終戦処理費についての連合軍最高司令部への申入

昭和21年11月25日 閣議了解

収載資料:占領軍調達史 占領軍調達の基調 占領軍調達史編さん委員会編著 調達庁総務部調達課 1956 pp.212-216 当館請求記号:317.29-Se186-s

一 終戦処理の予算の実行状況及び主としてその財政に及ぼす影響に付て申述べまして貴司令部の御考慮を煩し度いと存じます。
二 昭和二十一年度の終戦処理費の予算額の決定に当りまして、貴司令部が我国の財政上の負担と産業並に国民生活に及ぼす影響を考慮し、本年度に於ける住宅建設戸数を減少せしめ又、物資の所要量、規模等について格段の措置を講ぜられたことは政府の深く感謝する所であります。
三 昭和二十一年度の終戦処理費の予算額は貴司今部の意向により其の総額を百九十億円と決定せられると共に、経費の内訳に付ても総て貴司令部の指示により計上致したことは御承知の通りであります。
四 「ポツダム」宣言の誠実な履行は現下我国に課せられた最大の責務として政府に於て固く期して居る処でありまして、総ての施策は常に茲に指向せられているのであります。
従つて貴司令部並に隷下各軍の指示せられる工事施設の実施に当りましても、政府各機関はいやしくもその指示意向には一切背馳しないように万全の努力を尽して居るのであります。然るに終戦後の我国経済の実情は未だ混沌停滞の状態より立直ることが出来ず、各種の資材の生産は容易に回復の方向に向はず、我国の経済の維持のため必要な最少限度の需要すら充足するに困難な状態であります。
かかる情勢の下に進駐軍の指示せられる規模規格工期により工事施設を実施することは極めて困難であり、従つて屡々非経済的手段をとらざるを得ない実状でありまして、その結果遺憾乍ら終戦処理費の所要額は当初の予算額の百九十億円では甚だしい不足を生ずる情勢となつて参り、現在の所では年度内恐らく五百億円程度を必要とするのではないかと見込まれるのであります。
主要な項目別に予算額十月末迄の使用済見込額、十一月以降の所要見込額及び年間所要見込額を申述べますと別表の通りであります。
五 斯くの如く終戦処理費が予算額に比し実行上遙かに超過する見込となつた原因を更に仔細に検討致しますと
(一)住宅新営の如く計画が予め定つて居るもの(予算額五三億円、全体の約二七%)
(二)兵舎工事、一般設営の如く随時設営其の他について指令の出るもの(予算額一三七億円、全体の約七三%)とに分けて考えられるのであります。
(三)住宅新営の如く計画が予め定つて居るものの経費が予算の見込を超えるのは単価の値上り等に基くものでありまして、その主な原因は次の通り考えられるのであります。
(1)資材は原則として官給に依ることを予定し、その価額は公定価格を前提として居るのでありますがその公定価格が爾後引上げられたものの生じましたこと。
(2)資材の需給関係は生産の不振、「ストツク」の涸渇、副資材の調達難等のため極度に逼迫して居り、貴司令部の好意による特殊物件の活用についても充分努力して居るのでありますが、尚工事の実施に当りましては兵舎及び一般建築については九〇%、住宅建設については土木工事建築工事ともに四〇%、電気工事二〇%、管工事五〇%程度の資材を闇価格で購入しなければならないと謂うやうな事情のため資材の実際の取得価格は予算の見込以上になつて居ります。
(3)設営工事に必要な特殊技能者熟練労働者等は目下払底を極めて居り需給関係が「バランス」を失している一面、労務及び賃銀の統制が実行し難い事情と相俟って賃銀の昂騰は極めて著しいものであります。例へば大工の賃銀で一日百五十円と謂う事例もあります。
(4)設営工事の期限が短期日に指定せられる事も値上りを来す原因であります。即ち政府に於て調達する資材は間に合はないので実際使用せられる資材は閣市場に頼らざるを得ず、又労務者は徹夜をなすため労賃は愈々割高となる等工事の施行に無理が伴い工事費が愈々増加する結果となります。
(5)又連合軍より兵舎、住宅等の建設命令の発せられた初めに於ては日本政府の設営工事監督の機構整わず、而も運合軍の命令を急速に実施するため民間の工事施行者に対し工事に伴う経費の金額に顧慮することなく只管連合軍の指示通り工事を完遂する様依顧した事例も少くない経緯もあり、これ亦設営費の高価を来した一つの原因であります。
(6)右の様な単価の値上りに因るもの以外に現地部隊から設計基準以上のものを要求されることも経費の増大を来した一因で、概ね一戸当り六六〇平方米であるにも拘らず実際上は一一〇〇平方米以上に達するものが少くなく、従つて屋外工事費に著しい増大を見るに至つているのであります。
(四)兵舎工事一般の設営の如く計画の全体が予め示されず必要に応じ随時設営の指令がある場合、経費が予算の見込を超えるのは右に述べた資材賃銀工期等の関係の他、次の如き事項が考えられるのであります。
(1)計画の全体が予め定つて居ないため設営の指令は必要に応じ随時連合軍の現地部隊等より発出せられ、勢いその設営の種類、規格、量等は無制限となる結果を来し、設営に必要な経費は予算の金額に拘束せられず膨張する始末となつて居ります。此の事も終戦処理費の所要額が予算を超過するに至る重大な原因となつているのでないかと思われるのであります。
(2)設営の規模場所等について日本側として予知し得ないことが多いことは固より、設営自体が現地部隊と業者との諒解の下に従つて予め日本政府関係機関が知らない間に開始せられる場合がある等のため、契約の締結は固より現場監査を行うに必要な準備を事前になし得ないことが多いのであります。
(3)現地軍等における設営施行者の指定は原則的には取止められてありますが、実際は推薦して来られることが多いのでありまして此の場合日本政府に於て施行者を変更することはこれに伴う全責任を日本政府が負担すべきこととなり、一面当初から工事期等に無理が多いため責任をとり得ない関係上、実際問題として施行者の変更は困難であります。而してこれ等の設営施行者は経費を顧慮することなく設営を実施する事例が少くなく、これに対し日本政府は有効な統制をなすことは実行困難であり、業者の利潤等に対する統制が適確を欠く場合が多いのであります。
(4)設営の規格及び設営に必要な資材、労務の関係に於て設営に計画のある場合に比較し一層無理が多いのであります。
六 右の諸事情により終戦処理費の金額が著しく予算を超過せんとする情勢に対処致しまして、日本政府としては色々努力致して参つたのであります。即ち
(一)資材の生産を増加するため、貴司令部の各般の援助に依り凡ゆる施策を講じて居ることは御承知の通りでありますが、生産条件の基調は好転を見るに至らず、特に近時の労働情勢の悪化により資材の増産は容易に期待し得ないのであります。
(二)資材の「ストツク」の動員は貴司令部の配慮に係る旧陸海軍の特殊物件の活用を初め、最近に於ける鉄管類の在庫調査、鉛屑の回収に関する法的措置を講ずる等の努力を致して居るのであります。しかし「ストック」の涸渇の事情とも相俟つてその成果を十分に期待することは困難であります。
(三)設営施行者の利潤統制については設営の種類に応じ基準単価を設定し、又監査人員の強化拡充を計ること等の方法に依り努力致して居るのであります。
(四)設営現場の監査については日本政府としても約二千人を超える監査従事員を増員したのでありますが、尚今後監査実行の結果に鑑みまして実効性ある場合に於ては更に監査従事員の充実を図る方針であります。
(五)従来設営工事については戦災復興院と終戦連絡事務局とに於て実施して来たのでありますが、業者の統制資材発注の一元化、工事費単価の合理化等の見地から今回其の実施機関を戦災復興院に統一することと致したのであります。
七 之を要するに日本政府としては工事の施行が効率的に行われる様凡ゆる努力を傾けて居るのでありますが、実際上の効果は遺憾乍ら制約せられて居るのでありまして、是非とも貴司令部の好意ある御援助、御協力を能う限り御願いする必要があるのであります。以下貴司令部の御援助、御協力を懇請致す事柄につきまして大略申述べることと致します。
(一)設営計画が予め定つて居るものについては左の事項の実現方を取計られ度いのであります。
(1)前述の如く、資材の需給関係が窮迫してゐる現状に顧みて所要の資材又はこれを製造するに要する原料機械(例へば燃料運搬具)を無償又は「クレヂツト」に依り至急輸入せられる様取計はれ度いこと。
(2)設営の期限を緩和せられたく、住宅新営の場合は設営指令の正式発出後少くも六ケ月、其の他の工事については工事の規模、所要資材の調達状況等を勘案した期間とすること。
(3)設営の規格を低下し、規模を縮少する等により、出来る限り簡素化せられ、又中央に於て決定せられた設計基準は現地部隊等に於て濫りに変更されないようにせられ度いこと。
(4)設営指令の発出の時期と設営着手の時期との間に相当の時日(少くとも一ケ月)を置き、着工前計画書を作る等のため必要な時間的余裕を置かれ度いこと。
(二)設営の計画が予め定つて居らず、指令が随時発出せられる場合については右(一)の要請の外、左の事項の実現方を取計われたいのであります。
(1)司令部に於て各軍の適当な担当官毎に一定期間内の設営計画に関する指定の枠を金額を以て定め、各担当官は右の金額を超えて設営の指令を為さないこと。
(2)日本政府は司令部より右担当官毎の割当の通知を受け、関係機関に於て之に照応する措置をなすこと。
(3)全国に亘り現に新たな設営の指令が刻々発せられ、新たな設営が着手せられている実情でありますから、右(1)、(2)の措置が取られる迄の経過的措置として真に緊急已むを得ないもの以外の設営に付ては、新規の指令の発出は固より指令の発出前、事実上設営に着手して居るものに付いても一応すべて中止するの措置を取られ度いこと。
(4) 設営の指令は業者に於て見積書を作成し得る程度の詳細な計画書を添へ、担当官より着工前に相当の時間的余裕を置いて日本側に手交せられ度いこと。
(5)設計の変更、所要資材の規格の変更(例へば木材の寸法を短物より長物に変更する等)仕上工事の変更(例へば壁の塗替、調度品の取替等)極力之を抑制し必要已むを得ないものの外は取止めること。
(6)工事施行者の選定は日本政府に一任せられ度いこと。軍担当官よりの工事施行者の推薦は前述した如く弊害を伴うから取止めること。
(7)所要資材の代替品の使用を許容せられ度いこと。但し日本の現在の貧弱な資材の状況に於てはある時期に於て代替品として使用可能であつたものも忽ち調達困難となり、代替使用不可能となる場合が多い故、具体的に資材名を挙げて御願いすることはその都度行うこととし、ここには包括的に御了解を願い度い。
(8)設営はその必要度の順位を司令部において附され、労務資材等の調達に無理を起さないようにせられ度い。
(三)要するに、設営の経費に付て本邦の財政経済の状況に相応じた一定金額の限度に止め、この金額を超過する設営は取止めるか又は後に繰延べることとし、この方針に反する出先部隊等の要望は凡て抑制せられ度いのでありまして、これが貴司令部に対する懇請の眼目であります。
八 冒頭に申述べました如く、日本政府としては「ポツダム」宣言の誠実な履行は万難を排して之を行う決意でおることは今更申上げる迄もない所でありまして、貴司令部及び各軍の指示せられる各種工事の実行に付ても、凡ゆる困難を冒し完遂するは固よりであります。
しかし乍ら、終戦処理費の総額は現在の処一応本年度内五百億円程度と推定致したのでありますが、しかも各軍等から如何なる工事の要求が出るかも知れず、日本政府には全くその予定が出来ません。
仮に右の五百億円程度に止まると致しまして当初予算の百九十億円を超ゆること三百億円以上に達し、本年度歳出の半額以上を占めるに至ります。かくては到底インフレは防止し難いと憂えられます。
報道によりますと「オーストリア」の経済の安定のため同国の占領費は予算の三五%を占めていたのを第二・四半期三〇%に逓減せられ、第三・四半期には二〇乃至二五%に逓減を予想せられており、更に米国代表側は一五%程度とすべしとの見解である趣でありまして、我国に於ける終戦処理費の全額に付ても此上とも御配慮を願い度いのであります。
又日本政府の懸命の努力に拘らず、石炭鉄鋼等の基礎的産業は容易に好転を見るに至らず寧ろ産業経済の基調は悪化を憂慮する見解もある折柄、日本経済立直りのため必要な基礎的資材が優先的に連合軍用に先取りせられることは、経済力の困憊を極めて居る現在、産業の一部門から他の部門へと全部門に亘り拡大的に悪影響を招来波及せしめ産業経済の再建を益々困難ならしめる実状にあります。
日本の現在の産業経済界の前途は未だ暗憺たるものがあり、全国民は斉しく犠牲を甘受してその打開に努力致さなければならないものがありますが、連合軍の関係工事に従事する工事施行者が不当の利益を収める結果となることは人心に与える悪影響は測り知れないものがあります。又娯楽施設等にしても連合軍の占領目的達成のため必要でありませうが之等の施設が本邦の産業の復興、民生の安定を犠牲として着着整えられて行くとの感を一部国民に与えていることも事実であります。又既に憲法によつて戦争の放棄を宣言せる我国において、進駐軍は何故かくも各所に大規模の軍事施設を構築するかとの疑問も民間には抱かれつつあります。此の点に付ても貴司令部の御考慮を煩はし度いと思うのであります。
尚、終戦処理費の今年度の不足額についてはいづれ今回の議会(第九一回)に追加予算を提出せねばならぬと考えますが、これについて司令部の何等かの積極的援助の声明を伴はねば議会の論議は紛糾し、社会にはインフレ必至の印象を与え、内閣は非常な苦境に陥ることは明かであります。
右の次第でありますから政府と致しましては、本件要請に対し貴司令部に於て何分の御考慮を煩し度いことを御願いする次第であります。