開国期における西洋知識の移入

このページでは、令和4年に開催した企画展示「知識を世界に求めて―明治維新前後の翻訳事情―」の「第2章 開国期における西洋知識の移入」を再編して資料を紹介します。
ジャパンサーチの機能を用い、実際に展示した資料とは異なる資料も一部掲載しています。

『海国図志』『瀛環志略』等の伝来

アヘン戦争前後の中国では、西洋から赴任した宣教師たちによって漢訳洋書が出版されるとともに、西洋諸国の進出を危惧した中国人が西洋の情報を使って編集した漢籍が登場します。これらは幕末期の日本にも輸入されました。漢文訓読の長い歴史がある我が国において、その素養のある知識人にとって漢籍は慣れ親しんだものであったため、広く流布しました。

ここでは『海国図志』と『瀛環志略』の2点を中心に、その翻刻本や和解本(日本語に翻訳した本)を紹介します。

海国図志

清末期の思想家・魏源が、アヘン戦争直後に編輯した地理書。漢訳本『四洲志』を軸に、内外の複数の文献をまとめたとされる。我が国へは嘉永4(1851)年に伝来し、3年後には幕臣・川路聖謨の依頼で儒学者・塩谷世弘が訓点を、蘭学者・箕作阮甫が地名などに読み仮名を付して、海防を説く「籌海篇」が翻刻され、各国の部の翻刻も続いた。本書は、佐久間象山や吉田松陰ら、幕末の知識人たちの間で読まれた。

〔魏源〕編『海国図志 巻39』
〔魏源〕編『海国図志 巻39』

瀛環志略 10巻

『瀛環志略』は、清の高官・徐継畬が編纂した地誌。渡来した米国宣教師デビッド・アビール(雅裨理)から世界地理を教授され、欧米の地図・書物をもとに編まれたもの。地図の正確さや詳細さ、収載された情報量は『海国図志』を上回るものであり、我が国では文久元(1861)年に翻刻本が出版された。


我が国に伝来した漢訳洋書

西洋情報の移入には、オランダ経由の蘭書のほか、中国の書籍を経由した伝播がありました。幕末には、西洋情報を使って編纂された『海国図志』『瀛環志略』以外にも、洋書から中国語に翻訳された漢訳洋書が我が国に伝来しました。著者の多くは、キリスト教の布教のために欧米から中国にやってきたプロテスタントの宣教師たちでした。西洋文明の啓蒙を企図し、地理、自然科学、法学など幅広い学術分野の漢訳洋書が生まれました。

ここでは漢訳洋書の中から、我が国に伝来し翻刻された地理書を紹介します。

地理全志

底本は、英国宣教師ミュアヘッドが漢訳し、1853年から54年にかけて刊行された世界の地理書。安政5(1858)年末、幕末の外交交渉で活躍した岩瀬忠震の翻刻本が出版された。

英国志

底本は1856年に出版された英国の通史についての漢訳洋書。翻刻本は文久元(1861)年に長州藩で出版された。

大美連邦志略

底本は、米国宣教師ブリッヂマンが改訂を重ねて1861年に刊行した米国の地理書。上巻で合衆国全体の歴史や政治、下巻で各州を紹介。箕作阮甫が訓点を施し、元治元(1864)年に翻刻された。

幕府の翻訳活動

蕃書調所には、儒学者・洋学者の古賀謹一郎(頭取)や蘭学者の箕作阮甫といった当代を代表する知識人が集まりました。蕃書調所は文久2(1862)年に洋書調所、翌年に開成所と改称され、洋学の教育研究機関として、洋書の翻訳や蘭学を主とした語学学習から、次第に学問・教育の分野を広げていきました。そして、明治以降に活躍する人材を多く輩出しました。

この時期、海外事情の情報収集のため、オランダ総督府発行の機関紙やオランダの雑誌、中国の香港や江南地域(長江下流域南岸の地域)で発行された定期刊行物(新聞・雑誌)なども翻訳の対象となりました。兵学に関する文献の翻訳も行われました。

本節では、開国・幕末期において強化された幕府の翻訳活動の一端を紹介します。

和蘭官軍之服色及軍装略図

原書は、オランダの各階級の軍服、装備などを本文と図版を用いて解説した蘭書である、セウプケン(J. F .Teupken)着『オランダ陸軍の服装と武装』。これを、安政5(1858)年に郡上藩(岐阜県)の山脇正民が翻訳し、出版したものが本書である。描き方が簡略化された木版画が収められている。絵のタッチはどことなく日本風にアレンジされているように見える。

種痘略観

原書は、幕末に長崎で医学の普及を促進した、オランダ人医師のポンぺが執筆し、安政5(1858)年に出島で刊行されたものと見られる。展示資料は、幕命を受けた箕作阮甫が翻訳した自筆本。扉に「痘瘡病及行預防牛痘種法以点化是病之略観 door Thm. J.L.C. Pompe van meerdervoort, Officier van Gesondheid bij de koninglijke Nederlandsche Zeemagt 日本長崎排刷一千八百五十八年」とある。

バタヒヤ新聞 巻11(1861年10月5日)

オランダ領東インド総督府のあったバタビヤ(現・ジャカルタ)で発行された政庁機関紙Javasche courantを、洋書調所が抄訳刊行したものであり、西洋諸国のニュースが記載されている。展示箇所は1861年の北アメリカの項。南北戦争の報道記事と見られ、南軍の蜂起を「一揆」と翻訳している。

六合叢談

原書は、英国宣教師によって1857年1月から翌年まで中国・上海で刊行された雑誌。書名の「六合」は上下四方の6方向、すなわち宇宙を統一的に論じるという意味。記事の内容は、西洋の地理、歴史、文学、自然科学、人物伝のほか、上海の貿易情報、「印度近事」や「日本近事」と題された諸国の情報などだが、展示資料の翻刻本では、キリスト教関係や、日本に関係の薄い情報は除かれた。

洋学の人材を集め、育成した蕃書調所

天文方の蛮書和解御用を独立、拡充して設立された蕃書調所の教官には、幕府の直臣ばかりではなく諸藩からも人材が集められました。

御支配明細帳

当館が所蔵する「勝海舟関係文書」に、蕃書調所の職員名簿とみられる資料が残されています。

『御支配明細帳』
『御支配明細帳』

蕃書調所の生活

安政4(1857)年1月から、洋学の教育研究機関として稽古が始まりました。その様子は、『蕃書調所規則覚書』からうかがい知ることができます。

  • 稽古(会読、輪読、素読)は朝5時から夕7時まで(現在の午前9時~午後5時頃)。1月11日が稽古始、12月20日が仕事納め。
  • 稽古希望者は願書を調所の玄関まで持参。(中略)その日から稽古に加わっても差し支えない。
  • 出退の際は記録所へ名前を告げること。朝から来て昼に退出、昼から出所も勝手次第。
  • 2種類の文典(『和蘭文典』)や稽古本は銘々持参。調所内に限って拝借も可能。

二つの『万国公法』

開国によって国際社会への新たな第一歩を踏み出した我が国は、対外交渉を行う上で国際法の知識を理解することが急務でした。

アメリカの法学者であるホイートン(惠頓)の著書を中国で漢訳した『万国公法』は、19世紀後半の東アジア諸国に国際法を紹介した最初の翻訳書です。1864年に刊行されましたが、その約1年後には、開成所がこの漢訳『万国公法』に訓点や振り仮名を付して翻刻刊行しました。


一方、文久2(1862)年、西周と津田真道は幕府派遣のオランダ留学生として日本を発ち、ライデン大学のシモン・フィセリング教授に自然法・国際法・国法学・経済学・統計学の五科を学びました。帰国後、西は国際法の講義内容を翻訳して『畢洒林氏万国公法』として出版しました。こうして、漢訳『万国公法』の翻刻刊行とは異なるルートで、国際法の知識が我が国に紹介されました。また、津田も国法学の講義を翻訳し、西洋の政治制度を紹介しました。

性法万国公法国法制産学政表口訣

オランダ留学中にフィセリング(Simon Vissering)の講義を受けた西周と津田真道に関する資料。本資料は講義の道筋や方針を記した原案であり、フィセリングと2人の名前が見える。

性法万国公法国法制産学政表口訣
性法万国公法国法制産学政表口訣

畢洒林氏万国公法

西は帰国後、国際法の講義内容を翻訳し、『畢洒林氏万国公法』を出版した。これは、漢訳『万国公法』とは系統を異にし、19世紀当時の西洋の実定法特有の内容を正確に理解し翻訳を行っているとされる。津田は、国法学の講義を翻訳し、『泰西国法論』を著した。

『泰西国法論』
『泰西国法論』

箕作家の3代-阮甫・省吾・麟祥-

美作国(岡山県)の津山藩に居を構えた箕作家は、幕末・明治期に箕作阮甫・省吾・麟祥の3代にわたって多くの著作や翻訳書を生み出し、海外情報の移入と受容に大きく寄与しました。箕作家は多くの学者たちを輩出しています。

箕作阮甫(1799-1863)

津山藩医の子に生まれ、同郷の宇田川玄真に蘭学を学んだ。天保10(1839)年幕府天文方の蛮書和解御用に出仕。嘉永6(1853)年ペリー来航時に、アメリカ国書の翻訳を担い、川路聖謨に同行して長崎でロシア使節との外交交渉にも当たる。安政3(1856)年設立の蕃書調所の教授に就任し、死去するまで、翻訳活動を行った。

箕作省吾(1821-1847)

阮甫の門人から婿養子となって箕作姓を名乗った。地理学者としてプリンセンの『世界地理書』など数種類の蘭書を基に世界の全体を含めて収録し、弘化2(1845)年に地理書『坤輿図識』を編訳した。続編『坤輿図識補』の執筆後、26歳の若さでこの世を去った。

箕作麟祥(1846-1897)

省吾の子であり、祖父の阮甫から蘭学を学ぶ。文久元(1861)年に蕃書調所の英学教授手伝並出役に就任。慶応3(1867)年、徳川慶喜の弟・昭武に随行してフランスのパリ万国博覧会を訪れ、そのまま留学。明治元(1868)年に帰国し、明治政府で法律書の翻訳や旧民法等の諸法典編纂作業に従事した。法律用語を定着させるなど、近代法制の整備に大きな功績を残した。


実際の展示資料

17. 海国図志 100巻 

魏源 撰 光緒元(1875)年(重刊)【290-G31k】

18. 海国図志 

魏源 撰 林尚書 訳 鹽谷甲藏・箕作阮甫 校 須原屋伊八 嘉永7(1854)年【W335-22】

19. 海国図志墨利加洲部 8巻

魏源 編 中山傳右衞門 校 和泉屋吉兵衞ほか 嘉永7(1854)年【W487-N5】

20. 美理哥国総記和解 3編 

雞窓正木篤 著 嘉永7(1854)年【W335-29】

21. 続亜米利加総記 2巻 

竹庵広瀬 訳 嘉永7(1854)年【W335-23】

22. 海国図志 巻39 

〔魏源〕編 写【宍戸璣関係文書(その2)279】

23. 瀛環志略 10巻 

徐繼畭 撰 棪雲樓 同治12(1873)年【290-Z52e】

24. 瀛環志略 10巻 

徐繼畬 著 井上春洋等 訓点 米津清平 文久元(1861)年【W996-N1341】

25. 瀛環志略 巻1,3 

徐繼畬 著 井上春洋等 訓点 文久元(1861)年【W996-N1311】

26. 瀛環志略 10巻 

徐継畬 著 写【箕作阮甫・麟祥関係文書(寄託)31】

33. Handleiding tot de kennis der artillerie, ...

Breda : ter Drukkerij van Broese, voor rekening van de Koninklijke Militaire Akademie, 1850-【蘭-1395】

34. 砲科新論 巻1-4 

大鳥圭介 訳 縄武館(蔵版) 文久元(1861)年【W451-N17】

35. Handleiding tot de kennisder versterkings-kunst, ... 2. druk 

's Hertogenbosch : Gebr. Muller 1852【蘭-3156】

36. 築城典刑 5巻

吉毋波百児 著 大鳥圭介 訳 万延元(1860)年【W153-N7】

37. Beschrijving hoedanig de Koninklijke Nederlandsche troepen en alle in militaire betrekkung staande personen gekleed, ... 

s'Gravenhage : Gebr. van Cleef 1823【蘭-832】

38. 和蘭官軍之服色及軍装略図 

セウプケン 著述 山脇正民 訳 村上文成 画 安政5(1858)年【W442-30】

39. 地球説略

褘理哲 著述 箕作阮甫 訓点 万延元(1860)年【箕作阮甫・麟祥関係文書(寄託)37】

40. 地球説略疏証 

〔箕作阮甫〕著 自筆本【箕作阮甫・麟祥関係文書(寄託)20】

41. 種痘略観 

Ponpe 著 箕作阮甫 訳 自筆本 安政4(1857)年(序)【箕作阮甫・麟祥関係文書(寄託)4】

42. 玉石志林 4巻 

箕作阮甫 訳 刊【W473-N8】

43. 遐邇貫珍 1853年12月、1855年9月、1855年10月 

〔箕作阮甫〕訳 自筆本【箕作阮甫・麟祥関係文書(寄託)87】

44. 和蘭宝函 

〔江戸後期〕 写【111-286】

45. 六合叢談〔刪定本〕

〔洋書調所〕編 老皀館【WB42-22-3】【特42-560】

46 中外新報 第6号(1859年10月1日)

老皀館【WB43-1-2】

47. バタヒヤ新聞 巻11(1861年10月5日)

〔蕃書調所〕編訳 老皀館【WB43-82】

48. Elements of international law. 6th ed.

Henry Wheaton London : Sampson Low, son, & co. 1857【J-7】

49. 万国公法 4巻

惠頓 撰 丁韙良 訳 同治3(1864)年【W651-N4】

50. 万国公法 巻4

惠頓 撰 丁韙良 訳 萬屋兵四郎 〔江戸時代末期〕【W651-N5】

51. 万国公法 序・第1巻

〔惠頓〕撰 〔丁韙良〕訳 写【杉浦譲関係文書119】

52. 和解万国公法

写【憲政資料室収集文書1247】

53. 性法万国公法国法制産学政表口訣

〔Vissering〕著 西周 訳 写【西周関係文書31a】

54. Volkenregt 万国公法(蘭文)

文久3年頃 写【津田真道関係文書3】

55. 万国公法 4巻 

畢洒林 著 西周助 訳 錢屋惣四郎ほか 慶応4(1868)年【W996-N25】 〔Simon Vissering〕原著 西周助 訳 竹苞楼ほか 慶応2(1866)年(序刊)【W358-41】

56. 泰西国法論 巻之一

〔Vissering〕著 津田真道 訳 自筆本 慶応2(1866)年5月15日より6月25日稿【津田真道関係文書5】

57. 泰西国法論

津田眞一郎 訳 明治8(1875)年5月【津田真道関係文書9-1】


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