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World War II Operations Reports, Pacific Theater

World War II Operations Reports, Pacific Theater

資料群名(日本語仮訳)  第二次世界大戦作戦記録(太平洋戦域)

資料形態  マイクロフィッシュ、マイクロフィルム

数量  マイクロフィッシュ14,819枚、マイクロフィルム7巻

請求記号  WOR

旧蔵機関名  War Department, Adjutant General's Office

歴史

  太平洋戦争開戦後、日本のフィリピン侵攻により米極東陸軍(US Army Forces in Far East, USAFFE)司令部(マッカーサー司令官)は、1942年3月バターンからオーストラリアのメルボルンに移転した。オーストラリアでは1942年1月5日、在オーストラリア米陸軍(US Army Forces in Australia , USAFIA)(1942年7月20日、米陸軍補給部(US Army Service of Supply, USASOS)と改称)が設置された。

  次いで、南西太平洋地域を米国の戦略的責任地域に指定する1942年3月24日の米英の合同幕僚長会議の決定を受けて、米統合参謀本部は、同年3月30日付けの指令でアラスカ(アリューシャン列島)とカナダを除く太平洋戦域をパラオ、マリアナ諸島、マーシャル諸島等を含む太平洋地域(Pacific Ocean Areas, POA)、フィリピン、ボルネオ、セレベス、ジャワ、ニューギニア、ソロモン諸島西部、オーストラリアを含む南西太平洋地域(Southwest Pacific Area, SWPA)、北緯11度以南・西経110以東の南東太平洋地域(Southeast Pacific Area, SEPA)に三分割し、太平洋地域を、さらに北緯42度と赤道を境に北部太平洋地域(Northern Pacific Area)、マリアナ諸島、パラオ諸島、カロリン諸島、マーシャル諸島、ハワイ諸島を含む中部太平洋地域(Central Pacific Area)、ソロモン諸島東部、ニューカレドニア、フィジー諸島、トンガ諸島を含む南太平洋地域(South Pacific Area)に三分割した。南西太平洋地域については、陸軍のマッカーサーが4月18日に司令官に任命され、太平洋地域については、海軍のニミッツが司令官に任命され、それぞれその指揮下に置かれた。
  1943年2月26日、マッカーサーは、南西太平洋地域(軍)隷下に米極東陸軍を復活させ、南西太平洋地域の米陸軍のすべての部隊と米軍の指揮下に編入されていたフィリピン陸軍のすべての部隊を米極東陸軍の隷下に編制替えした。これにより南西太平洋地域においては、連合国南西太平洋地域総司令部(GHQ/SWPA)と米極東陸軍司令部(Hq/USAFFE)の二重構造となり、Hq/USAFFEは戦術・戦略の作戦面を除く管理面において地域内で司令部の役割を果たした。

  一方、太平洋地域には以前からハワイ地域のすべての陸軍部隊の活動を管理するハワイ軍管区(Hawaiian Department)が置かれていたが、1942年7月7日、南太平洋地域に米南太平洋陸軍(US Army Forces in South Pacific Area, USAFISPA)が置かれた。1943年7月29日、ハワイ軍管区がより広範な中部太平洋地域を管轄するように改組され、続いて8月14日には、中部太平洋地域に米中部太平洋陸軍(US Army Forces in Central Pacific Area, USAFICPA)が設置された。中部太平洋陸軍は、中部太平洋地域のすべての米陸軍の軍地上・航空部隊の管理・訓練を担当し、その司令官はハワイ軍管区司令官が兼務した。1944年7月1日、中部太平洋陸軍隷下にハワイ諸島、カントン島、クリスマス島、ファニング諸島の防衛と地域内の部隊の兵站・管理、訓練を管轄する中部太平洋基地軍(Central Pacific Base Command, CPBC)が設置された。次いで1944年8月1日、南太平洋陸軍と中部太平洋陸軍が統合され、米太平洋地域陸軍(US Army Forces, Pacific Ocean Areas, USAFPOA)が設置された。1945年4月25日には、米太平洋地域陸軍の隷下に小笠原諸島、マリアナ諸島、パラオ諸島、トラック島などに駐屯する部隊の兵站及び管理等を管轄する西部太平洋基地軍(Western Pacific Base Command, WPBC)が設置された。

  1945年4月3日、マッカーサーの進言により、統合参謀本部は、南東太平洋地域とアラスカを除く全太平洋戦域の米陸軍の指揮権を統合し、米太平洋陸軍(US Army Forces Pacific , AFPAC)(マッカーサー司令官)を設置した。同年6月7日、米陸軍補給部(USASOS)に代えて西部太平洋陸軍(US Army Forces Westren Pacific, AFWesPac)が設置され(西部太平洋基地軍(WPBC)はこの隷下に編入)、7月1日には中央太平洋陸軍(US Army Forces Middle Pacific, AFMidPac)が設置され(中部太平洋陸軍司令官リチャードソンが引き続き司令官をつとめる)、太平洋地域陸軍司令部(USAFPOA)は中央太平洋陸軍司令部に吸収された(形式的には1946年9月1日まで存続)。8月14日、マッカーサーは連合国最高司令官(Supreme Commander for Allied Powers, SCAP)に任命され、8月30日、太平洋陸軍の総司令部を横浜に移し、さらに9月17日、東京に移した。また、8月15日には第24軍団が第10軍隷下から太平洋陸軍直轄となり朝鮮に配備され、第24軍団司令官が司令官を兼ねる在韓国米陸軍(US Army Forces in Korea , USAFIK)が設置された。9月2日、連合国南西太平洋地域(軍)(SWPA)が廃止され、フィリピンより南のSWPA管轄地域は英連邦の管轄に移った。10月2日、日本占領統治のための機構として、連合国最高司令官総司令部(General Headquarters, Supreme Commander for the Allied Powers, GHQ/SCAP)が設置された。(組織図 PDFファイル 63KB

  1947年1月1日、太平洋陸軍に代わり極東軍(Far East Command, FECOM or FEC)が設置され、その隷下の西部太平洋陸軍(AFWesPac)はフィリピン・琉球軍(Philippines-Ryukyus Command, PHILRYCOM)と改称し、1948年8月1日、琉球軍(Ryukyus Command, RYCOM)が独立し、フィリピン軍(Philippines Command, PHILCOM)と改称した。

  アラモ軍(Alamo Force)は、1943年6月1日ブリスベーンのコロンビア駐屯地で動員された南西太平洋地域軍直轄の連合国任務部隊(Allied task force)。同軍の司令官は第6軍の司令官が兼務し、参謀は第6軍の参謀が分遣され、第6軍隷下の部隊により編制された。1943.6.30司令部をニューギニアのミルン湾に移動、1943.10.21同、グッドイナッフ島に移動、1944.12.24〜1944.2.2ニューギニアのクレティンに移動、第6軍司令部も同地に移動、1944.6.16アラモ軍と第6軍の司令部をホランディア地区のホレカングに移動、1944.9.25廃止。
  以下の作戦を遂行し、それぞれ任務部隊(Task Force)が設置された。
  カートホイール作戦(Cartwheel Operation):1943.6.1キリウィナ(Kiriwina)島攻略のため Byproduct Task Force("Byproduc"はコードネーム。以下のTask Force名に冠される名詞もコードネーム)を設置、1943.8.4作戦終了。1943.6.1ウッドラーク(Wooldlark)島攻略のためLeatherback Task Forceを設置、1943.8.4作戦終了。
  デクスタリティ作戦(Dexterity Operation):1943.10.25ガスマタ(Gasmata)攻略のために Lazaretto Task Force を設置。1943.10.20グロセスター(Gloucester)岬地区攻略のためBackhander Task Forceを設置、1944.9.25解散。1943.11.25アラウェ(Arawe)半島攻略のため Director Task Force を設置、1944.6.8廃止。1943.12.20サイドール(Saidor)攻略のため Michaelmas Task Force を設置、1944.2.18第32歩兵師団附となる。
  ブリューワー作戦(Brewer Operation):1944.2.26アドミラルティ諸島攻略のため Brewer Task Force を設置、1944.5.18作戦終了、1944.9.25任務部隊解散。
  レックレス作戦(Reckless Operation):1944.3.23ホランディア(Hollandia)地区攻略のため Reckless Task Force を設置、1944.4.17 Bewitch Task Force と改称、1944.6.6ホランディア攻略作戦終了、1944.9.25任務部隊解散。1944.3.25アイタペ(Aitape)攻略のため Persecution Task Force を設置、1944.8.25アイタペ攻略作戦終了。
  ストレイトライン作戦(Straightline Operation):1944.5.10蘭領ニューギニアのアラレ(Arare)地区上陸、ワクデ(Wakde)島攻略のために Tornado Task Force を設置、1944.9.2ワクデ作戦終了、第32歩兵師団司令官が任務部隊を引継ぐ。1944.5.10ビアク諸島攻略のために Hurricane Task Force を設置、1944.8.20ビアク作戦終了、1994.9.25任務部隊解散。
  テーブルテニス作戦(Tabletennis Operation):1944.6.22ノエムフフォア(Noemfoor)島攻略のために Cyclone Task Force を設置、1944.8.31作戦終了、1944.9.25任務部隊解散。1944.8.20モロタイ攻略のために Tradewind Task Force を設置、1944.9.25任務部隊解散。
  グローブトロッター作戦(Globetrotter Operation):第11軍団が任務を引継ぐ。1944.7.10オプマライ(Opmarai)岬-サンサポール(Sansapor)岬攻略のために Typhoon Task Force を設置、1944.8.31作戦終了、1944.9.25解散。

主言語  英語

原資料の所在  米国国立公文書館(RG 407, Finding Aid NM-3, Entry 427)

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