昭和38年度の経済見通しと経済運営の基本的態度

昭和37年12月22日 閣議決定

収載資料:政審会報 105 参議院自由民主党政策審議会 1963.1 pp.35-45 当館請求記号:Z1-14

一、昭和三七年度の経済情勢
わが国経済は、三年続きの高度成長を達成したが、国際収支の悪化、物価の上昇等の不均衡が顕在化してきたので、三六年九月以降総合的な景気調整段階に入つた。引締め政策の浸透に伴い、三七年に入つてからは、設備投資および在庫投資の減少を中心として経済の基調は次第に鎮静化に向かい、鉱工業生産も生産財や投資財の需要減退を反映して弱含み傾向を辿るに至つた。物価面でも、卸売物価が引き続き軟調に推移するとともに、高騰を続けた消費者物価にも増勢鈍化の兆しが現われてきた。国際収支面では、輸入の減少と輸出の増加が著しく、三七年度の最大の政策目標であつた国際収支の均衡回復が上期中に達成されるに至つた。
今後も、しばらくは設備投資の減退や在庫調整の進行が続き、個人消費支出の伸び率の鈍化と相まつて、わが国経済はなおしばらくの間全般的に弱含みに推移するものと予想される。また、国際収支は黒字基調を持続し、年度間では特別借款の返済を行つてもなお相当の黒字が見込まれる。このように、政府の所期した景気調整策の目的は達成されたとみられる。
しかしながら他方、一年来の調整措置の結果、産業界においては、景気調整による需要の減退により商品市況の悪化と操業度の低下が続き、資本費や人件費の増高によるコスト面からの圧迫も加わつて、企業の業績の悪化するものが目立つてきており、また、国際競争力の弱い一部の中小企業や石炭等の業種では、このような景気調整の進行に更に貿易自由化の影響が加わつて一層困難な事態に直面しているなど国内経済の一部において均衡を失した面もうかがわれるに至つた。したがつて、今後は国際収支の均衡とならんで、国内均衡についても同時に十分な配慮が必要となつている。
わが国経済は、このように景気変動の試練をひとまず乗り越えることはできたが、今後の重要な課題としては、社会資本の充実、消費者物価の安定、世界的な自由化の進展と関税引下げの動きに対処すべき国内産業体制の確立等が残されている。

二、三八年度経済運営の基本的態度
三八年度における経済成長の環境をみると、過去の設備投資の累績により生産能力は大幅に憎大しており、雇用面でも、生産年令人口の増加が見込まれ、また国際収支も均衡基調にあるものと認められる。
他方、需要の動向については、個人消費や住宅建設は増加が見込まれるが、民間設備投資の減退や在庫投資の停滞が予想されるので、この面からは三七年度に引き続き低い水準で推移するおそれがある。
したがつて、このような時期こそ、従来から懸念されてきた社会資本の遅れを取戻し、各種のひずみの解消を図つて将来の発展の基盤を強化すべき好機であり、また、国際収支の許す範囲内で財政の健全性を堅持しつつ予算、財政投融資、金融政策等において政府が十分配慮することにより、公共投資と民間設備投資と相補い、経済を正常な安定成長の路線に乗せて行く必要がある。
三八年度は、「新しい安定成長への地固めの年」として、社会資本の立遅れその他の構造上のひずみの是正に努めるとともに、新しい国際経済環境に適応する国内産業体制の確立を図ることを経済運営の第一義的目標とする。
(1)三八年度の国内経済は落ち着いた推移を辿るものと予想されるので、この際、道路、港湾、輸送、用地、用水、電力、住宅、保健福祉施設等一般の経済発展に遅れた部門の公共的投資を拡大して、産業基盤の拡充を期するとともに、生活環境の整備、国土の保全等を行ない、社会資本の充実を図ることとする。
(2)わが国経済がEECの強化等の国際経済環境の変化の下で自由化の一層の推進という厳しい試練に耐えて発展して行くためには、一段とわが国産業の国際競争力の強化を図る必要がある。このため、国内産業の一層の合理化近代化および世界貿易構造に適応する産業構造の改善を強力に推進するとともに、産業秩序の確立によりわが国経済の宿弊である過当競争の防止に努めることとする。また、石炭、海運、肥料、非鉄金属等の構造的に問題のある産業の再建整備を図り、中小企業構造の高度化や農林漁業の構造改善等による生産性の向上に努めるなど国際経済環境の変化に即応した国内産業の体質改善を促進することとする。
(3)わが国経済が長期にわたり安定的な成長を継続するためには、輸入余力を増大させるためのみならず、需要要因としても輸出が安定的に増加することが不可決な要件である。しかしながら、わが国をめぐる国際環境はきわめて厳しく、輸出の増大にはかなりの困難が予想されるので、国内的には輸出産業の競争力の強化と秩序ある輸出体制の確立を図ると同時に更に積極的に輸出振興策を講じ、対外的には先進国における対日輸入制限の撤廃を強く要請するほか、低開発国に対する経済協力の推進に努めることとする。なお、貿易外収支の改善についても、輸出に準じ極力努力するものとする。
(4)経済の安定成長の地固めを推進するため、企業の過度の借入れ依存が是正されるよう自己資本の一層の充実を図るとともに、金融においても正常化を推進して金融調節手段の多様化、効率化を期することとする。
(5)消費者物価は、その騰勢に多少の鈍化がみられるものの、依然強含み傾向にある。その上昇には、所得水準の向上による物価体系の近代化に伴うある程度やむを得ない面があるとしても、国民生活の安定のためには消費者物価の安定が必要であり、消費物資の供給力の増加、流通機構の改善等長期的総合的な物価対策を推進することとする。
(6)農林水産業における基盤整備、構造改善等の基本的施策の推進、中小企業における近代化、組織化のための基本的施策の確立および産業の適正配置の促進等による地域差の是正のほか、雇用の流動性の強化に努めるなどにより、引き続き経済の二重構造の緩和を図るものとする。また、社会保障施策の一増の充実、中小所得層に対する税負担の軽減等により国民生活の安定と向上を図るものとする。
(7)わが国経済が今後長期にわたり発展を続けていくためには、世界的な技術革新の進展と産業構造の高度化に即応しうるよう長期的な観点から科学技術の振興および人的能力の開発を図ることが不可欠であるので、この点に十分な配慮を加えることとする。

三、三八年度の経済見通し
三八年度は、三七年度からの弱含み傾向の後をうけているので、上期中はなおしばらくの間停滞気味に推移する可能性があるが、前述の政府の施策に加え輸出に順調な増加がみられれば、わが国経済は次第にゆるやかな上昇過程に向かうことが期待され、成長率は実質六%(名目八%)程度となろう。六%程度の成長率は、わが国経済の成長率としては必ずしも高くないが、経済の実態は三七年度が年度間を通じてほとんど横ばいに推移するのに比べ、三八年度は上昇傾向を辿ることが見込まれるので、経済環境は次第に明るくなるものと予想される。
この場合における経済の主要な項目を三七年度と比較して概観すれば、おおよそ次のようなものとなろう。
(1)個人消費支出 賃金は、景気調整の影響もあつて伸び率の鈍化が見込まれるが、雇用は、新規労働力の供給増加が見込まれる反面、人手不足の分野での吸収の余地もかなり残されているので、引き続き増加が見込まれる結果、勤労所得は着実に増加し、また、個人業主の所得も、比較的順調に推移するものと予想される。これらの個人所得の増加に伴い、個人消費支出は、なお堅調に推移することが予想され、年度を通じて一〇%程度の上昇が見込まれる。
民間設備投資 三六年秋の異常な高水準から漸次その規模を縮小しつつあり、企業の投資意欲はかなり萎縮した部面もうかがわれる。三八年度にも、ここ数年来のぼう大な投資の結果生産能力が著しく増大し、過剰設備圧力が続くうえに、景気調整の影響で企業収益がかなり減退しているなどの事情がある。しかし、予算、財政投融資における施策の充実等も予定されるので、設備投資は、過度の沈滞に落ち込むことなく、下期にはある程度の回復が期待され、年度を通じては前年度を一千億円程度下回る水準にとどまることとなろう。
在庫投資 製品在庫については、設備圧力からくる企業の操業度維持の動きから、在庫調整が十分に行なわれないままに三七年度から持ち越されるおそれもあるので、原材料在庫等は景気回復に伴いある程度増加に向かうとしても、在庫投資全体としては、三七年度に比べて横ばい程度にとどまるものと見込まれる。
政府の財貨サービス購入 社会資本の拡充を始め、所要の施策の充実に伴い三七年度の規模に比べ相当程度の増加が見込まれる。
個人住宅建設 伸び率は、三七年度に比べやや鈍化するものの、引き続き一五%程度の着実な増加が見込まれる。
(2)鉱工業生産 三七年度からの弱含み傾向の後をうけて年度当初から急速な回復は望めないが、政府支出や個人消費の堅調な伸びのほか、下期には在庫投資や設備投資の増加も期待されるので、次第に順調な上昇傾向に向かい、年度平均では三七年度から六%程度の伸びが見込まれる。
農林水産業生産 三八年度産米は、史上最高の豊作となつた三七年度産米の水準程度を見込むほか、果実、野菜、畜産物等については需要の強調を背景に順調な生産の伸びが期待されるので、おおむね三.五%程度の上昇が見込まれる。
国内輸迭 景気のゆるやかな上昇を反映して、貨物輸送では九%、旅客輸送では七%程度の伸びが見込まれる。三八年度にも、鉄道の一部でみられる旅客輸送難や大都市交通難の早急な緩和は困難であるが、この程度の輸送量の増加に対しては、総体として極端な輸送のひつ迫はないものと思われる。
(3)国際収支 三八年度の海外経済情勢をみると、米国経済は、本年夏頃を境に従来の上昇局面から高原横ばいの状態に入つており、先行き後退は避けられるにしても、拡大のテンポは緩慢であると予想される。西欧諸国も、労働力不足や設備圧力の顕在化から、数年来の景気上昇が一時的に鈍化する可能性もある。また、東南アジアその他の低開発諸国においても、一次産品の輸出の低迷による慢性的な外貸不足が続いており、早急な好転は期待しがたい状態にある。
このように、わが国をめぐる輸出環境には決して楽観を許さないものがあるが、最近米国、西欧諸国を中心として経済交流拡大の気運が高まりつつあり、わが国としてもこの気運に乗りうるよう輸出秩序の確立に努め、積極的な経済外交を推進しつつ、政府、民間相携えて一段と努力を重ねれば、輸出は、国際環境の良好であつた前年度の伸びには及ばないとしても、三億五千万ドル程度の増加が期待され、年度間では約五二億ドルに達するものと見込まれる。
一方、輸入は、現在低水準にある輸入原材料の補充や貿易自由化の進展に伴う増加が予想されるが、国内経済のゆるやかな回復を想定すれば、年度間ではおおむね五〇億ドル程度にとどまろう。
したがつて、貿易収支では二億ドル程度の黒字が予想されるが、特需収入の減少のほか借入金利払い等の増加により貿易外収支の赤字が増大するため、経常収支として若干赤字となる。しかし、資本取引では受取超過があるので、特別借款の残額九千二百万ドルを返済しても、なお総合収支において年度間では若干の黒字が予想される。
物価 卸売物価は、ほぼ横ばいに推移するものと考えられ、消費者価物については、所得水準の向上に伴う物価体系の近代化もあつてみる程度の値上がりが避けられない分野もあるが、最近その騰勢に鈍化がみられるので、三八年度においては、ここ一両年のような上昇のおそれはなく、比較的落ち着いた足取りを辿るものと予想され、年度平均の水準で比べれば全都市二.八%程度の上昇となることが見込まれる。
雇用 大企業の一部ではここ一、二年来の雇用の伸びに比べやや伸び率の鈍化が予想され、また、石炭等一部の産業ではかなりの離職者の発生が見込まれるため、中高年令層を中心として雇用面では十分な配慮を必要とするが、全般的には新規学卒者を中心に若年労働者および技能労働者に対する労働需要はなお根強いので、三八年度においても一一五万人程度の雇用増加が見込まれる。
主要経済指標
(表省略)