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現代中国研究の動向‐現代中国学会の動向を中心にして: アジア情報室通報第3巻第1号

アジア情報室通報 第3巻第1号(2005年3月)
佐々木信彰(大阪市立大学大学院経済学研究科教授)

 

はじめに‐自己紹介

私は1949 年生まれ、1949 年10 月1 日建国の中華人民共和国と同年である。2 月生まれなので革命前に生まれたことになる。中国で「現代」というと中華人民共和国成立以降、つまり1949年10月1日以降を言う。「近代」は、アヘン戦争(1840 年)、辛亥革命(1911 年)から、五・四運動(1919 年)、中国共産党の創立(1921 年)以降など様々な説があるが、中国では「近代」と「現代」を区別している。日本では区別していない。現代中国学会に所属している人も、必ずしも1949年10 月1 日以降だけを研究対象としているのではなく、文学・歴史を研究する人はもう少し広く、近代、明末・清初を研究している人もいる。私は大学院に入ってから中国研究をはじめた団塊の世代なので、日本における現代中国研究の第一世代の方、例えば旧満鉄調査部におられて帰国された天野元之助先生などが第一世代、第二世代は革新政党の方、共産党と係わりの深い方が第二世代、これらを継ぐ第三世代になる。今、現代中国研究を志す人が増えていて、この第四世代が研究や教育面において大きな担い手になっている。

第三世代までは中国研究をやる人はあまり多くなかった。1973 年に国交回復があり、その翌年に3 週間ほど訪中したり、中国語をやらなければならないということで、1980 年に上海の復旦大学のサマースクールで中国語を勉強したりした。大阪市立大学に職を得てから、84年に半年、90 年に半年上海にいた。その後毎年3~5 回訪中している。最初の訪中から32 年余り、中国は大変ひろく、日本の26 倍あり、例えば四川省、江蘇省などは面積、人口などヨーロッパの大国に匹敵するものもある。首都北京をはじめ4直轄市、5民族自治区、22省と2 特別行政区、合わせて33 行政区があり、そのうち私は27~8を回ってきた。私は現代中国の経済、特に少数民族の経済を研究テーマにしている。民族問題に関心があったからだが、国立民族学博物館の横山廣子さんが代表となった科学研究費補助金基盤研究A(2)「中国における諸民族文化の動態と国家をめぐる人類学的研究」(平成9 年度~11 年度)というプロジェクトで3 年ほど中国の民族地域を回り、現在は、一橋大学の西村幸次郎先生が研究代表である基盤研究(B)「中国民族法制の総合的研究」(平成15 年度~17 年度)にかかわり中国の民族経済を研究している。それ以外に、日中経済協会の研究会に所属し、毎年中国経済に関する年次レポートを出している。これは学生時代からなので30 数冊の報告書(『日中経報; 中国経済関係調査報告書』)に関わっている。

他方、教育面では、学部と大学院で中国経済について教えているが、中国の勢いがいいので、それにつられてゼミの志望学生が急増している。ロシア研究の場合、ソ連崩壊後、ロシア研究を志すものはほとんどいなくなっている。マスター2 年生に6 名いてそのうち5 人が中国人留学生である。残り1 人は70 才を超えた社会人院生である。テーマは社会保証制度の構築‐年金改革、中国の地方財政、金融改革‐国有商業銀行不良債権問題の分析、西部大開発と多岐にわたる。1979 年以降の改革開放は東部沿海地域が舞台だったが、そのため地域間経済格差が生じている。1999 年から西部大開発ということで、内陸の民族自治区・省の開発に重点がおかれるようになった。これについて、新疆ウイグル族の学生が「西部大開発と新疆経済の研究」というテーマで研究している。社会人院生は、大阪経済の凋落が中国と日本の経済関係の緊密化と関係しているのではないかという視点から、大阪府下の製造業、例えば繊維産業における生産拠点の中国移転、雇用流出を分析している。同じ中国を研究しているがバラエティーに富んだ修士論文が多かった。中国からも大学院に進学したい、客員でうけいれて欲しいというメールがよく来る。

1. 日本現代中国学会の沿革

この学会は1951 年5 月に成立して、半世紀あまりの歴史を持った老舗学会である。会員数は80 年代には400 名くらい。はじめ私が加盟した70 年代は300 人。あれよあれよという間に750名の規模になった。文系の学会で一番大きな学会、例えば、社会政策学会、日本経済学会などの1400から1500名規模、アジア政経学会の1300 人と比べると小さいが中規模学会である。国際交流が盛んになると、現代中国学会という名称ではどこの国の現代中国学会がわからないので頭に日本をつけた。英語ではThe Japan Association for Modern ChinaStudiesと1993年度から表記するようにした。

2. 日本現代中国学会の目的

学会の目的は「現代中国および現代アジアに関心を持つ研究者によって組織され、研究者相互の交流と協力をはかり、その研究の発展を促進することを目的」としている。事業は年1回の全国学術大会、各地域部会、関東、関西、西日本(九州)に3つの地域部会があり、そこで年1回から3回の研究会を開催、また、学会誌『現代中国』は年1回発行している。日本学術会議の登録団体で「地域研究」「東洋学」部門に属し、カバーする分野は、政治・法律・経済・社会・語学・文学・歴史・教育・哲学・思想・社会科学・人文科学などあらあゆる領域にわたっている。

3. 学会員の分布特徴

学会員の分布特徴として、在日外国人が130名、多くは日本に留学し大学院博士課程で会員になられた方、あるいはそれを修了して日本の大学に職を得た方で会員総数の17.3 パーセント、6 人に1人という外国人会員がかなり多いということがある。さらにいうと外国人会員は職を得たら固定するが、得られないと帰国するなど流動性が高い。教員だけでなく大学院生を含めた会員の多い研究機関は、東京大学24名、愛知大学21名、一橋大学19 名、早稲田大学15 名などで、上位10 校で149 名、全体の2 割を占める。ちなみに大阪市立大学は12 名で7位である。

4. 全国学術大会の歩み

1951 年に第1 回全国学術大会が開かれて、昨年秋に法政大学で第54 回が開催された。現代中国学会のホームページをみればすべて記してあるが、10 年ごとにどんなテーマで現代中国学会が全国大会を開いているかを見てみる。

第1回は東洋文庫で「新しい中国文化の特質」、1959年第9 回は慶応大学で「人民公社」(1958 年から中国は大躍進政策のもと人民公社を作りにかかっていた)であった。人民公社は1982-3年に消滅したが、できたばかりの人民公社をテーマにしたわけである。第17 回1967 年には専修大学で「文化大革命」、第29 回1979年は東京大学で「現代中国の課題‐革命の論理と国家の論理」であった。1978 年12 月に中国共産党第11 期3中総会が開かれ、改革開放政策、今日の市場経済化、外資の積極的な導入政策に転換した。そうすると文化大革命中の論理‐革命の論理と国家の論理のせめぎ合いが出てきて早くもそれをテーマとした。1989 年第39 回は同じく東京大学で「改革10 年‐矛盾の構造」、これは、改革により計画経済から市場経済、閉鎖社会から開放社会に移行する中で色々な矛盾が出てきているということを共通テーマにしたものである。1999 年第49 回は東京経済大学で「建国50年‐毛沢東・鄧小平時代と21世紀中国」。1949年の建国以後は、1949年から1978年のおよそ30年間を毛沢東時代、改革開放の1979年以降を鄧小平時代と区分することができよう。鄧小平は1997 年3 月に亡くなり、その後、江沢民、胡錦濤は鄧小平路線を継承しているので、それを包括すると鄧小平時代は1979年から25年、4半世紀続いている。2003年の第53回は大阪市立大学で「世界の中の中国‐強権体制、経済発展、地域格差、社会不安の先は‐」をテーマとした。2001 年12 月にWTO に中国は加盟した。その前から開放改革政策を実施していたが、加盟すると関税を大幅引き下げなければならない、外国から企業・資本が入っていたが、開放していない領域、例えば通信、金融、証券、小売、物流分野も含めた全面的な開放を約束した。グローバリズムが中国に全面的に入ってきているのでそれを共通テーマとした。

昨年2004年の第54回は法政大学で「東アジア地域間の融合と相克の構図‐現代中国研究の視点から」が共通テーマであった。中国は今積極的にFTA(自由貿易協定)を結ぼうとしている。既にタイとは締結し、アセアン、さらに日中韓を加えたアセアン+3 を打上げ、そのリーダーシップをとろうとしている。日本も一緒にやろうと言われているが、小泉総理は中国はWTOに加盟したばかりで、加盟に伴う中国国内の法律・制度の整備がまだまだ充分に出来ていない段階でのFTA締結提案は時期尚早であり、また関税率の引き下げ・国内市場の開放などの国際公約の履行が先行されるべきとの判断である。東アジアにおけるFTAのリーダーシップ争いが起きている。FTA が結ばれると東アジア経済共同体が形成されると言われている。EU がうまくいっているのでそれになぞらえている。わたしは経済の領域では貿易、投資面ではかなり緊密化しているが、克服しなければならない政治的な対立、社会、歴史認識などそう簡単にはいかないと思っている。ともかく、さかんに共同体の形成が言われているのでそれを意識したテーマである。

以上の全国学術大会の共通論題から見ると、その時々の研究対象である現代中国の動きと対応したテーマが設定されている。現代中国の動態に引きずられざるを得ない側面を強くもっていると言える。

5. 『現代中国』掲載論文の特徴

74 号(2000 年)から78 号(2004 年)までの掲載論文(「研究ノート」を含む)合計94 本を分野別にカウントした。それによると、文学28(29.8%)、経済24

(25.5%)、政治16(17.0%)、歴史15(16.0%)、社会10(10.6%)となり各分野のバランスが取れている。ただし、研究者の数から言えば経済分野の研究者が一番多い。経済分野の研究者は掲載する雑誌がほかにも多いが、文学・歴史は多くないので、このような傾向になるのだと思う。また、地域的特長として関東では政治研究者が多く、現代中国学会理事長の毛里和子(早稲田大学)、天児慧(早稲田)、小島朋之、国分良成(慶應)、高原明生 (立教大学)など有名な現代中国政治の研究者は関東にほぼ集中している。これに対し関西には経済研究者が多い。東京と関西では政治研究と経済研究の住み分けがあるのだと思う。

6. 現代中国研究の需要と供給

1 人の研究者として本を書いたり、論文を書いたり、講義などを行うと言う意味では情報の供給者であり、同業の研究者の本を読んだり、新聞、雑誌、研究成果、資料を読むということでは情報の需要者でもあるという両方の側面がある。現代中国研究がさかんになっているのは中国自身の大きな変化にかかわっている。

計画経済から市場経済、閉鎖社会から開放社会への180 度転換、1992 年の鄧小平の南巡講話、2001 年末のWTO 加盟と中国国内市場は対外開放され、いまや中国に進出している外資系企業の数は50 万社、そのうち日系企業は2 万社といわれる。中国が受入れた外資は7,000億ドルを超え、2002 年からはアメリカを抜き世界最大の外資受入国になっている。ダイナミックな高度成長にともない、社会も急激に変わってきている。

エピソードをひとつはさむと、1973 年に全国学生友好訪中団のメンバーで訪中した。文革の続いている時期、日中友好協会が組織した訪中団だったが、その時の注意として、「社会主義中国を建設している青年学生は理想に燃えているので、資本主義の害毒に満ち満ちたあなた方は、彼らを毒さないように」と言われた。いまや、信じられないような市場経済、日本を上回るようなダイナミックな市場経済の現実が進行している。金儲け、実利本位とか、大阪で商売をするのは大変なことだが、上海には敵わないのではないか。上海でビジネスをして成功しているひとは尊敬できる。「社会主義時代の中国はなんだったのか」というくらい様変わりしている。

この1 月には人口が13 億人を突破した。世界最大の人口大国、国土も960 万平方キロ、日本の26 倍という国土大国、そしてソ連崩壊後、アメリカが圧倒的な軍事大国だがそれに次ぐ軍事大国でもある。経済面でも大国化している。GDP でイタリアをかわして世界6位、貿易は日本を超えてアメリカ、ドイツに次ぐ世界3位の貿易大国になった。今日の『日本経済新聞』では日本の貿易パートナーとして中国はアメリカを超えたとあった。今や、超大国になりつつあると言ってもよい。

大学の現代中国研究も昔は大阪外大、東京外大など、いくつかの大学の中国語学科、旧帝大、旧三商大の法学部、経済学部や文学部で法律・政治・経済・歴史を研究する人が少しいる程度であった。中国のプレゼンスが増大するにつれて中国研究も発展し、規模も大きくなってきた。

愛知大学の現代中国学部のように、現代中国研究を名称に掲げる学部が出てきたり、私立大学、国公立大学での現代中国関係研究講座・科目の新設ラッシュが続いている。現代中国研究は売れ筋の分野になってきた。大学院で研究者養成をしているが、国士舘大学、和歌山大学、流通科学大学、立命館大学に就職が決まった院生、中国に帰って、上海財経大学の先生、天津商学院の学長になった留学生など、ポストもどんどん増えている。しかし、急激に需要は増えたけれど供給が間に合わない、正規に大学院で勉強した方に加え、新聞社の北京・上海の現地特派員、外務省出身者がこれらのポストを埋めていったが、いまや一服感がある。今日の状況は中国関係のポストを募集すると40~50 名が殺到するというほど厳しくなっている。

研究のあり方は、以前は、『人民日報』を読んだり、『経済研究』のような雑誌を買ったり、日本語で発行されている『人民中国』『北京週報』を読んだり、先生と『毛沢東思想万歳』など文革中に流出した中国語原典をゆっくり読んだりと、資料も少なくお金もかからなかった。いまや資料の数が圧倒的に増え、時間的体力的に悲鳴があがる。お金も間に合わない。同業者の寄贈本も読みきれない。資料の洪水の中で溺れかかっている。私の時代はオーソドックスに全体的な研究ということでやってきていたが、これからはもっと細かくテーマを絞り込んでいかないとだめである。経済の分野だけでなく政治・文学でも専門性が問われ細分化がすすんでいると思われる。

7. 競争と共存

日本現代中国学会は現代中国研究の老舗であり、品揃えの多い百貨店と言えるが、流通業界における新しい業態(スーパー、コンビニなど)の登場にみられるような現象が起っている。

アジア研究全般を見ると1,300名の会員を誇る同じく名門老舗百貨店のアジア政経学会があり(現代中国学会の会員はこの学会の会員とかなり重複している)、新しくは、経済分野で中国経済学会(2002 年成立,会員400名)、中国経営管理学会(2000 年成立,会員300 名)、歴史分野では中国現代史研究会(1969 年成立,会員200名)、1998 年には日本台湾学会の成立など新興学会が目白押しであり、会員は重なる中で競合状況も起こって いる。

日本アジア学会のような大きな傘を広げるような学会が必要だと思う。東南アジア、南アジアを包み込むようなものが必要になるであろう。アメリカではすでに、全米アジア学会(Association for Asian Studies)がある。このようなアカデミックな現代中国研究とは別に、2 万社にものぼる日系企業の存在が象徴するような日本経済の中国経済への深いコミットに伴い、産業界からの現代中国研究のニーズに応えるべく、民間のシンクタンク(例;野村総研、三菱総研、UFJ 総研など)、日中経済協会(『日中経協ジャーナル』など、その他調査報告書の発行)、JETRO(『月刊中国経済』などの発行)もそれぞれ大きな役割を果たしている。

現代中国研究のあり方について中国学会を中心にお話した。中国のプレゼンスはこれからもっと大きくなる。これまでは日本から中国への投資だったが、逆の動きもある。中国の有力な企業、ハイアールなどが日本に進出してきている。大学の領域では少子化のため18 歳人口が減り、私立大学では4割の大学で定員充足ができず、経営難に陥っているところもある。定員充足のため留学生を入れるところも多くなっている。一方その反面、日本の留学生を中国の大学が吸引している例もある。日本で外大や中国語学部で中国語を学ぶのではなく、北京大学や復旦大学などの名門大学に入って中国語や中国研究をするほうが、メリットがあると考える層も出てきた。大学も日本国内での生き残りだけでなく、東アジアの中での大学間競争が発生している。東京大学や一橋大学、京都大学が北京や上海にセンターや事務所を開き、そこで試験をして優秀な学生を囲い込む。他方、例えば中国の有力大学である上海の同済大学が大阪に出てきて、大阪市立大学、大阪大学、京都大学と提携し大学院を開講する動きなど、逆のベクトルも出てきている。中国の学生や院生と日常的に付き合うが、彼らは数が多いしハングリー精神がある。やがて中国の企業が大量に日本に進出してきて、日本人学生が雇用されることもあるだろう。このように中国との関係が緊密化し、中国の存在はますます大きくなっていく中、現代中国研究は一層重要になっていくであろう。

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