国際貿易憲章案に関する若干の見解

昭和22年11月11日 閣議決定

収載資料:経済安定本部戦後経済政策資料 第25巻 総合研究開発機構(NIRA)戦後経済政策資料研究会編 日本経済評論社 1995.5 pp.640-649 当館請求記号:DC55-E831

一.総論
今日日本の貿易は連合国管理の下に直接日本政府の行う処となっている。この国家貿易制度は全く特殊の事情に応ずる臨時的制限と思慮せられ、事情が変更し殊に対外為替相場の設定を見るに至るならば、私人による正常の貿易活動が回復されるであろうことが予期される。日本政府としては貿易伸張のためになるべく速やかに斯かる正常な貿易体制に復帰することが望ましいと考える。国際貿易憲章案の規定も現在のような国家貿易の体制下にあっては充分の適用が不可能な部分が相当あり、正常な貿易体制の下において始めて完全な意味を有つものであろう。然しながら日本政府としては現在においてもこの憲章案の精神及び規定に準拠してその政策を決定する意向ならびに主として関税問題に関する意見をさきに開陳したが更にこの憲章案に関連して関税以外の事項について若干の見解を述べることと致したい。なほこの見解はその大綱を述べたにすぎないものであることを了承せられたい。

二.貿易統制および為替管理
わが国の経済再建には今後相当長期間を要し当分の間食糧を始め原料品、復興資材を相当量輸入しなければならない。この輸入を輸出によつと(国立国会図書館注:原文ママ)賄うことは極めて困難であり、更に商船の激減、在外資産の喪失等により貿易外の収入も多くを期待し得ないためにわが国としては年々国際収支上相当の支払超過を続けなければならないことが予想される。
従ってわが国としては外貨資金を最も必要な食糧 原料品、復興資材等の輸入に充当し、不急不要品の輸入を抑制するため貿易及び為替の統制を行わなければならないであろう。この統制は現在では連合国管理の下に輸出入が直接政府の手によって行われているから、この国家貿易の運用によって目的を達することができるが、貿易が私人による正常取引に移されるに至れば新たに貿易統制及び為替統制の措置を講ずることが必要となってくるであろう。
この場合通貨準備が皆無と予想せられるわが国としては国際収支擁護のための輸入制限(第二十一条)が適用されるものと了解する。又輸入統制の実施に当たり憲章案の規定する原則(第二十二条第二十三条)に従って実施することについては別段の困難はないであろう。
為替管理については直接憲章案において規定されてはいないが国際通貨基金協定において戦後過渡期間(一九五二年三月一日迄)は為替管理の維持が認められているので、憲章案の下でもこれを禁止するものではないであろう。

三.補助金
現在わが国においては円価の対外為替相場が定められていないので、輸出品の円建価格と外貨建価格とは何らの関連なく前者は国内統制価格により、後者は海外市場価格により決定されているから憲章案第二十六条第二十八条にいう如き輸出補助金の問題は生じない。又わが国内法制上かくの如き輸出補助金を交付することを定めたものはない。しかしながら目下考慮されている輸出品価格の対外交換比率の設定が実行される場合には長年月の国際的孤立の結果わが国の物価体系は世界的物価体系から全く遊離した現状にあるため、或る種の産業には輸出を可能ならしめるよう調整金の交付又は実質的には複数交換比率の設定が必要とされることが予想される。調整金交付又は複数交換比率の設定は輸出補助金の一の形式と解されるならば、わが国経済の世界経済え(国立国会図書館注:原文ママ)の適応過程における暫定的措置として、これを例外的に認められることを希望する。日本政府としては右の如き措置が実行される場合においてもできるだけ速やかにこれを消滅させる方向に努力することは勿論である。憲章案も輸出補助金の撤廃について猶予期間を認めているから(第二十六条第三項)右日本政府の要請は承認されうるものと考えられる。

四.国家貿易と食糧の国家管理
現在の国家貿易制度が将来廃止される場合にも特殊の国家経営が維持されるものと予想されるものには、煙草、塩、樟脳の専売と食糧の国家管理とがある。煙草、塩、樟脳の専売の運営については、憲章案の原則に従うことには格段の困難は予想されない。食糧の国家管理については、わが国が今後相当長期にわたり相当量の食料を輸入しなければならないので、当分の間これを実施することが必要と認められる。この食糧の管理に当つては配給操作上輸入食料と国産食料との価格をプールせざるを得ないが、この価格操作は憲章案第31条の精神に抵触しないものと考える。

五.多角的貿易とバーター貿易
この憲章案は多角的貿易の実現を目的とするものと解される。しかしながら多角的貿易の実現には通貨の自由転換可能性を前提とするが、現在の世界各国の通貨事情は必ずしもこの前提に添わないようである。わが国の貿易は元来弗地域に対しては輸入超過であり、ポンド地域、その他の非弗地域に対しては輸出超過であって、各国通貨の弗えの(国立国会図書館注:原文ママ)転換困難なる現状においてはわが国を国際収支上困難な地位におとしいれる。この解決方法として当面わが国としては、輸入をできる限り非弗地域に振向けバーター的基礎による貿易を促進するの外はないのである。なおこれが運用に当つては無差別的取扱に努力すべき事は当然である。しかしながら右方式による調整に努力するも対弗地域入超、対非弗地域出超の状態は完全に解決することは困難であって、わが国としては一日も速やかに通貨の転換可能性に基く多角的貿易の実現されることを希望する。

六.その他
(イ)わが国の労働基準については、戦前諸外国においてこれを非難する向もあったが、わが国では過般労働基準法を制定し比較的高度の労働水準を定め相対的過剰人口等これが維持を困難ならしめる条件あるにも拘わらず右水準を公正に堅持する決意を有するものである。なお過剰人口を擁しているからこれを収容する産業の規模が拡大せられれば前述基準の維持は著しく容易になると思ふのである。
(ロ)次にわが国経済の回復を容易にするためには外国よりの投資が有効であるので、わが国は経済発展援助のための投資を歓迎するものであり外国投資の無差別待遇および投資の保証の問題(第十二条)に対しては全く同感である。