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関西館アジア情報室が所蔵するベトナム語資料について:アジア情報室通報 14巻4号

アジア情報室通報 第14巻4号(2016年12月)
下條 尚志(京都大学東南アジア研究所機関研究員、前 国立国会図書館非常勤調査員)

はじめに

筆者は、平成27(2015)年4月から平成28(2016)年3月にかけて、国立国会図書館の非常勤調査員として、同館関西館アジア情報室(以下、「アジア情報室」とする。)で所蔵しているベトナム語資料の蔵書評価及び整理等を行った。

本稿では、上記の作業を通じて得られた知見に基づき、アジア情報室所蔵のベトナム語資料について、その内容の傾向を考察し、特長及び改善が望まれる点等を指摘したい。

1. 収集方法

近年、アジア情報室は、年間100~200冊程度のベトナム語図書を収集している。これらは、①米国議会図書館の東南アジア共同収集プログラム(Cooperative Acquisitions Program for Southeast Asia、以下「CAP-SEA」とする。)による購入、②世界各国の外国語図書を取り扱う日本の書店からの購入、③現地図書館からの交換・寄贈を通じて収集されたものである。

アジア情報室は、平成16(2004)年から、CAP-SEAによるベトナム語図書の収集を開始し、これにより、多分野にわたるベトナム語の新刊図書を効率的に収集できるようになった。近年では、収集図書の約8割を同プログラムを利用して収集している。CAP-SEAによる資料収集傾向は、アジア情報室のベトナム語資料の内容に大きな影響を及ぼしている。

2. 蔵書構成とベトナムの出版状況

最初に、アジア情報室におけるベトナム語図書の構成を見てみよう。平成28(2016)年1月現在のベトナム語図書は計3,316冊で、その分野別内訳は表のとおりである。

表 アジア情報室所蔵ベトナム語図書の分野別書誌数
(平成28(2016)年1月現在)
分野冊数割合
歴史・地理 998 30.1%
芸術・言語・文学 786 23.7%
経済・産業 505 15.2%
政治・法律・行政 480 14.5%
社会・労働 200 6.0%
科学技術 156 4.7%
哲学・宗教 100 3.0%
学術一般・ジャーナリズム・図書館・書誌 44 1.3%
教育 38 1.1%
その他 9 0.3%
総計 3,316 100.0%

最も多いのが、「歴史・地理」分野(998冊、30.1%)である。この分野には、ベトナムの前近代史・近現代史、民族学・文化人類学・考古学的研究、地誌、地図、またホー・チ・ミンをはじめとするベトナム共産党指導者の伝記など、幅広い分野の人文社会系書籍が含まれている。

2番目に多いのが、「芸術・言語・文学」分野(786冊、23.7%)である。この分野には、ベトナムの古典文学や現代文学、文芸批評、外国文学の翻訳、詩集、伝統芸能の概説書、辞書などがある。

3番目に多いのが「経済・産業」分野(505冊、15.2%)である。この分野は、ベトナム共産党の経済思想や1986年に打ち出されたドイモイ(経済刷新)路線以降の企業・経営、運輸・通信、工業、農業・林業・水産業等各種産業の政策やその問題、また各種統計資料等が含まれている。

「経済・産業」分野とほぼ同程度に多いのが、「政治・法律・行政」分野(480冊、14.5%)である。この分野には、ベトナム共産党政府の統治機構や、ドイモイ路線以降に整備されてきた各種法令、法令に関する概説・研究書が含まれている。

以上の4分野が、全体の80%強を占めているが、すべての分野において、共産党関連の文献が含まれている。具体的には、「国家政治出版局(Nhà xuất bản Chính trị quốc gia)」、「人民軍隊出版局(Nhà xuất bản Quân đội nhân dân)」といった党・政府、軍系の出版局の刊行物である。

なお、表1には含まれていないが、アジア情報室では、共産党機関紙のNhân dân(人民)【Y741-SN-5】[1]やQuân đội nhân dân(人民軍隊)【Y741-SN-4】、Tập chí cộng sản(共産雑誌)【Y741-ZS-7】、また学術誌のTập chí dân tộc học(民族学雑誌)【Y741-ZS-16】などの、各種新聞、雑誌を所蔵している。

ここで、ベトナム国内の出版状況を簡単に紹介しておきたい。日本とは異なり、研究書やジャーナリズムのような分野では言論の自由が保障されておらず、党・政府の検閲が実施されている。学術誌を発行する学術機関や、時事ニュースや娯楽情報を提供する各種メディアは、党・政府の管轄下に置かれているため、国家の主張とは異なる私人の自由な見解を表明することは難しい状況にある。

とはいえ、近年こうした出版状況は変化しつつあることも指摘しておきたい。ドイモイ路線以降、アカデミズムの世界では、旧東側諸国以外の国々への留学者が増加している。以前は主流であったソ連・中国式の経済学、歴史学、民族学は影を潜めつつあり、アメリカやオーストラリアなどの英語圏の研究が取り入れられ、良質で自由度の高い研究書が出版され始めている。海外の研究者や越僑(海外在住ベトナム人)が執筆した書籍、また、仏領インドシナ時代(1887~1954年)、南ベトナム(ベトナム国、ベトナム共和国)時代(1954~1975年)に刊行されていた書籍が検閲を通過し、一般書店に陳列されるようになっている。ベトナム国内で発刊されている党・政府系新聞の記事には、党幹部の汚職や個別の政策に対する批判が展開されることもある。

3. 蔵書の特長

アジア情報室のベトナム語蔵書の特長としては、次の3点が挙げられる。

第1に、個人では入手困難な高額の文献(辞書、図鑑、地誌、写真集、古文書の写本など)が充実していることである。

例えば、前近代ベトナムの文書の読解に欠かせないĐại tự điển chữ Nôm(チューノム大字典)【Y741-T260】、伝統医学に使用される薬草がイラスト付きで紹介・説明されているTừ điển cây thuốc Việt nam(ベトナムの薬用植物辞典)【Y741-V75】、ハノイの歴史に関係する貴重な写真と説明が掲載されたThủ đô Hà Nội(首都ハノイ)【Y741-TS-378】、かつてベトナム中部にチャンパー王国を築いたチャム人に関する博物誌Du khảo văn hóa Chăm(チャム文化の遍歴)【Y741-N297】、19世紀ベトナム社会を知るための貴重な写本Khoa bảng Trung Bộ và Nam Bộ qua tài liệu mộc bản triều Nguyễn(グエン朝木版資料から見える中部・南部科挙試験合格者)【Y741-TS-354】などがある。これらは、ベトナムの歴史と文化に関心を持つ研究者が参照すべき貴重な資料である。

第2に、党・政府及び軍に関する歴史、政治分野の文献が多いことである。

例えば、著名な軍人の人物伝Đại tướng, tổng tư lệnh Võ Nguyên Giáp, vị tướng của hòa bình(ヴォー・グエン・ザップ大将、総司令官、平和の名将)【Y741-TS-218】、共産党創立から現在までの活動を総括した記念誌80 năm Đảng cộng sản Việt Nam, 1930-2010(1930~2010年のベトナム共産党80年)【Y741-TS-98】、ベトナム戦争期(1954~1975年)の革命戦争史Lịch sử Kháng chiến chống Mỹ, cứu nước, 1954-1975(1954~1975年の抗米救国史)【Y741-TS-408】など、党・政府が編纂した歴史書が豊富にある。また、現ベトナム共産党書記長グエン・フー・チョン(Nguyễn Phú Trọng)著Quyết tâm cao, biện pháp quyết liệt, nhằm tạo chuyển biến mới về xây dựng Đảng(党建設について新たな変化を目指す強い決心と思い切った措置)【Y741-TS-406】や、中央政府および地方政府の閣僚人事名簿が掲載されているChính phủ khóa XII và chính quyền cấp tỉnh nhiệm kỳ 2004-2011(2004~2011年任期の第12期政府と省政権)【Y741-TS-194】など、現代ベトナムの政治動向を理解するために欠かせない最新の政府刊行物が揃っている。

第3に、ベトナムの伝統文化や少数民族に関連する資料が数多く所蔵されていることである。

特に、 伝統衣装の変遷を扱ったTrang phục Việt Nam : dân tộc Việt(ベトナムの衣服―ベト族)【Y741-D233】や、仏領時代の人々の生活や地図、建造物に関する写真集Một số tư liệu quý về Hà Nội(ハノイに関する貴重資料)【Y741-TS-281】、現代絵画を紹介したMỹ thuật Việt Nam, thời kỳ 1975-2005(1975~2005年のベトナム美術)【Y741-T313】、少数民族の物質文化についてのTừ điển hiện vật văn hóa các dân tộc Việt Nam : dựa trên bộ sưu tập của Bảo tàng Dân tộc học Việt Nam(ベトナム諸民族の文化物辞典―ベトナム民族学博物館の収集品に依拠して)【Y741-N654】は、ベトナム語を解さない読者も、掲載された多数の写真や図像を通じて、ベトナムの社会や文化への理解を深めることができる。

最後に、CAP-SEAによる収集の利点を指摘したい。米国議会図書館は、インドネシアの首都ジャカルタに事務所を設け、東南アジア各国の文献収集を行っている。同事務所は、ベトナムにおいて現地図書の提供者、交換パートナーとの間でネットワークを構築し、毎年、数千点もの新刊図書を入手している[2]。アジア情報室は、このCAP-SEAから提供される情報をもとにして、ベトナムや日本の書店による情報だけでは把握できない多様な分野の新刊書籍を、効率的に収集している。

4. 充実が望まれる資料

筆者は、平成21(2009)年9月から平成24(2012)年3月まで、調査研究を目的にベトナムに留学し、現地の図書館や書店、また個人所蔵の文献資料を収集した。筆者がベトナムでの資料収集を通じて得た知見をもとに、アジア情報室で今後充実が望まれる資料を3点挙げたい。

① 党・政府系以外の資料

前述のように、近年ベトナムにおいて刊行されている学術書は、海外の新しい研究動向を取り入れたものが増えてきた。出版過程には依然として政府による規制が働いているものの、従来は禁書扱いにされていた書籍が、近年では検閲を潜り抜けて、大手出版社から刊行され、一般書店に陳列されるようになってきている。しかしながら、こうした新しい傾向は、アジア情報室の蔵書にはあまり反映されていない。

この要因として、アジア情報室の資料収集において、CAP-SEAのウェイトが大きいことが挙げられる。CAP-SEAが提携している現地の資料提供者および交換パートナーは、検閲が厳しいベトナムにおいて大量の文献資料を一括して取り扱いかつ海外に輸送する権限を持つ者、例えば、国家図書館や党・政府系の出版社等であろう。この場合、選定された資料の出版元や内容に偏りが生じるのは避けられない。

実際に、筆者がアジア情報室で整理した図書の多くは、党・政府、軍関連の出版社である「国家政治出版局」「人民軍隊出版局」によって出版されたものであった。これは、「政治・法律・行政」、「経済・産業」分野のみならず、「歴史・地理」、「芸術・言語・文学」分野においても同様で、特に、「歴史・地理」や「芸術・言語・文学」分野の図書は、しばしば党・政府、軍関係者による著書であった。こうした図書は、ベトナムの政治指導者が抱く歴史観やナショナル・アイデンティティを理解するための一次資料として活用することは可能であるが、研究書、あるいは文学・芸術作品としては玉石混淆の感が否めない。

② ハノイ以外で刊行された資料

ベトナムでは、首都ハノイと最大都市ホーチミン市に出版地が二極化しているため、出版される図書の内容に地域差が生じている。ハノイで出版された文献は、ベトナム北部出身の作家が北部の歴史、社会、文化を扱ったものが多く、ホーチミンで出版された文献は、南部出身の作家が南部を扱ったものが多い。

アジア情報室所蔵の蔵書は、ハノイに本社を置く出版社から刊行された著作が多数を占める。これは、CAP-SEAに資料を提供している組織の拠点が、おそらくハノイにあることと無関係ではないだろう。こうした現状では、アジア情報室の蔵書から得られる情報が北部社会の問題に偏る傾向が出やすく、利用者がベトナムという地域の全体像を包括的に捉えることは難しくなる恐れがある。

さらに、ハイフォンやフエ、ダナン、カントーなど、地方の主要都市で発行されている図書も少ない。ベトナムにおける主要メディアの情報は、ハノイやホーチミン市のような大都市圏の情報に偏りがちであるが、ベトナム社会の状況を俯瞰的に把握するためには、地方発行資料の収集も不可欠である。

③ 世論を知るための資料

1980年代後半にドイモイ路線に転換するまで、ベトナム共産党政府は長く外国人に門戸を閉ざしてきた。ベトナムの地に足を踏み入れることができた外国人研究者はごく少数で、たとえ現地に滞在できたとしても、閲覧・収集可能な文献資料は限られていた。そのため、日本の研究者は、ベトナムの社会や政治を理解するにあたって、党・政府発行の公式資料に依拠せざるを得なかった。代表的な公式資料として、ベトナム共産党のVăn kiện Đảng toàn tập(党文献全集)【Y741-D106】や共産党機関紙のNhân dân(人民)などが挙げられる。

管見のところ、アジア情報室所蔵の蔵書は、ベトナムの公式資料が充実している。そのこと自体は、他の図書館には類を見ない国立国会図書館の特色をなしていると言えるが、実際に現地で文献資料を収集した経験を持つ筆者には、物足りなさがある。例えば、アジア情報室に所蔵されている新聞は、Nhân dân(人民)、Quân đội nhân dân(人民軍隊)など、すべてが中央の党・政府の機関紙である。

その一方で、ベトナムの一般庶民が購読している日刊紙Tuổi Trẻ(若者)やThanh Niên(青年)といった大衆向けの新聞は所蔵されていない。もちろん、これらの新聞各社も党・政府の管轄下にある。しかし、これらのメディアはしばしば党・政府に対して、幹部の汚職批判などを展開しており、国民一般が現在のベトナム社会や政治の現状に対していかなる見解を持っているのかを知る上では、貴重な情報を提供している。

5. 改善に向けた提言

アジア情報室は、統計表を見るかぎり、多様な分野の資料を網羅的に収集できているように見えるが、収集された各分野の図書を精査すると、内容に偏りが生じている。CAP-SEAは、日々変化を遂げているベトナムの出版状況には十分対応できていないと思われるため、他の独自の収集方法を模索し、蔵書に特色を持たせることが必要なのではないか。

そのためには、例えば、日本国内の大学や研究機関に所属する研究者(教員や大学院生)や、日本在住のベトナム人コミュニティと会合の場を設けて彼らの需要を把握し、購入資料の選定をしてみてはどうであろうか。

ベトナムに出張する予定の研究者・専門家に資料収集を委託するという方法も考えられる。私費では購入困難な図書がアジア情報室に所蔵されていれば、研究者は必ず資料を閲覧しに来る。これは、研究者・専門家とアジア情報室の協力関係を強化し、双方に利益をもたらすであろう。

また、ベトナムの大学・研究機関は、日本の大学や公的機関とパートナーシップを結ぶことに積極的であるため、例えば、2014年にハノイに設立された「越日大学」[3]のような大学や、「国家大学出版局(Nhà xuất bản Đại học quốc gia)」、「社会科学出版局(Nhà xuất bản Khoa học xã hội)」等の出版社と直接提携して学術書、専門書を収集することも、検討に値すると思われる。これにより、現地の大学・研究機関が出版した図書の厚みを増すことが出来る。

最後に、図書購入先の書店の選定も重要であることを指摘したい。現在アジア情報室は、日本の書店からベトナム語の新刊図書を購入しているが、研究者、特に歴史学者は新刊の研究書のみならず、一次資料としての価値が高い古書にも関心がある点に注意を払う必要がある。研究者・専門家を介して古書を扱う書店と提携すれば、良書を広く入荷することが可能になり、アジア情報室所蔵図書の利用者は確実に増加していくだろう[4]。

(しもじょう ひさし)



[1] 【 】内は当館請求記号。以下同じ。

[2] Vietnam Acquisitions Programs. http://www.locjkt.or.id/acq-program/vacq-eng.asp
(ウェブサイトの最終アクセス日は2016年10月19日。以下同じ。)

[3] 越日大学管理委員会 http://vju.vnu.edu.vn/ja/
越日大学は、ハノイ国家大学と越日友好連合議員、日本ベトナム経済協力フォーラム(JVEF)、日本国際協力機構(JICA)、東京大学など日本の諸大学が共同して設立したもので、同大学は2016年9月から修士課程を開講し、ベトナム、日本両国から数多くの教員が着任することになっている。

[4] 例えば、神戸市にはベトナム語図書を専門に扱うレロイ書店があり、仏領時代から現代までの多様な文献資料を幅広く輸入している。また、ベトナムのハノイのバットダン(Phố Bát Đàn)通りには、ファン・チャック・カイン(Phan Trác Cảnh)氏が経営する有名な古本屋があり、日本の研究者の間で貴重な歴史資料が保管されていることで知られている。

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