昭和22年度予算編成方針

昭和21年10月24日 閣議決定

収載資料:昭和財政史 終戦から講和まで 第17巻 大蔵省財政史室編 東洋経済新報社 1981 pp.969-971 当館請求記号:DG15-19

現下喫緊の要請は「ポツダム」宣言の忠実な履行により、連合国に対する責務を完遂すると共に民主化せられた体制の下に於ける経済の再建と健全なる勤労とを基調とする国民生活の安定を図ることである。
翻って財政経済の現状を視るに、経済圏の縮小、生産設備及び輸送手段の損耗、在外資産の喪失等我国経済力の蒙った打撃は極めて深刻であるに対し、一面進駐軍経費、同胞引揚費、失業対策費等敗戦後の事態に伴ふ財政負担は巨額に達し、ために財政と経済力とは著しく均衡を失し、巨額の赤字を予算の上に出すに至ってゐる。しかもこの状態は今後相当期間継続する危険をはらんでゐる。これ全く
(一)戦争のため我経済力が著しく損耗したこと。
(二)終戦後の事態処理に伴ふ支出が巨額に上ること。
に基くものに外ならない。
従ってこれに対処する方法としては
(一)凡ゆる努力を傾注して経済力の回復乃至培養を図ること。
(二)財政処理も亦この目的に集中すること。
(三)以上の目的に直ちに副はず又はこれに関連の薄い財政支出は徹底的に圧縮すること。
により極力財政資金の節約を図るより外はない。
もとより財政は其の収支の面だけ均衡を得さへすれば、それで能事が終ったとは称し難い。国の経済力を出来るだけ稼動せしめ、国民所得を増加せしめることこそ財政の第一義とすべきである。従って
(一)稼動せしむべき労力、設備、資材の存する限り又
(二)生産財の生産と消費財の供給との間に不均衡を生ぜぬ限り
財政は時に赤字を現しこれを国債の発行に依って支弁しても決して不堅実とは云へない。況んや其の国債の発行が国民の貯蓄に依って消化せられる限度に於ては寧ろ租税よりも此の方法を採ることが適当と考へられる場合がある。
然し今日国民は一般に財政の放漫なる支出によるインフレの激化を危惧して居る実状であって、財源を国債に求めることはこの心理的影響を考へ、厳に前記の範囲に限るべきは勿論、寧ろこれより以下に止めることが絶対に緊要である。幸にして今春来の経済の推移は銀行券こそ相当膨張してゐるが、その他の指標は概ね良好である。此の際財政処理さへ適切に行はれるならば、我国経済の再建復興は期して待つべきものありと確信する。
如上の観点から昭和二十二年度の予算編成に当っては財政の健全性に対する国民の信頼を確保すると共に経済力の回復乃至培養を図ることを目途として左記各項の方針によることとする。

第一、歳入
一、財源の培養を考慮しつつ、歳入全般に亘り徹底的検討を加へその増収を図ること。
二、国民所得の急激な増加と所得分布の著しい変化に適実に即応し得る様税制の改革を行ふこと。
三、租税及び税外収入の増加を確保する為歳入徴収機構を刷新充実すると共に徴収方法の質的改善を図ること。
四、専売事業の改良拡充を図りその収入を増加すること。
五、国有財産に付ては生産に寄与するやう有効な処分を積極的に行ふこと。尚証券等の形式により国有財産の資金化を図ること。
第二、歳出
(一)一般的事項
一、基準的と認められる経費は固より当面重点的に遂行すべき緊要施策の経費に付ても前文に述べた趣旨に基き財源調達可能額の範囲に限定すること。
二、凡ゆる経費を通じその有効性に付て徹底的に検討を加へ、且つその計上に当っては厳に科学的基礎に立脚すること。特に経費の生産性に着眼し、生産活動の増強を齎し得るものに付ては充分考慮を払ふこと。
三、重要物資を多量に必要とする種類の経費に付ては、物資の配当関係、手持状況等を考慮し、需給の適合を失せざるやうこれを定めること。
四、昭和二十一年度改定予算成立の遅延せる事情に鑑み、その実行状況を充分考慮すること。
(二)行政機構
五、中央及び地方を通じ、行政機構の組織及び運営を合理化し、経費の節約を図ると共に行政能率の向上を図ること。これがため官吏特に第一線行政の実務に当る者の資質を向上せしめるため、教育研修制度の充実、給与制度の刷新、その他必要な措置を講ずること。
六、北海道の重要性に鑑み、その拓殖行政の所管に付再検討を加へると共に、拓殖計画の内容に重点的改変を加へること。
(三)産業政策
七、我国技術及能率の水準に顧み、官民を通ずる試験研究施設の刷新を図り、技術の高度化と能率の増進のため実効的方策を講ずること。
八、生産増強の重点を食料、石炭及び輸出物資に置き、その他のものに付ては先後軽重を周到較量すること。
九、産業の復興資金に付ては財政支出によることなく、一般の蓄積資金に俟つを原則とすること。
十、通信及び輸送力の維特回復に新工夫を施すこと。
(四)補給金、補助金
十一、価格調整補給金及びこれに準ずるものは廃止すること。
但し事情やむを得ざるものに付ては短期間に限り経過的に緩和の措置を考慮すること。
十二、産業に対する補助金に付ては、事業の生産性、緊要度を考慮する等、合理的標準の下に徹底的整理を断行すること。
(五)就業及び社会政策
十三、就業対策としては
1、一般産業活動の再開によるの外、再生産的公共事業を実施すること。
2、右事業の実施に当ってはその効果、資材、労力等の事情を考慮の上優先順位を決定すると共に各官庁を通ずる統一的方針による事業の遂行を図り以て総合的効果の発揚に努めること。
3、失業者に対する救済金支給等単なる購買力の附加となる方策は極力これを避けること。
十四、大規模にして恒久性ある社会保険制度の実施は、財政経済の現状に鑑み、差当りこれを見合すこと。
十五、海外引揚者等の厚生に付ては、一般産業への吸収、公共事業による就業によると共に、救済を必要とする者に対しては生活保護法の運用により所要の措置を講ずること。
十六、戦災地の復旧は強力に行ふべきも資材等の関係を充分考慮し、徒らに資金の撤布に終らざる処置を講ずること。
(六)保健衛生
十七、疾病予防及び公衆衛生対策を振興するため
1、公的医療衛生施設の整理を行ふと共に
2、緊要医薬衛生材料の生産及び配給の確保を図る等
以て、医療衛生の根本的整理刷新を期すること。
(七)教育文化
十八、学校及び社会教育制度についてはその内容の充実を第一義とすると共に、教育の機会均等及び育英制度の拡充を期すること。
十九、戦災学校の復旧は必要と認めるも、それがためには先づその配置等につき根本的検討を加ふべきこと。
二十、科学の振興、芸術文化の保存発達に関し適切な措置を講ずること。
(八)国債費
二十一、国債の利払は現行通り実行すること。
(九)在外財産及賠償物件の補償
二十二、在外財産及賠償物件の補償は財政の現状に鑑み別途考慮すること。
但し引揚者の預貯金等に付ては至急適当の処置を講ずること。
(十)終戦処理費
二十三、設営に関し政府の主動的監督を実行し得る態勢を整へると共に、資材の官給、調弁価格及び労賃の全般的調整等の措置を講じ以て施設費の効率的使用と節減とを図ること。
第三、企業会計
企業特別会計(通信事業及び帝国鉄道等)に付てはあくまで独立採算を建前としその収支均衡を回復し得る如く速かに具体的方策を講ずること。
第四、地方財政
地方制度の改正に伴ふ中央地方を通ずる税制の改正、国費地方費の負担区分の改定を行ふと共に、地方財政の自主的且つ弾力的運営を図ること。
第五、予算制度
(一)新憲法に即して予算制度を改正すると共に、予算の形式等に付ても根本的な改善を加へること。
(二)特別会計を整理改廃すること。
第六、連合軍司令部への懇請
左の事項に関し連合軍司令部に懇請すること。
(一)我が国経済力の窮乏特に資材の絶対的不足の現状に顧み住宅、兵舎その他の連合軍関係工事に付規格規模等を低下又は緩和し且つ所要の資材を無償又はクレヂットにより輸入せられたきこと。賠償物件撤去に付ても同様措置せられたきこと。
(二)経済の再建、就労の促進を図るため必要なる資材に付可及的輸入を許容せられたきこと。
(三)日本政府に対する連合軍司令部各部の指示乃至は要望にして財政負坦を伴ふものは我が国財政の現状に顧み統一的方針に基き処理調整の上指示せられたきこと。