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アジア研究と学術情報のグローバリゼーション: アジア情報室通報第2巻第2号

アジア情報室通報 第2巻第2号(2004年6月)
濱下 武志(京都大学東南アジア研究所教授)

 

はじめに-- 歴史研究の現在

本小論は、歴史研究の視点から、グローバリゼーションという現在ますます毀誉褒貶の多い、しかし誰もが無視できない事態を考える中で、そこにおける幾つかの議論が、これまでの研究対象や方法に対して、新たな検討を必要としており、かつそれを可能にさせているということを、現在と歴史の往還という視角から考えてみたい。

歴史が言説化されつつある現在、体験が記憶と化し、拡大された「近代」によって現在を規定しようとする方向からではなく、現在の自己世界の拡大過程から歴史を規定しようとする「動機肥大化傾向」が強く働いているように見える。そこでは、歴史の文脈を見ようとするのではなく、むしろ歴史が象徴化され、アイデンティティが優先されている。

そのような研究状況のなかで、理念と現実、言説とアイデンティティをめぐって、東アジア世界を今一度俯瞰し、東アジアと世界とを、これまでのアジア対ヨーロッパという二項対比の構図からではなく、グローバルな視野のなかでアジアを再構想することは可能か、という視点から、両者を関係付ける試みが必要になっていると思われる。そしてこの方法は、従来の近代化論をテーマとした議論においてのみではなく、戦後のアジアの文化空間を問い直す方法たりうるかという点も吟味されることになる。

歴史学は、一九七〇年代以来、旧来の大規模な社会理論が変化していく中で、フランス年鑑学派や生態学、人口論や環境論などの影響も受け、社会学、人類学、社会心理学などの成果も積極的に取り込みながら、「社会史」の研究を進めてきた。

そこでは、かつて歴史研究の主要な対象や範疇には無い「歴史とアイデンティティ」という問題が同時代人の心象把握と重なり合いながら、関心の前面に出てきた。このことによって、歴史は、大状況を扱う「外にある」歴史から、「歴史人類学」「歴史社会学」「歴史心理学」などの組み合わせに見られるように、「私の」歴史、「エスニシティ」の歴史や「自他関係」の歴史など、「ここにある」歴史を扱うようになったといえよう(Barbara Ward, Through Other Eyes、Chinese university Press, Hong Kong,1985)。

こうして歴史研究はその視野を広げることができたものの、しかし、人類学や社会学が「歴史」を発言し始めたときから、歴史学は「漂流」を始めたということができる。ミイラ取りがミイラになるかもしれないという悲劇の始まりである。当初は、従来の歴史研究が、王朝史や国家史を中心としていたことに対して強い批判が加えられたことも、歴史研究が社会史や民衆史へと向かう追い風をなしていたといえる。その後さらにこれに加えて、歴史研究において「ポストコロニアル」や「ポストモダン」の議論が重なり、今、歴史は単に時間的な過去を論ずればよいのか、それとも認識論に取って代わられるのか、さらには、人類学や社会学、既存の政治学や経済学などの社会科学に、「過去」の「事実」を提供する役割で済ませるのか、歴史研究の範囲と方向が問われている。

まず、今後時間範疇のみに囚われない歴史研究はどのような方向を歩むであろうか、「歴史哲学」あるいは「歴史文学」はひとつの重要な方向であろう。ただ、そこでは、かつて歴史を排他的に必要としていた国家や民族はもはや主体とはなりえない以上、歴史の方法は、歴史叙述のあり方によってのみ左右されるという、旧来の「歴史学」ではなく、書こうとする主体の必要によって変わる「歴史“学”」ではない「歴史“書く”」の時代になると思われる。

他方、この過程を「地域研究」という「空間」の視点から、歴史研究を今一度位置付け直す試みも必要であろう。すなわち、「時間」を主たる対象としてきた歴史研究から、「空間」を主たる対象とした歴史研究への転換を可能とするような、文化空間としての東アジア世界の空間的再検討という課題である。

1.アジア研究の歴史と方法

アジア研究は、アジアの捉え方によってさまざまに議論されてきた。アジアは、まずヨーロッパからその域外として認識され、その後アジアの側が自らの地域認識に転用したという歴史を持っている。福沢諭吉の「脱亜」、岡倉天心の「アジアは一つ」、孫文の「大亜細亜主義」などがその例である。そこにはヨーロッパに対抗するアジアのナショナリズムや地域主義をみることができる。これは、東西関係からのアジア論である。また東海散士『佳人之奇遇』のように、明治初期に既に議論されている世界近代史や女性論も注目される。

しかしアジアの自己意識が強まるとともに、ヨーロッパとの対比ではなく、アジア自体の歴史的な動因をみようとする議論も深められた。文明論的・地政論的アジア論や、華夷秩序に基づく朝貢システム論などである。この中で、琉球のアジア論すなわち、域内交易ネットワーク論も登場している。

その後、ヨーロッパや日本の植民地政策など、従来とは異なった広域統治が現出し、同時に民族主義や国家建設が問題となった。植民地・帝国主義という歴史時代に形作られたアジア論である。この時期に、海洋世界は、例えば琉球は沖縄県として、ナショナリズムの内部に組み込まれながらも、独自の民俗・習慣・対外関係を維持してきた。

第二次世界大戦後は、アジア、アフリカ地域の急激な民族独立運動を経て、八十年代末の冷戦体制の崩壊は新しいアジア研究とアジア像を求めているように見える。とりわけ七十年代のアジアNIES、八十年代の東南アジア経済の急速な展開、八十年代以降の中国の改革開放政策は、国をまたがる複合的な地域関係を現出させている。とりわけ華僑・華人や印僑のネットワーク、ベトナム、韓国の移民ネットワーク、沖縄のウチナンチュー・ネットワークは、かつてダイアスポラと呼ばれた状況が一転して相互の繋がりを強く示している。さらに二十一世紀に入り、地球主義のみならず、地域主義、民族主義・地方主義・宗教本位主義・国家主義などが、多様な組み合わせを見せるなかで、これからのアジア研究の視野と方法も大きく変わることが予想される。そこでは環境・人口・資源問題など、海を基礎に置かないでは考えられない領域が飛躍的に拡大することになる。このような、海を視野に含めた“グローバル”時代のアジア論の方法的課題とはどのようなものであろうか。

2.地域研究・海域研究の視点からのアジア史研究・近代史研究の再検討

「アジアを研究する」するという課題を「アジアを地域研究する」「アジアの海域を地政的に研究する」と置き換えてみると、どのような形でアジアが現出してくるであろうか。まずそこでは、地域研究する「主体」は、いわゆる“研究者”とは限らない。これは、今後の学術の範囲にも関係するのであるが、民間学としての地域研究は、研究者と現地在住者と地域記述者の三者間の協同作業によって成り立っている。そして、いわゆる成果は己自身を含め、共に現地に蓄積され、現地との関係をより豊かにすべきものとしてある。これら三者は、不断の往還のネットワークによって結び付けられている。地政文化は地域・海域認識と地域・海域研究ならびに地域・海域経営のあり方の総体を表すからである。

3.ケーススタディの終焉――方法(ディシプリン)・フィールド・史料の相互比較化、ネットワーク化、空間化

これまで、歴史研究であれ、社会学や人類学の研究であれ、専門性の高いテーマを深く追求するという手法が、「個別研究」(ケーススタディ)という形で進められてきた。そこでは全体像や総合性、比較という視点に係わらない「学術研究」が存在しつづけてきた。そしてそこには、意識せずとも相互に了解されてきた前提が存在していたといえる。それは、極めて強い求心力を持つとされてきた、村落などの地縁的地域社会、宗族などの家族結合、さらには宗教的な結合であり、加えていわゆる近代史研究においては、前二者とも深く関係した「国家」「民族」という求心力であった。したがって、個別研究は、ほぼすべてがこの範囲のなかで扱われていたといえる。すなわち、国家の一体性や、民族の単一性を前提とした研究であった。民族は絶えず国家に近づきながらも、他方では、在地性を強調するときには、「エスニシティ」という表現でその結びつきの一体性が強調された。この出発点と結論の両端が固定されているというきわめて“安定した”枠組みの下で、個別研究はよりいっそう深く進められ、ケーススタディはより細分化され続けてきた。別言すれば、そこでは、比較や総合化、周縁研究などは必要とはされなかったといえる。

しかし、このように核心が存在し、それが周縁に行くに従って弱まっていくという考え方がひとたび、外延が内包を規定し、周縁が核心に代替するという状況に直面したとき、そしてこれらの関心の比重転換が学術情報のグローバリゼーションの動きに伴って登場しつつある現在、枠組みの総体を論ずることを抜きには個別研究(ケーススタディ)も語れないという大きな壁にぶつかることになった。

おわりに

このような研究環境の変化の中で、現在、方法的に、対象として、また考える主体として、どのような課題を想定することが出来るであろうか。孫歌は、日本における長期のアジア認識の文脈を議論する方向性とそこにおける課題を示した(孫歌『求錯集』三聯書店、1998、同『亜洲意味著什麼――文化間的「日本」』巨流図書公司、2001、同『アジアを語ることのジレンマ』岩波書店、2002)。孫歌が示したアジア論・アジア認識における二極対抗的状況と、それらを長期の視野で現在的に位置付け直すという主体の側の課題の重要性に同意しつつ、それらと共通の主題を以下の方法から考えてみたいと思う。それらは、(1)地政論・地政文化論からの、(2)周辺論からの、そして、(3)海域論からの、東アジア論・アジア近代化論である。

そしてこの議論は地域の地政文化的アイデンティティを問う。それは国を単位としない東アジア地域空間研究の課題である。

そこでは、方法的には、文字通り「比較・総合」の試みが必要である。すなわち比較が成り立つためには、比較を可能としまたそれを根拠付ける複数の比較対象それ自身が持つ内在的な共通性・総合性が吟味されなければならない。共通性・総合性に基づいた比較研究は、情報のグローバリゼーションという世界環境にあって、個別研究と銘打った成果も直ちに比較の対象とされていることを知らねばならないであろう。方法(ディシプリン)・フィールド・資料の相互比較化、ネットワーク化、空間化の試みが、アジアの地域研究や海域研究において現在改めて問われていると考える理由である

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