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インド神話にルーツを持つ仏教の神々(レファレンス事例・ツール紹介(2)):アジア情報室通報 14巻2号

アジア情報室通報 第14巻2号(2016年6月)
森田 理恵子(国立国会図書館国際子ども図書館企画協力課)

仏教における神々の中には、他の宗教から取り入れたものも多く、中でも、仏法を守護する護法神である「天部」の神々には、元はバラモン教・ヒンドゥー教の神であったものが多く含まれています。例えば、吉祥天、梵天、帝釈天などは、いずれもインド神話に登場するラクシュミー、ブラフマー、インドラにルーツを持ちます。

アジア情報室には、インド神話にルーツを持つ仏教の神々や、インドの聖典・叙事詩に関する質問も寄せられます。本稿では、天部のなかの「那羅延天」のルーツとなった神が何であるかを調べ、併せてその神に関連する物語やエピソードを知る方法の一例をご紹介します。

*【 】内は当館請求記号、ウェブサイトの最終アクセス日は2016年5月7日です。

1. ルーツとなった神を調べる

まず、那羅延天の元となった神を調べるため、仏教の神々について書かれた資料を探します。多くの資料がありますが、例えば、以下を参照します。

中村元『仏教語大辞典』(東京書籍, 1975)【HM2-15】
上・下巻、別巻の全3巻からなります。仏教語について平易な現代語で解説されており、排列は一文字目の五十音順です。別巻に、画数索引、五十音索引、チベット語索引、パーリ語・サンスクリット語等索引が付されています。

錦織亮介『天部の仏像事典』(東京美術, 1983)【HM114-97】
天部の神々について、梵釈、八部衆、神将形、女天、十二天などの項目別に、その成立過程、形像の解説、どのように信仰されてきたかなどが記述されています。

これらの資料から、那羅延天は、ヒンドゥー教の神である「ヴィシュヌ」が仏教に取り入れられた姿であることがわかります。

2. ヒンドゥー教の神に関する情報を調べる

次に、ヴィシュヌとはいったいどのような神なのかを調べるため、ヒンドゥー教の神に関する以下のような資料を参照します。

立川武蔵『ヒンドゥー神話の神々』(せりか書房, 2008)【HR141-J2】
インド神話に出てくる神々について、関連する物語やどのように信仰されてきたかなどを紹介しています。ヴェーダ文献に出てくる神々をはじめとして、ヒンドゥー教で重視される神々が取り上げられています。

菅沼晃 編『インド神話伝説辞典』(東京堂出版, 1985)【HK2-15】
インドの神話・伝説の中に表れる神名、人名、動植物、地名、山川名などを解説しています。排列は五十音順で、巻末に索引が付されています。

Knut A. Jacobsen (editor-in-chief), "Brill's encyclopedia of Hinduism" (Brill, 2009-2015)【HR141-B31】
ヒンドゥー教に関する総括的な百科事典で、第1巻から第5巻の本編と、索引の第6巻をあわせた全6巻からなります。ヒンドゥー教の神々や儀式、宗教美術のほか、関連する歴史、ヒンドゥー教をとりまく近年の問題など、幅広く扱っています。
オンライン版も提供されており、本文の閲覧は有料ですが、無料のキーワード検索で収録内容を確認することができます。
http://referenceworks.brillonline.com/browse/brill-s-encyclopedia-of-hinduism

『ヒンドゥー神話の神々』から、ヴィシュヌは、ヒンドゥー教の主要三神に数えられる重要な神であることがわかります。

また、ヴィシュヌへの讃歌が、インド最古の文献である「リグ・ヴェーダ」にあること、さらに、ヒンドゥー教における重要な聖典の一つであり、インドの二大叙事詩と称される「マハーバーラタ」「ラーマーヤナ」にも、ヴィシュヌの化身が重要な登場人物として現れることもわかりました。

3. ヴィシュヌが登場する文献を読む

ヴィシュヌが登場するリグ・ヴェーダ、マハーバーラタ、ラーマーヤナについては、多くの資料があります。各自の関心に応じて、下記に掲げたような原典あるいは翻訳書をお読みください。

3.1. ヴェーダ文献

リグ・ヴェーダを含むヴェーダ文献は、バラモン教の根本聖典で、ヒンドゥー教でも権威が認められています。四つのヴェーダがあり、そのうち最も古く、重要視されるのがリグ・ヴェーダです。これは紀元前15世紀から紀元前13世紀にかけて成立したとされ、全10巻からなる神々への讃歌集です。

F. Max Müller ed., "The hymns of the Rig-Veda in the Samhita and Pada texts"( Trübner, 1877)【Y751-M4】
リグ・ヴェーダのサンスクリット原典です。インド学者であるフリードリヒ・マックス・ミュラーによる校訂版です。

『世界古典文学全集. 第3巻 (ヴェーダ,アヴェスター)』(筑摩書房, 1967)【908-Se12294】
古代インド学者の辻直四郎によって、リグ・ヴェーダの讃歌の一部が訳されています。このほか、アタルヴァ・ヴェーダの讃歌の一部や、マハーバーラタの一部に位置づけられるバガヴァッド・ギーターの訳が掲載されています。

Stephanie W. Jamison and Joel P. Brereton, trans., "The Rigveda : the earliest religious poetry of India"(Oxford University Press, [2014])【関西館請求記号: HB153-P14】
リグ・ヴェーダの英語への完訳資料です。各讃歌の訳と解説が収録されており、巻末に、各讃歌と神の対応関係がまとめられています。

なお、リグ・ヴェーダは、全体の四分の一が「インドラ」への讃歌となっていることもわかりました。インドラは、ヴィシュヌ同様仏教に取り入れられ、帝釈天として、日本人になじみの深い存在となっています。

3.2. マハーバーラタ

マハーバーラタは、紀元前4世紀ごろから紀元後4世紀にかけて現在の形が成立したとみられる、全18巻約10万詩節からなる大叙事詩です。バラタ族の国の王族の確執と、それに伴う争いを描いています。ヒンドゥー教における最も重要な聖典の一つとされ、現在でもインドで愛読されています。

Vishnu S. Sukthankar et al. ed., "The Mahābhārata"(Bhandarkar Oriental Research Institute, 1933-)【KN36-9】
サンスクリット原典のマハーバーラタです。世界各国で訳本が作成される際の底本となることが多い版で、発行地がプーナであることから、プーナ批判版と呼ばれます。

Parshuram Lakshman Vaidya ed., "The pratīka-index of the Mahābhārata, being a comprehensive index of verse-quarters occurring in the critical edition of the Mahābhārata"(Bhandarkar Oriental Research Institute, 1967-1972)【Y751-V6】
プーナ批判版マハーバーラタの索引です。排列はデーヴァナーガリー順です。

上村勝彦訳 『マハーバーラタ: 原典訳』(第1-8巻, 筑摩書房, 2002-2005)【KN36-G11】ほか
サンスクリット原典からの初の日本語完訳を目指して発行が始まりましたが、全11巻のうち第7巻の発行直前に著者が急逝し、未完となりました。第8巻は遺稿をまとめたもので、予定されていた全69章のうち49章までが収録されています。

池田運訳 『マハバーラト』(第1-4巻, 講談社出版サービスセンター, 2006-2009)【KN36-H9】ほか
ヒンディー訳版から重訳された、物語調の日本語訳です。マハーバーラタをマハバーラト、アルジュナをアルジュンとするなど、固有名詞について、日本で慣習的に使われてきた表記ではなく、実際の発音に基づいた表記を採用しています。

Kisari Mohan Ganguli, trans., "The Mahabharata of Krishna-Dwaipayana Vyasa"( Munshiram Manoharlal Publishers, 1981-1982, c1970)【KN36-A6】
マハーバーラタの英語版で、サンスクリット原典から訳されています。Ganguliによる翻訳はパブリックドメインとなっており、ウェブ上[1]で全文を読むことができます。

鎧淳訳『バガヴァッド・ギーター』(講談社, 2008.3)【KN36-J2】
マハーバーラタの中でも、ヴィシュヌの化身であるクリシュナが最も活躍する箇所が「バガヴァッド・ギーター」です。マハーバーラタの第6巻25章から42章の全18章からなる約700詩節を指します。本書はその全訳で、巻末に事項索引を付しています。
王族同士での戦争に事態が発展する中、同族や師と争う状況に戦意を喪失した王子アルジュナと、アルジュナの戦車の御者を務めるクリシュナの対話が描かれています。

3.3. ラーマーヤナ

ラーマーヤナは、第2巻から第6巻が紀元前5世紀から紀元前4世紀にかけて成立し、後世、第1巻と第7巻が書き足されたとみられている、全7巻約2万4千詩節からなる大叙事詩です。コーサラ国の王子でヴィシュヌの化身であるラーマが、羅刹の王ラーヴァナを倒し王となるに至る過程を中心とする物語です。マハーバーラタ同様、ヒンドゥー教における最も重要な聖典の一つとされ、現在でもインドで愛読されています。

Shastri Shrinivasa Katti Mudholakara ed., "Rāmāyaṇa of Vālmīki : with the commentaries Tilaka of Rāma, Rāmāyaṇaśiromaṇi of Śivasahāya and Bhūṣaṇa of Govindarāja"( Parimal Publications, 1983)【Y751-V1】
7巻の本編と索引の第8巻からなる、全8巻のサンスクリット原典です。

ヴァールミーキ [編著]; 中村了昭訳 『新訳ラーマーヤナ』(第1-7巻, 平凡社, 2012-2013)【KN36-J11】ほか
サンスクリット原典からの初の日本語完訳です。原典に対応した7巻構成となっています。

まとめ

本稿では、インド神話にルーツを持つ仏教の神々について、下記のような手順を踏んで調べました。一例としてご参考になれば幸いです。

  1. 仏教に関する辞典・事典類を参照し、知りたい神の概要やルーツを確認する。
  2. その神のルーツとされるヒンドゥー教・インド神話に関する資料を参照し、物語やエピソードが記されている文献を確認する。
  3. 上記で確認した文献の翻訳書あるいは原典を読む。

(もりた りえこ)

(本稿は、筆者が関西館アジア情報課在職中に執筆したものです。)



[1] Internet Sacred Text Archive http://www.sacred-texts.com/hin/maha/index.htm
パブリックドメインの宗教関連書をアーカイブしているウェブサイトです。マハーバーラタについては、プーナ批判版のサンスクリット原典のほか、サンスクリットのラテン文字翻字版、英語訳版を読むことができます。

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