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タイの出版界の状況について : アジア情報室通報第5巻第4号

アジア情報室通報 第5巻第4号(2007年12月)
増田真(国立国会図書館アジア情報課非常勤調査員)

近年、タイの出版業界は数字的には成長を続けている。一方で、小規模出版社の苦戦や良質な本の出版が少ないこと、混乱した政治状況による影響など、明るい側面ばかりではない。そこで本稿では、まず近年のタイの出版状況を概観し、さらにいくつかの出版社について紹介することにしたい。

1)出版業界の状況

タイ国出版社・書籍販売業者協会(สมาคมผู้จัดพิมพ์ และผู้จำหน่ายหนังสือแห่งประเทศไทย, The Publishers & Booksellers Association of Thailand, 以下、PUBATと称す)が作成した「タイ国における出版業と書籍」1という資料に拠れば、1997年の経済危機以降、タイの出版業界は成長を続けており、2003年から2005年にかけては10%以上の成長率で、以上のような傾向は今後も続くと見込まれている。経済危機後に成長した理由としては、比較的少ない資本で参入できるために小規模な出版社として起業することができたためであると考えられている。また、行政による読書奨励政策2、書店の増加などが挙げられている。

PUBATに加盟している出版社数は2006年の時点で492社であり、2003年の374社から30%以上の増加であるが、その増加率は次第に下がっている。2006年の492社のうち、小規模の出版社が382社と4分の3を占めており、続いて中規模の75社、大規模の35社となっている。近年、出版社全体に占める小規模出版社の割合が低くなっている。以上から、競争が激しくなり、小規模の出版社が参入しにくくなっていることがわかる。

小規模の出版社は出版だけを行っているが、中・大規模の出版社は出版だけでなく、取次も行っているところが多い。さらに、大手の出版社には出版から取次、店頭販売まですべてを手がけているところがあり、中には印刷まで自社で行っているところもある。

2006年の総売り上げは168億バーツ(07年11月時点で1バーツ≒3.6円)で、このうち、中規模と大規模の出版社の売り上げが88%を占めている。2006年の新刊の総タイトル数は11,201点である。2003年が10,108点であり、増加率は低い3。出版社の数が30%以上増えているにも関わらず、新刊タイトル数が横ばいになっている要因は、小規模出版社による新刊の出版が一定していないことと、大手出版社が売れる本に重点を置いて出版しているためである。日本と同じく委託販売制度であるために、売れ筋の商品を除いて、新刊本が店頭に置かれる期間は2~6ヶ月ほどである。

2006年に売れた書籍は、プミポン国王の在位60周年記念に関連した本や仏教関連の本、自己啓発本などである。この他、小説、漫画など娯楽的な本に人気がある4

なお、書籍の販売は依然として書店での販売が多数を占めているが、コンビニエンス・ストアやインターネットを通した販売も増加している。毎年、開かれるいくつかのブック・フェア5も小規模な出版社にとって大きな販売手段となっている。

以上は紙媒体の印刷出版に関する状況であるが、近年の傾向として電子出版の増加がある。現時点では全体的にはまだ多くはないが、電子出版も今後さらに増加していくと見込まれている。

2)「出版の自由」をめぐる問題

以上のように、出版業界全体では成長が続いているものの、近年、「出版の自由」をめぐる問題も目立ってきた6

タイ内外の社会状況を分析・論評する季刊誌『ฟ้าเดียวกัน(Fa diao kan)』(สำนักพิมพ์ฟ้าเดียวกัน, Fa Diao Kan出版社)は、2005年10-12月号で「王制とタイ社会」をメインテーマとしたが、発売から4ヶ月近くたってから、その内容に警察当局からクレームがつき、その号の販売禁止命令が下されて、編集長は不敬罪の容疑をかけられた。具体的にどの論考が問題であるのかは明らかにされていない。以上の命令の根拠となったのが、「1941年印刷法」第9条の「国民の安寧秩序あるいは道徳に反すると認められる場合は、その印刷物を販売禁止および没収することができる」の規定である。

この法律の廃止を求める声は新聞業界を中心に長年あがっていた。ようやく今年8月末に立法議会によって、「1941年印刷法」を廃止する新しい法案が全会一致で可決されたが、まだ施行されていない。そのため、ごく最近でも、9月にสุลักษณ์ ศิวรักษ์, ค่อนศตวรรษประชาธิปไตย ที่เต็มไปด้วยขวากหนาม, ศึกษิตสยาม, 2007(スラック・シワラック『半世紀を過ぎたタイ民主主義 茨の道の中』Suksit Sayam, 2007)が警察当局によって販売禁止となった。この本の第1部「王制と憲法」の内容が問題となったと考えられている7。また、10月にはThe Epoch Times『Nine Commentaries on the Communist Party』のタイ語訳が販売禁止となった。

公権力による販売禁止ではないが、市民の抗議によって出版社が自主的に本を回収した例もある。やや古いが、1995年にสำนักพิมพ์มติชน(Matichon出版社)が出版したสายพิน แก้วงามประเสริฐ, การเมืองในอนุสาวรีย์ท้าวสุรนารี(サーイピン・ケーオンガームプラスート著『ターオ・スラナリー像の政治』)に対し、コーラート市の偉人として尊敬されているターオ・スラナリーの功績を貶めるものだとの激しい非難が地元から起こり、Matichon出版社がマーケットから本を回収するという事件があった8

3)専門書の出版

専門書の出版は利益が見込めないので、それを扱う出版社は少ない9。ここでは人文・社会科学関係の良質な本を出版している出版社をいくつか紹介したい。

まずは各大学の出版会で、สำนักพิมพ์จุฬาลงกรณ์มหาวิทยาลัย(Chulalongkorn University Press)などがある。ただし、出版会ではなく学部や付属の研究所の名前で出版されることも多いので注意が必要である。主な大学の研究所で知っておくとよいものに次のものがある。จุฬาลงกรณ์มหาวิทยาลัย(Chulalongkorn University)ではสถาบันวิจัยสังคม(Social Research Institute)や日本研究プログラムのあるสถาบันเอเชียศึกษา(Institute of Asian Studies)、มหาวิทยาลัยธรรมศาสตร์(Thammasat University)ではสถาบันไทยคดีศึกษา(Thai Khadi Research Institute)や日本研究専攻のあるสถาบันเอเชียตะวันออกศึกษา(Institute of East Asian Studies)がある。その他、มหาวิทยาลัยมหิดล(Mahidol University)のสถาบันวิจัยประชากรและสังคม(Institute for Population and Social Research)、มหาวิทยาลัยเชียงใหม่(Chiang Mai University)のสถาบันวิจัยสังคม(Social Research Institute)などがある。

積極的に出版活動を行っている財団10では、มูลนิธิโครงการตำราสังคมศาสตร์และมนุษยศาสตร์(Foundation for the Promotion of Social Sciences and Humanities Textbook)がまず挙げられる。1966年にプワイ・ウンパーコーンとサネー・チャーマリックの主導でThe Social Science Association of Thailandの一組織として誕生し、1979年にロックフェラー財団の支援を受けて、現在の財団の形になった。その名の通り、出版物は人文・社会科学分野であり、高等教育における質の高い教科書作成や研究書出版を後援している。近年の出版物では、東南アジアの近隣諸国の歴史や文化などに関する学位論文を出版化した叢書や、1932年の立憲革命や1973年の学生革命などの政治史に関する本が注目される。また、毎年主催するセミナーの報告書も出版している。

มูลนิธิวิถีทรรศน์(Withithat Foundation)は、タイ社会のさまざまな分野の研究書を出版する目的で、สำนักงานกองทุนสนับสนุนการวิจัย(The Thailand Research Fund)とมูลนิธิภูมิปัญญา(Phumpanya Foundation)の支援を受けて設立された。「ชุด โลกาภิวัฒน์(グローバリゼーション叢書)」と「ชุด ภูมิปัญญา(知性知識叢書)」を刊行している。มูลนิธิเพื่อการศึกษาประชาธิปไตยและการพัฒนา(The Foundation for Democracy and Development Studies)のโครงการจัดพิมพ์คบไฟ(Khop Fai出版プロジェクト)も国内外の研究者の著作を出版し、海外の文学作品の翻訳書も多い。その他に、思想や哲学、社会開発に関する本を多く出版しているมูลนิธิโกมลคีมทอง(Komol Keemthong Foundation)などがある。

新聞業が主体で出版業も行っているグループでは、Matichon Publishing Houseが最も有名である。『มติชน(Matichon)』や『ศิลปวัฒนธรรม(Sinlapa Watthanatham)』などの新聞・雑誌以外に単行本も出版している。後者の雑誌は「芸術・文化」という意味であるが、その特別版の叢書があり、歴史や芸術文化などのノンフィクションや学術書を数多く刊行している。また、2000年に出版したタイ語辞典พจนานุกรมนอกราชบัณฑิตยฯ(『王立学士院未収録タイ語辞典』)は、王立学士院(ราชบัณฑิตยสถาน The Royal Institute)の権威あるタイ語辞典に載っていない新語を多く載せて好評を得、さらに2004年には4万語以上所収のพจนานุกรมฉบับมติชน(『マティチョン版タイ語辞典』)を出版した。

大手出版社の代表格はอมรินทร์พรินติ้งแอนด์พับลิชชิ่ง(Amarin Printing & Publications)である。1976年設立で、現在はグループ内に出版、販売、印刷の事業をすべて収めている。出版業だけでも10以上の部門に分かれており、それぞれが児童書、娯楽、文学、教養などに特化している。また、故人となった創設者の元会長を記念して、2004年から優れたノンフィクション部門の図書(学術書など)に「チューキアット・ウトッカパン賞」を贈っており、これまでの受賞作はすべて他の出版社の本である。

สำนักพิมพ์สารคดี(Sarakhadee出版社)とสำนักพิมพ์เมืองโบราณ(Muang Boran出版社)はViriyah Business 社に属しており、ともに社名と同じタイトルの雑誌で知られているが、単行本も出版している。前者は自然、科学、歴史、文化、人物、地理などのノンフィクションを幅広く扱っており、後者は主にタイの前近代の歴史や伝統的な芸術文化を扱っている。ドイツのKlett出版社から独立したสำนักพิมพ์เคล็ดไทย(Kled Thai出版社)は思想、宗教、社会科学の本が中心である。สำนักพิมพ์วิญญูชน(Winyuchon 出版社)は法律関係の本を専門としており、その系列にสำนักพิมพ์สายธาร(Sai Than出版社)がある。

最後に、芸術局(กรมศิลปากร The Fine Arts Department)11による貴重な一次資料の出版活動について紹介する。まず、タイには遺族が故人の追悼本を葬儀の参列者に頒布する「葬儀頒布本」12という出版形態がある。内容は芸術局から提供された古典の文学作品や歴史の史料などの一次資料13とともに故人の経歴や遺族・友人の追悼文を載せたものが多い。そのため「葬儀頒布本」と言えば、表紙にその芸術局のシンボルマークが印されているのが普通であった。

しかし、80年代後半から「葬儀頒布本」を出版する人々の好みが変わり始め、こうした芸術局の関わる「葬儀頒布本」は減少していった。そのため、10年ほど前から「葬儀頒布本」という形を取らずに芸術局自身が積極的に貴重な資料の出版を行うようになった。多くが新しく出版された資料であるが、これまで「葬儀頒布本」として出版されたものも誤りが多いために校正しなおして再刊されている。その他、สำนักพิมพ์ต้นฉบับ(Tonchabap出版社)やมหาวิทยาลัยสุโขทัยธรรมธิราช(Sukhothai Thammathirat Open University)が希少本を復刻して出版している。

以上、タイの出版界の状況や問題について簡単にまとめてみた。今回ほとんど取り上げることができなかった電子出版の状況については別の機会に紹介できればと思う。


1 “ธุรกิจสำนักพิมพ์และหนังสือเล่มในประเทศไทย” โดย สมาคมผู้จัดพิมพ์และผู้จำหน่ายหนังสือแห่งประเทศไทย, 2007.1.25

2 一般にタイ人は読書をあまりしないと言われているため(2001年の統計局の調査によると、10歳以上の国民の読書時間は平均で1日当たり3分)、教育省による優良図書の選定や読書週間の実施など、特に子どもや青少年向けの読書奨励政策が採られている。

3 しかし、今後も出版点数の増加が見込まれるとして、2007年1月からISBNが従来の10桁から13桁に増えた。

4 SE-ED Book Centerがまとめたレポート(ที่สุดในธุรกิจหนังสือ ปี 2548)によると、2005年のベストセラーは、1位แฮร์รี่ พอตเตอร์กับเจ้าชายเลือดผสม(『ハリー・ポッターと謎のプリンス』)、2、3位はเกิดแต่กรรม แม่ชีธนพร(『業から生まれる タナポーン尼僧』)の2巻と1巻、4位เข็มทิศชีวิต(『人生の羅針盤』)、5位คู่มือ Windows XP ฉบับสมบูรณ์(『Windows XPマニュアル完全版』)である。また、売り上げの多い分野は上から児童書、文学、参考書、コンピューター関連、心理学であり、それ以外では自然に関する本の伸びが大きくなっており、前年比で約50%増である。
(http://dpc8.ddc.moph.go.th/db8/research/up/LCTEVWT31032006.pdf外部サイトへのリンク )(last access 2007.11.30)

5 「Bangkok International Book Fair」「Book Expo Thailand」「Book Festival for Young People」などがある。

6 タイの出版の歴史を振り返ると、戦後長らく続いた軍部中心の政権の時代に、共産主義、反王制、反政府などの書物が発禁本になり、著者の中には逮捕・投獄されたものもいた。

7 一方、王制の重要性を強調した内容のประมวล รุจนเสรี, พระราชอำนาจ, สุเมธ รุจนเสรี, 2004(プラムアン・ルッチャナセーリー『王権』Sumet Rutcanaseri, 2004)はテレビで紹介されたことがきっかけで売れるようになった。

8 この本は1993年度のタマサート大学修士論文優秀賞を出版化したもので、学術的には評価されるべき内容であるが、公刊されたことにより予想以上の反応を引き起こした。

9 PUBATの2007年の会員名簿には各出版社の得意分野が記されているが、多くが児童書、コミック、教材や参考書などである。

10 こうした財団は著名な学者や知識人が運営に関わっていることが多く、複数の財団の理事を務めていることも珍しくない。

11 1911年に創設され、幾多の変遷を経て、1958年から長らく教育省に属していたが、2002年に新設された文化省の所属となった。タイの芸術文化の保護・発展を責務としており、国立博物館、国立図書館、国立文書館なども管轄している。

12 詳細については、石井米雄「タイ語文献について(1)」『東南アジア研究』1巻4号,1964、Olson, Grant A, “Thai Cremation Volumes: A Brief History of a Unique Genre of Literature”, Asian Folklore Studies, vol.51,1992、玉田芳史「地域研究と文献研究」インターネット連続講座2000年度第2回(東南アジア地域研究専攻)
(http://www.asafas.kyoto-u.ac.jp/special/015-00.html外部サイトへのリンク)(last access 2007.11.10)を参照。

13 出版される資料は故人の経歴や趣味に関するものを遺族が選んだり、芸術局が推薦したりする。

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