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平成18年度アジア情報研修概要報告 : アジア情報室通報第4巻第4号

アジア情報室通報 第4巻第4号(2006年12月)
辻佑果

平成18年10月17日(火)、18日(水)に平成18年度アジア情報研修を実施した。第5回目となる今年度は、イスラーム諸国の資料・情報に関する科目を中心に行った。

1. 受講者について

受講者の内訳は、館種別では大学図書館7名、公共図書館4名、専門図書館他3名、地域別では関東3名、近畿11名の計14名であった。昨年度は全国からほぼ偏りなく参加が見られたが、今年度は近畿圏からの参加者が大半を占めた。

 

2.研修の内容

研修の各科目の概要を以下に紹介する。

■ 1日目

(1)「アラブ諸国の書店、図書館、文書館―エジプトを中心に」(講師:大稔哲也 東京大学大学院人文社会系研究科助教授)

コーランやムハンマドの言葉からも分かるように、ムスリムには書物の歴史がある。現在出版されているアラビア語資料は、エジプトでの出版が60%以上を占め、再刊を含めるとエジプトでは1年間に約15,000タイトルが出版されている。それらを扱うエジプトの書店は、それぞれが独自の特徴を持っている。その中で海外とアラビア語資料の取引をしているのは、ほぼライラ書店一店だけであり、ライラ書店は米国議会図書館の代理業者を務めている。エジプトでは新刊図書と古書の基準がはっきりしていないため、通常の書店と古書店の区別があまり明確ではない。また、書店の店頭にない資料は蔵に置かれていることが多く、その蔵に資料を探しに行くことを職業としている人も存在する。エジプトの書店では、客が来店するとすぐに本を探すのではなく、まずは飲み物を勧めて雑談をするのが習慣である。

エジプトから海外へ本を送る手段は、郵便局や書店への依頼や、船便を利用する方法がある。トルコやイランなどでは図書自体がエジプトよりも高価で、海外への送付にもさらに費用がかかる。

エジプトは製本技術が高く低価格で、金の背文字を入れるのが特徴である。製本業は伝統的な徒弟制度をとっており、親方になると自分の店を持つことができる。

エジプトでは、世界三大ブックフェアの一つと言われているカイロ国際ブックフェアが毎年開催されている。このブックフェアでは、討論会やセミナーなども催されている。

エジプトの図書館については、エジプト国立図書館、カイロ・アメリカン大学、フランス・オリエント考古学研究所の図書館やアズハル図書館などが充実している。その中でも、エジプト国立図書館は、アラビア語の蔵書数が世界最大で、個人からの寄贈による文庫も多い。併設している文書館では、コンピュータで写本を検索できる新たなシステムの提供を始めている。海外からの旅行者もパスポートの提示で閲覧することができ、安い値段で複写することも可能である。また、アズハル図書館では蔵書目録の電子化が始まっており、ホームページが既に立ち上げられている。


エジプトの主要な文書館としては、ユネスコの助成金などによって運営されているアラブ連盟大学付属写本研究所や、アズハル図書館が挙げられる。後者は閲覧や複写へのアクセスが厳しく、複写物を受け取るのに数か月かかることもある。実際に資料を探す際には、まだまだ個人の関係やコネがものをいう社会でもある。文書館では、文書の保存のためにマイクロ化を進め、欧米の機関との交換などでマイクロフィルムの収集を行っている。最終的には、海外からもインターネット上で写本や文書の閲覧が出来るようにすることを目指している。また、図書館員や文書館員の育成のために、カイロ大学では図書館学・文書学科を設立して教育を行っている。

日本においては、京都外国語大学がアラビア語の写本を所蔵するほか、東京大学東洋文化研究所のダイバー・コレクションが特徴的である。

アメリカでは、同時多発テロ以降アラビア語図書を積極的に集めており、米国議会図書館は、ライラ書店を通じてアラビア語の出版物を全て収集している。一方日本では、アラビア語資料を収集するという意思や戦略が見えない。国立国会図書館でもアラビア語資料を所蔵してはいるが、全てを所蔵するには程遠い。

エジプトの書店、図書館や文書館はそれぞれの立場から電子化を進めており、CD-ROM形態による出版や、ネットを介した図書の販売が始まっている。しかし、エジプトの全ての家庭に電話線が来ているというわけではない現状で、インターネットによるサービスの利用はまだほとんど広がっていない。

(2) 「イスラーム諸国関連情報検索入門」(講師:関西館資料部アジア情報課アジア第一係 小笠原綾、邊見由起子、大西啓子)

①インターネットで調べる、②国立国会図書館のアジア言語資料を探す、③検索実習という内容で行った。①では、アジア情報室ホームページ掲載のリンク集であるAsiaLinks-アジア関連リンク集-から、イスラーム諸国関連の便利なサイトを紹介した。②では、当館所蔵イスラーム諸国関連資料の、OPACを使用した検索方法について解説した。③では、研修生が実際にPCを使用して、アラビア語資料の検索実習を行った。

■ 2日目

(1) 「トルコにおける歴史研究と出版事情」(講師:林佳世子 東京外国語大学外国語学部教授)

日本におけるトルコ研究の中心は歴史学であり、日本にあるトルコ語文献は圧倒的に歴史学に関するものが多い。近年、トルコをめぐっては、歴史学、社会学の領域で議論されるようになってきた。本講義では、トルコ語書箱に関連したトルコにおけるトルコ史研究の流れ,歴史史料とその出版、および現代の出版事情等について述べる。


①トルコにおける歴史研究

オスマン朝が拡大するプロセスの中で、自身の正統性、正当性を証明するために、オグズ族からの一連の流れを書き換えつつ、オスマン系に繋げていく歴史叙述を始め、オスマン朝がバルカン地方に拡大した頃に、口承伝承などを基にした歴史叙述が完成した。そしてオスマン帝国が16世紀にメッカ、メディナを征服し、西アジアの一大勢力となる中で、その歴史叙述は当然のものとなり、さらにイスラーム世界の外部の世界とも関連させた大歴史へと進んでいった。

19世紀には歴史意識に変化が起こり、ヨーロッパとの関係が問題となってきた。民族主義が台頭し、それぞれの民族のための歴史叙述へと変わっていった。アーリア人はヨーロッパ人の祖先であり、ヒッタイト文明などの世界の文明をリードしてきたと考えられたトゥラン人がその他の民族の祖先である、という歴史観が19世紀から20世紀にかけて展開された。学問的根拠は乏しいが、オスマン朝衰退後最後に残ったアナトリアの地でトルコ共和国を作った人々にとって、トゥラン人が先祖であることは誇りだった。トルコは列強と戦いアナトリアを守ったが、その際にこの「トゥラン主義」が大いに利用された。

現在のトルコ史もトルコ民族史観の流れをくんでおり、アナトリアの土地をベースに書くか、アナトリアに移動した人をベースに書くかでトルコ史の内容は違ったものになる。トルコ人がオスマン帝国をイスラーム世界の偉大な存在として認識していたのは16世紀のことで、17~19世紀はオスマン帝国をヨーロッパとトルコをつなげる際の障害となった存在であるととらえ、よくないイメージを持っていた。トルコ共和国では、イスラームの要素を最小限にすること、世俗化することを国是とし、オスマンを否定してトルコ民族主義に立脚する状態が1980年代まで続いた。しかし、90年代以降EU加盟問題が現実化したため、イスラームの要素を否定できないという現実を踏まえたトルコ・イスラーム統合論が展開され、トルコ民族主義的な歴史研究から客観的な歴史研究へと変わりつつある。

現在では活発な歴史研究が行われており、セルジューク朝の研究、オスマン朝に対する肯定的評価など過去の認識に対しても変化が起こっている。アルメニア人ジェノサイド、クルド人問題、アレヴィー問題などの歴史認識問題に関しては、トルコ政府は責任を負わないとの立場をとっているが、EU加盟問題にも絡んで政治問題化している。トルコ歴史研究関連の組織には、設立当初はトルコ民族主義を証明するための機関であり、現在も政府の機関であるトルコ歴史協会、大学教育の総括や監督を行っている高等教育機構(YÖK)、オスマン朝再評価の中核であるトルコ宗教財団などがある。

②歴史資料の利用、出版の現状

オスマントルコ語やアラビア文字には、1927年の文字改革で作られた現在のローマ字表記との断絶があり、文化的な伝統を守るためにはどのように叙述するかが、トルコにおける歴史書の課題である。


1927年以降のオスマントルコ語での発行制限や、ローマ字でトルコ語を読むことが広がり、オスマン語を読める人が減少した。80年代以降、コーラン学校などでオスマン語教育が行われ、大学やオスマン語教室でもオスマン語が教えられるようになり、現在オスマン語を読める人は再び増加しつつある。

トルコにおける歴史研究の9割は近代史に関するものである。オスマン帝国史研究の材料としては、総理府オスマン文書館所蔵文書などがある。1980年代以降のオスマン文書館改革や、アルメニア史料発掘の圧力の中で整理が進んでいる。総理府文書局自身も、外交問題などに関連した刊行物を刊行しており、パレスチナ問題も含む未解決の歴史問題に関連した側面もある。コンピュータやその他のデジタル機器も充実してきたため、インターネットでの史料の公開が進んでいる。1850年以前の史料の整理は進んでおり、現在発掘されている新史料のほとんどは19世紀のものである。

③トルコの最近の出版事情

大学や研究者による出版活動が行われており、地方大学の出版局も存在する。かつて一国主義の下に行われていたオスマン研究は、グローバルになってきている。留学が奨励され、外国語で文献を書くことを求められるなど、研究者の国際的な流動性が増している。外国におけるトルコ研究文献は、現在ではすぐにトルコ語に翻訳されている。

また、銀行が贈答用の非売品として、装丁が立派で上質な研究書を出版したり、かつては少数であった新刊書を扱う書店が増加したりと、経済状況が良くなってきている。

インターネットでの販売には国家の制限が及んでいないため、自由な売買ができる一方で、昔ながらのサハフと呼ばれる古本屋街が廃れてきている。

出版事情の問題点として、本の価格が高いということ、図書館が少ないため海賊版が多く出回っていること、大学図書館では新刊を買う予算がないことなどがある。トルコの図書館が弱いのは、クーデターなどの混乱により文化政策にまで予算が回っておらず、また、歴史研究は金持ちがやることだという認識があることが理由として考えられる。

(2) 「南アジアの言語資源を巡る諸問題―パキスタンの状況を中心に」(講師:萬宮健策 大阪外国語大学外国語学部講師)

講義内容にもとづく論文を巻頭に掲載。

3.研修を振り返って

今回の研修は、テーマとなる地域をイスラーム諸国に限定して行った。そのため科目に関連性ができ、研修全体がまとまりのあるものになった。一方で、地域を絞ったためか、例年より参加者が少なかった。終了時のアンケートにおける研修全体の評価は総じて高く、内容についても、業務に役立つとの評価を得た。また、第一日目終了後の懇親会には多数の参加が得られ、当館と参加者、参加者同士の交流を深めると同時に、当研修に対する忌憚のない意見も多数伺うことができた。この場を借りてお礼申し上げたい。
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