近代教育制度の始まりと翻訳教科書

このページでは、企画展示「知識を世界に求めて―明治維新前後の翻訳事情―」の「第3章 西洋知識の受容と近代化」「第3節 知識の体系化―翻訳教科書と百科全書―」から資料を紹介します。

明治5(1872)年に公布された学制の下で、我が国で初めての近代的な教育システムが開始しました。その直後に公布された小学教則では、初等教育のカリキュラムと教科書が定められています。

この時、多くの民間出版の入門書・啓蒙書が教科書として指定されましたが、これは教科書の編纂作業が間に合わず、当面の不足を補うために、広く流通し入手しやすい出版物が選ばれたことも理由の一つでした。この中には、入門科学書の翻訳と科学ブーム「窮理熱」で紹介した『訓蒙窮理図解』などの科学書のほか、『童蒙をしへ草』といった道徳入門書など、多くの翻訳書が含まれています。このため、初期のカリキュラムは西洋文化が色濃く表れたものとなっていました。

童蒙をしへ草

Chambers社から刊行されたMoral Class-book(1839年)の翻訳である本書は、「自助と自立」「慈悲」「倹約」といった徳目ごとに、歴史上の人物の逸話や、イソップ寓話などからの関連する挿話を収録している。原書に記載されている徳目や挿話の一部が削られているものの、固有名詞を含めて比較的忠実に訳されている。福澤自身は後年『福澤全集緒言』(明治30(1897)年)の中で、「童子教とも云う可き物語」と、寺子屋などで古くから使われていた教訓書(童子教)になぞらえ、「外国人の事を禽獣のやうに云い囃し(中略)輩の迷を解く為めには随分有力なる飜訳書なり」と評している。

地理初歩

文部省が編纂した最初の近代的な地理学教科書の一つ。アメリカの教育者サラ・コーネルのCornell's Primary Geographyを含む地理学教科書を編訳したものとみられる。地球や地形に関する知識など、自然地理学の基礎的な内容を教えるための教科書であり、全部で30ページほどであるが各地形を表す挿絵が多く掲載され、全国各地で広く用いられた。

小学読本 巻1

文部省によって明治6(1873)年に編纂された最初の国語教科書の一つ。1巻と2巻はアメリカの教育者マーシャス・ウィルソンの読解教科書The first/second reader of the school and family series( 1860年、通称『ウィルソン・リーダー』)を基にしているとされる。展示資料は英語をそのまま直訳したかのような文章に外国風の挿絵が掲載されている。教育現場で積極的に利用され、多くの副読本も出版された。

科学教科書

『訓蒙窮理図解』や『啓蒙知恵の環』などの翻訳書が、理科だけではなく国語の科目でも教科書として指定されていたことから、当時の教育における自然科学の重要性をうかがい知ることができます。ここに紹介する『小学化学書』などの英・米・仏の教科書の翻訳書は明治10(1877)年までに出版されましたが、これらは明治初期の「窮理熱」の時期の入門書と比べると、より体系的な内容を含んでいると評価されています。また、文部省編纂の各科目の教科書が徐々にそろっていく中で、理科や科学の分野については、西洋の書物の翻訳書が使われることが依然として多かったようです。

明治の学校・教科書制度

学制の下では、義務教育の小学校(下等・上等各4年)と中学校(下等・上等各3年)、そして大学を基本とする学校制度が定められました。学校別に、各学年の教科と時数、使用すべき教科書が示され、例えば、下等小学第6級(2年次前半)では「習字」「洋法算術」「会話読方」「読本読方」が各週6時間、「単語書取」が週4時間、「修身口授」が週2時間とされました。もっとも、財源などの様々な困難により、当初は学制の規定どおりに実施されないことも少なくありませんでした。

文部省は、明治12(1879)年の教育令により、学制の全国一律・中央集権的な性格を改め、地域ごとの実状に合わせた教育を一時的に認めるなど、政策方針を修正していきます。そして、明治19(1886)年に公布された諸学校令の下、教育制度が定着していくことになります。

一方、教科書の編纂作業は政府によってこの間も継続的に進められました。学制公布に先立つ明治4(1871)年、文部省に編輯寮(主に教科書の編纂を担当した部署)を設け、明治5年以降は師範学校の編集局や文部省の編書課などで刊行する体制を整えていきました。次第に文部省編纂の教科書がそろっていきましたが、民間の翻訳教科書もまだ引き続き認められていました。しかし、明治12年の「教学聖旨」後、政府の教育政策は、日本古来の道徳を重視したものになります。教科書制度は明治16(1883)年から事前認可制に、明治19年には検定制度が実施され、明治36(1903)年に国定教科書制度となって昭和20(1945)年まで続くことになります。


明治時代の「学制」と教科書については、次のページでも紹介しています。


実際の展示資料

94 The moral class-book. New ed.

W. and R. Chambers Chambers 1872【80-165】

95. 童蒙をしへ草 巻之2

チャンブル 著・福沢諭吉 訳 尚古堂 明治5(1872)年【特35-487】Ⓓ

96. 泰西勧善訓蒙 前編中

箕作麟祥 譯述 柳河梅治郎 明治4(1871)年【Y994-J10228】Ⓓ

97. The elements of moral science Rev. and improved ed.

Francis Wayland Sheldon 1877【1-29】

98. 修身論 前篇1

フランシス・ウェーランド 著・阿部泰蔵 訳 文部省 明治7(1874)年【Y994-J12160】

99. 万国地誌略 巻之2

師範学校 編 文部省 明治7(1874)年【290-Si299b】Ⓓ

100. Cornell's primary geography. Rev. ed.

S.S. Cornell D. Appleton 1871【Y995-B2638】

101. 地理初歩

文部省 編 師範学校 明治6(1873)年【特31-546】Ⓓ

102. A pictorial history of the world, ancient and modern

Samuel G. Goodrich E. H. Butler 1873【6-211】

103. 西洋夜話 初集

寧静学人 著 紀伊国屋源兵衛 明治4(1871)年【290-N672s】Ⓓ

104. The first reader of the school and family series

Marcius Willson Harper 1860?【Y995-B2187】

105. 小学読本 巻1

師範学校 原編・田中義廉 編・那珂通高 校 文部省 明治7(1874)年【特34-969】Ⓓ

106. Chemistry

H.E. Roscoe D. Appleton 1873【Y995-B791】

107. 小学化学書 二

ロスコウ 著・市川盛三郎 訳 文部省 明治7(1874)年【特37-413】Ⓓ

108. Simples lectures sur les sciences, les arts et l'industrie

J. Garrigues Hachette 1870【78-60】

109. 初学須知(牙氏) 巻之9

ガリグエー 著・田中耕造 訳・佐沢太郎 訂 文部省 明治8(1875)~9(1876)年【特37-324】

110. Pictorial natural history

S.G. Goodrich E.H. Butler 1882【J-84】

111. 具氏博物学 飜刻1

グードリッチ 原撰・須川賢久 訳・田中芳男 校閲 内藤傳右衞門 明治10(1877)年【Y994-J12254】


リサーチ・ナビ版「知識を世界に求めて」

展示資料の紹介とデジタル化資料を組み合わせたオンライン展示をご覧いただけます。

  • 企画展示に実際に出展した資料と、デジタル画像の版・ページなどが異なる場合があります。