流通秩序確立対策要綱

昭和22年7月29日 閣議決定

収載資料:昭和財政史 終戦から講和まで 第17巻 大蔵省財政史室編 東洋経済新報社 1981 pp.330-334 当館請求記号:DG15-19

目的
生産及び輸出を計画的に増強し、また実質賃金の充実を通して貨幣賃金の高騰を抑制し、もって経済安定をもたらす最も重要な因子となるものは、効果的な配給統制と闇市場の撲滅であり、これに成功するかどうかが、今般の経済緊急対策の成否を決定する。政府は、経済緊急対策において、流通秩序確立のための方策の大綱を示したが、この際、いままでの政策をも改めて検討を積極消極の両面にわたって、凡そこの目的達成のために有効とみとめられるあらゆる対策を実行し、急速にその成果をあげようとするものである。

方針
(一)流通秩序の混乱は、経済のあらゆる分野における不合理の総合的な表現である。従って、これを改善する対策は、生産、配給、輸送、消費、財政、価格など、あらゆる分野から総合的に実施する。
(二)対策は、全国的規模の下に、中央政府、地方自治体、警察、実業界、労働組合、消費者団体などが一致結束し、全国民の積極的な支持を背景として実施する。
(三)対策の実施にあたっては、第一段階として、物価及び家計の安定に最も重要であり、かつ最も急速顕著に改善できるような品目に重点を集中するものとし、特につぎの品目に関する緊急対策は、概ね三十日以内に効果をあげることを目途とするが、制度の改正のように多少時日を要する施策や、その他の重要物資に対する対策も、第二段階として、概ね三ケ月乃至六ヶ月の間に効果をあげるように体制をととのえる。
(1)食糧
(イ)主食
(ロ)蔬菜
(ハ)鮮魚介
(ニ)主要調味料及び主要加工食品
(2)消費財
(イ)家庭用燃料
(ロ)衣料品、靴及び地下足袋
(ハ)石鹸その他の主要家庭必需品
(3)生産資材
(イ)石炭
(ロ)鉄鋼
(ハ)肥料及び農機具
(ニ)繊維資源
(ホ)ゴム及び皮革
(4)建築用資材
(イ)木材
(ロ)セメント
(四)取締りの対象としては、大規模乃至は常習的な闇業者に最大の重点をおく。
(五)流通秩序確立のための統制方式は、あくまで当面の窮乏経済を切り抜けるために必要な限度において採用するものであって、これをもって恒久的な制度とするものでないことは勿論である。

実施要領
第一、統制方法の改善
一、公団制度の改善と強化
(1)公団の業務活動を活発ならしめるために、次のようにその運用を改善する。
(イ)公団の運転資金の調達を円滑にするために、融資統制の運用に際して、復興金融金庫債券の市中消化を積極的に促進するような方法を講ずる。
(ロ)公団は、一時的な形においてのみ固定設備を使用することを許され、自からその所有権を取得することはできないのを原則とする。然し、保管設備、輸送設備など、業務遂行にどうしても必要なものが、一時的な形では利用できないという場合には、夫々の公団の主務官庁が自からこれらの固定設備を取得して、これを公団に利用させることができる。
(ハ)需要者が多数ある品目については、配給業務を円滑にするため、販売業者の一部に特別の許可を与えて、公団の代行販売人として活動させる。
(ニ)末端配給を円滑にするために、中小企業や消費者の組織する法令によって認められた協同組合を、販売業者とならんで活用する。
(ホ)公団の取扱品目の生産遂行に必要な副資材で、その取得のために他の方法がない場合には、公団は、経済安定本部の承認を受けて、これらの副資材の確保について生産業者を援助する方法をとることができる。
(2)公団の運営を民主的にするため、各公団が、代表的な生産業者、消費者及び専門家を招請し、その業務実施に関する助言や、情報や、批判をきくようにする。
(3)公団にも、取扱品目の販売業者に対する監督を行わせるとともに、不正な販売業者の保有品に対する強制買上の責任を負わせる。
(4)徹底した配給統制を必要とする基礎的な生産資材、重要生活物資及び主要食糧については公団を増設する。次の品目については、直ちに公団を設ける。
(イ)食品
(ロ)油脂
(ハ)酒類
(5)公団の業務運営に対する監督の適切を期するために必要があるとぎは、主務大臣はその監督権の 一部を地方行政官庁に委譲することが、できるようにする。
二、公団以外の政府配給機関
公団以外の政府配給機関の運営についてもその民主化及び改善をはかる。
三、割当切符制度の改善
(1)割当切符制度の適用に当っては、各品目の実情に応じて具体的に考慮し、画一的な運用をさけるものとする。この意味から、農林水産物、屑などの蒐荷については、割当切符制度は適用しないことに改める。
(2)割当切符制度の実施を円滑にするため、指定生産資材についても、指定配給物資と同様に、生産業者及び販売業者の登録制度を新設し、その両者について、つぎのような運用をする。
(イ)経済安定本部の定める審査基準に合致する資格、能力をそなえた者は、誰でも登録を受けることができるのを原則とするが、生産業者及び消費財の販売業者については、原材料又は取扱品目の供給量からみて、特に多きに過ぎる揚合には、政府は、一定の基準に従い、登録を拒むことができる。また消費財の販売業者については、購入者の選択によって登録する途を開く。
(ロ)登録を受けていない者には生産用資材の割当も与えず、又統制品目を取扱うことも認めない。
(ハ)登録を受けた者が、不正な行為をした揚合、誠実に業務を行わない場合、及び業務成績が甚だしく不良で、原材料の割当がきわめて不能率な結果となり又は取扱品目を配給することが適当でないと認められる場合には、政府は、一定の基準に従い、登録を取消すことができる。
(3)多数の小口の需要者に対しては、共同申請、共同割当の制度を例外として認める。但しこの場合、この措置によって、取引を制限するような協定が行われたり、割当が不当に行われたりするような弊を生ぜしめないよう留意する。
(4)割当方法を改善するため次のような方法を講ずる。
(イ)科学的な能率判定基準を作成して、これを割当量決定の基礎資料とする。この場合、手持資材の活用を重視する。
(ロ)次期の割当に際しては、割当証明書の還流状況を特に考慮に入れるとともに、生産業者については、割当資材と、それによって生産された製品の実績とを常に照合することに努める。このため、その照合に役立つような生産実績報告を確実に行わせるための制度を設けるとともに生産や出荷を確実に行わない場合には、次期の割当を停止又は削減するなどの措置を講ずる。
(ハ)手持資材の状況、生産の実情など割当の基礎資料を政府ができるだけ詳細に知ることができるように、適当な産業団体等に、政府に対して協力させる。
(ニ)主要食糧の総合切符制を改善するとともに、衣料品について速かに総合切符制を実施するほか、日用品、家庭燃料等の生活物資の割当についても、新たに、類別毎に総合切符制を採用するよう研究する。
(ホ)酒造用米、味噌醤油大豆など、指定配給物資を原材料用として割当てる場合には、指定生産資材の割当に準ずる方法を加味する。
四、リンク制度の計画化
(1)重要物資の生産を刺戟し、その公正かつ確実な出荷、輸送を促進するため、総合的なリンク制を計画的に実施する。このため、生活物資の総合的な需給を策定する。
(2)差当りのリンク制度適用の重点を次のものとする。
(イ)採炭夫に対する一定の食糧及びその他の消費物資
(ロ)漁業者に対する重油、魚網、綱などの漁業用資材及び食糧
(ハ)農民の食糧の生産及供出に対する消費物資及び肥料など
(ニ)重要物資のトラック輸送に対するガソリン、タイヤ
五、不急不要品の製造販売の制限の強化
(1)製造販売の制限の外に使用の制限、禁止をも行う。
(2)対象となる品目を追加する。
(3)仕掛り品その他現在の制度で取締りのできない不備の点を改正する。
第二 闇取引の撲滅
一、取締の重点主義の採用
(1)物的対象は、方針において述べたように、第一段階から第二段階にわたって逐次拡大していくが、その重点は、前に掲げたものの外、次のものに集中する。
(イ)配給統制の対象となっている生産資材及び消費財
(ロ)製造、販売、使用を禁止されているもの
(ハ)輸出入物資
(ニ)進駐軍需要に基づいて調達される物資
(2)人的対象は、次のものに重点をおき、内地人も第三国人も平等に取締る。
(イ)生産者からの横流れ
(ロ)大口及び職業化した販売業者、ブローカー等
(ハ)配給統制機関
(ニ)前に重点品目として掲げた食糧、消費財、生産資材及び建築資材については、たとえ少量ではあっても公然と統制に違反して販売する小売店、露店等
二、官庁、公共団体等の闇行為の絶対禁止
(1)政府機関又はこれに準ずるものが、自から闇購入をし、又は資材の闇価格を基礎とした工事請負契約をすることを絶対に禁止する。
これによって事業の縮小乃至遅延が生ずることがあってもあえて忍ぶものとする。
(2)予算支出の監査を厳重に行う。
三、輸送の統制と取締の強化
(1)主要生産資材及び消費財については、過渡期の混乱を起さないように十分注意しつつ、鉄道、汽船、機帆船及び数府県にわたるトラック輸送については、輸送証明制度による統制を実施するものとし、官庁又は公団の発行した正式の輸送証明書がなければ輸送を受付けず、輸送証明書なしで輸送したものは発見次第これを厳重に処断する方法を講ずる。なお同一府県内のトラック輸送については、荷主、荷受人、貨物の明細などを明かにした貨物輸送票を必ず携行させ輸送の内容をつかむことができるようにする。
(2)鉄道輸送については、更に生産地、消費地の主要駅における取締を強化して闇ブローカーの活動をおさえる。
(3)水上輸送については、港内における積卸の際の臨検査を励行するとともに、水上保安機関を整備して密航船の摘発に努める。
(4)道路輸送については、生産地と消費を結ぶ路線の枢要地点に検問所を設け、間隙のないように取締を行う。
(5)旅客列車又は検問所において行う取締に当っては、不当に国民の人格を傷つけるような行きすぎのないように留意させる。
四、公定価格表示の励行
(1)販売店舗における公定価格表示の制度を励行させる。
(2)末端配給において、品質、等級をいつわり、又は虚偽の公定価格表示をすることを防ぐため、できるだけ生産者の手許で、印刷又は証紙貼付などの方法であらかじめ製品に公定価格を表示させるようにする。
五 、闇の出所の閉塞
(1)企業が統制物資であるその生産品又は生産のための原材料を、従業員に現物給与することは、弊害のないと認められる特殊な場合の外は、絶対に禁止する。
(2)企業相互間における統制物資のバーターは、特別の事情ある場合の外は、全面的に禁止する。
(3)企業の自家消費分についても、右に準じて取締る。
(4)潜在物資を系統的組織的に追究し、任意供出又は強制買上の方法によって産業復興公団に一括集荷し、適正な用途に配給する。このため、従来の機構を一新する。
六、処罰の強化
(1)総合的取締によって、事前に防止することが闇撲滅の正道であるが、特に常習的な違反者に対しては、厳罰をもってのぞむ。
(2)没収に関する各種の規定を改正して違反事件にかかる物資の没収を広汎に行う。
第三、闇建築の排除
(1)現在の建築制限措置の不備な点を改正するとともに、その取締を励行する。
(2)建築費の高騰を抑止するため、標準設計に対する標準価格を設け、正当の理由なくして高価な建築費を要求する者に対しては、これを暴利として取締る。
第四、取締体制の整備
(1)経済安定本部の中央地方の監査機構を活用し、経済行政の監査に全力を傾けさせる。特に官公吏の腐敗に対しては徹底的に究明して経済安定本部から主務庁に通告して適宜の処分を行うようにする。
(2)経済査察官及び経済監視官は、行政警察上の臨検、検査の権限をもつ。
(3)経済統制の行政方針と、経済違反に対する取締方針とが表裏一体となるように、経済安定本部と検察当局との連絡を緊密にする。
(4)闇取引に対する全国各地の取締が、その重点や寛厳の度を区々ならしめることのないように、計画的組織的に取締る。
第五、国民運動の展開
一、流通秩序の確立は、全国民が一斉に協力して立ち上らなげればその成功をみることは困難である。政府は、次の方法により、活発な国民運動が展開されることを期待し、要望しかつ支援する。
(1) まじめな産業人の団体、労働組合、農民組合、文化団体等が中核となって、相互に闇の撲滅を助け合いかつ監規し合うこと。
(2)消費者が、健全な生活協同組合組織を発達させ、団結して、国家の統制秩序の下に、自から正しい配給に積極的に参加すること。
二、政府は、国民が、正しい配給方法と正しい価格を常に知ることができるように、中央地方のあらゆる機関とあらゆる方法とを使って、できるだけの宣伝啓発を実施する。