蘭学者・博物学者たちの植物図

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1.泰西本草名疏

泰西本草名疏 図

江戸時代には、薬の原料になる草を研究する「本草学」の一環として、植物が研究され、多くの植物図が描かれました。特に江戸時代の後半には、オランダ経由で日本に伝わった外国の書物や来日した学者に影響を受け、西洋の知識を取り入れた植物の研究が行われました。

こちらの『泰西本草名疎』は、本草学者伊藤舜民(圭介)(享和3(1803)年~明治34(1901)年)が、スウェーデン人の植物学者ツュンベリー(ツュンベルク)の著書『日本植物誌』(『フロラ・ヤポニカ』)を基に著した植物学書です。ツュンベリーが記載した日本産植物に和名を与え、今日に通じる植物の分類体系を紹介しています。また、同書では、現在も使われている「おしべ」や「めしべ」の名称が使われていて、上掲の花の図には「ヲ」や「メ」と書き込まれています。

伊藤圭介は、明治維新後は植物学者として活動し、東京大学教授などを務めました。晩年には理学博士号を受け、男爵を授けられています。

2.植学啓原

植学啓原 茎・葉の構造図  

『植学啓原』は、蘭学者宇田川榕庵(寛成10(1798)年~弘化3(1846)年)が著した植物の解説書です。序論に当たる「引」によれば、天保4(1833)年に記したものとされています。現在も使われている柱頭、球根、葉脈などの訳語が使われ、茎や葉の構造を示す図が掲載されています。

宇田川榕庵は江戸末期の蘭学者で、幕府の蛮書和解御用訳員を務め、外国書の翻訳に携わりました。榕庵の著書にはほかに、経文の形式の植物学書『菩多尼訶経』(ぼたにかきょう)や、化学書『舎密開宗』(せいみかいそう)などがあります。

3.竹譜

竹譜

江戸時代に描かれた植物は、いわゆる草花だけではありません。こちらの『竹譜』には、様々な種類の竹や笹の図が集められています。

著者の武蔵石寿(明和3(1766)年~万延元(1860)年)は、博物学に興味を持ち、特に貝類の研究を進めた幕臣です。代表的な著書に、貝類を分類し、服部雪斎の図に解説を加えた『目八譜』([武蔵石寿][著], [服部雪斎][ほか画]『目八譜 15巻』国立国会図書館の所蔵情報へのリンク [江戸後期] [写] 【寄別6-2-1-1】)(国立国会図書館デジタルコレクション)国立国会図書館デジタルコレクションへのリンクがあります。

4.甘藷記

甘藷記 図

『甘藷記』は、儒学者青木昆陽(元禄11(1698)年~明和6(1769)年)がサツマイモについて著述した『薩摩芋効能書幷(ならび)ニ作り様の伝』(享保19(1734)年)を再録し、序文や後世の他のサツマイモに関する文献などとともにまとめて出版したものです。

享保18(1733)年、青木昆陽は、南町奉行大岡忠相に推挙され、仕官のため幕府に『蕃薯考』を提出します。これは、救荒作物としてのサツマイモ(甘藷)の効用を中国の書籍に基づいて著述したものです。『蕃薯考』は、飢饉対策に腐心していた将軍徳川吉宗に高く評価されました。前年の享保17(1732)年には天候の不順や虫害によって「享保の大飢饉」と呼ばれる飢饉が発生し、西国一帯が打撃を受けていましたが、サツマイモの栽培地だけは壊滅的打撃を免れていたとされます。

漢文で書かれていた『蕃薯考』を、庶民にも読めるようかな混じりの文に改めたものが、『薩摩芋効能書幷(ならび)ニ作り様の伝』です。青木昆陽は、『薩摩芋効能書幷(ならび)ニ作り様の伝』著述後には蘭学者としても活躍しました。

なお、佐野常雄[ほか]編『日本農書全集 第70巻 学者の農書 2』国立国会図書館の所蔵情報へのリンク(農山漁村文化協会 1996年 【RB34-11】)所収の解題によれば、上掲の図は、文化2(1805)年に本草学者小比賀時胤(生没年不詳)によって描かれたものです。

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