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戦前期文献保存のワークショップの活動紹介: アジア情報室通報第2巻第4号

アジア情報室通報 第2巻第4号(2004年12月)
江竜 美子(滋賀大学経済経営研究所)

 

ワークショップの始まり  

戦前期文献保存のワークショップは、2004 年度で 4回目を迎え、本年は 9 月 18 日と 19 日の 2 日間、北海道大学で「旧植民地関係資料をめぐるワークショップ:朝鮮・満州・中国・台湾」と題して開催された。

このワークショップは、これまで1年に1度の割合で開催されてきた。その活動内容は、戦前期の東アジアにおける日本語文献資料の所在を明らかにし、その保存と活用について話し合うというものである。

第1回は、2001 年 12 月に、現在立命館大学経済学部助教授で当時立命館アジア太平洋大学助教授であった金丸裕一氏の呼びかけで大分県別府市において、「戦前期文献の保管と利用に関する懇談会」として開催された。初日は大分大学経済研究所(現在は大分大学経済学部教育研究支援室)の書庫見学(自由参加)、2 日目は、各資料保存機関の司書などの実務者が、文献資料の保管に関する諸問題について報告し、その後、各所属機関の利用者としての立場からから見た戦前期文献の利用について研究者が報告し、最後に相互による質疑と討論があった。

以後、開催地の書庫見学と、実務者と研究者が席を並べて現状を報告し合う 2 本立ての形式が継承されている。第 2 回は「旧植民地関係資料をめぐる-朝鮮・満州・中国・台湾-戦前期文献保存のワークショップ」として滋賀大学経済経営研究所で、第 3 回は「戦前期文献保存のワークショップ」として山口大学東亜経済研究所で開催され、来年は東京での開催が予定されている。

このワークショップの魅力

このワークショップへの参加については必ずしも各機関の公務として位置付けられているわけではなく、ワークショップは参加者の個人的負担によって維持されているといえる。それにもかかわらず、これまで 4 年連続して開催され、来年は東京での第 5 回が計画されるほど、参加者がこのワークショップに熱心に集まってくる理由は、中核メンバーの人間的な魅力と同時に、同じような資料を所蔵する類縁機関として抱える課題の多くが共通していることがある。

私は、大学の資料室に実務者として勤務しており、普段の仕事は、現在刊行されている雑誌や紀要などの受入と、利用者(学生や教員)に資料を貸出したり、目録を整備したりすることである。一方で、戦前期の日本語文献資料、特に滋賀大学で「旧植民地関係資料」と呼んでいる劣化が著しい資料群に対する利用者の文献複写(コピー)依頼にどう対応するか、また、下の写真のように、館外貸出をした資料が破損した状態で返却されるのを目にするたびに、戦前期文献の扱いについて悩むことも多かった。

周知のように、戦前期の日本語文献資料は、物の不足していた時代に印刷されたこともあり、非常に質の悪い紙に印刷されている。そのため、酸化の進行も早く、現在では手にとって利用すると必ず紙片がはがれるほど、劣化が進んでいる。

貸出により破損した紙片

貸出により破損した紙片

このワークショップを通して、同じような資料を扱う実務者や、その時代の資料を利用する研究者の現状報告を聞き、また討論する機会を通して、多くの人や、相互の状況を知ることができた。また、利用者である研究者自身より、こうした劣化資料の利用に対してのアイディアを得たり、これらの資料を利用した、あるいはこれらの資料に関する最新の研究成果を教えてもらえる機会ができたことは、資料に対する私の意識を格段に向上させることになった。

資料は利用されることによってその価値が生ずると同時に、破壊されることもある。あえて言えば、研究者はそうした利用者の最たるものであり、その意味で研究者は実務者にとってはもっとも悲しい利用者になることがあり、この利用と保存の間でジレンマに陥る実務者は、私1人ではないだろう。このワークショップは、こういう現状を利用者本人に向かって話をし、お互いの妥協点と、よりよい活用法を見出す糸口を見つけていける集まりなのである。

初回からのメンバーを紹介したい。

研究者は、前掲の金丸裕一氏のほかに、このワークショップの指導的存在である井村哲郎氏(新潟大学人文社会・教育学系教授)、本庄比佐子氏(東洋文庫研究部研究員)、川島真氏(北海道大学大学院法学研究科助教授)、坂本悠一氏(九州国際大学経済学部教授)、木村健二氏(下関市立大学経済学部教授)、所澤潤氏(群馬大学教育学部教授)、城山智子氏(一橋大学大学院経済学研究科助教授)である。

実務者として初回から参加者しているのは大庭平四郎氏(発足当時、山口大学東亜経済研究所)、江竜美子(筆者)である。旧外地資料を多く所蔵する旧制高等商業学校を前身とする大分大学経済学部、小樽商科大学、横浜国立大学経済学部、福島大学経済学部のほか、北海道大学経済学研究科やJETROアジア経済研究所図書館からも参加されている。

国際シンポジウム「中国東北と日本-資料の現状と課題」

ワークショップのこれらのメンバーを核として、井村新潟大学教授を実行委員長とする国際シンポジウム「中国東北と日本-資料の現状と課題」が、今年10月29日と30 日の2 日間にわたって新潟市の朱鷺メッセ国際会議場で開催された。

開催が新潟県中越地震(10 月23 日)の直後であったこともあり、当初、交通手段の寸断のために欠席者が増えると予想されたが、思いのほか、300 人を超す多くの参加者があり、シンポジウムは成功裡に終わった。(このシンポジウムでは、新潟県中越地震の被災者のための募金活動も行われた)

300 人を超す参加者は前記ワークショップと同じように、資料を利用する研究者と実務者から成っていた。旧外地関係資料を所蔵する国内機関と中国の機関、そしてアメリカから米国議会図書館アジア部のLee, Hwa‐Wei部長、スタンフォード大学東アジア図書館から日本語資料部門のビブリオグラファーであるKotake Naomi 氏の参加があり、各機関が所蔵する戦前期刊行日本語文献資料の内容や保存状況、書誌情報等について報告があった。

中国からの参加機関、報告者は次のとおりである。

吉林省社会科学院満鉄資料館
郭洪茂館長「満鉄資料館の所蔵およびその特徴」
李力副館長「満鉄主要定期刊行物紹介」 吉林省図書館

吉林省図書館
趙淑芹副館長「吉林省図書館旧日本語文献資料収蔵状況」

遼寧省図書館
王筱文副館長「遼寧省図書館所蔵旧日本語資料の沿革」

遼寧省档案館
趙煥林副館長「満鉄档案の整理と利用に関して」

中国科学院文献情報中心
胡智慧副研究員「満鉄資料の整理及びその学術研究における利用価値」

中国近現代史史料学学会満鉄資料分科会
沈友益秘書長「満鉄資料研究分会現在の状況及び今後の計画」

報告の内容については、シンポジウム報告書が刊行される予定なのでそちらに譲ることとし、いくつか感想を述べてみたい。報告のあとの研究者によるコメントのなかで印象に残ったものは、滋賀大学経済学部助教授の阿部安成氏による「なぜこうした資料がそれぞれの機関に集まってきたかを問う試みは、戦前期の高等教育機関の担っていた役割を明確にする上でも、たいへん重要である」という発言と、懇親会における遼寧省档案館副館長の趙煥林氏による「歴史資料の保存と公開について考えたり、研究の方法をめぐる討論を行ったりするのは、2度と戦争をしないためだ」という発言であった。それらは、私の「なぜ壊れていく資料を保存し、公開に応えなければならないのか」という日々の問いに、明確な答えを与えてくれるものであった。

シンポジウムは、最後に主催者を代表して井村哲郎氏の「参加者共通の認識として2つの問題点が明確になった。1つは、国際的なネットワークの整備で、どういうシステムを選択するにせよ、今後継続的にその整備に向けて着手しなければならないこと。もう1つは、保存と利用の問題で、今後何を優先して行っていくか、これも継続的に考えて行かなければならないし、今回のシンポジウムはそのスタートの意味を持つものである。」という発言で締めくくられた。

国内機関はもとより、中国をはじめとする多くの機関の現状とその課題について理解を深めることができたことは、ワークショップと同じように私にとっては大きな収穫であった。

滋賀大学経済経営研究所の「旧植民地関係資料」について

最後に、私の所属している滋賀大学経済学部の中にある経済経営研究所の「旧植民地関係資料」と関連の資料およびこれらの資料を利用した新しい取り組みについて紹介したい。

滋賀大学経済経営研究所は、旧制彦根高等商業学校(1923 年~1944 年)に設置された調査課を母体とする。この時代に収集された植民地または日本の権益の及んだ地域について日本語で書かれた文献資料約8,000 冊を「旧植民地関係資料」として、保存・管理している。

これら資料については1982 年以降刊行した以下の冊子体目録がある。

滋賀大学経済学部備付満蒙関係資料目録(1982)

滋賀大学経済学部備付朝鮮関係資料目録(1983)

滋賀大学経済学部備付支那関係資料目録(1983)

滋賀大学経済学部備付台湾・南方・樺太関係資料目録 (1985)

滋賀大学経済学部備付旧植民地関係資料目録補遺 (1992)

現在この5冊の目録を改訂・統合したデータベースである「旧植民地関係資料総合目録」を下記の滋賀大学経済経営研究所ホームページにおいて提供している。一部については画像による原本の公開(デジタルアーカイブ)も行っている。 (http://www.biwako.shigau.ac.jp/eml/index.htm外部サイトへのリンク)

前掲の写真で紹介したように、資料は著しく劣化しているため、経済経営研究所では「旧植民地関係資料」のコピー(電子式複写)を全面的に禁止している。その解決策として、マイクロフィルム化を進めており、現在、全資料の27 パーセントが終了した。マイクロフィルム化されている資料に限り、フィルムからのコピー(紙焼き)を滋賀大学附属図書館を通して提供している。また、利用者自身がカメラを持参して行う部分的な撮影は可能である。

資料の内訳は、前述した「旧植民地関係資料総合目録」によると、「満蒙」地域が2,404点、「支那」地域が1,922点、「朝鮮」地域が1,486点、「台湾」地域が668 点、「南方」地域が979 件、「樺太」地域が193 点である。刊行年次別資料分布は、彦根高等商業学校の開校から閉校までの歴史と合致している。すなわち、開校した1923 年の刊行資料から増加しはじめ、太平洋戦争末期の1944 年になると収集資料数は激減し、1945 年はわずか3冊となる。また、彦根高等商業学校の中に「支那科」ができた1939 年には、「支那」地域の資料が顕著に増えている。支那科は、「支那語」「支那思想史」「支那民族性論」「東亜経済政策」「満蒙経済事情」を必修学科目とする教育課程であった。日中戦争やアジア太平洋戦争の展開を反映する収集ぶりがうかがえる。

また、近年、寄贈された新しい資料として「石田記念文庫」と「満州引揚資料」がある。

「石田記念文庫」は、彦根高等商業学校や滋賀大学の教官として「金融経済論」を担当された石田興平博士旧蔵の約700点の図書や雑誌であり、それらを受け継がれた山本有造博士(当時、京都大学人文科学研究所教授)が、ご自分の収集した資料も合わせて寄贈して下さったものである。冊子体目録も山本有造博士と院生により作成が終わり、今年から公開している。満州経済に関する図書、雑誌、年報・月報、文書、地図、抜刷から成り、これらをホームページから総合的に検索できるよう、現在整備を進めている。

「満州引揚資料」は、ダンボールにして13 箱、簿冊数にして約300点の資料群である。内容は、満洲国史編纂刊行会が編纂した『満洲国史』(満蒙同胞援護会、1970 年)の編修に際し、収集、若しくは作成された資料と思われる。「満州」各地の引揚状況、現地の日本人居留民会などについての記録であることから、プライバシーの問題もあり、利用規程を整えてから公開したいと考えている。

終わりに滋賀大学経済経営研究所の新しい取り組みを紹介したい。研究所では、マイクロフィルムによる歴史資料の保存と利用のほかに、デジタルアーカイブとして、ホームページ上で画像による資料の公開を行っている。この過程で発見された1枚の商店のパンフレットをもとに、2004 年10 月12 日から12 月26 日までの期間インターネット企画展「三中井を歴史にさかのぼる」を開催した。この「三中井」とは、20 世紀初め中国大陸や朝鮮半島で大デパートチェーンを展開しており、その一家族は、現在も滋賀大学の近くで洋菓子店を営でいる。研究所で所蔵している資料や同家から提供された写真を利用して、三中井の歴史をweb上で構成し紹介するものである。

その当時、百貨店で働いていた人びと、買物に訪れた人びとは今もご存命である方も多いであろう。遠いようで近い過去に触れる楽しい試みであった。また、日本と中国大陸や朝鮮半島と関わりの深い資料を所蔵する機関の実務者として、前述したシンポジウムにおける阿部安成助教授の言葉の意味を再確認する時間でもあった。

 

web上の「三中井呉服店を中心とせる大京城案内鳥瞰図」

web上の「三中井呉服店を中心とせる大京城案内鳥瞰図」

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