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Records of the U.S. Strategic Bombing Survey, Entry 60: 20th Air Force Damage Assessment Cards, 1945

Records of the U.S. Strategic Bombing Survey, Entry 60: 20th Air Force Damage Assessment Cards, 1945

資料群名(日本語仮訳)

米国戦略爆撃調査団文書:第20航空軍損害評価カード

資料形態

デジタル画像(国立国会図書館デジタルコレクション

数量

40アイテム(収集時のマイクロフィルムは1巻分)

請求記号

USB-9

歴史

第20航空軍は、B-29による重量爆撃の戦略的任務を遂行するために1944年4月統合参謀本部の直轄下に設置された。司令部はワシントンDCに置かれ、司令官はヘンリー・アーノルド(Henry H. Arnold)陸軍航空隊司令官が兼務した。同航空軍の設置時には、本州西部、九州、満洲への爆撃が可能な中国(成都)を前進基地(本拠地はカルカッタ)とする第20爆撃軍団を隷下に置いた。同爆撃軍団は1944年6月5日にタイのバンコク、15日に九州の八幡製鉄所に対し最初の爆撃を行った。日本本土の心臓部が爆撃可能となるマリアナ諸島を奪取した後の1944年10-11月には、同諸島を基地とする第21爆撃軍団が展開可能となり、爆撃機は、補給に問題があった第20爆撃軍団から、第21爆撃軍団に移された(第20爆撃軍団は1945年5月動員解除)。第21爆撃軍団は、1944年11月24日にサイパンから東京郊外(中島飛行機武蔵野工場)への最初の爆撃を行った。

主な内容

単発の攻撃、1つの都市への連続攻撃、複数の都市への攻撃に関する情報が5インチから8インチのカードに書かれている。また、第20航空軍と第21爆撃軍団による爆撃損害状況がまとめられており、攻撃目標地域、名前、番号、爆撃の数と日付、損害評価報告、損害報告への所見等の情報もある。

資料の構成

戦略爆撃調査団団長室作成の索引で、“Section 7. Japanese Target Intelligence”中の“3-b. Photo interpretation”とされている資料。詳細は以下の通り。以下のリンクをクリックすると「国立国会図書館デジタルコレクション」で資料の画像を閲覧できる。

3-b. Photo interpretation

「米国戦略爆撃調査団文書(当館収集分)」

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