蘭学者・博物学者たちの植物図
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1.泰西本草名疏
- 春別爾孤、伊藤舜民訳『泰西本草名疏』
(文政12(1829)年 【特7-410】)(国立国会図書館デジタルコレクション)
江戸時代には、薬の原料になる草を研究する「本草学」の一環として、植物が研究され、多くの植物図が描かれました。特に江戸時代の後半には、オランダ経由で日本に伝わった外国の書物や来日した学者に影響を受け、西洋の知識を取り入れた植物の研究が行われました。
こちらの『泰西本草名疎』は、本草学者伊藤舜民(圭介)(享和3(1803)年~明治34(1901)年)が、スウェーデン人の植物学者ツュンベリー(ツュンベルク)の著書『日本植物誌』(『フロラ・ヤポニカ』)を基に著した植物学書です。ツュンベリーが記載した日本産植物に和名を与え、今日に通じる植物の分類体系を紹介しています。また、同書では、現在も使われている「おしべ」や「めしべ」の名称が使われていて、上掲の花の図には「ヲ」や「メ」と書き込まれています。
伊藤圭介は、明治維新後は植物学者として活動し、東京大学教授などを務めました。晩年には理学博士号を受け、男爵を授けられています。
2.植学啓原
- 宇田川榕庵『植学啓原 3巻図1巻』
(須原屋伊八 刊年不明 【特1-408】)(国立国会図書館デジタルコレクション)
『植学啓原』は、蘭学者宇田川榕庵(寛成10(1798)年~弘化3(1846)年)が著した植物の解説書です。序論に当たる「引」によれば、天保4(1833)年に記したものとされています。現在も使われている柱頭、球根、葉脈などの訳語が使われ、茎や葉の構造を示す図が掲載されています。
宇田川榕庵は江戸末期の蘭学者で、幕府の蛮書和解御用訳員を務め、外国書の翻訳に携わりました。榕庵の著書にはほかに、経文の形式の植物学書『菩多尼訶経』(ぼたにかきょう)や、化学書『舎密開宗』(せいみかいそう)などがあります。
3.竹譜
- 武蔵石寿『竹譜. 巻1』
(写 【寄別11-46】)(国立国会図書館デジタルコレクション)
江戸時代に描かれた植物は、いわゆる草花だけではありません。こちらの『竹譜』には、様々な種類の竹や笹の図が集められています。
著者の武蔵石寿(明和3(1766)年~万延元(1860)年)は、博物学に興味を持ち、特に貝類の研究を進めた幕臣です。代表的な著書に、貝類を分類し、服部雪斎の図に解説を加えた『目八譜』([武蔵石寿][著], [服部雪斎][ほか画]『目八譜 15巻』 [江戸後期] [写] 【寄別6-2-1-1】)(国立国会図書館デジタルコレクション)
があります。
4.甘藷記
- 青木昆陽『甘藷記』
(写 【特1-2168】)(国立国会図書館デジタルコレクション)
『甘藷記』は、儒学者青木昆陽(元禄11(1698)年~明和6(1769)年)がサツマイモについて著述した『薩摩芋効能書幷(ならび)ニ作り様の伝』(享保19(1734)年)を再録し、序文や後世の他のサツマイモに関する文献などとともにまとめて出版したものです。
享保18(1733)年、青木昆陽は、南町奉行大岡忠相に推挙され、仕官のため幕府に『蕃薯考』を提出します。これは、救荒作物としてのサツマイモ(甘藷)の効用を中国の書籍に基づいて著述したものです。『蕃薯考』は、飢饉対策に腐心していた将軍徳川吉宗に高く評価されました。前年の享保17(1732)年には天候の不順や虫害によって「享保の大飢饉」と呼ばれる飢饉が発生し、西国一帯が打撃を受けていましたが、サツマイモの栽培地だけは壊滅的打撃を免れていたとされます。
漢文で書かれていた『蕃薯考』を、庶民にも読めるようかな混じりの文に改めたものが、『薩摩芋効能書幷(ならび)ニ作り様の伝』です。青木昆陽は、『薩摩芋効能書幷(ならび)ニ作り様の伝』著述後には蘭学者としても活躍しました。
なお、佐野常雄[ほか]編『日本農書全集 第70巻 学者の農書 2』(農山漁村文化協会 1996年 【RB34-11】)所収の解題によれば、上掲の図は、文化2(1805)年に本草学者小比賀時胤(生没年不詳)によって描かれたものです。
関連文献
- 大場秀章『江戸の植物学』
(東京大学出版会 1997年 【RA55-G6】)
- 金子務『江戸人物科学史:「もう一つの文明開化」を訪ねて(中公新書)』
(中央公論新社 2005年 【M32-H26】)
- 板倉聖宣監修『事典日本の科学者:科学技術を築いた5000人』
(日外アソシエーツ 2014年 【M2-L18】)
- 狩野博幸監修『江戸の動植物図譜 新装版』
(河出書房新社 2020年 【RA55-M6】)
このページで紹介したもの以外の当館所蔵の動植物図が多数解説されています。
関連する当館ウェブページ
- 電子展示会 描かれた動物・植物 江戸時代の博物誌
動植物図を含め、江戸時代の博物誌を紹介する電子展示会です。『泰西本草名疎』の異本も掲載されています。 - 電子展示会 江戸時代の日蘭交流
宇田川榕庵を始め、江戸時代の蘭学者が紹介されています。『植学啓原』の異本も掲載されています。
関連するウェブページ
- 伊藤圭介記念室について
(東山動植物園)
- 近代植物学と科学の先駆け 宇田川榕庵
(岐阜県図書館)
- 洋楽博覧漫筆 Vol.15 榕菴と植物学の出会い
(津山洋学資料館)
- 市史編さん草子「市史で候」 五十二の巻「中里村と旗本石寿」
(清瀬市)