく薄められた。1991年、中央アジアの国々はソ連解体によって独立国となったが、四半世紀を経ようとしている現在、いずれの国も、まだ国づくりの途上にあるといってよい。そのことは、例えば、ソ連時代に徹底して行われた世俗化政策の影響から、ムスリムであるとの意識を持ちながら信仰実践にほとんど関心のない人々がいる一方で、ソ連解体後、イスラーム復興が非常に多様な形で進行するという状況にも現れている。

1.2. 自由度評価と出版事情

さて、日本人にとってあまりなじみのない中央アジア諸国に対して多少なりとも具体的なイメージを持っていただくために、フリーダムハウス(Freedom House)による自由度評価を示してみよう。この機関は、政治的権利及び市民的自由の観点から、毎年、世界各国の自由度を点数化して評価している[2]。欧米基準の一律的評価を安易に用いることには問題もあるが、あくまでも参考として、中央アジア5か国の評価をみてみたい。

2015年の評価によれば、ウズベキスタンとトルクメニスタンは、政治的権利、市民的自由、総合評価のいずれも最低点の7がついており、北朝鮮と同点である。つまり自由度がほぼないと評価されている(実際にウズベキスタン現地を見ている者の目からすると、この評価には疑問を禁じえないし、政治体制の質的な違いなども捨象されてしまう)。一方、政治学的な研究などでは「権威主義体制」に分類されることの多い中央アジア5か国の中でも、カザフスタンとキルギスは前者2か国に比べればやや評点が高くなっている。これは私個人がカザフスタンやキルギスを訪れた時の感覚とも一致するところであり、例えば、街中に新聞・雑誌などの出版物が豊富にある、多様な民間テレビチャンネルがある、政権批判のできる真の意味での野党が存在している、といった点で違いが見られるのである。

中央アジア現地での出版事情や現地出版の書籍の日本への輸出状況は、言論の自由や民間経済活動の自由と密接な関係があるので、こうした全体的な自由度の高さとも連動しているだろう。

1.3. ウズベキスタンの文字改革

ウズベキスタンの人口は2893万人程度(2014年)と推定され、そのうち200万人以上が首都タシュケントに集中している。2002年の民族構成は、ウズベク人(約78.8%)、タジク人(4.9%)、ロシア人(4.3%)、 カザフ人(3.9%)、カラカルパク人(2.2%)、キルギス人 (0.9%)などである。

独立後のウズベキスタンでは、政治的には民主化、経済的には市場経済化の推進が目標に掲げられ、ロシア・ソ連文化に対して距離を置きつつ、新たな国民文化を作り上げ、国民統合を進めようとする政策が様々な分野で行われた。その中で、国語であるウズベク語の文字について、ロシア語と同じキリル文字の使用を廃止し、ラテン文字に移行する文字改革が行われた。1993年に現代トルコ語に倣ったと思われるラテン文字アルファベットが公表された。そこには「ş」「ç」など現代トルコ語と同じ文字が含まれていたが、わずか2年後の1995年にはその改訂版が発表され、「ş」「ç」が「sh」「ch」に置き換えられた。これによって通常の英語用キーボードで入力可能なアルファベットとなった。翌1996年から小学校でのラテン文字教育が始まり、2000年までにラテン文字への完全移行達成が目標とされたが、大人に対する識字教育や国中の各種表示物や看板の付け替え、出版物の表記変更など、時間と費用のかかる事業であり、移行完了年は、5年ずつ2度延長された。2015年現在、街中の表示等はおおむねラテン文字となったが、一部にはキリル文字表記も残っており、文字改革が完了したとは言い難い。

実は、ウズベキスタンは20世紀中に3度文字改革を経験している。20世紀のウズベク語の文字の変遷の例として、ソ連時代初期の『クズル・ウズベキスタン(赤きウズベキスタン)』という新聞を紹介してみよう(図2)。

図2 「クズル・ウズベキスタン」の表記の変遷

図2の写真は、この新聞の題字の部分であり、アラビア文字で書かれている。当時、中央アジア諸語は、アラビア文字で表記されており、1927年まではソ連体制の下でもアラビア文字が使用されていたが、ソ連領内のムスリムとその外側のイスラーム世界との結びつきを遮断する目的で、テュルク系言語の文字をラテン文字に切り替える政策がとられた。写真は、アラビア文字からラテン文字への移行期の号であるため、アラビア文字題字の下に、小さく当時の正書法によるラテン文字で「クズル・ウズベキスタン」と書いてある(丸で囲った部分)。その後、ロシア化の傾向が強まり、1940年にはすべてキリル文字に変更された。そして、20世紀中の3度目の文字改革として、独立後、再度ラテン文字に変更されたのである。図2の写真の下に示したのが、新聞タイトルのキリル文字表記と独立後のラテン文字表記である。現在のラテン文字表記は1920年代のものとはかなり異なる。そのままローマ字風に読むと「オズベキストン」となるように見えるが、これが現在の正式な綴り方である。

こうした独立後の混乱含みの文字改革のプロセスもウズベキスタンの出版事情に少なからぬ影響を与えている。

2. 出版及び資料流通の状況

2.1. ソ連時代及びソ連解体直後

ソ連時代は、ソ連を構成する各共和国の出版物の情報はモスクワに集約されており、それら出版物のソ連国外への輸出もすべてモスクワが窓口であった。また、中央アジア関連の研究や出版は連邦中央でも行われていたので、中央アジア関連の学術書の多くはモスクワやレニングラード(現サンクトペテルブルグ)などでも出版されており、むしろそちらのほうが権威が高かったとさえ言える状況があった。

日本では、ソ連の出版物専門の代表的な書店として、ナウカ、日ソ図書があった。研究者は、これらの書店がソ連から得た出版情報をもとに独自に作成するカタログによって、学術書、定期刊行物、資料集などを発注していた。それらの書店経由で新聞や雑誌の定期購読も、入手に時間はかかるものの、基本的には可能で、その中にはソ連の各民族共和国の主要な新聞も含まれていた。

一方、中央アジア現地での資料収集は困難であった。ソ連に行くこと自体が観光目的以外では容易ではなく、民族共和国に行くことはなおさらであった。また、現地が訪問できたとしても、ソ連からの物の持ち出しには種々の制限があったため、個人的に数多くの資料を収集し、持ち出すことも概して困難を伴った。そのため、現地で組織的かつ大規模に資料収集を行うようなことは、特別のルートを介する以外には、不可能だったといってよい。

ソ連解体後は、かつてのソ連全域に及ぶネットワークが消失し、それまでモスクワで統括されていた出版情報網が完全に断絶されたようである。出版状況も国ごとに異なるようになった。ソ連解体直後は非常に混乱が大きく、過酷な経済危機に見舞われた国もあった。インフレがひどく、ソ連時代の物流や、需要供給のネットワークが失われ、中央アジアで私自身も、紙や文具がない、コピー機が壊れても部品が調達できないといったことに多々出会った。ソ連時代に「民族語」とされた各共和国の言語の国語化や文字改革の影響による混乱、出版に対する躊躇も見られた。出版業自体がさまざまな理由で低調となった。

そのような中、生活のために蔵書を売る者が現れたり、公の機関に所蔵されていたコレクションが混乱に乗じて市場に出回るようなことが起き、それらが西側諸国に流れるという状況も生じた。一例をあげれば、ソ連では軍事機密とされ、きわめて限られた場所でしか閲覧できなかったソ連軍参謀本部作成の地勢図コレクションが一気に市場に出たことがあった。京都大学地域研究統合情報センターの前身である国立民族学博物館地域研究企画交流センターも、日本の書店経由でこの地勢図コレクションのうちの中東諸国、中央アジア諸国、ロシアなどの国別地図を購入した経緯がある。現在、East View Geospatial(以前の社名はEast View Cartographic)というアメリカに拠点を置く会社がロシアと契約を結んでこの地図のデジタル版を正式に販売するに至っている。

2.2. 混乱の沈静化後

ソ連解体後の混乱が沈静化してくると、出版業界の市場化・市場経済化が進み、旧ソ連圏でも多くの民間の出版社が出現した。特にロシアでは、非常に多くのジャンルで、かつてのソ連製の本とはまったく趣を異にする、装丁の美しい書籍が一気に出回るようになり、かなりの短期間で出版業界は市場化され、町の書店も活気を帯びている様子がうかがえる。

ソ連時代に秘密扱いであった資料が市販化される動きもあり、例えば、「ソ連共産党秘密文書集成」というコレクションなどは、欧米系の大手出版社がロシアの複数の文書館と協定を結び、それらが所蔵するかつてのソ連共産党関連の秘密指定を受けていた資料をマイクロ化して販売しているものである。

ロシアと比べると、中央アジアはそれほど活発とは言えないが、カザフスタンやキルギスでは民間の出版社がビジネスを展開するようになってきているようだ。最近では、民族の歴史や伝統の再評価の観点から、ロシア帝政期やソ連時代にロシアの民族学者らがカザフスタンやキルギスについて残した業績を復刻出版する動きなども盛んである。

一方、ウズベキスタンでは、公の検閲は廃止され、多様な出版物が出るようにはなったが、出版物に当局が目を光らせており、また国営出版社のシェアが大きいこともあって、出版業の市場化が健全に進んでいるとは言い難い。それでも、独立後のナショナリズムを反映して、ウズベク人とウズベキスタンの歴史を題材とした書籍は多数出版されている。

ソ連解体後、人々の新たな関心・志向も出版状況に反映されている。例えば、ロシアでは、ソ連時代にはなかったような、軽快な恋愛小説や、超常現象、オカルト、フィットネスなどに関する本、各種ハウツー本、ファッション雑誌などが出版されるようになった。また、西側諸国の古典・現代文学などもロシア語訳が続々と刊行されており、それらはロシア語読者を想定して中央アジアにも流通している。その一方で、消費者側の活字離れという社会問題も生じている。

しかし、各地で様々な資料が出版されるようになった一方で、それらの出版情報はほとんど共有されておらず、ある研究者の言によれば、ロシアのモスクワとサンクトぺテルブルグの間でさえ、どのような学術書が出版されているかという情報が共有されていない。中央アジアでもしかりである。

そのため、出版情報は、専ら研究者間の個人的なコネクションを通じて把握されることになり、特に、学術出版物の出版情報は、体系的な入手が困難である。ソ連時代は学術出版そのものも、出版情報の集約も、国家の保護と管理があって体系的に行われていたが、現在はそれがまったくなくなってしまった。出版物の通信販売は今や世界的に活況を呈しているが、ウズベキスタンなどでは、Amazonのようなオンライン書店を通じた販売・購入に関してもインフラがまだ整備されておらず、Webサイトから多少の出版情報を得ることはできても、実際に、Amazonで出版物の売買をすることは難しい。

3. 資料収集の主な方法

3.1. 書店経由の購入

以前に比べ、個人が資料収集できる可能性は広がってきたが、情報が少ないのが辛いところである。現在、中央アジア関連の資料を収集するルートとしては、まず日本の書店経由が考えられる。地域研究の分野では、学術書、地図、統計、新聞、雑誌などが必要な出版物である。なお、歴史研究で最も重要なものは現地の文書館などに所蔵される一次資料であるが、そうした資料は現地に行って閲覧するしかない。

日本の主な書店は、かつてソ連の専門店であったナウカ・ジャパン(以前の社名はナウカ)と日ソ(以前の社名は日ソ図書)である。ナウカ・ジャパンの拠点は東京のみであるが、日ソは東京と大阪に拠点がある。この2書店が最大手で、それぞれカタログも作成しており、研究者はそれを定期的にチェックする。ここ数年の新規参入として、東京に拠点を置くドナウ・トゥ・アムール書店があり、ドナウ川からアムール川の間の地域をカバーしているとのことである。

ナウカ・ジャパン、日ソともに、カタログに掲載する体系的な出版情報は、かつてのコネクションを生かしてモスクワで入手しているようである。ロシアで出版される本については、出版予定情報も含め、定期的にカタログが発行され、それを見て発注できるわけだが、これはロシアの出版物と、ロシアに集められた出版物にほぼ限定されているという印象である。

日ソやドナウ・トゥ・アムール書店は、中央アジア諸国やコーカサス諸国で、不定期のようではあるが、現地収集をしている。現地で本を買い付け、日本に送り、カタログ化した上で販売している。この方法は、在庫があるものを買う形になるため、散発的であり、買い付けた分が売り切れれば入手不可となる。

つまり、現状としては、ロシア国内で刊行された、あるいはロシアに集められた中央アジア関連資料であれば、事前に情報を得て、発注して買うことが可能であり、出版予定情報もある程度入手できる。一方、ロシア以外で出版されたもの、ロシアに送られなかったもので書店が現地収集したものは現品限りにならざるを得ない。今まで見てきたところでは、ナウカ・ジャパンも日ソもカザフスタン、キルギスの出版物を比較的多く扱っているようである。これはロシアの出版界がカザフスタン及びキルギスの出版界とコネクションが強いことや、両国の経済活動の自由度が高いことが理由であると思われる。ウズベキスタンの出版物も時々扱われることがあるが、タジキスタン、トルクメニスタンの出版物に至っては、書店経由での情報はほとんどない。

なお、ソ連時代に出版された中央アジアに関連あるテーマの古本については、東京にあるビブリオや穂高書店が作成している古書カタログで時々目にすることがある。ナウカ・ジャパンやビブリオはかなり多くのロシア語古書を持っているようであり、特定の関心分野があれば個別に問い合わせてみるのもよいかもしれない。ナウカ・ジャパンや日ソは在庫資料のカタログも定期的に出している。

3.2. 現地収集

一方、現地収集については、ソ連解体以降、門戸が開かれた。研究機関によっては現地での資料収集を目的とした海外出張が制度化されているところもあるが、大学などでは難しいので、海外出張に行った際に購入している。地域研究に役立つ資料を入手するためには、やはり現地収集がどうしても必要である。

ウズベキスタンで私が資料を購入するのは、書店・古書店、研究所や科学アカデミーの書籍部(そこには最新の学術書や著名な研究者の著作が陳列されていて、入手できることも多い)であり、街中の露店や宗教関連施設の売店などで掘り出し物に出会うこともある。が、むしろ収穫が大きいのは、個人的な伝手による入手で、蔵書家からこちらの関心に即して譲ってもらうケースや、あらかじめこちらの関心を伝えて本を集めておいてもらうこともある。カザフスタン、キルギスでもほぼ同じ状況だと思われるが、両国ははるかに書店の数が多く、品ぞろえが豊富である。

現在も出版物の国外持ち出しに制限があることがあり、発行年によって制限がかかったり、百科事典、辞書、教科書類は持ち出せないなど、国によって様々である。また頻繁に制限の内容が変わるので、その都度確認する必要がある。郵便局から小包(陸送便、航空便)やEMS(国際スピード郵便)で送れる場合もあれば、数が多い時などは郵便局では受け付けてもらえず、運送業者に国際輸送を依頼することになる。リスト化して国外持ち出し許可を得なければならないこともある。従って、買うことは比較的簡単だが、個人で大量の本を持ち帰るにはかなり手間と時間がかかることも覚悟しなければならない。

ウズベキスタンの例をもう少し挙げると、ここ数年、目に見えて出版点数が増えているようである。ただ、書店に多くの種類の本が並ぶのはほぼ首都タシュケントに限られ、地方に行くと大規模な書店自体がほとんどない。

ウズベキスタンでは、ほぼ国営と言ってもよい出版社シャルク(「東方」の意)が大きな勢力を持っている。首都タシュケントの中心部に直営の書店「シャルク」を持ち、他の追随を許さない印象である。政権の側では、独立後の新たなウズベキスタンの正史編纂に非常に力を入れており、「シャルク」にもウズベキスタンとウズベク民族の歴史、民族の伝統を礼賛するような本が多数並んでいる。

3.3. 国際的資料共有の試み―「トルキスタン集成」のデジタル化・データベース化―

デジタル化による資料収集と国際的な資料共有の試みの事例として、「トルキスタン集成[3]」というコレクションのデータベース化の試みを紹介したい。

「トルキスタン集成」とは、ウズベキスタン共和国ナヴァーイー記念国立図書館の希少本室に保管されている資料集成で、ロシア帝政時代の立派な革製本の資料594巻から成る。中央アジアはロシアが最後に征服した植民地であり、中央アジア行政に携わるロシアの軍人や行政官が中央アジアの事情を知るための百科事典を作るという構想のもと、当時ロシアやヨーロッパで発行された刊行物が可能な限り集められ、単行本、新聞・雑誌記事、統計資料、地図、図版など様々な資料が収集・再製本された。

「トルキスタン集成」は、ソ連時代にマイクロ化されていたが、最初に私が訪れた1999年当時、ナヴァーイー記念国立図書館ではマイクロ資料を閲覧する機械が壊れており、修理も補充もできない状態であったため、閲覧者には現物を提供していた。19世紀後半から20世紀初頭のコレクションであるため、ページを開くと時に紙がこぼれ落ちるほど状態が悪く、資料の行く末が案じられた。このような状況下で、資料をデジタルカメラで撮影しそのコンテンツを保存するアイデアが出され、現地出版社のイニシアチブのもと、国立図書館希少本室の責任者の賛同も得て、3年ほどかけてコレクションの全ページが撮影された。

希少資料を所蔵する機関と、資料の価値や保存の重要性を認識する研究者や研究機関、そして、出版社やデジタル撮影・ファイル加工等の技術を持つ(できれば現地の)人々の3者がうまく合意できれば、希少資料を共有するある種のアリーナができる。研究者や研究機関はプロジェクトを提案し、所蔵機関はデジタル複製の許可を出し、出版社はデジタル撮影を自ら行ったり、そのノウハウを所蔵機関に教えてデジタル・ファイルを作るのである。出来上がったファイルは3者で共有する。

ケース・バイ・ケースであるが、関係者間の合意ができれば、権利の問題を解決し、希少資料のデジタル版のインターネット公開やデータベース化が可能となり、国際的な共有につながると考えている。「トルキスタン集成」の場合は、比較的順調に話が進み、作成したデジタル版のうち1セットはウズベキスタン共和国ナヴァーイー記念国立図書館に引き渡され、もう1セットを、当時私が所属していた日本の国立民族学博物館地域研究企画交流センターの所蔵資料にすることができた。

当初、デジタル版CD122枚は同博物館の図書室で利用できるのみであったが、2006年に地域研究企画交流センターの再編に伴って京都大学地域研究統合情報センターに移管されてからデータベース化に着手した。このデータベースは、希少資料の所蔵機関単独では資料の保存・公開が困難な状況で、そのコンテンツを保存し、国際的に共有する事例として意味があると位置づけられ、さらに、現地との協働による非収奪的な資料収集の方法としても評価を受けている。

現在、京都大学地域研究統合情報センターのWebサイトでデータベースを公開しており、検索窓にキーワードを入れると、関係する書誌が表示され、資料PDFが登録されているものは、学内限定ではあるが、その画像を見ることができる。今後は、より魅力的なデータベースにするため、リニューアル版の作成と公開を目指している。地域研究統合情報センターでは、情報学を地域研究に活用する試みとして地域情報学の構築が進展中であり、そこで作成されたツールなどを組み込んで、通常の図書館の所蔵目録データベースとは異なる形で、時空間情報による検索やキーワードの連鎖による検索ができ、コレクションの意味世界を提示できるようなデータベースの新しい展開を考えている。

おわりに

これまで述べたように、日本国内で、中央アジア各国で刊行される資料について、出版情報を体系的に把握し、資料を発注することは極めて難しいのが現状である。そのような状況で研究者あるいは図書館が資料収集に取り組む場合は、下記の方向性が重要であると考える。

  • 1. 現地で出版情報の提供者(個人あるいは機関)を確保し、できれば日本の書店との連携を促すこと。そして、これにより現地の出版情報をより効率的かつ体系的に得ること。
  • 2. デジタル技術の利用により、文字資料だけでなく映像(記録映像、ドキュメンタリーを含む映画作品など)や写真・ポスターなどの非文字資料も収集すること。
  • 3. いずれの場合も、現地の人々との協働が不可欠である。これにより、紙資料の入手だけでなく、デジタル化による資料の共有、保存、相互活用を進めることができる。

(おびや ちか)



[1] 日本の外務省、新聞等の表記に倣い、本稿では「キルギス」を用いる。ただし、中央アジア研究者の間では、民族名である「キルギス」を国名として用いるのは正確ではないとの認識がある。また、現地の発音を尊重すれば、「クルグズ」という表記がよりよく、研究者の間では「クルグズスタン」の国名を用いることが通例となっている。

[2] Freedom in the World(Freedom House) https://freedomhouse.org/report-types/freedom-world

[3] 京都大学地域研究統合情報センター「「トルキスタン集成」データベース」 http://app.cias.kyoto-u.ac.jp/turkestan/ 「トルキスタン集成」はロシア帝政期の19世紀後半から20世紀初頭にかけて収集された、当時の中央アジアに関する資料集成。全594巻、索引5点から成る。資料集成としてはウズベキスタン共和国ナヴァーイー記念国立図書館所蔵の1セットが存在するのみ。デジタル複製版(CD122枚)を京都大学地域研究統合情報センターが所蔵している。

 

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