補償打切並に経済再建に関する政府声明

昭和21年8月12日 閣議決定

収載資料:昭和財政史 終戦から講和まで 第17巻 大蔵省財政史室編 東洋経済新報社 1981 pp.793-794 当館請求記号:DG15-19

政府は、内外に於ける時勢の必須の要求に従って終戦に伴ふ整理並に再建の諸方策に関して諸般の準備と手続とを了り、茲に其の実施の段階に入る運びとなった。即ち、戦争に基いて発生した政府又は政府に準ずるものに対する諸請求権を課税の方式によって大幅に打切ると共に、企業と金融界との整理を行ひ、新たなる基礎の上に新たなる経済を発足せしめる為の一連の強力なる措置を断行せんとするものである。
惟ふに、今回の措置の国民に及ぼす影響はその範囲も極めて広く、又程度も甚だ深刻なものがあらう。
国家補償の打切りは当然事業界、金融界、惹いては預貯金や債権の確保にも相当大きな打撃を与へることが覚悟される。
政府としては仮令戦争に基くものであるにもせよ、又課税の形式によるにもせよ、国民に対して約束した補償の支払を事実に於て打切り、又場合によっては既に支払ったものにも此の処置を及ぼすことは、真に忍び難いものがある。然し乍ら我国経済の実情は、戦争に依って既に厖大な資材と生産力とを消耗損失し、広汎な市場と資源を失った。然るにも拘らず、名目上の資産のみは徒に膨張したままで残存し、然も近く莫大な賠償の履行をも控へて居るのである。此の際思ひ切った整理を加へることを為さず、尋常の財政措置によって補償問題を処理するに於ては、禍根は長く絶つを得ず、況や国家の財政は愈々均衡を失ひ国民の将来に非常な負担を課する緒果となることが必然である。
政府はこの点に深く思をめぐらした結果、此の際耐へ難きを忍び今回の諸措置を断行し、一日も早く我国経済のすっきりした姿を取り戻し、今後の健全な発展の基礎を固める決意を為したのである。勿論政府は企業の整理に伴ふ已むを得ぬ離職者の就業対策に付ては全力を尽すと共に退職手当の支給に付ても必要な措置を講ずる外、国民の最低生活を確保する為には、生活援護や一定限度迄の預貯金の保護に付て十分な考慮を払った。又、食糧の最低量の供給に付ては連合国の多大の支援と相まって絶対に確保の努力を続ける。産業再建の資金に対しては特別な機関を設けて活発に之を融通せんとするものであり、尚資材の供給の円滑化や中小企業の復興の為にも格段の留意を為さんとするものである。一般金融機関も亦従来通り諸企業への金融を続けて何等の支障も危険も無いのである。
終戦後吾等が歩んで来た荊棘の道は愈々けわしい峠に差しかかった。吾等の前途には尚幾多の苦難があらう。然し、之に打ち克ち、之を突破してこそ始めて希望の平野が拓けるのであり、而して今回の措置は之によって必ず之等の難関を突破し得る確信と用意との下に立案されてゐるのである。経済界の活動は本措置によって何等妨げらるべきでなく、却て大に之を促進せんとするものである。然るに、万一にも経済諸機関が本措置の為めに寸時と難もその活動に停頓を来すやうなことがあれば、それは全く本措置の目的を理解せず、或は本措置中に盛られた細密の注意を見落す所から生ずる誤りである。夫々の職域に於ける国民各位は何れも此の経済転換の意義の重大なことに深く思を致し、政府と共に全力を傾倒して平和日本経済の建設の為に奮励あらんことを切望してやまない次第である。