明治初期の翻訳文学 ―西洋を知る「道具」として―

知識を世界に求めて―明治維新前後の翻訳事情―

明治初期の日本は、急速な近代化の波の中、政治や社会体制の大きな変革期にありました。

この時期、翻訳文学と呼べる作品は少数にとどまりました。また、その翻訳文学は、新しい時代の教養のための読み物であり、西洋の文明や風俗、教訓などを知るためのいわば「道具」としての側面が強いものでした。原作の文章や表現を尊重する風潮はなく、翻訳者たちの手によって大胆に作り変えられた「翻案」的な意訳は「豪傑訳」と称されていました。それでも翻訳者たちは、西洋の知識を渇望する時代の要求に応える形で翻訳作品を世に送り出しました。

魯敏孫全伝

通俗伊蘇普物語

トーマス・ジェームズによる英訳版『イソップ物語』を渡部温が訳したもの。全6巻、各巻約40編と多くの寓話を収録し、挿絵とともにイソップ物語の持つ教訓や風刺を広く伝えた。平易な言葉でつづられた的確な翻訳は、今日でもなお高く評価される。刊行後すぐに1万部を売りつくすほど好評を博したといい、我が国におけるイソップ物語の普及において大きな役割を果たす。後に、小学校の修身教科書などにも取り入れられた。展示箇所は、我が国でもなじみ深い、金の卵を産むニワトリの話(ここでは鶩)。幕末から明治にかけて活躍した絵師、河鍋暁斎による挿絵もご覧いただきたい。

天路歴程 : 意訳

ジョン・バンヤン著The Pilgrim's progressの我が国初の翻訳。英国人宣教師W.C.バーンズによる漢訳から日本語に重訳されたもの。明治6(1873)年にキリスト教は解禁されており、本書はキリスト教を広く伝道するため、当時まだ文語体が主流であった時代ながら、一部平易な口語体を用いて翻訳されている。漢訳版に記載されている漢詩が日本語版でもそのまま記載されている。

日本におけるアラビアンナイトの翻訳

『アラビアンナイト』は、中世のアラブ・ペルシャ・インドの民間伝承や説話をまとめた作品です。「アリババと四十人の盗賊」や「アラジンと不思議なランプ」をはじめとして、ストーリーの面白さはもちろんのこと、中東という未知の地域への興味から、英語やドイツ語などに広く訳され、ファンタジー小説の発展に大きな影響を与えました。

我が国での最初の翻訳は、永峰秀樹(1848-1927)による『暴夜物語』(明治8(1875)年)になります。英訳版からの部分訳であり、序文で勧善懲悪に触れていることから、主に教育的な意図から翻訳されたと考えられます。当時の日本に紹介された子ども向け作品としては西洋にルーツを持たないものであり、珍しい存在と言えます。

明治16(1883)年には井上勤による翻訳『全世界一大奇書』が世に出ます。井上版では、国王は「西加亜利亜」、宰相の娘は「世辺羅亜土」のように、固有名詞に漢字の当て字が多く使われています。本書は多くの人々に愛読され、版を重ねてロングセラーとなり、後世の文学者にも大きな影響を与えました。

暴夜物語 : 開巻驚奇

関連する人物

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実際の展示資料

149. 魯敏孫全伝
斎藤了庵 訳・高田義甫 校 香芸堂 明治 5(1872)年【特 55-614】
150. The life and strange surprizing adventures of Robinson Crusoe of York
Daniel Defoe Printed for J. Stockdale 1790【KS154-A31】
151. 通俗伊蘇普物語
トマス・ゼームス 訳・渡部温(無尽蔵書斎主人) 和訳 渡部温 明治 8(1875)年【特 40-137】
152. Æsop's fables
Translated by Thomas James Watanabe 1880【特49-250】
153. 暴夜物語 : 開巻驚奇
永峰秀樹 訳 奎章閣 明治 8(1875)年【特 40-143】
154. The thousand and one nights, commonly called, in England, The Arabian nights' entertainments
Edward William Lane C. Knight 1839-41【KM26-14】
155. 天路歴程 : 意訳
ジョン・バンヨン 著・佐藤喜峰 訳 中田道之助 明治 14(1881)年【7-80】
156. The Pilgrim's progress from this world to that which is to come
John Bunyan American Tract Society [18--?]【Y995-B984】

知識を世界に求めて
―明治維新前後の翻訳事情―

このページは令和4年に開催した企画展示「知識を世界に求めて―明治維新前後の翻訳事情―」を元に再構成したコンテンツです。

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