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WDC Collections

WDC Collections

資料群名(日本語仮訳)

WDC接収資料

資料形態

マイクロフィルム

旧蔵機関名

Washington Document Center, WDC

歴史

ワシントン・ドキュメント・センター(WDC)は、陸軍省・海軍省両省の共同で運営された太平洋戦域の鹵獲日本語文献の翻訳センターで1943年から活動をはじめた。1944年12月から1945年1月にかけてワシントンで開かれた日本文書会議(Japanese Document Conference)の勧告に基づき、同センターは、比較的優先度の低い鹵獲日本語文書を扱う中央機関と位置づけられ、必要がある場合に太平洋地域軍陸軍情報研究部(Pacific Area Command Military Intelligence Research Service, PACMIRS)と海軍情報部(Office of Naval Intelligence)に資料を送ることが任務とされた。この措置によりWDCには大量の資料が送付されることになり、1945年3月から同年10月までWDCは146,324点の日本語文書を受け取り、整理、配付した。

戦争犯罪人訴追支援を主たる目的として開かれた1945年8月29日の第2回日本文書会議で、日本の文書の選別・米国への送付業務を支援するためにWDC前方部隊(WDC Advanced Echelon)を設置することが合意された。同前方部隊は、1945年11月29日に東京に到着し、12月24日から日本で全面的な活動を展開し、省庁・政府関係機関等から文書を接収し、整理し、その一部を米国本土に送付する作業を行った。接収した文書またはその複製物は、優先して国際検察局(IPS)と陸軍防諜隊の緊急性の高い業務の利用に供された。WDC前方部隊は、1946年3月にはその主要な作業を終了し帰国し、その後の作業は翻訳通訳部文書課(TIS Document Section)に引き継がれ、1946年11月までに日本からWDCに477,894点の文書が送付された。WDCでは収集した文書について詳細な収集リストを作成して、関係機関に配付した。

WDCの業務は、1947年中ごろまでには完了し、1948年に接収資料のうちの文書は米国国立公文書館(NARS)に、刊行物は議会図書館(LC)にそれぞれ移管された。その後、1955年に至り、国防総省は、ドイツへの接収文書返還の例に準じて、日本に対しても、米国及び友好国の安全保障を害する文書と公的研究に利用中の文書を除き、原則返還する方針をとることを決め、この方針に基づき、NARSにあった旧陸海軍文書が1958年に防衛庁防衛研修所戦史室(当時)に返還された。だが、日本政府が要求していた1946年3月に疎開中の福島県二本松で接収された東亜研究所の旧蔵書6万4,000冊の返還は、実現しなかった。

米国議会図書館では、1960年代からこれらの資料のマイクロフィルムへの撮影を開始した。同館では、これらのマイクロフィルムにMicrofilm Orien Japanの頭文字をとってMOJの整理記号を付している。

1970年代になり、日本の現代政治史の研究者が被接収文書の返還運動を起こし、1972年5月24日の参議院決算委員会の被接収資料の返還を求める決議を受けて、日本政府と米国政府との間で返還交渉が行われた。その結果、米国議会図書館に移管された刊行物中に混在していた内務省警保局・陸海軍関係文書が、1974年1月に国立公文書館に返還され、次いで戦前期の発禁図書1,062冊がLCと当館との1974年11月の取決めに基づき1976~78年に返還された。一方、満鉄東京支社及び東京の東亜経済調査局から接収され、その後米国議会図書館に移管された南満洲鉄道株式会社調査部(正式な名称は度々変更された)刊行の調査資料については、返還は実現しなかったが、当館と議会図書館との合意に基づき、当館が未所蔵の3,650タイトルを1979~84年にマイクロフィルムに撮影し収集した。

主言語

日本語

原資料の所在

米国議会図書館

関連資料
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