宗像市史

宗像市/1999.3

当館請求記号:GC267-E61

分類:地方史誌


目次


目次

  • 宗像市史(通史)刊行のことば 宗像市長(宗像市史編纂委員会委員長)
    滝口凡夫
  • 刊行を終って 宗像市史編集委員会委員長
    田村円澄
  • 凡例
  • 古代
    • 第一章 ヤマト王権と宗像
      3
      • 第一節 神々の世界
        3
        • 一 宗像三女神の誕生
          3
          • 海の民と宗像神 『記紀』神話 宗像神の誕生神話と異伝 「瀛」と道教 素戔鳴尊の誓約と物実
        • 二 宗像神と沖ノ島
          11
          • 宗像三女神の名辞 三女神の鎮座地 沖ノ島の位置 沖ノ島の祭祀遺跡 沖ノ島と宗像神 神々の島
        • 三 海の神々
          19
          • 古代の海神 住吉の神 ツツノヲと住吉三神 津守連 安曇の神 阿曇連とヤマト王権 宗像神と住吉・安曇神
      • 第二節 ヤマト王権と宗像
        25
        • 一 ヤマト王権の西国支配
          25
          • ヤマトとヤマト王権 「王朝交替」論 海上交通とヤマト王権 ヤマト王権の西国支配 宗像神祭祀の変化と王権
        • 二 ヤマト王権と宗像神
          31
          • 宗像神と織女 衣縫と御使君 宗像と姫神社 宗像神の祟り 車持部と宗像神 祭祀と性的行為 凡河内直
        • 三 水沼君と宗像神
          40
          • 水沼君と宗像神誕生神話 水沼君と水沼県主 ミヌマの神とヤマト王権
      • 第三節 宗像朝臣への道
        44
        • 一 第三次ヤマト王権と東アジア世界
          44
          • 継体天皇の出現 息長真人 出雲と宗像 北陸と宗像 六・七世紀の東アジア世界 ヤマト王権の発展と危機 『記紀』にみえない神助
        • 二 高市皇子と宗像神
          55
          • 高市皇子の誕生 高市皇子の活躍 高市皇子と皇位継承 息長糸の王族たち 宗像神の大和勧請
        • 三 宗像君から宗像朝臣へ
          63
          • 宗像君のカバネと出自 ムナカタの表記と由来 尼子娘の結婚 尼子娘と蔵骨器 胸形君徳善 宗像君の奥津城
    • 第二章 律令制の展開と宗像
      74
      • 第一節 律令国家の地方支配と宗像
        74
        • 一 律令国家の地方支配
          74
          • 八世紀段階での国際環境 新羅との関係 沖ノ島祭祀の変化 高市皇子の死と律令支配の確立 律令地方支配組織のしくみ 地方行政組織の成立 神郡・宗形郡の成立 神郡の性格
        • 二 律令税制と宗形
          95
          • 令制下の税 諸国貢献物としての「骨形箭」 大宰府管内での兵器製産
      • 第二節 律令制下の宗形氏
        102
        • 一 宗形氏の在地支配
          102
          • 宗形氏と宗形部の分布 宗方君族について 地方豪族としての宗形氏の性格 宗形氏の在地支配
        • 二 宗形氏の中央進出
          111
          • 大和国の宗像神社 女王を妻とした宗形氏 中央の宗形氏 後宮における宗形氏 宗形王の存在 正倉院文書にみえる宗形氏 宗形若麻呂の活動
      • 第三節 中央政治と宗像
        124
        • 一 長屋王家と宗像
          124
          • 長屋王家木簡にみえる宗形郡大領 高市皇子家の継承 ふたつの家政機関 「宮」の居住者と継続性 長屋王家と宗像郡
        • 二 政変と宗像
          137
          • 大伴旅人の憂鬱 長屋王の死 長屋王の変と宗形氏 疫病の流行と藤原四子政権の崩壊 藤原広嗣の反乱 恭仁京への遷都
    • 第三章 律令制下における宗像郡と交通
      161
      • 第一節 宗像郡の地域的構成
        161
        • 一 宗像郡の範囲と郡家の位置
          161
          • 宗像郡の範囲 郡家とは 地名「八並」について
        • 二 宗像郡の条里
          168
          • 条里制とは 宗像郡内における肝阻地割の分布 史料に見る宗像郡の条里
        • 三 宗像郡所属の諸郷
          179
          • 里、郷・里、郷 宗像郡諸郷の位置比定
      • 第二節 宗像郡と周辺の水陸交通
        185
        • 一 古代海上交通における宗像郡の位置
          185
          • 海北道中 古代の航海の実態 律令国家の海上交通 宗像郡の津と泊
        • 二 律令国家の交通制度としての駅伝制と道路
          191
          • 古代の道路 駅制と伝制 駅路と伝路 駅路と伝路の変遷
        • 三 宗像郡とその周辺の『延喜式』駅路
          198
          • 『延喜式』「兵部省式」駅伝馬条について 宗像郡周辺の駅路についての従来の諸説 大宰府道の瓦葺駅館 武丸大上げ遺跡 宗像郡を通る駅路
        • 四 その他の交通路と烽
          211
          • 郡家間をつなぐ伝路 藤原広嗣の軍の行動路 広嗣はなぜ大宰府道を通らなかったか 名児山・垂見峠越えの道 峰について
    • 第四章 律令支配の動揺と宗像
      222
      • 第一節 神郡宗像の変貌
        222
        • 一 銭貨の大量埋納と商活動
          222
          • 三郎丸今井城遺跡と銭貨 皇朝銭と私鋳銭 祭祀土坑と埋納銭 海辺の民の商活動 松浦船と商旅の徒 新羅海商との交易
        • 二 筑前国司と宗像神郡の解体
          233
          • 宗像神郡と郡司 宗像の神郡解体 筑前国の廃止 宗像神の神封と神田
      • 第二節 大宰府の支配と宗形氏
        239
        • 一 宗形朝臣の中央志向
          239
          • 外従五位の復活 宗形氏と高階氏 藤原氏と内蔵寮 日本海の商賈の輩
        • 二 農村社会の変化と山岳寺院
          246
          • 班田農民の窮乏 前司浪人と在地富豪層 公営田制の導入 国司支配の強化 在地の富豪層 神興廃寺と薬王寺廃寺
      • 第三節 宗像近海の緊張
        256
        • 一 鴻臚館と私交易
          256
          • 宗像神の神階昇叙 勲位をもつ宗像神 神々の崇りと私交易 織幡神の神階叙位
        • 二 海辺の緊張とその対応策
          263
          • 新羅船に襲われた官船 国防の不安と神功皇后伝承 記紀伝承の改編 瀬戸内海航路の不安 遣唐使と沖ノ島祭祀の終焉 大宰府炎上
    • 第五章 律令制の崩壊と宗像
      273
      • 第一節 王朝国家と宗像
        273
        • 一 宗像大宮司職の設置
          273
          • 源清平の宗像統治策 初代大宮司宗形氏能 清氏伝説 一日国王伝説
        • 二 宗像妙忠と高田牧
          281
          • 宗像妙忠の在地支配 高田牧 因幡大夫伝説
      • 第二節 宗像市域の荘園と公領
        289
        • 一 荘園公領制の成立
          289
          • 荘園 公領
        • 二 宗像市域の公領
          291
          • 宗像市域の別名 宗像東郷 赤馬院 宗像別符
        • 三 宗像市域の荘園
          294
          • 宗像荘 宗像社領の形成過程 赤馬荘 野坂荘
      • 第三節 院庁・平氏政権と宗像
        304
        • 一 宗像大宮司家の成立
          304
          • 府営宗像氏 氏高流宗像氏
        • 二 平家と宗像
          307
          • 平家家人宗像氏 平家伝説
  • 中世
    • 第一章 鎌倉時代の宗像
      317
      • 第一節 鎌倉幕府の成立と宗像
        317
        • 一 御家人制の成立
          317
          • 宗像氏実
        • 二 鎌倉幕府の宗像氏牽制策
          319
          • 関東御家人の配置
      • 第二節 執権体制と宗像氏
        321
        • 一 関東御領化
          321
          • 承久の乱と宗像 宇都宮氏と三浦氏
        • 二 関東御家人の押妨
          325
          • 惣庶の争い 三浦氏の押妨 武藤氏との抗争
      • 第三節 蒙古襲来と宗像
        328
        • 一 宗像長氏の社領支配
          328
          • 神官領主の誇示 神祇統制
        • 二 宮方と別符方
          331
          • 社領の構成 宮方 宮方・別符方の成立 神領をめぐる抗争
        • 三 宗像社領の支配構造
          338
          • 宗像社家の行政組織 郷 百姓と名主
        • 四 弘安の役と宗像
          341
          • 文永の役伝承 弘安の役 神功皇后伝説
      • 第四節 宗像大宮司と海
        347
        • 一 宗像と日宋交流
          347
          • 宗像と宋商 唐防地 津屋崎の性格
        • 二 海の支配体制
          350
          • 大宮司と海 浦・島の支配
      • 第五節 鎌倉末期の宗像
        357
        • 一 得宗領下の宗像
          357
          • 六波羅奉行人長氏 時頼回国伝説
        • 二 鎮西探題の設置と宗像
          360
          • 鎮西歌壇
    • 第二章 南北朝時代の宗像
      363
      • 第一節 内乱期政治の移り変わり
        363
        • 一 鎮西探題の滅亡
          363
          • ふかまる矛盾 神領興行の徳政 九州武士、叛意を抱く 肥後菊池氏の敗死 菊池氏の怨念 探題滅亡 そのとき、宗像氏は
        • 二 分裂と戦乱
          372
          • 宗像の兵、豊前に発向 京上する軍勢 関東へむかう九州の武士 九州に火の手あがる 尊氏、上陸す 宗像氏から得たもの 多々良浜に戦う 疲労した菊池の兵
        • 三 九州探題と宗像武士〔その一〕
          383
          • 九州南軍のうごき 足利直冬のうごき 武家方・宗像氏のうごき 九州探題のよろこび
        • 四 九州探題と宗像武士〔その2〕
          389
          • 直冬敗退のあと つづく戦乱 斯波氏経、反撃に失敗 征西府、海上支配権をもつ 今川了俊、九州に下向 宗像大宮司氏俊・氏名のこと 一族内の動揺 南党・氏名、討ち死にす
      • 第二節 内乱期社会の暮らしと文化
        399
        • 一 武士の生活
          399
          • 濠でかこまれた兵の家 武士の暴力 変わる合戦 胴丸・腹巻の兵たち 変わる兵具 けが人の続出 不参・厭戦の武士たち
        • 二 庶民の生活
          410
          • 宗像の海・川・野山 系列化された住民たち 地頭代を訴える 東武蔵を往復する百姓 戦乱のなかのくらし
        • 三 祭りと文化
          416
          • 神官領主の生命活動 地域の祭礼 地域の芸能
      • 第三節 内乱期の交易と海賊
        421
        • 一 征西将軍宮の大宰府外交
          421
          • 明使の到来 称臣入貢の事情 対明外交の挫折
        • 二 東アジアの交通拠点・北部九州
          425
          • 新安の沈没船は語る 宗像氏と博多綱首 宗像の「唐坊地」
        • 三 宗像氏の海の活動
          430
          • 宗像氏の問丸 沿岸の海上交通 許斐氏の伝承 海上の活動
    • 第三章 室町時代の宗像
      437
      • 第一節 室町時代における宗像氏の動向
        437
        • 一 室町時代の筑前国
          437
          • 九州探題今川了俊 九州探題渋川満頼の九州渡海 応永の乱と大内氏 渋川氏と少弐氏 大内盛見 大内持世 大内教弘
        • 二 室町時代の宗像氏の動向
          440
          • 宗像氏経 稲本村・西郷・米多比・薦野・薬王寺 九州探題 渋川満頼 宗像氏経と宗像氏忠 宗像氏経と少弐貞頼 宗像氏経と九州探題渋川満頼 宗像氏経と若宮庄 宗像氏経と宗像氏忠の争い 猪岳合戦 宗像氏経と宗像氏顕
        • 三 「応永社家文書惣目録」
          446
          • 写本と豊福秀賀 収録の文書数 作成の背景
        • 四 宗像氏顕(氏信)から氏定まで
          448
          • 宗像氏顕 宗像祝松丸 宗像氏信 大内盛見の敗死
          • 宗像氏継 宗像氏俊 宗像氏と大内持世 宗像氏弘 宗像氏正 宗像氏郷 宗像氏俊の死去 宗像氏郷と大内氏
      • 第二節 宗像氏の支配
        452
        • 一 宗像氏の社領・所領支配
          452
          • 宗像氏の領主面 「応安神事次第」追記と郷村 室町時代の所領 少弐氏の家臣 宗像氏の郡内支配
        • 二 宗像社の神官と宗像氏の家臣
          461
          • 宗像社の神官 戦国時代の神官と家臣 占部氏・吉田氏 米多比氏・薦野氏・薬王寺氏 大穂氏 江原氏 石松氏・紙屋氏
        • 三 宗像社と郷村・浦・島
          466
          • 宗像社の末社 「応安神事次第」追記 白馬出郷之次第 長日御供立用米と後田 興聖寺・承福寺・仏成寺 供物と神役 勝浦と塩 「年中諸祭礼衣裳之事」 寺院と年中行事 織幡宮・許斐権現・孔大寺権現 宗像社の年中行事 年毛社 室町時代の年中行事 末社の分布 赤馬庄鎮守八所宮
        • 四 藤原道珍と縫殿宮の大般若経・梵鐘
          474
          • 縫殿宮 大般若経 奥書 梵鐘 藤原道珍と奴山
      • 第三節 室町時代における宗像氏の海外交渉
        477
        • 一 室町時代の日本と明・朝鮮
          477
          • 朝鮮と明の建国 足利義満と勘合貿易 朝鮮との通交 倭冠と朝鮮 応永の外寇
        • 二 宗像氏による浦・島支配
          479
          • 宗像社と寄り物 「宗像氏盛事書条々」 小呂島 南北朝 時代の浦・島 南朝方水軍の宗像来襲 大島と地島 鐘崎 宗像水軍と神湊 宗像氏と壱岐 壱岐島守護職 『李朝実録』 宗像氏と倭寇 「世祖実録」と宗像氏正 宗像氏と勘合貿易
        • 三 宗像氏の朝鮮通交
          486
          • 『海東諸国紀』 宗像氏の通交 通交回数 通交の品物 勘合印
    • 第四章 戦国時代の宗像
      491
      • 第一節 応仁・文明の乱と宗像地方の混乱
        491
        • 一 九州における応仁・文明の乱
          491
          • 応仁・文明の乱の勃発 少弐氏の筑前奪回 九州の政情概観
        • 二 宗像氏定の山口出奔
          493
          • 国内領主の分裂 大宮司職をめぐる争い
        • 三 大内政弘の豊・筑平定
          495
          • 乱の終結と大内政弘の帰国 少弐政尚と宗貞国の不和 大内政弘の九州渡海 宗像氏定の大宮司職就任 宗祖の廻国
      • 第二節 大内氏の筑前支配と宗像
        498
        • 一 大内氏の筑前支配体制
          498
          • 守護代ー郡代制
        • 二 大内氏の宗像地方支配
          499
          • 鞍手・糟屋郡代の関与 宗像氏以外の領主
        • 三 明応の政変と九州
          502
          • 将軍足利義材の追放 九州への影響 宗像における両陣営の激突
        • 四 天文初年の大内・大友氏の抗争
          504
          • 両陣営の対決 宗像郡内の状況
        • 五 宗像氏の山口出仕
          505
          • 黒川隆尚(宗像正氏) 黒川隆像(宗像氏男)
      • 第三節 戦国期宗像地方における対外関係と海上交通
        508
        • 一 日明貿易
          508
          • 日明貿易の推移 大内氏の独占
        • 二 日朝関係と宗像
          509
          • 宗像氏の朝鮮通交 三浦の乱 偽使「宗像氏助」 景轍玄蘇
        • 三 宗像地方の海上交通
          513
          • 海上交通の神 寄物は宗像社の修理用途
      • 第四節 大友氏の北部九州制覇と宗像地方の動揺
        514
        • 一 宗像氏の家督争いと大内義隆の滅亡
          514
          • 黒川隆尚没後の対立 陶晴賢の反乱と黒川隆像の遭難 大内義長の嗣立 宗像氏貞の大宮司就任 山田の怨霊伝説
        • 二 大友義鎮の筑前制覇
          519
          • 大内氏の滅亡 大友氏の北部九州席巻 氏貞の大友氏服属 氏貞の大島退去 大友氏の筑前支配
        • 三 宗像氏貞の自立
          522
          • 氏貞の宗像回復 大友氏との対決 氏貞の祈願 毛利氏の助勢と蔦ヶ岳城築城
        • 四 毛利氏の九州進出
          526
          • 第一次九州進出 第二次九州進出
        • 五 毛利氏撤退後の宗像地方
          528
          • 大友氏への服属 戸次鑑連との縁組み 宗像社の再興
      • 第五節 戦国末期の動乱
        531
        • 一 大友領国の動揺と竜造寺氏の台頭
          531
          • 大友氏の敗北 竜造寺氏の九州席巻 竜造寺・秋月氏との盟約 戸次道雪との戦
        • 二 宗像氏貞の死と戦国の世の終末
          533
          • 宗像氏貞の死 島津氏の北上
    • 第五章 中世の仏教文化
      535
      • 第一節 経塚と自然石板碑
        535
        • 一 平安後期の北九州の仏教
          535
          • 浄土教・本末関係・勧進僧
        • 二 経塚と自然石板碑
          536
          • 宗像周辺の経塚 自然石板碑
      • 第二節 色定法師一筆一切経
        542
        • 一 色定法師の出自
          542
          • 良祐・安覚と色定法師 宗像社僧良祐
        • 二 写経活動の進展
          546
          • 北九州から京都へ 良祐から経祐へ
        • 三 一筆一切経の完成
          552
          • 栄祐の『大般若経』書写 色定法師の五部大乗経書写
      • 第三節 阿弥陀経石
        556
        • 一 宗像氏と阿弥陀経石
          556
          • 平重盛伝説 宗像氏の追善供養碑
        • 二 浄土の教えと阿弥陀経石
          556
          • 阿弥陀仏の功徳を強調 中国仏教と鎌倉新仏教の接点
      • 第四節 寺社の祈祷と勧進僧
        565
        • 一 宗像社と鎮国寺
          565
          • 宗像社の祈祷 皇鑑と鎮国寺
        • 二 勧進僧の活躍
          569
          • 鐘崎の築島 新原百塔板碑
      • 第五節 鎌倉新仏教の展開
        572
        • 一 中世寺院と天台・真言宗
          572
          • 宗像の中世寺院 天台宗と真言宗
        • 二 浄土系の新仏教
          574
          • 浄土宗 時宗 浄土真宗
        • 三 禅宗
          578
          • 臨済宗 曹洞宗
      • 第六節 神仏習合と仏教の浸透
        583
        • 一 神仏習合
          583
          • 本地垂迹 神社での仏事 神宮寺 仁秀と吉田神道
        • 二 仏教の浸透
          590
          • 沙弥と尼 追善仏事
    • 第六章 宗像の城跡
      594
      • 第一節 宗像氏と城郭
        594
        • 一 はじめに
          594
        • 二 宗像氏の城の成立
          605
        • 三 城と館と
          607
        • 四 鎌倉・室町期の城の配置
          610
        • 五 戦国期の城の配置
          611
      • 第二節 主な城の内容
        615
        • 一 赤間山城(赤馬山城・蔦(蘿)ヶ岳城・岳山)
          615
        • 二 白山城
          620
        • 三 許斐山城(許斐岳城)
          623
        • 四 石丸城(石丸村古城・城の腰の城)
          628
        • 五 徳重城(徳重村古城・縁戚・名残城)
          629
        • 六 草場城(草場山城・平等寺村古城)
          630
        • 七 今井城
          631
        • 八 須恵城
          632
        • 九 田久城(城棒城)
          633
        • 十 朝城(城浦堡祉)
          633
        • 十一 片脇城
          634
        • 十二 その他の城
          636
        • 十三 おわりに
          644
  • 近世
    • 第一章 豊臣政権と宗像
      647
      • 第一節 豊臣秀吉の九州平定
        647
        • 一 秀吉の九州出兵
          647
          • 島津氏の北上 秀吉の九州出兵 氏貞旧臣の活躍
        • 二 秀吉の九州平定と国分け
          652
        • 九州平定 九州国分け
      • 第二節 小早川隆景の支配
        656
        • 一 隆景の筑前入国
          656
          • 隆景の入国 宗像社領
        • 二 検地と宗像社領
          660
          • 検地 夜須郡二百町
        • 三 氏貞旧臣の動向
          664
          • 宗像社内組織の縮小 氏貞旧臣の衰退
        • 四 社殿の建立
          668
          • 拝殿の建立 本殿の修造
        • 五 第一次朝鮮出兵(文禄の役)
          672
          • 文禄の役 半済
      • 第三節 小早川秀俊・山口宗永の支配
        675
        • 一 秀俊の筑前下向と文禄四年検地
          675
          • 秀俊の筑前下向 文禄四年検地
        • 二 隆景隠居領
          678
          • 隆景隠居領 河西郷百石 草苅重継
        • 三 第二次朝鮮出兵(慶長の役)
          683
          • 講和交渉 朝鮮再出兵
      • 第四節 豊臣直轄領期
        685
        • 一 隆景の死と跡職問題
          685
          • 隆景の死 跡職問題
        • 二 豊臣直轄領化と宗像郡
          688
          • 山中長俊の筑前下向 秀秋の帰国と越前転封
        • 三 浅野長政の代官支配と宗像郡
          691
          • 長政の代官就任 長政の代官支配
      • 第五節 小早川秀秋の支配
        694
        • 一 秀秋の復領と宗像社
          694
          • 秀秋の筑前復帰 宗像社家中覚
        • 二 秀秋の支配
          697
          • 慶長四年の知行宛行 慶長五年の知行宛行
    • 第二章 福岡藩の成立と宗像
      701
      • 第一節 初代藩主黒田長政の治世と宗像
        701
        • 一 長政の筑前入国
          701
          • 初代藩主黒田長政 筑前入国 幕藩関係の近世化 黒田家の家格
        • 二 福岡城の築城と城下町
          708
          • 福岡城の築城 六端城 郡預り
        • 三 慶長検地と郡村の整備
          713
          • 灰燼に帰した検地帳 慶長検地の実施 慶長検地の石盛 慶長九年の宗像郡検地 宗像郡の郡高 慶長検地の意義 宗像郡四十四カ村の成立
        • 四 領国経営
          721
          • 家臣団の形成 家中編成の基本 家臣団の構成 農政の展開 長政と宗像郡 宗像郡内の御猟場
        • 五 宗像の街道と宿場
          737
          • 古代官道 参勤交代以前の街道 長崎街道 唐津街道 芦屋往還 畦町宿 赤間宿 おまさ伝
        • 六 黒田如水と宗像
          748
          • 藩祖黒田如水 筑前入国後の如水 景轍玄蘇 如水と宗像 黒田松寿 如水と承福寺
        • 七 黒田養心と宗像
          758
          • 黒田養心 黒田家「家門」
        • 八 長政の客死と津屋崎
          • 長政の遺言 垣内観音堂
      • 第二節 二代藩主黒田忠之の時代と宗像
        764
        • 一 支藩の分立と吉田重成
          764
          • 秋月藩と東蓮寺藩 吉田家
        • 二 黒田忠之の治世と黒田騒動
          767
          • 二代藩主黒田忠之 黒田騒動の経過 寛永十年の幕府審理 栗山大膳 黒田騒動と宗像 規伯玄方 家老合議制の導入 家臣団統制 忠之側近の形成
        • 三 天草・島原の一揆と鎖国令
          782
          • 天草・島原の一揆 占部氏と宗像 長崎警備 朝鮮通信使
      • 第三節 領国体制の確立
        790
        • 一 三代藩主黒田光之の治世
          790
          • 月番家老制の成立 藩財政の窮乏 光之期の藩政改革
        • 二 光之と宗像田島社
          797
          • 田島社の沿革 田島社の修復
        • 三 宗像郡内の給知村
          800
          • 地方知行制の改革 上米制と知行制 蔵入地と給知 竹田家の知行村 郡方支配機構の整備
        • 四 吉田六郎太夫と宗像の采地
          808
          • 吉田氏の沿革 長利の軍功 吉田六郎太夫の隠居料 野坂の別業 紙漉きの発祥地
        • 五 元禄国絵図と村々
          817
          • 近世郡村の成立 元禄国絵図作成の背景 郷帳記録にみる 「高分かり枝郷」 郷帳記録にみる「高不分枝郷」 特例の鳥巣村と畦町村
        • 六 元禄・正徳期の藩政
          822
        • 四代藩主綱政の政治 立花一族の失脚 五代藩主黒田宣政 吉田治年の改革 罪人預り
    • 第三章 藩政中期の宗像
      831
      • 第一節 享保の大飢饉と農村支配
        831
        • 一 六代藩主継高の時代
          831
          • 継高の襲封と直方藩の廃藩 継高の治世 男子血脈断絶
        • 二 災害史と享保の大飢饉
          835
          • 享保十三年より同十六年までの状況 十七年の天候異変と稲虫の異常発生 『凶餓日記』 宗像郡の状況 飢民の救恤
        • 三 中後期の郷村の疲弊と藩財政の困窮
          841
          • 1 凶作続き
            841
          • 黒田家譜にみる被害 洪水・早魎の発生 郡奉行五人制 寛政期にも大被害 文化期でも食糧難渋 文政期の大風
          • 2 天保の飢饉
            847
          • 凶作の年 飢餓人の発生 藩の財政難を領民の負担増で 矛盾多い福岡藩の改革 頻発した災害 家臣の返納米 蝋・卵切手を回収
          • 3 藩札発行と領民の窮状
            850
          • 藩札の発行 文化期の藩札 藩札の価値下落 物価騰貴と藩札の回収 藩札の流通停止 物価の下落 秋月藩財政の窮乏 福岡藩の年貢改正 自作への転換 領民の窮乏 郡方制度改革 新しい年貢量 天保の藩札と出銀 郷村支配の乱れ 二朱銀の回収 二朱銀の流通と停止 二朱銀の指出
        • 四 郡奉行富永甚右衛門・軍次郎父子と釣川浚え
          861
          • 福岡藩の郡村制 富永甚右衛門と軍次郎父子 甚右衛門の隠退と軍次郎の仕官 本木村の由来 甚右衛門・軍次郎父子の業績 甚右衛門の治水事業 軍次郎の治水事業と釣川浚え 大役所御仕立 三奉行制から五奉行制へ 農村の疲弊と藩政改革 天保期の郡方支配と郡方改正 家中の窮乏打開策とその失敗
        • 五 産子養育制度の発信源宗像
          874
          • 捨子制禁令 忍照「産子養育の勧め」 産子養育の仕組 生命の尊厳と相互扶助
        • 六 武丸の正助と土穴のおはん
          879
          • 武丸の正助 正助の孝養 正助の正直 顕彰 貞女おはん
      • 第二節 近世宗像郡の浦
        885
        • 一 近世初頭における宗像郡の浦
          885
          • 中世から近世へ 近世初頭の浦
        • 二 福岡藩の浦方支配
          888
          • 町・郡・浦の区分 浦出役としての水夫役
        • 三 外国船の接近と遠見番所及び灯篭(灯台)の設置
          890
          • 地島波戸の建設 鎖国と玄界灘の警備 遠見番所の設置 外国船接近の記録
        • 四 浦の自治
          895
          • 弁指と称された浦庄屋 浦運上銀としての御菜銀 漁場魔界 争い 浦の組織
        • 五 浦の産業・漁業
          901
          • 漁業 筑前蜑の他国への出漁 各地に残る蜑の足跡
        • 六 網による漁業と漁場
          906
          • 浦保有の漁船と網 漁場の分割 季節による漁業
        • 七 大島・地島を中心とした捕鯨
          910
          • 寄鯨漁と組織的捕鯨 鯨漁景況
        • 八 海運業
          914
          • 近世海運の記録 商船の増加と塩田開発
        • 九 浦の商業
          917
          • 津屋崎千軒の繁栄 志荷商人の発生 宗像浦々の職業構成
    • 第四章 家記・地誌にみる宗像の村
      922
      • 第一節 家記録と「宗像郡明細帳」
        922
        • 一 須恵村庄屋古野家の家事記録
          922
          • 宗像郡須恵村 須恵村古野家と家事記録 記録者の視座
        • 二 庄屋役務と村事情
          925
          • 役人進退 新たな郷村支配体制 氏神と西国・伊勢信仰 幕府巡使赤間に帯在 行政辺分"宗家崩れ" 倹約令 村方騒動 櫨臘座仕組の廃止 水車の導入 蝗駆除仕法と鯨油の使用 救米の支給と拝借銀の免除 陸方と浦方の対立 藩主治之・治高の死去 最後の朝鮮通信使の通過 オランダの大船長崎に来航
        • 三 「彦次遺言之覚書」にみる庄屋の生き方
          935
          • 福岡藩の庄屋 庄屋の役割 堤用水の確保 書類の作成 農業が基本 日常生活 庄屋職の世襲 庄屋の特徴
        • 四 徳重村庄屋の生涯
          939
          • 庄屋職を継ぐ 庄屋の努力 明確な勘定 庄屋の経歴
        • 五 「宗像郡明細帳」に見る村落生活
          941
          • 田熊村村高 溜池 田畠数と肥料 家数と牛馬数 農間 余業 相給村 社寺 年貢搬送 自給的村
      • 第二節 陵厳寺村庄屋の家事日記をめぐって
        946
        • 一 陵厳寺村吉田家の「家事日記帳」
          946
          • 家政全般を記した日々雑記 筆記者の視点
        • 二 陵厳寺村「吉田家」について
          949
          • 宗像郡陵厳寺村 陵厳寺村吉田家の系譜 親族間での年中行事 豪農経営の瞥見
        • 三 雨乞と返免
          954
          • 雨乞 返免 村寄合での返免願出決定 田の区分作業 返免願書と大庄屋下検分 おいちとお栄さま 下見分の算用 郡奉行検見 返免決定 年貢収納 三郡による算用 御伺書
        • 四 村落社会の民間信仰と宗教者たち
          968
          • 寺 神社 八所宮と蘿神社 祭と祈祷 由緒 竈神祭 長福(宝)寺 太宰府天満宮と真寂坊 世尊院 祈祷と交際 楞厳院と楞伽院 敬称
        • 五 「家事日記帳」に見える食物(ハレの日の料理)
          985
          • 豪華な料理 奉行方への料理 香の物と漬物 多様な来客への料理 鍋焼と酒 簡単な料理 弁当とその他 料理した材料 姿を消した料理 料理を作った人達 めしの色々 庄屋家の食卓
    • 第五章 藩政後期の宗像
      998
      • 第一節 五〓の赤間滞在と早川勇
        998
        • 一 福岡藩論の展開
          998
          • 幕末の福岡藩
        • 二 早川勇の奔走
          1001
          • 早川勇の生い立ち 早川勇と勤皇家の交流
        • 三 情勢の変異と長藩宥免建白
          1004
          • 月照来博 辛酉の獄 早川同志を救う 八月十八日の変 長藩宥免建白 早川、六〓に建白 早川、中村円太の軽挙を諌める
        • 四 薩・筑・長連合策
          1010
          • 早川、対馬藩家老に薩長和合を説く 高杉晋作福岡に奔走 対帆楼の会談
        • 五 五〓西遷
          1021
        • 五〓赤間宿滞在 乙丑の獄 王政復古
        • 六 幕末の偉才徳重正雄
          1027
          • 石松伴六嫡子徳重正雄 ドイツ留学
      • 第二節 幕末期宗像の医師群像と定礼
        1029
        • 一 宗像の医師群像
          1029
          • 黒田斉清の蘭学政策 宗像の蘭医方の系譜 宗像の漢医方の系譜
        • 二 医師組合
          1034
          • 医師組合設立の起源 相互扶助・研修目的の医師組合
        • 三 種痘の始まり
          1039
          • 牛痘接種の普及 宗像郡の種痘接種
        • 四 宗像の定礼
          1042
          • 産児抑制の風潮と捨て子禁止令 捨て子養育の発起人忍照 本木村の定礼制 健保の源流宗像の定礼 健康保険制度の施行
        • 付 近世参考資料
          1046
          • 表I 郡奉行・郡代とその在任期
          • 表II 宗像郡中大庄屋とその在任期
          • 表III 徳重触(一部久末触)村々の庄屋とその在任期
  • 年表
    1055
  • 編集後記
  • 協力者・協力機関御芳名
  • 執筆者
  • 執筆分担
  • 主な関係者名簿
  • 参考文献目録
  • 図表一覧


MOKUJI分類:地方史誌