今後の経済の見通しと経済運営の態度

昭和33年9月9日 閣議了解

収載資料:国の予算 昭和34年度 財政調査会編 同友書房 1959 pp.895-899 当館請求記号:344.1-Z11k

1 最近の経済情勢
わが国の経済活動は、本年度上期において、前期に引き続き、調整過程を歩んでいる。経済の正常化を目途とした緊急総合対策は、すでに過大な経済成長の抑制および国際収支の改善の面において顕著な効果をあげ、その「重石」は逐次とりはずされてきているが、現在の段階では過去の過大な投資による経済のゆがみが是正されていないので、ふたたび適度な成長力をとりもどすに至つていない。
すなわち、鉱工業生産の面においては、累積した在庫を適正な水準に回復するための努力が続けられ、一部の業績好調な産業を除き、操業短縮を実施する分野が拡大されているが、この結果はかならずしも、予期された効果にはまだ達していない。この在庫調整のずれによつて、市況は一般に停滞的であり、卸売物価は総じてやや弱含みの横這いに推移している。これらの傾向は特別の事情のないかぎり上期中続く公算が強い。
このような調整過程の遅延は、前年度来のあまりに高度な在庫累増に対して、主として雇用および経理上の理由から、企業の操短が必要かつ充分な程度に行われなかつたからであるが、一面において、最終需要の全体としての伸びなやみに制約されて、出荷がおおむね横這い状態に推移していることにも原因がある。
最終需要面の動きをみると、まず設備投資は、資本財出荷の動向や設備資金需要の予想以上の強さからみて、かなり高水準にあるとみられる。これは一方では、すでに拡充を終つた鉱工業部門において、新規投資の沈静傾向があるのに対して、電力、鉄鋼、石炭、合成化学などの基礎的部門を中心とする継続投資が巨大であり、第3次部門の投資需要も底固い上に、一般の企業心理に技術革新の時代的要請が根強く定着していることを意味するものである。このような趨勢からみて上期の投資水準は前年度の下期のそれを若干下回る程度と見込まれる。なお、住宅投資はあまり大きな変化はなく、季節的に若干前期より高い程度である。
個人消費についてみると、都市、農村ともに消費水準は堅実に上昇を続けてきている。これは経済調整過程の進捗にもかかわらず、総じて農業経済と第3次産業はその影響をうけていないこと、鉱工業部門においては、企業差や好不況の別はあつても、一般に賃金の硬直性によつて勤労所得が伸び続けていることなどに原因がある。この消費の活発さは、消費財物価の堅調や耐久消費財の出荷の増加、最終消費財を担当する業種の動向などにも反映し、調整過程における明るい分野を形成している。
つぎに輸出需要であるが、国際経済の景気後退によつて、わが国の輸出活動はかなり警戒すべき道筋を歩いているといえる。現在の輸出には減少要因と増大要因とがあり、これらが相殺されて、輸出金額としてはほぼ前年同期なみ、前年度下期に比べると7%強も下回る水準にある。国内経済の調整過程における強い輸出圧力がはたらいているにもかかわらず、このような状態にあるのは、相手方市場の問題のほか、一般的な輸出価格の低落による影響が大きく、数量的にみればかならずしも低いものではない。
以上のほか、政府支出の動向をおり込んで、上期の最終需要水準をみると、ほとんど実質的に前年度下期の横這いという推定が可能となる。さらに在庫投資は、流通過程で若干の増が見込まれる程度であるから、これらの点からみれば、現在の鉱工業の出荷の状態は上期中続き、当面の生産を押しあげるちからは乏しいと認められる。生産者製品在庫の調整との関係を考慮すれば、上期の生産水準は前期のそれを2%弱程度下回るものとなろう。
輸出の伸びなやみにもかかわらず、国際収支面の好転はまことに顕著である。これはひとつに輸入の水準が非常に低いからであつて、現在の水準は、おおむね前年度下期なみ、前年同期に比較すると、通関ベ一スで40%も低い位置にある。これについては、経済調整の進行による輸入要請の減退のほか、国際商品市況と海外市況の変化による輸入価格の暴落が大きくひびいている。この価格の動き如何にも問題はあるが、輸入原材料の在庫状況からみて、ここしばらくは輸入増加の動きは活発化しないであろう。この輸入趨勢をさきの輸出の動向とあわせてみると、結局上期においては貿易収支は実質為替で約9千万ドルの黒字、特需および貿易外の収支を加除すると、国際収支として約2億ドルの受取超過となるものと見込まれる。
対外的な均衡回復に対して、企業経営と雇用関係には若干の問題がある。すなわち現状において好調を続けている産業がある反面、かなりひろがつた操短産業においては、原材料価格の低落によるコスト低下の要因はあるとしても、出荷の減少と価格の不振による売上減になやんでおり、さらに従来の設備投資が生産力化するものにあつては、資本費の負担のため一層経営上の困難が増大するという状態にある。
この不調な業種のなかでも企業によつて対抗力に差があり、これがひらいてゆく傾向があるが、総じてこれまでの高度成長期の蓄積や労使関係の安定性もあつて、現状では雇用賃金の面に対する影響は予想されたほど強くない。これは企業が雇用対策を重視し、時間外労働の短縮、休日の増加、自然減耗の不補充、一時帰休などの手段を採用しているからである。一般的な労働指標についてみると、失業保険受給資格の決定件数や有効求職者数はあきらかに増大しているが、労働力調査ではかなりな雇用増が記録されているし、また本年度の新規学卒者の吸収状況も比較的に良好である。
なお、賃金不払、企業整備、不渡手形などの動きをみても、当面悪化を示す兆候はあらわれていない。
これらの事情の背後には、金融事情の変化がある。本年度に入つて、国際収支の好転の反映などの理由で財政資金の大巾な散布超過があり、金融機関の流動性預金の増大がもたらされ、金融緩和の素地がつくられた。一方貯蓄性預金の伸びも比較的順調であるため金融機関の資金ポジシヨンは相当改善され、日銀貸出も逐次減少に向つている。またこの間に日銀の公定歩合、コールレート、市中貸出金利の引下など一連の金融正常化措置がとられている。これに対して企業の資金需要は、設備投資の高水準と生産調整のための運転資金の増加に支えられて、現在までのところなお予想以上に根強いものがある。
2 下期の経済
下期の最終需要の動きをみると、まず設備投資については、上期における投資構成からみて、基礎部門の継続工事の動きがもつとも問題であるが、主要工事の期間分布からみて、下期の投資量は、上期より若干減少するものとみられる。また、最近の機械受注の推移からみるかぎり、一般産業の新規投資については先行きさらに落差があると予想されるので、第3次部門の投資には上期下期の間に変化はないと思われるが、これらを総合すると、下期の投資水準は上期のそれより低下するものと推定される。
消費需要については、一般的には昨年来の経済調整の余波が所得、雇用の面にまだそれほど強い影響をもたらしていないという面もあり、今後も引き続き堅実な基調をたどるものと思われる。ことに本年度の産米が相当な豊作を予想されるので、農家所得にも一層の伸びが期待され、総じて消費需要は、下期においては、季節性の影響もあつて、上期に比べて約9%の増大になるものとみられる。
これに反して、輸出需要の面では、明るい展望をもつことは困難である。最近アメリカ経済に底入れ状態がみられているが、これをそのまま本格的な成長線への復帰とみるのは早計のようであるし、邦品に対する輸入制限運動の行方も楽観を許さない。
国際商品市況には下げ止りの様相がうかがわれるが、後進諸国の外貨事情は当面さして改善されないのみならず、中共や西欧諸国のこれらの地域に対する進出は極めて顕著なものがある。しかしながら輸出振興に対する努力に加えて、若干の価格の上昇と下期の季節的な輸出上昇とをあわせ考えれば、通計上期に対し7%強の伸びをみることも可能ではないかと思われる。
下期において、もつとも確実な増加を予定される需要は、政府の財貨サービス購入である。ことに資本的支出においては、公共事業費等を中心に、当面支出繰上げの措置もあつて、下期における相当の伸びを期待できよう。
このように最終需要の主な要因のなかで下期減退を予想されるものは、設備投資だけであるが、この減少分は他の需要増に比べると比較的に小さい。したがつて総体としての需要増は、出荷と価格の水準を引き上げ、ついで仕掛品や原材料に対する在庫投資をともないつつ、生産活動を上昇にむけることとなろう。このほか上期に引き続き、さらに流通過程における在庫投資の行われることを想定すると、上期のそれが小さいだけに、下期の在庫投資は、需要生産の増加に有効にはたらくはずである。このようにして推定される下期の鉱工業生産の上昇はおおむね7%程度である。
国際収支の面では、下期においてもそれほど不安はない。現在の輸入原材料在庫の水準がかなり高いところから、生産の上昇によつて誘発される輸入の増加や輸入価格の上昇をおり込んで、下期の輸入水準は上期に比べ14%程度増加するものとみられ、この結果、貿易収支では約1千万ドルの黒字となるが、特需および貿易外収支を勘案すれば、国際収支の実質バランスでは約1億ドルの受取超過となる見込がたつ。
生産上昇によつて企業の経営はやや好転の方向にむかい、一般的には、いわゆる過剰雇用の整理に対する契機は若干薄れることも考えられる。しかし、この程度の上昇では操短前の操業水準に完全にもどることはむづかしいので、個々の業種の具体的な事情に即して、経営、雇用の動向につき深甚の注意を払うことが必要である。
つぎに金融の面においては、外為会計の払超要因は逐次縮少するとみられるが、第3四半期においては、豊作といわれる本年度産米の供出代金の支払を中心とし、国庫の払超はかなり巨額に達するであろう。さらに設備資金や生産調整のための運転資金の需要の減退と相まつて、金融機関の資金繰はかなり余裕をもつことになろうが、他方生産増や在庫手当のための新たな運転資金需要が、逐次増大してゆくものと想定される。
物価は、需要増に起因する上昇要因が、操業上余裕のある状態においては、やがて生産増によつて吸収され、卸売物価、消費者物価ともに季節要因によつて微騰する程度にとどまるものと見込まれる。
3 33年度の経済の要約
33年度の経済規模を、上記の見通しに基いて推計すると、国民総生産においては、10兆1,790億円で前年度に比べ約0.3%の拡大となる。これを実質べースに修正すると、1.8%となり、33年度経済計画において予定した3%の成長率に比べると若干低いことになる。しかしながら32年度の国民総生産は、同計画において想定した32年度の位置よりも実績は1.8%ほど高くなつているのであるから、これを考慮すると、33年度の目標とした経済水準を実質的には若干上回るという見通しになる。ちなみに新長期経済計画の基準的な成長線と対比すると、33年度の実績国民総生産は、長期計画における33年度の位置よりわずかに高い。この国民総生産の伸びを構成する要素としての鉱工業生産と農林水産の伸びをみると、前者は0.3%で33年度経済計画の数値より下回つているが、これは国民総生産の場合と同様に32年度の実績が高くなつたことがひびいているのであり、水準としてはそれほど低いものではない。また後者は3%で豊作の関係上当初の数値をかなり上回るものとなつている。
支出面をみると、個人消費支出は当初の計画の見込と、さほどへだたつていないが、民間資本形成については、当初の計画の見込をかなり下回るものとなつている。これは設備投資の関係ではあまり変つていないが、32年度に予想された在庫調整が遅延して本年度にずれこんだことにより、在庫投資の見込が激減しているからである。
つぎに国際収支は、受取35.6億ドル(内輸出28億ドル)支払32.6億ドル(内輸入27億ドル)で実質バランスでは約3億ドルの黒字と見込まれる。これは当初計画1.5億ドルの黒字目標に対して1.5億ドルの改善であるが、内容的にみると、輸出入とも価格の低落などがひびいて当初計画より大巾に縮少し、輸入減の程度の強かつただけ、黒字がふえた形になつている。
雇用は、一般の経済動向との間にずれがあり、最近に至るまで比較的順調に伸びているので、下期においてその伸びがやや鈍化するとしても、年度内ほぼ当初の見込約65万人程度の増加が予想される。
4 34年度の経済
34年度の経済については、予測上なおかなり不確実な要因も多いし、政策のあり方によつて変化する事情もすくなくないので、ここでは政策策定の手がかりとして大体の輪郭を描くにとどめることとする。
明年度の国際情勢をみると、米国経済の立直りが予想され、これと西欧経済の基礎の強化とを契機として世界の経済交流が拡大気運にむかうという期待もよせられている。しかしながら、このような場合においても米国や西欧諸国はインフレに対する懸念から、できるだけ堅実な成長政策をとつてゆくであろうし、国際流動性の強化に対する措置が実施されるとしても、後進諸国の外貨不足など、総じて世界貿易の拡大のさまたげとなつている諸問題がにわかに解決されるとみることはできない。わが国の直接の輸出市場をみても邦品の輸入制限運動や、後進国に対する共産圏、西欧の熾烈な進出や、西欧経済の地域共同化傾向など、輸出増大を制約する要素がすくなくない。
これらの情勢の下では、輸出振興のためにさらに特段の努力を傾注することを不可決の前提としても、その伸びは本年度に対して手堅くみれば数量ベースで7%前後にとどまるものとみられ、輸出の飛躍的増大を起因として高度な成長をはかることは、かなり困難であると思われる。
わが国経済の長期的な指標としての新長期経済計画の採用した平均的な成長率は6.5%であるが、33年度の実績は、その成長線よりやや高い位置にあるのでそれとの関係で34年度は約6%の伸びがあれば、その位置は、長期的な成長線に乗ることになる。かりに約6%程度の経済成長が34年度に期待できるとすれば、雇用水準の上昇や企業内容の改善のためにかなり好条件がえられることになるし、現在の設備状況からすれば生産力には問題はない。しかしながら、この場合必要とされる輸入増を考慮し上記の輸出規模と対比すると、貿易収支の面では約2億ドル前後の赤字となり特需および貿易外を考慮した国際収支の実績バランスでも若干の赤字を免れない計算となる。
また、33年度においては過去の過大な成長のあとをうけ、止むを得ず成長目標を引き下げ、実質3%の成長率を確保することを経済運営の柱としたのであるが、かりに34年度についてもこの成長率をあてはめるとすれば、同様の前提において貿易収支ではほとんど均衡し、国際収支の実質バランスではかなりの黒字を生むという計算となる。しかし、この場合においては、完全雇用への前進という政策要請から一歩後退することになるのみならず、潜在的な過剰雇用が表面化するおそれなしとしない。また生産力と操業水準との間に差を残し、企業経営の面にもそれほどの改善はみられないであろう。
このふたつの成長率の間4~5%の成長率をとつて計算してみると、貿易収支では、1.0~1.5億ドル前後の赤字となるが、国際収支の実質バランスでは、やや黒字が見込まれることになる。この場合における鉱工業の生産の伸びは5~6%程度となり、しかも上期から下期にかけて尻上りの趨勢線が描かれるものと予想されるので、雇用面において、過渡的には当面の調整過程の余波があるとしても、先行き次第に明るい展望をとりもどすものと思われ、また企業経営にも好影響が予想される。
ひるがえつて34年度の経済における需要側の要因をみると、消費需要は最近の経済におけるこの部面の顕著な変化,すなわち勤労所得および農業所得の底堅い伸びや消費内容の近代化などを考慮すれば、従来の基調を維持するものとみるべきであろう。また民間の設備投資は、技術革新、新市場への進出、設備更新などの投資誘因に根強いものがあると思われるが、重点部門の投資の増加傾向と一般部門の減退傾向とが相殺され、33年度に比べてやや落潮をみるであろう。
しかし、在庫投資は生産の動向などからみて、本年度を上回るほぼ確実な基礎を与えられるであろう。また住宅投資は累年の堅実な伸びをさらに継続するであろう。
これらの需要の動向は、財政や金融の動きによつて相当変動の巾を持つ。例えば、消費需要は、減税の実施や社会福祉対策の拡充などによつて、かなり増加することも予想され、設備投資も企業心理に対する政策的な刺激の如何では、ふたたび盛り上る可能性がないわけではない。しかし反対に本年度の調整の余波が予想外に大きくひびき、消費や投資が伸びなやむこともありうることである。また、さきに計算の前提とした輸出も国際情勢の如何では、ある程度上下にふれることも考えておかなければならない。したがつて、諸般の内外の動向に即応して、中庸をえた経済の安定成長を主眼としつつ、財政手段の合理性や、後年次に対する影響などに配意し、財政金融に適度なはたらきを期待することが必要である。
以上は、現状における一応の試算を中心としての検討であるから、今後における情勢の推移と、明年度財政経済政策の策定と相まつて、さらにより明確な見通しをたてるものとする。
5 今後の経済運営の態度
上記の経済見通しに基き、かつ、わが国経済の長期的な要請をも考慮し、今後に要請される経済運営の態度を要約すると、つぎの通りである。
(1)33年度下期から34年度にかけて、合理的な傾斜と速度で、経済活動の基礎を確乎たる安定成長の軌道に乗せるとともに、長期的な経済発展の基盤充実に資するため、国民経済の質的な改善を促進することを経済運営の基調とする。
(2)国際経済の動向よりみて、輸出の伸張には格段の努力を要するものとみられるので、従来の輸出対策の着実な推進を根幹としつつ、国際流動性の回復に対する積極的な協力とならんで、相手国の購買力附与のための合理的な限度におけるクレジツト設定などの手段を採用し、長期的な経済交流の素地を整備するものとする。
(3)経済の安定成長の要件である投資の現状からみて、今後の投資の重点を産業基盤の充実強化に置くとともに、従来の経済の大巾な変動が投資の変動に起因する事実にかんがみ、投資の動向を計画的に適正化するよう配慮するものとする。
なお、さらに一層資本の蓄積につとめ、企業の健全化と金融の正常化を推進するものとする。
(4)経済成長の回復に対応して、とくに減税による国民負担の軽減、国民年金制の実施等による社会福祉対策の充実をはかり、国民生活の均衡ある向上に資するものとする。
(5)上記の方向に添つて経済の安定成長と質的改善を確保するため、財政の機能の合理性をそこなわないよう配慮しつつ、その弾力的な活用をはかるものとする。
なお、経済活動が安定的な上昇線に乗るまでの過程において、過渡的に雇用、中小企業面などに生ずる問題については、その対策に遺憾なきを期するものとする。