入門科学書の翻訳と科学ブーム「窮理熱」
このページでは、企画展示「知識を世界に求めて―明治維新前後の翻訳事情―」の「第3章 西洋知識の受容と近代化」「第2節 自然科学・技術の啓蒙」から資料を紹介します。
解説本文
明治元(1868)年、福澤諭吉の手により1 冊の書物が世に送り出されました。西洋科学の入門書『訓蒙窮理図解』です。「訓蒙」とは、子どもや初心者を教えさとすことを意味します。身近な科学を平明に解説した本書は、西洋諸国で同時代に出版された複数の科学入門書を抜粋・抄訳したものです。ほぼ同時に刊行された、福澤門下の小幡篤次郎による『天変地異』とともに好評を博し、科学入門書ブームを巻き起こしました。
このブームは、当時「窮理学」と呼ばれた物理学中心の自然科学をテーマにしたことから「窮理熱」と称され、西洋科学の知識の普及につながりました。明治5(1872)年の学制公布による教科書ニーズの急増でピークを迎え、明治6(1873)年末頃までに物理学関係だけでも50点以上刊行されたとみられます。




漢訳科学書
漢訳科学書は、我が国における漢籍受容と漢文読解の長い経験、そして急増する科学書へのニーズを満たすためという当時の状況もあって、明治初期にも用いられました。19世紀の中国でプロテスタント系宣教師が西洋知識の移入のために翻訳したものが多く、内容の専門性のレベルは様々でしたが、我が国における科学啓蒙の一翼を担いました。さらに、翻訳者が専門用語の訳語を考案する上で漢訳科学書を参考にすることもありました。




翻訳による最新技術の紹介
明治政府による殖産興業政策の下にあって、西洋の産業や技術に関する翻訳書も多数刊行されました。西洋の最新技術を学ぶために翻訳された専門書は、産業の近代化を支える技術の発展に貢献しました。その中には、建築学や土木工学のように、開国以降に受容された新しい学問分野の翻訳書も含まれています。
当時の翻訳書をひもといてみると、全く目新しい数式や物質・現象の名称、そして新しい概念や高度な内容をいかに表現するかで努力した様子がうかがえます。また、専門用語の定訳が考えられ始めるようになるのもこの頃であり、対訳辞書が刊行されるようになりました。







関連人物
電子展示会「近代日本人の肖像」にリンクします。
実際の展示資料
73. 訓蒙窮理図解 巻の一 巻の三
- 福沢諭吉 著 慶応義塾 明治4(1871)年【特38-10】
74. 天変地異
- 小幡篤次郎 訳 慶応義塾 明治元(1868)年【202-242】
75. 物理訓蒙 上編
- 吉田賢輔 訳 吉田賢輔 明治5(1872)年【特38-25】
76. First lessons in natural philosophy
- Richard Green Parker Collins & Brother 1871【88-138】
77. 物理階梯 上 改正増補
- 片山淳吉 編 文部省 明治9(1876)年【特25-929】
78. 智環啓蒙塾課初歩 1巻
- 理雅各 撰・英華書院 訳・柳河春三 訓点 大和屋喜兵衞 発兌 慶応3(1867)年【199-382】
79. 啓蒙知恵の環 地
- 瓜生於菟子 訳述 和泉屋吉兵衛 明治5(1872)年【031.7-Ke116-U】
80. 智環啓蒙和解 巻之中
- 広瀬渡 長田知儀 訳 金沢学校 明治6(1873)年【特37-993】
81. 博物新編 3集
- 合信 著 江戸後期【W761-N1】
82. 博物新編訳解 巻之4 鳥獣略論
- 合信 著・大森惟中 訳 青山清吉 明治2(1869)~3(1870)年【特38-95】
83. 格物入門 第1巻 水学
- 丁韙良 著 京都同文館 明治元(1868)年【7-217】
84. 格物入門和解 初編 水学之部 下巻
- 丁韙良 著・柳河春蔭 等解 北門社 明治3(1870)年【特37-351】
85. 土木学(蘭均氏) 上
ヰルレム・ランキイン 著・水野行敏 訳 文部省 明治13(1880)年【29-81】Ⓓ
86. 堰堤築法新按
大鳥圭介 訳 丸家善七 明治15(1882)年【36-8】Ⓓ
87. 西洋家作ひながた
シー・ブリュス・アルレン 著・ウヰール・ジョン 増補・村田文夫 山田貢一郎 訳 玉山堂 明治5(1872)年【7-136】
88. 汽機学(蘭均氏) 下冊 附図
ウィリアム・ヂヨン・マックォールン・ランキン 著・永井久一郎 訳・原口要 訂 文部省編輯局 明治18(1885)年【29-76】Ⓓ
89. 解剖訓蒙 巻之2 骨論
約瑟・列第(ジヨセフ・レデー) 著・松村矩明等 訳 啓蒙義舎 明治9(1876)年【特37-552】
90. 虞列伊氏解剖訓蒙圖 乾
虞列伊 著 松村九兵衛 明治5(1872)年【YR12-J52】Ⓓ
91. 医語類聚 増訂
奥山虎章 訳 名山閣 明治11(1878)年【18-36(洋)】Ⓓ
92. A chemical and mineralogical dictionary in English and Japanese
Miyazato Masayas Kobayashi 1874【6-234】
93. 英和数学辞書 再版
山田昌邦 纂訳 早川新三郎 明治17(1884)年【特64-506】
94 The moral class-book. New ed.
W. and R. Chambers Chambers 1872【80-165】
リサーチ・ナビ版「知識を世界に求めて」
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オランダを通して世界をのぞく

開国期における西洋知識の移入

ベストセラーになった翻訳書

入門科学書の翻訳と科学ブーム「窮理熱」

近代教育制度の始まりと翻訳教科書

自由民権運動と翻訳

近代法制の整備と明治憲法の制定

江戸後期の中国白話小説の受容―『水滸伝』を中心に―

明治初期の翻訳文学 ―西洋を知る「道具」として―

純文学の翻訳の始まり

翻訳詩集

原文尊重を目指して

口語体による翻訳へ
- 企画展示に実際に出展した資料と、デジタル画像の版・ページなどが異なる場合があります。
- 第1章 オランダを通して世界をのぞく
- 第2章 開国期における西洋知識の移入
- 第3章 西洋知識の受容と近代化
- 第4章 翻訳文学の歩み
- ギャラリー展示「外国語への道しるべ ―幕末・明治の辞書類―」
令和4年に開催した企画展示「知識を世界に求めて―明治維新前後の翻訳事情―」を元にしています。