時局認識徹底方策

昭和14年4月28日 閣議決定

収載資料:国家総動員史 資料編 第4 石川準吉著 国家総動員史刊行会 1976.3 pp.468-469 当館請求記号:AZ-668-5

国民精神総動員新展開の基本方針に基いて、時局認識の徹底方策を講ずるに当りては、支那事変の本質に対する透徹せる認識に基き、国の内外に於ける実際の情勢と之に処する我国の根本目的並に其の実現方策を普く全国民に浸透するやう各方面に対して、具体的且有機的に知らしめ、「成程、日本は今容易ならぬ場面に臨んでゐる、世界史上一大時機を画する最も重大な地位に立つてゐる」といふことを、充分自覚せしむると同時に、「我が皇国の興廃は一に懸つて事変処理の如何に存する。如何なる苦難を忍んでも肇国の精神を世界的に発揚するやう、国民相共に誓つてこの光栄ある任務を成し遂げねばならぬ」といふ決意を固めさせ、以て国民の全能力を集中発揮して、強力日本を建設しなければならぬ。

一、何を徹底すべきか
(一)興亜大業の意義と帝国の使命
東亜全局の安定、世界永遠の平和の為にする東亜新秩序の建設は、帝国を中心として「日満支三国相携ヘ、政治・経済・文化等各般ニ亘リ互助連環ノ関係ヲ樹立スルヲ以テ根幹トシ、東亜ニ於ケル国際正義ノ確立、共同防共ノ達成、新文化ノ創造、経済結合ノ実現ヲ期スルニアリ」(昭和十三年十一月三日政府声明)
これこそ我が肇国の大理想に淵源する未曾有の大業であつて、之を完成することは、現代日本国民に課せられたる最も光栄ある責務であること。
(イ)支那事変の本質
今次の支那事変はその由て来た処遠く、国民政府多年の抗日侮日の根柢に横はる思想は、我が国体と相容れざるものであつて、事変の深刻なる所以亦此処にある。従つてこれが解決には国民政府を徹底的に潰滅して東亜の新秩序を建設しなければならぬ。而して東亜新秩序の建設は、日満支三国の互助連環関係の樹立を基調とするが飽く迄も日本が指導者であることを念としなければならぬ。
(ロ)東亜に於ける国際正義の確立
東亜の安定は世界政局上最も必要なことであり、之を実現することが、国際正義の確立である。而して先づ植民地的状態から東亜を離脱せしめることが、東亜に於ける国際正義確立の第一歩である。
(ハ)共同防共の達成
(1)防共協定は、今後益々強固ならしめねばならぬ。
(2)東亜に於ける共同防共を確立しなければならぬ。即ち支那共産党を撃滅し、其の他の東亜各地に於ける共産的分子を掃蕩しなければならぬ。
(ニ)新文化の創造
新文化創造の要諦は、日本文化を発揮して東亜を撫育するに在る。即ち一方に於て日本文化を益々醇化発達せしめると同時に、その日本文化を以て支那文化其の他に新生命を吹込んで更生再建せしめる所に存する。
(ホ)東亜経済ブロックの結成
東亜新秩序の建設は、東亜経済ブロックの結成に待たねばならぬ。それには日本の指導的立場の確立が根本である。即ち日本経済の強化を図ると共に、これに基いて他の経済を指導すべきである。日本と他との関係は、相互扶助の経済関係を確立するにある。
(二)国際情勢の変移と日本の決意
(イ)援蒋諸国の動向に徴し、帝国の意図する国民政府の潰滅、東亜新秩序の建設に対する第三国の干渉に対しては、相手の如何を問はず、断乎としてこれが排除に当る国民的決意を確立せねばならぬ。
(ロ)世界は今や再び世界戦争への危機に直面してゐる。この騒然たる国際情勢に処する我国としては、独自の立場に拠り、東亜に於ける唯一の強大国としてその指導的地位を確立し、以て東亜全局の安定に努力邁進しなければならぬ。
(三)長期建設の遂行と国力の充実
以上に列挙する大使命を負担し、長期建設を遂行する為には、国家総力の飛躍的増強を期し、就中国防力特に軍備の充実を図りこれに伴ふ経済上の難局、戦時財政の実体を正確に理解し、当面における物資需給、物価調整等の諸問題を克服し、国家総動員体制の確立、生産力の拡充に努むること。

二、如何にして徹底すべきか
(一)以上の点に関し政府は常に時局の進展に応じ新事態の発生とこれに伴ふ施策とを一般国民に向つて速に諒知させること。即ちこれがためには、官民各部の啓発宣伝機関を総動員してあくまで実効を期すること、殊に権威ある実践網の整備確立を急ぐことが最も重要である。
(イ)啓発宣伝の徹底
官民各部の啓発宣伝機関、別けても新聞雑誌の全的協力を更に強化すること。
(ロ)実践網の整備確立
権威あり最も信頼し得る実践組織を国民各階層の間に整備充実することが喫緊の急務である。
(1)既にその整備を見たる方面にありては、これが運用を万全ならしむること。
(2)中央、地方共に実践網指導者の養成施設に力を用ふること。
(3)指導者の選任には特に意を用ひ真に適材をこれに当らしむること。
(二)都会生活の特殊性より生じ易き人心の弛緩を克服し、その緊張味を醸成するため、国民の時局認識に逆行する様な政治的社会的その他の不健全現象を絶滅すること。たゞ之が為に市民生活の萎微退嬰を来すことなき様、常に溌剌たる意気を振作する施設に留意すること。

三、実施上の注意
以上の実施に際しては、次の諸点について一般の注意を加へつゝその効果を確保せねばならぬ。
(一)官民各部の啓発宣伝機関の総動員に当つては、相互に矛盾の起らぬ様調整すること。
(二)時局認識に基く実践は形式に流れることを排する。苟も上辷りがあつてはならぬ。実質的に且具体的に各地の情勢に応じ国民各層の実生活に即せしめねばならぬこと。
(三)時局認識徹底の効果を随時検討すると共に従来の方法について此の際再検討を試み是正すべき点は、速かに是正すること。