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Records of the U.S. Strategic Bombing Survey, Entry 53: Tactical Mission Reports of the 20th & 21st Bomber Commands, 1945

Records of the U.S. Strategic Bombing Survey, Entry 53: Tactical Mission Reports of the 20th & 21st Bomber Commands, 1945

資料群名(日本語仮訳)

米国戦略爆撃調査団文書:第20、第21爆撃軍団作戦任務報告書

資料形態

デジタル画像(国立国会図書館デジタルコレクション

数量

78アイテム(収集時のマイクロフィルムは6巻分)

請求記号

USB-5

歴史

第20爆撃軍団と第21爆撃軍団は、いずれもB-29による重量爆撃の戦略的任務を遂行するために統合参謀本部の直轄下に設置された第20航空軍(司令部ワシントンDC、司令官はヘンリー・アーノルド(Henry H. Arnold)陸軍航空隊司令官の兼務)隷下の部隊。

第20爆撃軍団は、本州西部、九州、満洲への爆撃が可能な中国(成都)を前進基地(本拠地はカルカッタ)とする第20爆撃軍団を隷下に置いた。同爆撃軍団は1944年6月5日にタイのバンコク、15日に九州の八幡製鉄所に対し最初の爆撃を行った。日本本土の心臓部が爆撃可能となるマリアナ諸島を奪取した後の1944年10-11月には、同諸島を基地とする第21爆撃軍団が展開可能となり、爆撃機は、補給に問題があった第20爆撃軍団から、第21爆撃軍団に移された(第20爆撃軍団は1945年5月動員解除)。第21爆撃軍団は、1944年11月24日にサイパンから東京郊外(中島飛行機武蔵野製作所)への最初の爆撃を行った。

主な内容

作戦任務番号順に並べられた第20、第21爆撃軍団の報告書で、それぞれの任務遂行状況、遭遇した敵機、天候、損害状況が含まれている。また、爆撃の概略、爆撃への参加機数、死傷者数、敵機からの攻撃数、爆撃数、地図、航空写真なども含まれる。

第21爆撃軍団の報告書は日本の攻撃目標に関するもの、また第20爆撃軍団の報告書は、1945年3月のシンガポールやラングーンにおける作戦任務に関するものである。

このほか、日本降伏後の中国、朝鮮、台湾、満州及び日本本土にいる連合国人捕虜に対する補給任務に関する報告書もある。

各作戦任務報告書の詳細を調べるには、『日本空襲の全容 マリアナ基地B29部隊』をガイドブックとして用いると便利。

関連資料
関連文献
  • 『大阪大空襲に関するアメリカ軍資料』大阪空襲研究会訳・編集 大阪府平和祈念戦争資料室 1985
  • 『東京を爆撃せよ 作戦任務報告書は語る』奥住喜重、早乙女勝元著 三省堂 1990
  • 『原爆投下報告書 パンプキンと広島・長崎』奥住喜重[ほか]訳 東方出版 1993
  • 『日本空襲の全容 マリアナ基地B29部隊』小山仁示訳 東方出版 1995
資料の構成

戦略爆撃調査団団長室作成の索引で、“Section 7. Japanese Target Intelligence”中の“2-a. Tactical mission reports, ⅩⅩ Bomber Command”および“2-b. Tactical mission reports, ⅩⅩⅠ Bomber Command”とされている資料。詳細は以下の通り。以下のリンクをクリックすると「国立国会図書館デジタルコレクション」で資料の画像を閲覧できる。

2-a. Tactical mission reports, ⅩⅩ Bomber Command(第20爆撃軍団作戦任務報告書)
2-b. Tactical mission reports, ⅩⅩⅠ Bomber Command(第21爆撃軍団作戦任務報告書)

「米国戦略爆撃調査団文書(当館収集分)」

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