「リサーチ・ナビ」に関するアンケートを実施しています。皆さまのご意見をお聞かせください。アンケートに答える

トップアジア諸国の情報をさがす刊行物>オーストラリアの図書館における多文化サービス--ニュー・サウス・ウェールズ州を例に:アジア情報室通報 13巻1号

オーストラリアの図書館における多文化サービス--ニュー・サウス・ウェールズ州を例に:アジア情報室通報 13巻1号

アジア情報室通報 第13巻1号(2015年3月)
森田理恵子(国立国会図書館関西館アジア情報課)

はじめに

日本に暮らす外国人はこの20年で倍増し、現在約200万人に上る。外国人政策については、これまで国、自治体等で様々な取組がなされてきた。例えば、総務省が『多文化共生の推進に関する研究会報告書』(2006年)[1]で示した枠組みに基づいて、自治体ごとの多文化共生プランも策定されている。

他方、図書館における多文化サービスは、1986年のIFLA(国際図書館連盟)東京大会をきっかけに、国内で徐々にその必要性が認識されるようになり、現在では、在留外国人の多い自治体、海外との交流が盛んな自治体等の図書館で、多文化サービスが実施されている[2]。また、日本図書館協会にも多文化サービス委員会が設置され、過去に2度、全国実態調査が行われた[3]。

筆者は、2014年11月にオーストラリアの図書館を訪問する機会を得た。本稿では、日本の図書館における多文化サービスの参考となるよう、現地の多文化サービスの「今」を紹介する。例とするのは、特に国外出身の住民が多いニュー・サウス・ウェールズ(New South Wales)州(以下、「NSW州」とする。)である。日本では、①自治体の多文化共生プランにおける図書館の多文化サービスの位置付け、あるいは、②大規模図書館による多文化サービスの支援策が紹介されることが少ないため、特にこれらの視点に留意した。

1.多文化主義国家オーストラリア

オーストラリアは、人口約2,350万人のうち、国外出身者が約660万人おり、全体の約28%を占める(2014年6月現在)。出身国は、多い順に、英国、ニュージーランド、中国、インド、フィリピン、ベトナム等で、アジアの国が上位10か国のうち5つを占めている[4]。

オーストラリアの多文化主義政策は、1901年の連邦結成以降、幾度もの政策転換を経て形成されたものである。連邦結成当時の「白豪主義政策」は、労働力不足解消のための南欧系移民の受入れ、インドシナ難民問題がきっかけとなったアジア系移民の急増等を経て、1973年に正式に廃止された。1975年には人種差別禁止法[5]が制定され、以後、多文化主義の国を目指す取り組みが進展した[6]。

現在、オーストラリアの図書館では、移民の定住支援策として、また、文化の多様性を認める社会を実現するために、多文化サービスが積極的に行われている。

2.オーストラリア国立図書館

首都キャンベラにある国立図書館は、660万点の資料を所蔵し、約450人の職員で運営されている[7]。外国資料の中では、特にアジア・太平洋地域を優先して、収集に努めている。ジャカルタに現地事務所を置いて収集しているインドネシア・コレクション(図書16万冊以上、雑誌約5,000タイトル、新聞約250タイトルから成る)は世界有数の規模である。筆者が訪問したアジア資料閲覧室には、日中韓のほか、タイ、インドネシア出身の専門司書がおり、アジア各国に関する多様なレファレンスに対応していた。

オーストラリアでは、先祖のルーツを調べるfamily history serviceへのニーズが高いほか、出身国情報を求める移民からのレファレンスも多い。多文化社会の縮図のような職員構成は、これらのレファレンスにも役立っているという。

国立図書館は、特に多文化サービスと銘打ったプログラムは実施していないが、各国語での利用案内など、館内各所から多様な文化的背景を持つ人々への配慮が感じられた。

写真1 オーストラリア国立図書館写真1 オーストラリア国立図書館

3.NSW州立図書館

3.1.NSW州の概要

NSW州は、シドニー市を擁するオーストラリア最大の州で、人口約720万人のうち、国外で生まれた者が、全体の約30%(約220万人)を占め、英語以外の言語の話者は約160万人にのぼる(2011年の国勢調査)[8]。そのため、多文化サービスへのニーズが大きい。多文化主義に関する州法の第3条は、「すべての個人及び機関は、英語が共通語であるオーストラリアの法的及び制度的な枠組みの範囲内で、他人の文化、言語及び宗教を尊重し、提供しなければならない」と定める。また、「多文化主義の原則は州の政策であり」「各公共団体は、事務を実施するに当たり、多文化主義の原則を順守しなければならない」とする[9]。また、州図書館法は、すべての住民に図書館サービスを提供することを定める[10]。

3.2.NSW州立図書館の多文化サービス

NSW州立図書館はオーストラリア最古の図書館である。1826年に会員制図書館として開館し、1869年に州政府に移管された[11]。書籍や地図だけでなく、ポスター、切手、硬貨等も収集し、所蔵資料は500万点以上である[12]。州法による法定納本図書館でもある[13]。

NSW州立図書館の多文化サービスの特色は二つある。第一は、移民等の集まりやすい様々な社会施設と連携していることである。NSW州立図書館は、州内369の公共図書館だけでなく、養護施設、語学学校、刑務所等でも多文化サービスを実施している。定住支援策として効果を挙げるには、これらの機関との連携が必須と考えられているためである。

第二は、NSW州立図書館は、市立図書館等の第一線の公共図書館の支援に徹していることである。所蔵資料の館外貸出は行わず、各市立図書館が個別に行うのは困難(または非効率)な業務を中心に実施している[14]。主なメニューは、次の5点である。

3.2.1.多言語資料のセット貸出

NSW州立図書館は、州内公共図書館への貸出し用に、43言語、約7万冊の多言語資料を用意している。2013年度には、州内各地の図書館から、のべ約10万冊の利用があった[15]。近年では特に、アジア言語資料の利用が増えているという[16]。

セット貸出し用の多言語資料は、主に教養・娯楽書から成り、小説、児童書、漫画等の人気が高い[17]。ただし、英語学習教材や健康・医療関連資料等、定住支援に役立つ資料も含まれる。

英語学習教材は、各言語での参考書や辞書類、職種別の専門用語集から成る。英語の習得は、地域社会への定着にも就労機会の確保にも有利に働く。また、健康・医療関係資料は、家庭での応急処置や薬の概説書など、日本でいう『家庭の医学』に類する図書から成る。英語が堪能でない人々にとっては、母国語での健康・医療情報は、生活に直結する重要な情報である。州政府も、多言語対応の専門サイトを開設して、移民に対する健康・医療情報の提供に注力していることから、州立図書館の貸出セットも、これと軌を一にするものと思われる[18]。

写真2 多言語資料案内用のタペストリー写真2 多言語資料案内用のタペストリー

3.2.2.資料共同購入プロジェクト

資料共同購入プロジェクトは、NSW州立図書館が窓口となって州内の図書館の希望をとりまとめ、海外書店からの資料購入を一括で行うプロジェクトである。様々な言語の資料を整備する場合、海外書店との個別取引が必要になるが、これはノウハウも人手もない市立図書館にとっては大きな負担である。このプロジェクトに参加すれば、市立図書館はNSW州立図書館との連絡を行うだけでよい。現在、このプロジェクトには州内の25の図書館が参加しており、20言語の資料を共同購入している[19]。

さらに、NSW州立図書館は、共同購入にあわせて、資料の目録作成についても、共同作成プロジェクトを進めている。目録作成を共同で外部業者に委託し、参加館で費用を分担するという仕組みである。

3.2.3.図書館用語の多言語データベース

多文化サービスを行う図書館にとっては、各言語での案内も課題となる。この問題を解決するためにNSW州立図書館のサイトに公開されているのが、図書館用語の多言語データベースである(図1)[20]。

約150の図書館用語や案内の文言を、アジア・太平洋の言語を中心に、55の言語に翻訳できる。単語ごとの翻訳ではなく、「借りている資料は、返却期日までに返却して下さい。」といった文章を収録しているので、検索結果をそのまま案内に活用できる。

図1 図書館用語データベース図1 図書館用語データベース

3.2.4.市立図書館用の多言語パンフレット

NSW州立図書館は、案内ツールとして、市立図書館用の利用案内パンフレットを44言語で用意している。市立図書館は、これをダウンロードして、図書館の名称さえ入れれば、そのまま自館の利用案内パンフレットとして活用できる(図2)[21]。

図2 多言語での図書館案内パンフレット (上:日本語、下:朝鮮語)図2 多言語での図書館案内パンフレット (上:日本語、下:朝鮮語)

移民は、図書館サービスそのものに馴染みのない場合も多い。パンフレットは、登録、閲覧、貸出し、複写等、基本的な図書館サービスの流れや、資料の取扱い等について丁寧に説明し、公共図書館が無料であることも告知している。また、NSW州立図書館の多言語資料セット貸出についても言及している。

3.2.5.図書館ダイレクトリー

NSW州立図書館は、州内各図書館の多言語資料(50言語)の所蔵状況がわかるダイレクトリーも作成・公開している[22]。多言語資料の横断検索データベースはないが、個々の利用者を、読解可能な資料のある図書館に誘導するのに役立っている。例えば、中国語の資料の所蔵館を検索すると、シドニー市立図書館の31,808冊をはじめ、34館のリストが表示される。

図3 多言語資料を所蔵する図書館のダイレクトリー図3 多言語資料を所蔵する図書館のダイレクトリー

4.シドニー市立図書館

NSW州立図書館の支援策は、実際にどのように活用されているか、シドニー市立図書館を例に紹介する。

4.1.シドニー市立図書館の多文化サービス

シドニー市には、人口約440万人のうち、オーストラリア国外で生まれた者が、全体の約40%(約180万人)いる(2011年の国勢調査)[23]。州内で最も多文化サービスのニーズかある都市である。シドニー市立図書館は、多言語資料を豊富に揃えており、9つの分館が、各地区の住民の構成に合わせて、重点的に収集する言語を設定している。例えば、中国系住民の多い地域のヘイマーケット図書館では中国語資料を、ロシア系住民の多い地域のキングズクロス図書館ではロシア語資料を、豊富に所蔵している。

シドニー市立図書館は、NSW州立図書館による多文化サービス支援を最大限に活用している。多言語資料のセット貸出によって、自館の重点収集言語ではない言語の資料を補い、資料共同購入プログラムによって業務の効率化を図っているという。

4.2.多文化サービスの利用状況

多文化サービスの最大の利用者層は、英語が苦手な移民第一世代である。そのため、小説の大活字本や映画のDVDなど、中高年向けの娯楽資料や、英語学習教材がよく利用されている。

シドニー市立図書館の9分館いずれにおいても、多言語資料の人気が高い。筆者が訪問したカスタムズハウス分館では、休日には専用の読書室が満席になるとのことであった。州立、市立の図書館の連携によって、多文化サービスは、地域に定着していると感じた。

おわりに

ここまで、NSW州を例に、オーストラリアの図書館における多文化サービスを紹介してきた。特に次の二点が印象に残った。

第一は、州における政策の一貫性である。NSW州では、多文化主義の原則を法的に義務付けているため、図書館の多文化サービスのメニューを充実させ、また、様々な社会施設と連携することが可能となっている。第二は、州立図書館と市立図書館の役割分担が明確なことである。州立図書館はあくまで市立図書館の支援に徹し、個々の市立図書館が行うのは困難(または非効率)な業務を代行している。州立図書館の支援なしには、シドニー市立図書館も、地域住民の構成に合わせたきめ細かいサービスは提供できないであろう。

他方、オーストラリアでも、国立図書館の関与は必ずしも大きくなかった。理由としては、州政府の権限が大きいことと共に、多文化サービスは、地域住民の構成や彼らのニーズに即して展開すべきこと等が考えられる。

本稿では、これまで国内であまり論じられていない視点から、海外のサービスの事例を報告した。また、NSW州立図書館の図書館用語データベースや多言語パンフレットのように、多文化サービスを実施する国内の図書館にとって有益と思われるツールを紹介した。関係者の参考になれば幸いである。

(もりた りえこ)



[1] 総務省『多文化共生の推進に関する研究会報告書 -地域における多文化共生の推進に向けて』2006.3.
http://www.soumu.go.jp/main_content/000198586.pdf

[2]中国、韓国等のアジア言語資料を中心とした多文化サービスでは、福岡市立総合図書館や大阪市立図書館等が知られる。

[3] また、同協会は、多文化サービスに関する基本情報をまとめた資料を刊行している。
日本図書館協会多文化サービス研究委員会編『多文化サービス入門』日本図書館協会, 2004.10.

[4] Australian Bureau of Statistics, 3101.0 - Australian Demographic Statistics, Jun 2014.
http://www.abs.gov.au/ausstats/abs@.nsf/mf/3101.0
Australian Bureau of Statistics, 3412.0 - Migration, Australia, 2013-14.
http://www.abs.gov.au/ausstats/abs@.nsf/Latestproducts/3412.0Main%20Features32013-14?opendocument&tabname=Summary&prodno=3412.0&issue=2013-14&num=&view=

[5] Racial Discrimination Act 1975.
http://www.comlaw.gov.au/Details/C2014C00014

[6] 藤川隆男「オーストラリアのアジアへの接近と白豪主義の終焉」和田春樹ほか編『岩波講座東アジア近現代通史 第8巻』岩波書店, 2011, pp.380-398.

[7]National Library of Australia, Annual Report 2013-2014, pp.59, 143.
https://www.nla.gov.au/sites/default/files/nla-annrep-2013-2014.pdf

[8] Australian Bureau of Statistics, "POPULATION /PEOPLE," National Regional Profile: New South Wales.
http://www.abs.gov.au/AUSSTATS/abs@nrp.nsf/Previousproducts/1Population/People12007-2011?opendocument&tabname=Summary&prodno=1&issue=2007-2011

[9]Multicultural NSW Act 2000 No 77, Section 3.
http://www.legislation.nsw.gov.au/inforcepdf/2000-77.pdf?id=1149872b-2d24-4592-a299-ddf65dd8c048

[10] Library Act 1939 No 40, Section 10.
http://www.legislation.nsw.gov.au/inforcepdf/1939-40.pdf?id=302179d8-da0c-e3ca-b274-9c18ff2b3391
なお、筆者が聞取りをしたNSW州立図書館職員は、この規定について、「非英語話者等を含めたすべての住民」へのサービス提供であると認識していた。

[11] Library Council of New South Wales 2013-2014 Annual Report, p.7.
http://www.sl.nsw.gov.au/about/publications/annual_reports/2014/SLNSW-AR-2013-14.pdf

[12] State Library of New South Wales, About the Library's collections.
http://www.sl.nsw.gov.au/about/collections/index.html

[13] Copyright Act 1879 No 20, Section 5.
http://www.legislation.nsw.gov.au/fullhtml/inforce/act+20+1879+cd+0+N?fullquery=%28%28%28%22copyright%22%29%29%29

[14] State Library of New South Wales, Multicultural services for public libraries.
http://www.sl.nsw.gov.au/services/multicultural/multicultural_services_public_libraries.html

[15] op.cit.(12), pp.30, 68.

[16] 資料購入予算は年間約13万5,000ドルで、利用頻度の高いアジア言語資料は毎年、その他の言語の資料は数年に一度、購入する。

[17] NSW州立図書館は、州内の公共図書館からくるリクエストを集計し、多文化サービスのニーズがどこにあるかを把握し、これを多言語コレクションの蔵書構築に反映させている。

[18] NSW Ministry of Health, Multicultural health communication, Resources by language.
http://www.mhcs.health.nsw.gov.au/publicationsandresources/resources-by-language

[19] State Library of New South Wales, State Library of NSW Multicultural Purchasing Cooperative Procurement Policy Statement, 2013.
http://www.sl.nsw.gov.au/services/multicultural/pdf/sl_multicultural_purchasing_policy_july2013.pdf

[20] State Library of New South Wales, Multilingual Glossary.
http://www2.sl.nsw.gov.au/multicultural/glossary/

[21] State Library of New South Wales, Multicultural pamphlets.
http://www.sl.nsw.gov.au/services/multicultural/multicultural_pamphlets.html

[22] State Library of New South Wales, Community Languages Collection Directory.
http://www.sl.nsw.gov.au/services/multicultural/comm_languages/index.html

[23] Australian Bureau of Statistics, 2011 Census QuickStats.
http://www.censusdata.abs.gov.au/census_services/getproduct/census/2011/quickstat/1GSYD?opendocument&navpos=95

  • 国立国会図書館
  • 国立国会図書館オンライン
  • 国立国会図書館サーチ
  • 国立国会図書館デジタルコレクション
  • ひなぎく
  • レファレンス協同データベース
  • 本の万華鏡
  • 参考書誌研究