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皮書について-中国の社会科学報告書 : アジア情報室通報第5巻第3号

アジア情報室通報 第5巻第3号(2007年9月)
前田直俊

1.皮書とは?

中国には皮書と呼ばれるものがある。皮書の皮は、中国語の「書皮」「封皮」つまり表紙・ブックカバーのことで、その色や材質に特徴のある書物のことを称して皮書という。例えば、ペーパーバックは「紙皮書」、白書は「白皮書」といった具合である。

近年では、社会科学の分野で表紙の色が統一された報告書が数多く出版され、皮書に新たなジャンルが生まれている。その中心的な存在が社会科学文献出版社の皮書シリーズだ。

2.皮書シリーズの誕生と発展

現在、同社からは「藍皮書」「緑皮書」「黄皮書」「紫皮書」の4つの皮書シリーズが出版されている。そのうち「紫皮書」は2006年に始まった新しいシリーズで、今のところ1タイトルしか出ていないため、主なものは前者3つといってよい。それぞれの内容は、「藍皮書」が経済社会の各分野についての現況分析と予測、「緑皮書」が労働、農村、環境、観光についての研究報告、「黄皮書」が世界の経済、政治、国際情勢についての研究報告となっている。シリーズ一覧(下表)を見てわかるとおり、皮書タイトルごとにさらに別の固有タイトルがついているのが特徴だ。もちろん表紙の色は統一されていて、それぞれ青色、緑色、黄色である。

2007年現在の出版総タイトルは約80件、年間で40数万冊が販売されている1。ちなみに2006年の売り上げベスト3は『経済藍皮書』『城市競争力藍皮書』『社会藍皮書』で、1位の『経済藍皮書』の売り上げ部数は4万冊以上である。『中国統計年鑑』2006年版によると、経済関係の図書の平均部数は8千冊弱なので、この分野としてはかなりの人気商品といえる。その内容的な特徴については後段で述べるとして、まずは誕生と発展の経緯を見てみよう。

始まりは90年代初めにさかのぼる。改革開放政策が進み市場経済の軌道に乗りかけてきた中国経済は、80年代終わりの政府による引き締め政策によって一時的にその勢いを落としていた。そうしたなか、中国社会科学院の劉国光を中心とした経済研究グループにより現況分析と予測研究が行われる。

そして1990年、その報告書『中国経済形勢分析与預測』が内部参考資料として政府の経済管理部門および研究機関に配布された。報告書を製本する際、偶然に印刷工場にあった青色の紙を使って表紙にしたため、関係者のあいだで「藍皮書」と呼ばれるようになったという2。あるいは青表紙になったのは偶然ではなく、最初から他国の青書を模したのだともいわれている3。いずれにせよ関係者の評判は上々で、翌1991年にその通称を冠した『経済藍皮書:中国経済形勢分析与預測』が中国社会科学出版社から一般向けに出版され、続けて社会学的見地からの調査報告書『社会藍皮書:中国社会形勢分析与預測』も出版された。

しかし、元来が政府党幹部や研究機関向けに書かれたものであったため売れ行きは芳しくなく、数千程度の発行部数であったにもかかわらず、その大部分が返品されてきたという。皮書シリーズの責任者・範広偉は当時の状況を振り返って言う。「研究者たちの研究費から費用を捻出してようやく出版にこぎつけるという有様だった。当時は社会科学研究に対する世間の目が冷ややかで、なかにはその必要性を疑う声まであった」4。当然ながら採算は取れず、中央からの出版補助を受けてようやく損失を免れるといった状態だった。

一方で、皮書の潜在的な可能性を信じる声もあった。社会科学文献出版社社長の謝寿光は言う。「当時は改革開放が重要な段階に来ており、複雑化する社会現象や経済問題に対して解決策を示してくれる、権威と実用性を具えた書物が求められている時期であった。皮書はまさにこうした要求に応えうるものであり、私は必ずや大きな役割を果たせるものと信じていた」5

転機は1997年におとずれる。出版元が中国社会科学出版社から社会科学文献出版社に代わったのを契機に、販売戦略の大幅な見直しが行なわれたのである。中心となったのは同年9月に同社に移ってきた謝寿光であった。彼はそれまで中国大百科全書出版社で『中国大百科全書・社会巻』や『中国国情叢書:百県市経済社会調査』などの編集にたずさわり、1996年には中国出版工作者協会の全国優秀中青年編集賞を獲得している6。その実力を買われての移籍であったのだろう。

まず、表紙デザインを一新してインパクトのあるものに変え、ポスターを作製して宣伝に力をいれた。さらにこれまでのマクロ経済的な分析・予測に加えて、「市民生活満足度調査」など人々の実際生活に関する調査研究も盛り込むなど、広く一般の関心を呼ぶような内容構成へと変えていったのである。

こうした販売戦略が功を奏して、数年後には一転して販売部数を伸ばし始め、タイトル数も次第に増えていった。2002年にはサイズを大きくして読みやすくし、2003年からは付録CD-ROMで本文検索ができるようにするなど工夫を凝らしている。また、最近では皮書シリーズ専用のホームページ「皮書網」(http://www.pishu.cn/外部サイトへのリンク)の開設やオンライン電子版の計画など、絶えず新しいアイデアで読者層の開拓に取り組んでいる。その結果、皮書シリーズは同社の総利益の三分の一を占めるまでになった。

また営業面での成功もさることながら、皮書シリーズの普及によって、それまで閉鎖的な学問とみなされていた社会科学研究が広く一般社会に認知されるようになったともいわれ、今や同分野において「皮書品牌(ブランド)」を確立するまでに成長している。

3.内容の特徴

次に皮書シリーズの特徴をみてみよう。ホームページ「皮書網」には、皮書の備えるべき要素と特徴がいろいろと述べられているが7、おおむね以下の3点に集約できる。

第一に毎年継続して出版されること。特に年末年始が出版のピークだ。この時期は一年間の経済社会状況を分析し翌年の予測を行うのに最も適しており、また政策に関わる重要な会議が多く開催されて皮書に対する需要も高まる。例えば『経済藍皮書』は、次年度の経済政策の基本方針を決定する中央経済工作会議が開催される11月末から12月上旬ごろに出版され、『城市競争力藍皮書』は、全国人民代表大会および中国人民政治協商会議の全国委員会会議、いわゆる「両会」が開かれる3月上旬にあわせて出版される。

逆にこの時期から外れると売り上げは落ちる傾向にあるようだ。『経済藍皮書』の補足春季号『中国経済前景分析』は毎年5月前後に出版される。本体誌が出版時期の関係で第3四半期までの数値しか押さえきれないのに対し、春季号は第4四半期の数値も収録していてより完全な内容となっているのだが、この時期は経済への関心が相対的に低いため、売り上げはあまりよくない。

第二の特徴は、権威のある最新の学術研究成果であること。社会科学文献出版社は中国社会科学院の出版部門であるから、執筆陣には中国社会科学院の研究員が多く、そのほか大学・研究機関などの研究者たちが名前を列ねている。

なかには『環境緑皮書』のように民間NGOが主体というものもある。本書は中国環境NGOの先駆者として知られる「自然之友」が編者となって2006年に初刊が出版され、初めての民間の視点からの環境報告書として大きな注目を浴びた。また、最近オランダのブリル社と社会科学文献出版社のあいだで出版協定が結ばれ、その第一弾としてこの『環境緑皮書』の英語版が出版された。このように皮書シリーズは中国国外からの関心も高い。

第三の特徴は、調査利用を目的とした実用的な参考資料であること。数値分析や現状報告だけではなく、将来に対する予測や提言も行う。個別タイトルの多くが「○○分析与預測」「○○発展報告」となっているのはこうした内容を反映してのことだ。

主な読者層は政府党幹部、研究者、企業幹部、コンサルティング会社、商社などであり、政策・方針決定の参考資料として利用されている。『経済藍皮書』2007年版を例にとってみると、総論に続いて「綜合預測篇」「政策分析篇」「専題研究篇」「財政金融篇」「台港澳経済篇」「国際背景篇」「附録統計資料」という構成で、あわせて36本の報告が収録されている。やはり全体を通読するというよりは、具体的な課題や関心に応じて該当部分を参考にするという使い方がふさわしい。

4.権威をめぐって

毎年、各皮書の出版に合わせて記者会見やシンポジウムが開催され、研究概略が報告される。普段はさほどメディアに大きく取り上げられることのない報告会であるが、不動産業に関する報告書『房地産藍皮書』2006年版の報告会をめぐっては、一つの騒動が巻き起こった。

この報告会では高騰する住宅価格がメインテーマとして取り上げられていた。講演で主編者の牛鳳瑞は、住宅価格は今後数年間このまま上昇の波に乗っていくであろうと予測し、「経済発展・工業化・都市化の進展状況からみて、現在の価格上昇はまだ許容の範囲内である」「不動産バブルなどと軽々しく言うべきではない」と発言した8

ところが、この発言に対して多くのアナリストから、市場の実情勢から乖離している、特定の利益集団の意見を代弁しているにすぎないという異論が続出したのである9。さらに、あろうことか副主編者・李景国の「この報告には出版社による操作が加えられている」という爆弾発言まで飛び出した。

『房地産藍皮書』の各論では、牛鳳瑞の発言のとおり住宅価格の長期的上昇を予測する報告がある一方で、李景国が執筆に参加した総論ではそのような結論にはいたっていない10。むしろ上昇幅低下の可能性が指摘されている。しかも、牛鳳瑞の講演の前には、李景国による概要報告が行なわれていたのである。こうしたことが李景国の不満を呼んだようだ。さらには、両者ともに中国社会科学院の都市発展・環境研究センターの成員であったため、結果として内部矛盾を露呈することになってしまった。

そしてこの騒動は、ついには皮書シリーズや社会科学院の権威に対する疑念にまで発展した。アナリストの姜明峰は厳しく指摘する。「報告書の権威の有無は、いかなる目的・企画で、どのような手段を用いて、誰によって品質管理されているかがポイントとなる。この報告は学術的なものとはいいがたく、まず結論ありきで資料をちょっと操作してできあがりという程度のものだ。今回の世間の反応と社会科学院の失態を見る限り、藍皮書の権威は大きく損なわれたといってよい」。また、別のアナリスト劉国宏は言う。「学術研究における捏造は日々増えている。この報告書も捏造の疑いがある」。

これに対して、社会科学文献出版社はこう説明する。「皮書は複数の研究者による研究成果の集積であり、各人が依拠するサンプル量が違うこともあれば、研究の範囲や重点も同じものではない。したがって、研究者が違えば結論が異なるということはありうる。また各々は特定の研究機関や出版社の意見を代表するものでもない。重要なのは客観的な数値に基づいた科学的手法が遵守されていることであり、それが守られている以上、皮書の権威、客観性、科学性については疑う余地はない。今回の騒動は、出版社が用意した発表用原稿に関して発表陣との意思疎通が十分でなかったこと、および発表陣がメディアの過剰な性質を理解していなかったことが原因だった」。また、李景国の指摘した内部操作については一切これを否定した。

5.皮書ブーム

このように騒ぎが大きくなったことは、裏返していえば、皮書がこれまで権威と信頼をもって受け入れられてきたことの証しともいえよう。皮書シリーズが成功して以降、それにあやかろうと、他の出版社からも皮書と称したり装丁を模倣した図書が続々と出版されるようになり、出版界は「皮書ブーム」と称されるような様相を呈している。

しかし、なかには既存の報告書を寄せ集めただけの質の悪いものも多い。悪貨が良貨を駆逐することがないよう、社会科学文献出版社は2000年から毎年夏に全国各地の研究グループを召集して検討会を開き、質の維持向上に努めている。また、2007年版からは「経済藍皮書」などの名称とロゴマークが商標登録された。

『房地産藍皮書』のほかにも、その評価をめぐって賛否が分かれる皮書シリーズもあるようだが、やはり依然として本シリーズが社会科学分野で重要な役割を果たしていることにかわりはない。しばらくはその中心的な存在感は続いていくだろう。もしかしたら『皮書藍皮書』が出版される日もそう遠くないのかもしれない。

表: 皮書シリーズ一覧

藍皮書

経済藍皮書

 

中国経済形勢分析与預測

海峡西岸藍皮書

海峡西岸経済区発展報告

(春季号)中国経済前景分析

民族発展藍皮書

中国民族発展報告

財経藍皮書

中国服務業発展報告

民族藍皮書

世界民族発展報告

金融藍皮書

 

 

 

 

 

中国金融発展報告

亜太藍皮書

亜太地区発展報告

中国金融法治報告

東北藍皮書

中国東北地区発展報告

中国金融産品与服務報告

中部藍皮書

中国中部地区発展報告

中国商業銀行競争力報告

西部藍皮書

中国西部経済発展報告

中国金融生態報告

宜居城市藍皮書

中国宜居城市研究报告

中国金融中心発展報告

北京藍皮書

 

 

 

 

 

 

中国首都経済発展報告

企業藍皮書

中国企業競争力報告

中国首都社会発展報告

民営企業藍皮書

中国民営企業競争力報告

中国首都文化発展報告

民営経済藍皮書

中国民営経済発展報告

中国首都行業発展報告

私営企業藍皮書

中国私営企業発展報告

中国首都社区発展報告

商会藍皮書

中国商会発展報告

中国首都城郷発展報告

房地産藍皮書

中国房地産発展報告

中国総部経済発展報告

区域発展藍皮書

中国区域経済発展報告

上海藍皮書

 

 

 

上海文化発展報告

中国商品市場藍皮書

中国商品市場競争力報告

上海経済発展報告

社会藍皮書

中国社会形勢分析与預測

上海社会発展報告

文化藍皮書

中国文化産業発展報告

上海資源環境発展報告

法治藍皮書

中国法治発展報告

広州藍皮書

 

 

中国広州経済発展報告

教育藍皮書

中国教育的転型与発展

中国広州城市建設発展報告

人才藍皮書

中国人才発展報告

中国広州汽車産業発展報告

伝媒藍皮書

中国伝媒産業発展報告

中関村発展藍皮書

中関村高技術服務業発展報告

電子政務藍皮書

中国電子政務発展報告

四川藍皮書

四川経済形勢分析与預測

期刊藍皮書

中国期刊産業発展報告

武漢房地産藍皮書

中国武漢房地産発展報告

報業藍皮書

中国報業発展報告

長三角藍皮書

創新長三角

婦女発展藍皮書

中国婦女発展報告

泛珠三角藍皮書

泛珠三角区域合作与発展研究報告

女性生活藍皮書

中国女性生活状況報告

深圳藍皮書

中国深圳発展報告

城市競争力藍皮書

中国城市競争力報告

瀋陽藍皮書

瀋陽市経済社会形勢分析与預測

城郷創新発展藍皮書

中国新農村建設報告

福建競争力藍皮書

福建経済綜合競争力報告

小康藍皮書

中国全面小康発展報告

遼寧藍皮書

遼寧経済社会形勢分析与預測

能源藍皮書

中国能源発展報告

湖南城市藍皮書

長株潭城市群転型

公関藍皮書

中国公関行業調査報告

河南社会藍皮書

河南社会形勢分析与預測

広電藍皮書

中国広播影視発展報告

越南藍皮書

越南国情報告

広告主藍皮書

中国広告主営銷推広趨勢報告

 

 

緑皮書

黄皮書

環境緑皮書

中国環境的転型与博弈

世界経済黄皮書

世界経済形勢分析与預測

婦女緑皮書

中国性別平等与婦女発展報告

国際形勢黄皮書

 

 

全球政治与安全報告

旅游緑皮書

中国旅游発展分析与預測

中東非洲発展報告

経済信息緑皮書

中国与世界経済発展報告

拉丁美洲和加勒比発展報告

農村経済緑皮書

中国農村経済形勢分析与預測

世界社会主義黄皮書

世界社会主義跟踪研究報告

社会保障緑皮書

中国社会保障発展報告

俄羅斯東欧中亜黄皮書

俄羅斯東欧中亜国家発展報告

医療衛生緑皮書

中国医療衛生発展報告

紫皮書

人口与労働緑皮書

中国人口与労働問題報告

輿論監督紫皮書

中国輿論監督年度報告

「2007年版皮書カタログ」および < 皮書網 > より作成。個別タイトルは最新版のもの。


1 「皮书:把品牌做成“业态”」〈皮书网〉
http://www.pishu.cn/Article/heweipishu/200607/554.html外部サイトへのリンク

2 前掲1

3 「“皮书”卖点不在“皮”」『瞭望新闻周刊』2004年10期

4 前掲1

5 前掲3

6 「创新人物推选-谢寿光」〈中国出版网〉
http://www.chinapublish.com.cn
/rdjj/szcb2/cxrw/200706/t20070602_25565.html
外部サイトへのリンク

7 「何谓皮书」〈皮书网〉
http://www.pishu.cn/Article/ShowClass.asp?ClassID=60外部サイトへのリンク

8 「2006年中国房地产国际研讨暨《2006年房地产蓝皮书》发布会」
〈人民网〉http://house.people.com.cn/2006dclps/index.php外部サイトへのリンク

9 以下の経緯は、章剑锋「《房地产蓝皮书》为利益集团代言?」『中国经济时报』2006年5月10日による。

10 谢永隆・王有毅「房地产蓝皮书作者不赞同房价长期上涨说」『中华工商时报』2006年5月9日

(すべてのURLのlast access:2007/8/3)

『経済藍皮書』の画像
『経済藍皮書』の初号(左)と最新号(右)

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