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現代の中東政治・イスラームに関する研究資料--研究動向・ニーズ・出版事情:アジア情報室通報 12巻3号

アジア情報室通報 第12巻3号(2014年9月)
末近 浩太(立命館大学国際関係学部教授)

アジア情報室では、資料収集が困難な地域の蔵書構築の参考とするために、定期的に外部有識者の意見を聴取している。平成26年3月6日に、末近浩太 立命館大学国際関係学部准教授(当時)をお招きし、「現代の中東政治・イスラームに関する研究資料」をテーマとして、中東政治研究の研究動向と図書館における資料収集上の留意点をお話しいただいた。以下に、その概要を紹介する。

1 「中東政治学」の研究動向

まず、「中東政治学」の研究動向を、方法論、地域、時代の3つの観点から整理してみたい。

(1) 方法論:2つの「中東政治学」―中東「政治学」と「中東政治」学―

「中東政治学」の方法論を、次の2つの言い回しで大別してみよう。1つは、中東「政治学」(Middle East Political Science, 以下「Science」)であり、社会科学としての政治学の諸分野が行う中東政治研究を指す。政治学、比較政治学、国際政治学などの一般理論を駆使しながら、中東で生起する政治的現象の「因果関係(Why?)」を明らかにすることを得意とする。現地語資料への依存度は比較的低く、例えば、欧米メディアのニュースソースやシンクタンクや調査会社が提供する統計データなどが用いられたりする。

もう1つは、「中東政治」学(Middle East Politics Studies, 以下「Studies」)であり、中東政治がどのように動いているのか、また、どのような背景を持っているのか、という「事実発見(What?)」を得意とし、中東の文化、伝統、歴史といった地域に根ざした事象をすくい取ることを目指す。そのため、政治学諸分野の一般理論を適用することや、それらへのフィードバックを検討することよりも、現地語資料の解析や現地調査に基づく地域の実態に関する記述を重視する。

「Science」と「Studies」は、それぞれディシプリンの発展と地域の実態解明という異なる目標を持つ。この違いをニーズの側から見てみると、前者は学問的ニーズ(学問的な知の追求)、後者は社会的ニーズ(社会的な知の還元)に対応すると言うこともできる。

「Science」では、学問的ニーズに従い、通説に代わる新たな学説を打ち立てるような研究が重視される。その意味では、アカデミアの中で常に「マイペース」であり、社会が今まさに必要としている知を直ちに提供する/できるとは限らない。逆に、「Studies」は、社会的ニーズや要請に応えられるような中東という地域に根ざした知の蓄積があるが、政治学の諸分野の一般理論から見たときに有意とは限らない。日本の中東政治研究では、伝統的に「Studies」が主流となってきた。

2011年に発生した「アラブの春」は、2つの方法論を刺激し、中東研究を活性化させるきっかけとなった。

「アラブの春」の第1ステージ(2011~2012年)では、チュニジアやエジプトで民主化が起こった。この時、どちらの研究手法も、「アラブの春」を予想できず、また、実際に起こった政変について直ちに説得的なかたちで論じることができなかった。そのため、それまでの研究のあり方に批判が寄せられもしたが、この巨大な政治変動を説明することを期待されたのも事実である。総体として見れば、「Science」にも「Studies」にも大きな注目が集まったと言える。

「アラブの春」が起こったことで、中東諸国もようやく「普通」の国になったとの見方も広がった。東欧の民主化から遅れること20年、中東諸国も独裁や権威主義に拘泥し続けるような「特殊」な国などではなく、「Science」の研究対象として一般理論との対話が可能な国になったとの評価である。

だが、「アラブの春」の第2ステージとなる2013年半ば頃から、中東が「特殊」な国へ逆戻りしたかのような出来事が続いた。エジプトでは軍部による「反革命」が成功し、再び軍事政権の色合いが強まっていった。「春」の当初にはアサド政権の早期崩壊によって民主化が進むと考えられていたシリアでも、同政権が化学兵器の廃棄を履行するための主体として国際的に認知されたことで、その存続がほぼ確実なものになった。

こうした想定外の事態が起こったことで、中東諸国はやはり「特殊」な国ではないかという疑念が広がっていった。一時は活気づいた「Science」の研究者たちは戸惑い、結果として、地域の実態の解明を重んじる「Studies」への期待が相対的に高まることとなった。

このように、中東政治研究の方法論において、「アラブの春」は「Science」と「Studies」のそれぞれの強みと弱みを浮き彫りにした。

(2) 地域:2つの「中東」―「旧い中東」と「新しい中東」―

研究対象となる地域について言えば、「旧い中東」と「新しい中東」に大別できる。これは時代的区分ではなく、地域的な区分であり、イラク以西(特に東アラブ諸国)を「旧い中東」、イラクの東側に広がる地域(特にペルシア湾岸諸国)を「新しい中東」と呼ぶことにする。

「旧い中東」は、テロリズム、紛争、独裁、イスラーム主義といった研究テーマの対象となる地域であり、ステレオタイプ化された古典的な中東イメージに合致すると言える。その意味において、これを「旧い中東」と呼ぶ。

一方、「新しい中東」に関しては、石油/脱石油、グローバル化の中での経済発展、移民労働者、レンティア国家論(石油収入などの不労所得への依存度が高い国家は民主化に向かいにくいという議論)といった比較的新しい研究テーマが取りあげられることが多い。

「アラブの春」を経て中東政治研究への期待が高まっている中で、特に注目を集めているのは、「旧い中東」よりも「新しい中東」である。

上述のように、「アラブの春」の影響を受けて「旧い中東」研究は活性化の様子を見せたものの、民主化が定着せず政治的な混乱が拡大したことで、再び中東「特殊」論が語られるようになった。また、「旧い中東」が「アラブの春」を経てもなお紛争や独裁から抜け出せないという事実から、その「旧さ」への飽きや諦観が広がった。

一方で、「新しい中東」の研究は順調に前進を続けている。「新しい中東」は「アラブの春」を経験しなかった代わりに(イエメンを除く)、空前の経済的繁栄と政治的安定の時代を迎えている。石油/脱石油、移民労働者、レンティア国家論といった新たな研究テーマは、その新鮮さから中東政治研究の内外から関心が向けられており、特に政治学の諸分野からも熱い視線を集めている。

つまり、「アラブの春」をきっかけに「旧い中東」研究が大幅な見直しを迫られる一方で、「新しい中東」研究はそれまでの積み重ねの上に深化を見せており、両者のコントラストが鮮明になったと言える。

(3) 時代:2つの「現代」―「モダン」と「コンテンポラリー」―

中東政治研究は基本的に現代研究であるが、その「現代」とは、一般的にはオスマン帝国が崩壊した1920年代以降を指す。だが、同じ「現代」でも、今日までの約90年間のいつ頃を研究するかによって方法論も対象とする地域も変わってくる。そのため、ここでは20世紀の中頃を境に「モダン」と「コンテンポラリー」に区分したい。

「モダン」の中東政治研究は、実質的には現代史と思想の研究である。それは、1922年のオスマン帝国の崩壊から20世紀の半ばまでの時期、すなわち、アラブ民族主義が隆盛した1940年代からイスラーム主義が台頭した1970年代までを研究の対象とする。

この「モダン」の研究を行う際に、これらのイデオロギーの盛衰は大きな意味を持つ。現実の政治においてイデオロギーが重要な役割を果たした時代であること、そして、研究者自身にとってもイデオロギーが重要であった時代であることから、この「モダン」の研究においてはアラブ民族主義やイスラーム主義に関する歴史と思想の研究が盛んになった。

一方、「コンテンポラリー」の中東政治研究は、基本的に現在進行形の政治を対象とし、現実の政治の仕組みや動きがどのようになっているのかについての分析を行う。「コンテンポラリー」の研究においては、最新の情報の収集が不可欠であり、また、日々動いていく複雑な政治をシンプルかつロジカルに説明するためのツール、すなわち政治学の諸分野の知見が重要となる。

したがって、上述の「Science」と「Studies」という方法論の分類は、「コンテンポラリー」と「モダン」という時代の分類と重なるところがある。すなわち、「Science」の手法をとる研究者は「コンテンポラリー」を、他方、「Studies」の研究者は「モダン」を扱う傾向がある。研究の対象とする時代が違えば方法論も違うということである。

「アラブの春」を経て、「モダン」と「コンテンポラリー」の中東政治研究は、かい離が進んでいる。このかい離は、イデオロギーの時代の終焉を告げた湾岸危機・戦争以降の1990年代にはすでに見られていた。さらに、2001年の9.11米国同時多発テロ事件は、中東政治研究の重心をイデオロギーのような地域の内的論理の解明から、軍事・安全保障や外交政策につながる実学志向の情勢分析へと押しやっていった。その結果、2000年代以降の中東政治研究は、「モダン」よりも「コンテンポラリー」が優勢になった。

「モダン」と「コンテンポラリー」のかい離が進んだ原因としては、第1に、新しい研究が旧い研究との差異化や批判的継承のために前の時代とは異なる方向を目指すことが指摘できる。すなわち、それまでの「モダン」の中東政治研究が、「アラブ」や「イスラーム」といった中東にしか見られない中東固有の現象に着目してきたことから、その次の時代の「コンテンポラリー」の研究は、中東政治の事象の理論化・普遍化に貢献しうる学問を志向するようになった。

第2に、若手研究者の就職難や、文部科学省の研究費獲得競争の影響なども挙げられる。社会の趨勢としての実学志向や学問分野におけるディシプリン志向(回帰)が中東政治研究にも見られるようになってきている。その結果、社会科学の観点から現在の中東政治の研究を試みる研究者が多くなっている一方、「モダン」の思想や歴史などをとりあげる研究者は中東政治研究全体で見ると相対的に少なくなっている。

以上、現代中東政治の研究動向をまとめると、方法論としては、「Studies」から「Science」へ、地域に関しては、「旧い中東」から「新しい中東」へ、時代については、「モダン」から「コンテンポラリー」へ、という流れがある。

2 図書館資料に対するニーズ

一般論として、現地語資料、外交文書、法令集などの図書館資料をよく利用する研究者は、最新の研究トレンドとは逆の「Studies」「旧い中東」「モダン」の研究者である。そのため、現代の中東政治やイスラームに関する研究において、図書館資料へのニーズは、横ばいか縮小傾向にあると考えられる。

これに対し、上述のような今日の中東政治研究のトレンドである「Science」「新しい中東」「コンテンポラリー」の研究者が必要とするのは、個人でも比較的簡単かつ安価に入手できるアメリカで出版されるペーパーバックやコアジャーナルなど、最新の社会科学の研究成果である。現地の情報収集においては、ウェブ上の各種情報や、シンクタンクや世論調査会社が提供するデータセットなどを利用する。また、政治的に安定している「新しい中東」の諸国については、政府が運営する各種ウェブサイトから統計資料などを入手することができる場合もある。今日のトレンドに鑑みると、中東政治研究は資料収集において図書館への依存度を低下させていることになる。

とはいえ、このことは図書館や紙の資料の意義が失われたことを意味するものではない。統計データや電子媒体の資料と紙の資料は情報としてカバーする領域を異にすることも多いため、一方が他方を淘汰するということではない。また、政治的混乱の続く「旧い中東」は未解決の課題を多く抱えており、決して研究価値を失ったわけではない。「モダン」の研究が扱うトピックも今日の中東が直面するアクチュアルな諸問題と無縁ではない。例えば、イスラーム主義の思想や歴史は研究上の空白のままに置かれている。そして、上述のように、「アラブの春」を経て、「Studies」の再評価も進んでいる。

つまるところ、トレンドはトレンドに過ぎず、また、その盛衰のサイクルも早くなっていることから、図書館がトレンドに敏感に反応して、蔵書の収集方針を直ちに見直す必要はないように思われる。

むしろ、さまざまなトレンドが立ち現れてきているということは、中東政治研究に従事する研究者や大学院生の裾野が広がっていることを意味し、また、方法論・地域・時代の区分を横断・再編する研究のフロンティアが広がりを見せており、「中東政治学」という大きな研究領域が生まれつつあることを示唆している。

図書館資料が必要な時に揃っているかどうかというのは、裏を返せば、必要でないときに揃えておけるかどうかということである。直近のトレンドに左右されるより、中長期的な利用の可能性を見極めて重要な資料を整備する姿勢が必要であろう。

3 中東地域における出版事情

では、図書館は何を収集すべきなのか。中東政治研究が必要とするものとしては、まず、外交文書や法令集といった現地語の一次資料が挙げられる。他方、二次資料、すなわち研究書については、その収集において多くの課題がある。中東政治を扱った社会科学の学術出版は低迷している。その背景には、非民主的な体制下では自由に政治的な発言(研究)ができないという問題がある。また、社会経済的な停滞から、潜在的な書き手や読み手の数とリテラシーが発展途上である問題もある。

研究書の出版が低調であるのに対して、政治評論や回顧録などの出版は比較的盛んである。アラブ各国とも国民の政治への関心は非常に高く、政治評論や回顧録がそれに応えるかたちとなっている。言論・表現をめぐる一定の制約の下で書かれたこれらの書籍は客観的な分析の視点が稀薄なために二次資料として用いることは難しいが、現地の権力者や知識人が著したものとして、一次資料にはなりうる。

アラブ諸国には自費出版や零細出版社による出版物も多い。これらの内容は玉石混交であり、体系的・系統的に刊行されているわけでもないため、図書館の蔵書として価値のある「玉」を見極め、さらにそれを継続的に収集するのは容易でない。特に、出版が盛んな地域(カイロ、ベイルート、ダマスカスなど)は政治的な不安定の続く「旧い中東」にあるため、安定的に収集すること自体が難しい上、近年は出版点数自体も減少傾向にある。

これと対照的に、最近出版点数を増やしているのは、「新しい中東」にあるシンクタンク系の刊行物である。これらは、本やジャーナルの形で体系立てて刊行されるので、入手も比較的容易である。一例として、社会科学分野の出版を行う主なシンクタンクを以下に紹介しておこう。

    【エジプト】
  • Al-Ahram Center for Political and Strategic Studies[1]
  • 【レバノン】
  • Centre for Arab Unity Studies[2]
  • The Lebanese Center for Policy Studies[3]
  • 【ヨルダン】
  • Center for Strategic Studies, University of Jordan[4]
  • 【アラブ首長国連邦】
  • Gulf Research Center[5]
  • Emirates Center for Strategic Studies and Research [6]
  • 【カタール】
  • Aljazeera Center for Studies[7]

これらのシンクタンクは、名目上は政府から一定の距離を置く機関である。ただし、非民主的体制下にあり、政府からの資金援助を受けている場合もあり、欧米のシンクタンクに見られるような独立性は期待できない。例えば、Aljazeera Center for Studiesがカタール王室を批判することはない。そのため、こうしたシンクタンクの出版物は、「Studies」のための一次資料としても、「Science」の二次資料としても、やや物足りない側面がある。

また、近年の情報化の進展に伴い、研究のトレンドに関わりなく、一次資料が必要となった場合は、まずウェブ上の情報に当たるのが常識となりつつある。例えば、閣議決定などの政府資料は、直ちにPDF化されて各国の政府のホームページに掲載されることから、図書館で文献に当たる必要はなくなっている。マニフェストなどは政党のサイトから、日々のニュースは、各国の国営紙や国営通信や政治団体のプロパガンダ機関のウェブサイトから入手可能である。

さらに、最近では、ウェブ上の掲示板やFacebook、Twitter、YoutubeなどのSNSなどに、重要な文書が掲載されるようにもなった。例えば、9.11事件以降のイスラーム過激派や「アラブの春」で台頭した市民運動や反体制勢力の分析においては、掲示板やSNSが論文執筆にとって不可欠な情報源になっている。情報化の進展により、これまで発言できなかった人びとが自ら発言できるようになっている。その意味では、中東政治研究における資料収集の方法だけではなく、資料の定義も変わりつつある。

おわりに

現代の中東政治・イスラーム研究において、図書館資料に対するニーズは、研究トレンドの推移やインターネット利用の拡大などにより、必ずしも高まっているとは言えない。おそらく、このことは本研究分野に限ったものではなく、他の地域研究や社会科学一般にも見られる傾向であろう。だが、2011年の「アラブの春」を経て、現代の中東政治・イスラーム研究は活性化している。そして、この分野に関わる研究者・大学院生の裾野も広がりつつある。

このような状況下で、図書館には、個人での購入は難しいが、組織の強みを生かして収集できる、歴史系・法律系のコレクション、欧米の定評ある研究書、古い時期から継続している資料価値の高い新聞などを、必要とされる時に提供できるように、恒常的に収集しておくことを期待したい。

(すえちか こうた)


[1]http://acpss.ahram.org.eg/

[2]http://www.caus.org.lb/Home/?Lang=en

[3]http://www.lcps-lebanon.org

[4]http://www.css-jordan.org/DefaultEn.aspx

[5]http://www.grc.net/index.php?

[6]http://www.ecssr.com/ECSSR/appmanager/portal/ecssr

[7]http://studies.aljazeera.net/en/

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