緊急経済対策

昭和22年6月10日 閣議決定

収載資料:昭和財政史 終戦から講和まで 第17巻 大蔵省財政史室編 東洋経済新報社 1981 pp.48-51 当館請求記号:DG15-19

国家財政は赤字をつづけ、重要企業も赤字になやみ、国民の家計もまた赤字に苦しんでいるのがわが国経済の現状である。このような事態は決して永つづきしうるものではない。何故かといえば、それは一方においては、国の経済全体として再生産の規模を日一日と狭めてゆくことを意味し他方においては悪質なインフレーションの進行を終には避けられないものとするからである。
去る三月二十二日付のマッカーサー元帥の吉田前総理大臣宛の書簡は、このような経済の実情と、その打開の方途とを早くも明瞭に指摘しているのであつて、われわれ日本国民は、その先見の明に敬意を表するとともに、難局打開の重点が、新奇な方策を案出することにあるよりは、むしろ、たとえ云い古るされた政策であつても、それを誠実果敢に実行面においてつらぬきとおす点にあることを、この際特に銘記するのである。
終戦以来すでに二年にちかい、しかしわれわれは、敗戦の現実がもたらす諸々の辛苦から未だ解放される時期にいたつてはいないにも拘らず希望をもちうるのは、国民挙げての努力を通じて、われわれが歩一歩民主的な独立国家への発展の途を前進していると確信するからである。いろいろな形での正常的な国際関係への復帰の時期は次第に近づいてはいるが、かかる目標に到達するための最低限度の条件は、われわれ自身が此の際先ず自力を以つて、経済安定のためにできるかぎりの施策を行なうことにある。
そのことは、具体的に云えば決してなまやさしいことではないだろう、長い眼でみて、われわれを救うものが、結局において、今日における耐乏と、協力とそして血と汗との労働のほかにはないことを、十分に自覚しなければならない。しかし、分配の公正化と不当な利得者の排除に一段の努力を払い、まじめにはたらくものどうしが、今までよりはもつともつと直接につながり合う体制を生みだすことによつて、窮乏の生活もそれだけ堪えやすいものとすることができよう。
右のような考えを基本的な態度として、政府は、当面の危機をのりきるために次の八大項目を重点とする総合対策を実行する。その各々についての更に具体的な展開は逐一公けにしてその都度国民諸君の協カを求めたい。

第一、国民生活、特に国民の勤労の基礎である食糧を確保することがすべての根本であるから、これ以上の遅配をくいとめ、横流れを絶滅するために、あらゆる努力をつくす。
一、主要食糧の供出制度を根本的に改め、民主的な組織を通じて、肥料その他の生産資材を作付面積、地力等に応じて先割当し、これに対応する生産計画量を概定し、これをもととして供出割当を行うようにする。
二、新麦、新馬鈴薯の政府買上価格を改訂物価水準に合せて改正し、又供出報償物価のリンク制の内容を改善する。
三、供出を完納した農民が縁故のある都会住民に公正な経路によつて一定数量の主食を送ることができるような途をひらく。
四、主食の中心が当分米以外のものとなることは避け難いので、食生活の改善特に蛋白資源の確保に重点をおき鮮魚介品の統制を確実に実行すると共に、加工水産物にもその適用範囲を拡大する。尚その他副食品、調味料の増配を併せ実行する。
五、消費都市の蔬菜類確保のために、特産地の復活を助長してこれを消費都市に計画的に連結させ、又都会地の家庭菜園による自給を一層徹底させる。
六、労務加配の運用は、勤労の実情にあうように合理化するがその基準量はかえない。
七、全国にわたつて、正常な配給品によらない料理店、飲食店等の営業をやめさせる。
八、当面の食糧危機を救いうるか否かは農民の自覚による供出如何にかかつている。政府は、農民の一層の努力を期待するとともに、これを妨げるものに対しては、断乎たる態度を以てのぞむ。
九、水産の増加をはかるため、漁業の科学化、漁場の拡張、資材の重点的確保に努める。
十、以上の国内施策の完遂を前提として政府は食糧輸入の懇請に全力を傾注する。

第二、食糧の確保、物価の安定その他凡ての経済安定施策のかなめである物資の流通秩序を確立する。
一、基礎的な生産資材、重要生活物費、主要食糧等徹底的な統制を必要とする重要物資は公団方式によつて配給を確保する。
二、統制の必要が右に次ぐ物資については、現在の割当切符制を継続又は新に適用するものとし、割当物資の流れを最後までつかんでその経路と使用実績を明らかにするように切符制度の運用に改善を加える。
三、割当制度については、実績主義、能力主義を排し、能率と手持資材の活用とを主眼として企業の公正な競争を助長するように改める。
四、隠匿物資の摘発活用を強力に推進する。
五、取締の重点を経済行政の監査と大口の経済違反行為及び闇ブローカーの摘発に置く。
六、輸送統制を強化して、闇物資の移動を抑制する。

第三、これまでの経済の推移の結果、現行公定価格がまじめな産業企業の活動を著しく妨げている現状にあるので、この際賃金及物価を全面的に改訂してその維持安定を図る。
一、公定価格の全般に亘り、速かに且つ総合的にこれを改訂調整し、この新価格体系を堅持する。
二、価格の決定は原則として原価主義をとるが、利潤、原価償却等の原価要素の算定については、各産業の特性に応じて適当な調整を加える。主要農産物の価格は、農業生産に関係ある鉱工業製品の価格との間の均衡を基礎としてこれを定める。
三、赤字補償、価格調整補給金は原則としてこれを廃止するが、経済の総合的観点から特に必要とされる場合にかぎりこれを認める。
四、価格改訂によつて生ずる差益はこれを国庫に徴収する。
五、価格公定の実益の乏しい雑品は、物価統制の対象から除き品目を整理する。
六、賃金と物価との関係については、公定価格による正規配給量の増加に重点を置き、これによつて実質賃金の充実、貨幣賃金の維持を図り、実質的にその安定を齎らすに努めることを主眼とし、形式的な賃金停止乃至は統制の措置は行わない。
七、貨幣賃金は、右の趣旨にもとづき、改訂さるべき公定価格と消費財の正規配給量とを、同時的に考慮しながら定めるのを原則とする。

第四、通貨面よりするインフレーションの要因を除去するために財政金融の健全化を図る。
一、財政は、国民経済全般の円滑な運行及び再建に最も効果的ならしめることを主眼とし、健全財政主義を堅持する。
二、歳出の節約繰延を図るために実行予算を編成する。
三、已むを得ない歳出の増加は、極力現行税制の適切な運用によつて補填するが、事情によつては増税を考慮する。
四、徴税機関の拡充、税源補捉方法の改善を行い、インフレ、闇利得者等に対する課税を強化する。
五、企業会計については、独立採算制の本旨を徹底する。
六、予算実行上の監査を励行する。
七、融資統制を継続強化し、赤字金融は厳にこれを抑制する。但し重要産業に必要な資金はこれを確保する。
八、通貨発行審議会の機能を活用し、国庫収支及び産業資金の適時調整を実施して、通貨発行量の限度の合理的規正に資する。
九、貯蓄増強運動を強力に継続展開する。

第五、経済回復の根本は生産増強と生産能率の向上である。政府は重点生産の継続と企業経営の健全化を中心としてその実現を図る。
一、石炭を中心とする基礎生産財の増産及び海陸輸送力の充実に対する重点集中を継続する。
二、経済復興会議との緊密な連絡の下に、積極的に合理的な産業別整備計画を確立実施し、生産能率の最大限の上昇を図る。
右と関連し、産業再建に明確な指針を与えるため、長期経済計画を策定する。
三、科学技術を結集し、その協力の下に、国内資源の徹底的開発活用を行う。
四、顕著な過剰労務を擁する企業については労務者の合理的な配置転換を促進する。
政府事業においても、率先して右の措置を講ずる。

第六、勤労者の自覚による勤労能率の向上こそ生産増強の原動力であるから、政府は勤労者の生活と雇傭との確保に必要な手段を、乏しい国力をさいても実行する。
一、政府は労務用物資の確保や勤労者住宅の整備に努める。経済復興会議を中心とする経営者、勤労者間の積極的な協力体制のもとに能率賃金制の拡大、職場規律の確立等を図る。
二、輸出産業の振興等生産的な雇傭機会の造出及び拡大に画期的な努力を傾注すると共に、公共事業の実施によつて、できるだけ失業者の吸収に努める。
三、職業紹介機関の効率的な運営と職業輔導施設の拡充によつて、失業者特に引揚者の就職を促進する。
四、実業者の生活安定のため、失業手当乃至失業保険の制度を速かに設ける。

第七、食糧及び再建のため必要な基礎資材の輸入をまかない、ひいては東洋諸国の復興にできるだけの寄与を為すために国内消費の一時的圧縮を忍んでも、輸出の振興に力を注ぐ。
一、国内資源の著しく不足する現状に照し、加工貿易方式の拡充に努めるものとし、科学的な輸出計画を設定する。
二、輸出品、その原材料及び包装資材は、物資需給計画に特掲してその確保に努め、その内地消費への流出を防止する。
三、米国向輸出を増加するに努める外東亜諸地域との貿易の拡大を図る。
四、貿易の再開に備え、貿易関係者の創意に基く活発な活動を伸長させる如く経済制度の全般を通じ所要の改善を行う。

第八、以上の諸施策の実態を効果的ならしめるために、次の措置を併せ講ずる。
一、経済再建及び国民生活確保の基本となる産業について私企業がその本来の性質上過度の危険の危惧その他の理由により、所期の成果を挙げ得ない場合には、当該企業に対して所要の管理を実施する。
管理は、政府が企業経営に関して直接に責任がとれる体制をととのえるものとする。その実施に当つては、現在の勤労者の技能及び地位を尊重しその創意と経験とを活用する。
二、勤労者で組織する生産組合の形態を制度化して、その助長に努めると共に、協同組合の組織を、真に中小企業の共同施設を中心とするものに改める。