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第113回常設展示 手紙書き方今昔-手紙が伝えたかったこと
キーワード:手紙;郵便;葉書;メール カテゴリ:芸術・言語・文学 件名(NDLSH):書簡文 分類(NDC):816.6
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平成13年3月26日(月)~5月25日(金)
電子メールの普及により、手紙の存在は大きな転換期を迎えています。簡単なことならメールで済ませる、メールならすぐに返事がもらえる——。一方で、絵手紙の流行などが示すように、手書きの手紙に心がこもっていることも私たちは知っているのです。
はたして現代における手紙の意味とは何なのでしょうか。また、電子メールが無かった頃、ましてや電話も一般的ではなかった頃の手紙はどんな存在だったのでしょうか。それぞれの時代で、私たちは手紙で何を伝えようとしていたのでしょうか。
今回の展示では、手紙の書き方の本を中心として、近代以降の手紙の変遷をおってみたいと思います。そこには通信技術の大きな変革とそれに伴う手紙の位置づけの変化が見えてきます。しかしその一方で、より速くより簡単にという意図や、相手に気持ちを伝えようとする意思は、一貫しているようにも思えるのです。誰にでも馴染み深い手紙について、今一度たちどまって考えてみませんか。
展示資料一覧
【 】は当館請求記号
文明開化と郵便
日本の郵便制度は明治4年に始まりました。それまで通信を担ってきた飛脚は、個人でお店を開いて行うもの(今でいう宅配便のようなもの)でしたが、郵便は国家で管轄し、ポストに投函するだけでよく、切手という前払いのシステムなど、すべてが画期的でした。当初は東京—大阪間だけでしたが、文明開化には通信網の発達が不可欠という政府の情熱もあり、一年半で全国に広がります。
1)漢語手紙早引集 松井惟利著 松井惟利 1874(明治7年)
【YDM79943】
漢語を手紙に使うための小さい辞典のようなもの。漢語は当時流行の漢字熟語で、どんな人でも使え、文明開化らしいということで人気がありました。郵便一般の解説が巻末にあり、封筒の形が今と違うことがわかります。
【YDM79904】
これも漢語を中心とした本。このように、季節ごとの構成で、一つのお題に必ず返事の書き方もついており、また上段に解説や用語集があるのはよくあるパターン。なお、このころは頭語や脇付などの本文以外の要素の組立方についての解説はありません。あまりにも当然だったのでしょう。また、文書一般(借用書や奉公人引受書等)の書き方とセットになっていることが多々あります。この本は下巻がそれにあたります。
葉書の登場
明治6年にはじまった葉書は、形式が簡略だという点で歓迎されましたが、封書よりは事務的なもの、中身を見られてもかまわないものという位置づけでした。
3)郵便端書用文章 西野古海著 青梅堂、宝山堂 1874(明治7年)
【YDM80591】
最初の葉書は紅枠で二つ折りにして用いる「半紙葉書」と呼ばれました。しかし葉書の使用に慣れない人々は、文を書く面を間違えることが多く、その後数度にわたり形式の改定がなされています。色がついていたところが現在とは異なります。
4)郵便葉書用文 谷壮太郎著 文書堂 1883(明治16年)
【YDM80586,80587】
巻頭の「以簡易」の文字が、葉書への期待に満ちています。小さい本で、1ページにつき1題という簡易な構成。
5)進歩日用文 山川隆斎著 山川九一郎 1876(明治9年)
【YDM80300】
初学の人でも大丈夫との前文が表紙に。「開通」の文字が時代を感じさせます。
6)郵便葉書文通自由自在 田島象二著 大栄堂 1877(明治10年)
【YDM80585】
郵便一般の解説の項に、宛先の住所を忘れたら地図を貼れば良い、という記述が見られます。
*電報は明治2年から始まり、非常に便利なものとして利用されていました。しかし、近距離宛の場合は手紙のほうが速かったこと、高価であったことから、私信は手紙のほうが一般的でした。
候文から言文一致へ
文学の言文一致運動とあいまって、手紙にも言文一致の風潮があらわれます。言文一致は率直な気持ちを簡単に伝えることができることが特徴です。一方で、目上の人には丁寧な候文を用いる区別がなされました。言文一致運動が手紙や葉書に与えた影響が大きいことがわかります。
【YDM80232】
文言ごとに、言文一致への言い換えが一覧になっています。
【YDM80670】
「女子の手紙は成る丈優しく…この点で日常言語をそのまま筆に写して手紙にできるので好都合。」女子手紙が言文一致により隆盛を見せることになりました。
【YDM80789】
この頃からは、文例の構成が季節ごとではなく、ジャンルごと(お祝いの手紙、お礼の手紙…)になってきます。しかし、やはり巻頭は年賀状ではじまります。
*女子手紙の書き方の本には「一時期は男っぽい漢語が流行していたけれど、女性はやはり優美な手紙を書くべきだ」という論調が見られます。女性ならではのマナー集もついていることが多いです。
●忠告の手紙例1
【YDM80055】
手紙の書き方の部類には、訪問、報告、催促、謝礼などとともに「忠告」がありました。友人の非行をいさめるための手紙です。忠告された人は友達の有り難味を実感するようです。
広がる手紙の可能性
言文一致により、手紙のもつ可能性が広がり始めます。文学作品としての手紙、ローマ字手紙、ダイレクトメール、絵葉書などが現れます。
【雑8-50】
手紙のお手本や書き方を毎月掲載する雑誌も創刊されました。往復書簡のような合作手紙小説も載っています。絵手紙的なものもあり、手紙そのものが「家庭に於ける最も清新多趣味」になりつつあるようです。
【323-434】
この頃はやっていたローマ字を手紙にも取り入れようという本。忙しい昨今、手紙のやりとりは必須、だからこそ簡易で便利なローマ字を使おう、しかもタイプライターを使うから字の下手さがばれない、とのこと。タイプライターはその後のワープロに通じるのでしょう。
【513-22】
飛脚時代とは違い、郵便制度によって迅速かつ詳細に連絡ができ、商売にとても便利だとのこと。ダイレクトメールの文例や、通信販売のすすめもあります。
【YDM79859】
絵はがきの書き方についてのエッセイ。絵が主役であることを忘れないように、いい絵はがきを持っているからといってはがきにふさわしくない用事には使わないように、等々。
【YDM79860】
絵はがきに書くための短い文例集。
毛筆からペン字へ
生活用品の西洋化がすすむにつれ、手紙もこれまでの和紙に毛筆というスタイルから、便箋にペン字というスタイルに変化します。毛筆よりも簡易で便利なペン字はあっというまに広まり、ブームは戦後まで続きます。
【特230-605】
「時は流れます。代はうつります。チンプな手紙でも書いてやうものなら、それこそ人々の笑ひの種」として、ペン字への移行を推進。
【740-44】
毛筆からペン字への移行期の本は、ペンと毛筆と両方のお手本が掲載されています。
【特204-340】
「従来の日本では手紙を書くのに不便の点が多かった。」と和紙に毛筆を否定、便箋にペン字の便利さを説いています。この頃から、「頭語」や「脇付」など手紙の組立についての解説が見られるようになります。
【816.6-Ka586z】
ペン字を書く際の注意点や姿勢写真など細かく指導。
戦時下の手紙
戦地へ動員された人々と家族を結ぶのは手紙のやりとりです。戦時下の手紙には時代が深く反映されています。
【特213-11】
戦地への慰問文や戦没弔問文の文例が見られます。また、手段・慰問品の送り方が付され、手紙の形式、小包の重量や喜ばれる慰問品などが具体的に挙げられています。
【YKD-16】
日清・日露戦争の勝利を伝える絵葉書がきっかけで絵葉書ブームが起こり、絵葉書交換会なども行われました。戦勝絵葉書は、写真と絵を組み合わせたものです。宛名面には「軍事郵便」と印刷されています。
※京城は日本統治下の地名。現在のソウル。
【915.9-H41ウ】
「銃後教化の資料として…広く各方面より募集」した書簡集。太平洋戦争におけるさまざまな戦地からの便りや戦地へ息子や夫を送り出した家族からの手紙を載せています。
手紙にこめる熱い思い
戦後の復興にともない、若者が手紙で熱い思いを交わそうという風潮が見られます。手紙の書き方の本が数多く出版され、「青春の」「新青年の」「恋愛の」「男性高校生の」といったタイトルが並びます。巻頭にはイラストつきの手紙お手本集がカラーで載っており、巻末には手紙に引用すべき詩歌や格言集、花言葉一覧なども。
【816.6-H276r】
恋文は続けて出すと効果的、署名は最初は姓名、しばらくしたら名前だけにする、横書きよりは縦書きのほうが気持ちが伝わるなど、恋文のノウハウを伝授。
【816.6-H991r】
「恋の花咲けど」「君ありて生命燃ゆ」など、小見出しも情熱的。
【816.6-M491t】
「手紙は人の運命を左右する」「よい手紙は幸福をもたらす」など、熱く手紙を語ります。
●女性の手紙例2(映画に誘う)
【816.6-Sa244z】
文体は、言文一致もきわまり、女性らしさを強調した話し言葉です。
●忠告の手紙例2
【816.6-M959s】
忠告の手紙は相手をしかるのではなく、愛情をもって心の扉を開くように情理を尽くして、とのアドバイスどおり、文例もとうとうと語りかけるようです。
手紙から電話へ
明治時代からあった電話ですが、一家に一台となったのは、昭和30年代。電話の普及は、人々の通信に対する考え方を大きく変えました。簡易なことや些細なおしゃべりは電話で済ませる傾向になりました。この風潮に対して電話は失礼である、手紙をもっと書くべきだという論調が多く見られます。
【Z13-168】
当時の日本の電話普及率は、人口一億人に対して電話機が千五百万台で、三世帯に一台という割合。電話派は用件が正確に且つ迅速に伝わること、手紙は形式ばっていておっくうという意見で、手紙派は相手が電話に出られる状態でなければ迷惑がかかる、逆にかけても留守なら淋しい等。論はラブレターや未来の電話、女性の長電話と発展して興味が尽きません。
【816.6-Y922t】
電報の利用法の次に、電話の利用法も載っています。電話がまだ普及しはじめた頃です。
【KF152-5】
電話が手紙を減らしたという論ですが、電話にもマナーが必要、手紙と電話を上手に使い分けよう、と共存をはかろうとしています。
【KF152-6】
「一筆啓上 火の用心 ダイヤルまわすな 手紙かけ」のコピーが鮮烈。エッセイや評論を集めた本ですが、電話反対論が多く見られます。
手書きからワープロへ
タイプライターから80年、ついに日本語が印字できるようになりました。字が下手でも大丈夫、間違えてもすぐに直せてこんなに便利なものはない、と広まる一方で、手書きでなければ失礼だという声も多数あります。
【KF152-15】
字が下手だから、間違えたら怖いから、という手紙嫌いの人も、ワープロならきれいな字で訂正自由で、気楽に手紙が書けることを説いています。
【Z23-10】
「有識者四十五人に聞くワープロ時代のマナー」と副題がついています。公文書などにどんどんワープロが浸透してきた頃で、しかし私信にはぜひ手書きで、と手書きの良さを強調。
紙から電子媒体へ
ついにポケベルや電子メールといった電子媒体が登場します。手紙より速く、電話より距離を置ける、現代的な媒体です。電子媒体ならではの記号や数字を使った暗号が流行も生み出しました。
【ND633-G1521】
電子メールにも掟があるとして、チェーンメールや添付ファイルのトラブルなど、メールならではの迷惑行為に注意を喚起しています。
【KF152-G52】
文字化け、改行など、メールならではの基本的な書き方を解説。
【Y88-G63】
ポケベルメッセージ集。暗号化されたメッセージが中・高校生の流行にもなりました。
【ND633-G15】
やはり流行のひとつ。解読できますか?
【ND633-G1481】
電子メールの利点や仕組みを漫画などで一から解説。
趣味としての手紙
電子媒体への反動か、手作りで気持ちがこもっていることから絵手紙が「趣味」として登場します。絵手紙コンクールなども見られます。その他、手紙形式を利用した様々な本を紹介します。
【KC437-G161】
絵手紙の入門書。絵や字が下手でも心がこもっているのが絵手紙であると解説。
【FC81-G28】
小学校、中学校、高等学校、一般の各部門から手紙と絵手紙による優秀作品を収録。
【DK53-G13】
ディーゼルカー八高線が消えるにあたりその思い出を「一筆啓上」の形で綴ることで、心あたたまる作品に仕上げられています。
【KF141-A3】
外国人のための日本語学習教材として手紙を取り上げています。外国の手紙と異なり日本の手紙は独特の形式であるため日本語教材としては難しい分野であるようです。
【FC81-G91】
小学校低学年の手紙を教材とした授業計画案。ここでは直接手紙を書く以前の段階として、手紙を題材とした物語から手紙の意味を考えさせています。
●女性の手紙例3(クラス会に誘う)
媒体が大きな変化を遂げたのに対し、手紙の形式はほとんど変わっていないことがわかります。このことは手紙の本質が伝統的に丁寧さを重視した伝達手段であることを意味するのではないでしょうか。形式を保ち続けながら、しかし扱う題材は少しづつ変わっているようです。
【KF152-G68】
本の構成はもはや年賀状が巻頭ではなく、「贈り物に添える手紙」から始まるジャンル別構成。お誘いの内容もクラス会に変化しています。花見や映画のお誘いは電話で済ませる時代になりました。
●忠告の手紙例3
【KF152-G115】
昔はたくさんあった忠告の手紙も、今はほとんど見受けられません。この文例も、極力おしつけがましくならないよう気を付けている様子です。
☆ 請求記号がYDMで始まる資料はマイクロ資料でのご利用になりますので、展示期間中でもご利用になれます。