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ベトナムの出版事情および統計にみる国外の著作動向: アジア情報室通報第2巻第2号

アジア情報室通報 第2巻第2号(2004年6月)
前田 直俊(国立国会図書館アジア情報課)

 

はじめに

今年の2月下旬から3月上旬にかけて、ベトナムの出版事情を調査するため、ハノイとホーチミンを訪問する機会を得た。霧雨が降り続いて肌寒い北部ハノイ、そして初夏の陽気の南部ホーチミン。短い滞在であったが、それぞれの街並みや人々の雰囲気の対比を、南北の風土の違いとともに感じた旅であった。

以下、参考資料を挙げながらベトナムの出版事情についてみていくことにしよう。

出版数

ベトナムではどれくらいの図書が出版されているのだろうか。毎年の出版物の総数は統計出版社(Nhà xuất bản Thống kê)から刊行されている統計年鑑『Niên giám thống kê』で確認することができる。図1はこれをもとに2002年までの図書出版件数の推移を表したグラフである。ドイモイ政策開始以後の80年代終わりごろから、急激に上昇しているのがおわかりいただけるだろう。2002年に出版された図書は年間13,515タイトル。急増する直前の1988年と比べると、およそ7倍の増加である。ベトナムにおける出版物はまさに爆発的な勢いで急増中なのである。

出版法と出版社

ベトナムでの出版活動は1993年に制定された出版法によって規定されている。出版社は同法第9条によって国家機関に属するか公的機関であることが定められており、設立にあたっては国家機関の許可を取得しなくてはならない。現在は47の出版社があり、その多くが首都ハノイに本社を置いている。各社の概要は『50 năm ngành xuất bản - in - phát hành sách Việt Nam 1952-2002(ベトナムにおける出版・印刷・図書販売界の50年)』で知ることができる。本書は出版協会・出版社・印刷会社・販売取次会社について各々の略歴と簡単な統計を掲載していて、ベトナムにおける出版関係団体を通覧するのに便利な資料である。なお、出版法が規定しているのは非定期刊行物についてのみで、雑誌や新聞の出版に関しては、ラジオ・テレビなどとともに報道法で規定されている。具体的な刊行誌名については『Vietnam Press Directory』で確認することができる。また、文化情報省出版局が発行している専門雑誌『Xuất bản Việt Nam(ベトナムの出版)』は、出版に関する様々な話題や新刊情報などを載せていて、ベトナムの出版情勢を幅広く知ることができる。

出版法第20条によって、出版物には書誌事項のほか、出版部数・印刷会社・許可証番号・印刷納本の時期などが明記されることになっている(図2)。出版物ができると、印刷会社は印刷後2日以内に、出版社は発行の7日前までにその出版物を政府が指定する機関に納めなくてはならない(同法第21条)。出版前の検閲は原則として行われないが(同法第2条)、第22条で禁止している国家批判、暴力や戦争の喧伝、国家機密の漏洩、名誉毀損などにあたると判断された場合には出版差し止めなどの処置がなされることがある(1)。

図1ベトナムにおける図書出版件数の推移

ベトナム国家図書館

納本された出版物はベトナム国家図書館に所蔵され、同館編集の全国書誌『Thư mục quốc gia Việt Nam』に収載される。同館は1917年設立のインドシナ中央図書館を前身とし、ベトナム民主共和国時代にベトナム国家図書館と改称した。現在は文化情報省の下部組織として位置付けられている。筆者が訪れた際、その淡いクリーム色をしたフランス風の建築群は、霧雨に濡れてしっとりとした佇まいを見せており、ハノイの街並みに調和した美しさがとても印象的であった。蔵書数はベトナム国内で最大を誇り、それらはホームページで公開されているオンラインカタログで検索することができる(http://www.nlv.gov.vn外部サイトへのリンク)。

ベトナム国家図書館

ベトナム国家図書館(Thư viện Quốc gia Việt Nam)

図2 奥付の記載例

図2 奥付の記載例

1,000部印刷 大きさ14.5×20.5cm 民族文化出版社印刷所
許可証番号:35-10/CXB-QLXB
印刷納本時期 2001年第3四半期

出版傾向

さて、ベトナムにおいて最も出版数の多いのは教科書である。2002年の統計によると、全図書出版件数のうち教科書の占める割合は約38%、部数では約90%にも及んでいる。ベトナムにおける教育熱は高く、「平均的な家計支出の60%以上が教育費」で、「都市部の学童は一般的に年間45冊以上の教科書や参考書を使っている」という記事もある(2)。なかでも英語学習は盛んで、海外から多くの英語学習書が輸入され使用されている(3)。筆者が訪れたハノイ市内やホーチミン市内の書店にも、英語の辞書や参考書が所狭しと並べられていた。教科書以外では、文学18%、理工学17%、児童書15%、社会科学12%という割合である。文学のうち長編作品はあまり好まれず、雑誌や新聞に掲載された短編を再編集したものがよく売れているという。翻訳作品も好評で、文学出版社(Nhà xuất bản Văn học)の出版物のうち約4割が翻訳作品である(4)。なかでも金庸の武侠小説をはじめとする中国作品が人気で、2003年の第1四半期には海外文学の翻訳書のうち中国作品が半分以上を占めていた(5)。

民間資本

一般的にベトナムで出版される図書は発行部数が少なく、絶版になるまでの期間が短いとされている。今回、複数の書店を回って調査した結果でも、500部から1,500部の少部数のものが圧倒的であった。人気のものは(時には非合法に)増刷や再編集がされて市場にでるが、大部分は在庫がなくなれば入手が困難になる。ドイモイによって出版に対する補助金が廃止されて以降(6)、出版活動における民間資本からの共同出資が認められている。その割合は60-70%に及んでいるとの報告もあり(7)、国営出版社の名を借りた民間主導型の出版活動までもが公然化しているようだ(8)。出版法第1条が謳う「出版とは単なる商業活動ではない」という国家的建前とはかけ離れてしまっているのが実情のようである。筆者も某出版関係者から、「売れるものが出版されるのです。企画から価格設定、発行部数の設定にいたるまで全てが市場経済の原理に基づいていますから。」という話を聞いたが、その歴然とした語り口はこうした出版界の状況を直截に物語っていると言えよう。こうした現状に対処すべく、出版法改正の動きがあるようだ(9)。

著作権と海賊版

ベトナムにおける著作権については、ベトナム民法典の第6編第1章によって、保護される著作物の種類、保護される範囲、保護期間などが規定されている(10)。しかしながら、巷間には海賊版が大量に出回っており、出版界にとって重要課題の一つとなっている。また、そもそも出版法における版や刷の定義の曖昧さが、非合法的な増刷行為や海賊版の横行をゆるしているという指摘もあり、そうした点からも出版法の改正を求める声が上がっていた(11)。なお、2004年2月末時点で、ベトナムは著作権に関する国際条約のいずれにも未加盟である(12)。

販売取次会社および輸出入

上述の『ベトナムにおける出版・印刷・図書販売界の50年』に掲載されている販売取次会社は59社あるが、これら以外に出版社自らが販売を行なっているところもある(出版法第28条)。今回訪問したなかでは、国家政治・事実出版社(Nhà xuất bản Chính trị Quốc gia - Sự thật)や教育出版社(Nhà xuất bản Giáo dục)などが、本社ビルに小さな書店を併設して書籍の販売を行なっていた。

出版物の輸出入はこれまで国営のXunhasaba(スニャサバ)が独占的に行なってきたが、近年になって他社にもその権利が認められたらしく、上掲書のSavina、C*dimex、Hanoi Book Distribution Company、Fahasaの頁にも輸出入を行っている旨の記述がある(13)。ただし、Xunhasabaの担当者によれば直接の輸出入を行っているのは同社のみであり、他社はXunhasaba経由で取引を行っているとのことであった。

書店

ハノイ市内にはチャンティエン通りに大型書店がいくつかある。郵便局発行のハノイ市電話帳『Niên giám điện thoại và những trang vàng TP. Hà Nội 2004』には書店・販売業として15社ほどが掲載されているが、市内にはこれら以外にも教科書、学習参考書、辞書などを販売しているごく小さな書店が多数存在している。ホーチミン市は大商業都市であるだけに書店の数も多く、いずれも大勢の客で賑わっていた。ホーチミン市電話帳『Niên giám điện thoại những trang vàng và những trang trắng TP. Hồ Chí Minh 2004』に掲載されている数だけでも、ハノイ市の約3倍程度ある。なかでも大規模なのはFahasaが経営する書店で、ホーチミン市内に15店舗を構えている。

ホーチミン市内の書店

ホーチミン市内の書店

国外におけるベトナム関係出版物

最後に、ベトナム国外において、ベトナムに関する図書や雑誌記事がどれくらい刊行されて来たのかをみてみよう。図3と図4をご覧いただきたい。図3は、当館所蔵の日本語図書のうち件名「ベトナム」が付与されている書名数、そして『雑誌記事索引』を使って論題に「ベトナム」を含む日本語の雑誌記事を検索した数を、出版年順に並べてグラフ化したものである。また図4は、米国議会図書館所蔵の英語図書のうち件名「Vietnam」が付与されている書名数、およびISI社の引用文献索引データベース“Social Sciences Citation Index (SSCI)”と“Arts & Humanities Citation Index (AHCI)”を使って英語論文記事を主題「Vietnam*」で前方一致検索した数を、刊行年順にグラフ化したものである(14)。これらを見ると、ほとんどがベトナム戦争の情勢と同調して急激に増減し、ドイモイ以降に再び上昇していることがわかる。社会情勢や経済動向と明らかに連動した出版数の推移を見て取れよう。AHCIだけはドイモイ以後でもさほどの伸びを見せていないが、これは芸術人文分野が政治経済の動きに左右されることが比較的少ないことの表れとみてよい。

印刷された出版物は情報発信や研究成果の発表の最も公認的な手段の一つであり、ある主題なり国についての出版物の増減は、それらに対する社会の関心度に因る所が大きい。これらグラフはそのことを示す好例である。さらに冒頭の図1と併せてみると、ベトナム国内から発信される情報量の増加もまた、国外における著作活動の活性化に影響を与えているということを、これらグラフから読み取ることができるのである。


図3ベトナム関係の日本語出版物

図4ベトナム関係の英語出版物


(1) Nicholas Martland “Book publishing and bookselling in Vietnam” Logos 12(1) 2001, p29-32

(2) “Will you miss Saigon?” Bookseller (5109) 2004.1.2, p22-23

(3) 同上

(4) ABD 33(3) 2003, p14

(5) “Chinese books all the rage” Vietnam News 2003.6.2 (http://vietnamnews.vnagency.com.vn/)

(6) ただし1994年以降、一部に対して国の援助が再開された。加藤栄「出版事情の変化とベトナム文学の未来」『民主文学』419(通号469) 2000.9, p124-130

(7) ABD 27(4) 1997, p11

(8) 出井富美「ベトナム/インターネット情報・「民間」出版物の急増と政府の情報管理」『アジ研ワールド・トレンド』10(3)(通号102) 2004.3, p16-17

(9) “Để Luật Xuất bản thực sư phù họp với tình hình mới (新たな状況に即した出版法へ)” Xuất bản Việt Nam 8(1)(79) 2004, p8-9

“Trình Chính phủ dự án Luật Xuất bản sửa đổi (改正出版法案の提出)” Xuất bản Việt Nam 8(3)(81) 2004, p2

(10) 鈴木康二「ベトナム民法典における著作権の解説」『国際商事法務』24(3) 1996.3, p241-248

アン・トゥアン・クワン「ベトナムにおける著作権および隣接権の保護」『コピライト』39(458) 1999.5, p62-64

(11) ABD 34(1) 2003, p16

(12)『コピライト』44(516) 2004.4, P62

(13) ベトナムの固有名詞は語頭からとった省略形がよく使われる。例えば、XunhasabaはCông ty xuất nhẩp khẩu sách báo(図書新聞輸出入公司)、SavinaはTổng công ty phát hành sách Việt Nam(ベトナム図書販売総公司)といった具合である。

(14) 2004年5月20日作成。索引の場合、いずれもその採録対象としている雑誌数は年毎に変化するため、増減の実態を厳密に表したグラフではない。

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