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第117回常設展示 チョコ・キャラメル・ビスケット 三大おかしの半世紀

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第117回常設展示 第117回常設展示 チョコ・キャラメル・ビスケット 三大おかしの半世紀

キーワード:おかし;博覧会;統制;配給;おまけ  カテゴリ:社会・労働・教育 件名(NDLSH):チョコレート;菓子;食糧管理制度  分類(NDC):588.34

 

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平成13年12月1日(土)~平成14年1月31日(木)

 

チョコ・キャラメル・ビスケット。
これらのお菓子が一般に普及しはじめたのが明治時代。西洋文化の一端として紹介され、博覧会で脚光を浴びたお菓子はその後、滋養によいものとして広まりました。戦時中、材料が不足したときも、軍用食として、子供の貴重な食事の一部として、代用品を用いたお菓子がつくられ続けました。
時代によって役割や姿を変えたお菓子は、時代を映す鏡なのかもしれません。
今回の展示では、そのお菓子を一般に普及しはじめた明治時代から、食糧危機を経て再び発展し始める戦後までの半世紀をご紹介します。

展示資料一覧

【 】は当館請求記号

おかしお目見え(普及前)

文明開化の波とともに、西洋から取り入れられた新しいものや珍しいものが大衆の間に広まっていった。しかしバターやミルクを原料としたチョコ、キャラメル、ビスケットはなかなか受け入れられず、外国人居留者や海外帰国者など、ごく一部の人たちが食べている程度だった。

・岩倉具視使節団 倫敦ビスコイト工場見学(明治5年10月25日)

1) 特命全権大使米欧回覧実記 2
久米邦武 編 田中彰 校注 東京 岩波書店 1985.7
【A99-Z-209】
明治5年10月25日、ロンドン滞在中に訪れたビスコイト工場について挿絵入りで紹介。

・岩倉具視使節団 巴里チョコレート工場見学(明治6年1月21日)

2) 特命全権大使米欧回覧実記 第3篇 欧羅巴大洲ノ部 上
久米邦武 編 東京 博文社 明治11年10月
【YDM 22194】
明治6年1月21日、パリ滞在中にチョコレート製造工場を見学。まだ日本には見られなかった大規模な製菓機械によるチョコレートの大量生産の様子を見ることができる。
3) 日本洋菓子史
池田文痴菴 編著 東京 日本洋菓子協会 1960
【588.3-215n】
日本における洋菓子の歴史を紹介している。
岩倉欧米使節団に随行した女子留学生5人は正式の洋食、高級の洋菓子を海外において初めて口にし喜んだ、という記載がある。

・第1回内国勧業博覧会 乾蒸餅 (明治10年)

4) 明治十年内国勧業博覧会出品解説 第5区第6類
東京 内国勧業博覧会事務局 明治11年6序
【YDM 42222】
明治10年、東京・上野公園を会場として日本初の本格的な産業博覧会が開催された。風月堂から出品されたビスケット、「乾蒸餅」は最高賞を受賞した。

・第5回内国勧業博覧会 チョコレート (明治36年)

5) 明治前期産業発達史資料 勧業博覧会資料 37
東京 明治文献資料刊行会 1973
【DC51-13】
明治36年に開催された第5回内国勧業博覧会にて森永のチョコレートが三等賞受賞。この後、それまでバター臭い、ミルク臭いと敬遠されていたチョコレートがだんだんと普及しはじめた。

・チョコレート、漢字で登場

6) かなよみ
復刻 仮名読新聞社 編 東京 明石書店 1992
【Z99-230】
「貯古齢糖」とはチョコレート。このほか「猪口令糖」「知古辣」「千代古齢糖」などの漢字を用いて紹介されていた。
明治11年12月24日にかなよみ新聞に掲載された広告。

・キャラメル、チョコレート初製造(明治32年)

7) 日本地理風俗大系 第3巻
仲摩照久 編 東京 新光社 昭和5年
【83-442】
写真は森永製菓チョコレート工場での一場面。
明治32年、日本最初の本格的な洋菓子専門の製造会社として設立された森永製菓会社。ここで製造されたビスケット、ドロップス、キャラメルなどが、各地の菓子店で売られた。
そこでの好評を受けて、製菓会社が次々と創業された。
おかしで滋養(普及しはじめ)

お菓子は滋養によいものとして広まった。しだいに自動販売機での販売、おまけ封入、宣伝隊による宣伝など販売方法にも工夫が見られるようになった。

・キャラメル・チョコレート広告 報知新聞 (明治37年10月)

8) 報知新聞
明治37年10月29日版 東京 報知新聞社
【YB-18】
「兵隊さんの慰問に、滋養に」。明治37年10月29日、チョコレートとキャラメルの広告。

・栄養食として

9) 病者の食餌 滋養調製
阪本隆哉 著 東京 博文館 明治37年10月
【97-232】
「食餌調理をしっかりやらないと、治る病も死地に至る。」と病人調理の参考書。当時、病人の食物とされていたスープ、鶏卵、牛乳以外にも滋養がある食品とその調理法を紹介している。「人口営養品」の項目にチョコレートやビスケットがある。
10) おかしな駄菓子屋さん
入山喜良 著 京都 京都書院 1998.2
【DL698-G57】
カルシウムの入ったビスケットなので、「カルケット」。栄養菓子の元祖。
11) 現代食糧大観
糧友会 編 東京 糧友会 昭和4年
【83-481】
昭和4年に開催された食糧展覧會の写真や講演内容を収録したもの。
「贅沢品であった菓子は非常に栄養分の多い食物であることが判って来た。人間の體に必要な5種類の滋養を補うにはお菓子が一番よい。」とは某菓子会社の人の話。

・おかしの宣伝隊出動(大正4年)

12) 森永五十五年史
東京 森永製菓 1954
【588.3-M831m】
写真は音楽宣伝隊。たすきをかけてのぼりを上げ、ラッパを吹いて練り歩いた。このほか、宣伝幕を張った車からビラを撒布するという自動車宣伝も、世間をアッと言わせた。

・グリコにおまけ封入始まる(昭和2年)

13) グリコのおまけ
東京 筑摩書房 1992.11
【KB297-E81】
ひたすらグリコのおまけが掲載されている。最初におまけを入れたのは昭和2年。

・サック入りキャラメル発売 (大正3年)

14) 都新聞 大正3年4月23日
都新聞社 東京
【YB-131】
都新聞に掲載されたキャラメルの広告。当時、バラ売りが主流だったお菓子だけに、個包装されてサックに入ったキャラメルは衛生的で携帯に便利と好評。社員が電車に乗るときは、森永のキャラメルを食べて見せるという「宣伝」をしたという。

・キャラメル・チョコの自動販売機設置(昭和6年)

15) 三十五年史
東京 明治商事三十五年史編纂委員会 1957
【588.3-M4482s】
昭和6年、全国11駅でチョコレートとキャラメルの自動販売が始まった。お金を入れてハンドルを回すとお菓子が出てくるというもの。
ちなみに自動販売機で初めて販売された商品はお菓子だったという。
おかしは糧食(戦中)

滋養によい菓子は、保存が利き食べるのも簡便なので、軍隊用としても用いられていた。戦争が激しくなると食糧不足のため、菓子の製造が制限された。配給制がとられ、軍用や乳幼児用に限られるようになった。

16) 糧友
昭和5年5月号 食糧協会
【雑50-41】
特集の「食糧随想—その頃を語る—」には、「日露戦役懷古漫談」と題して海軍主計少将が書いている。
「海軍のビスケットは味がなく固い。夫故、喰い余すことはあっても喰べ過ぎる心配がない。味がついて居ると直に厭きが来るがこれは厭かない。貯蔵に耐えるし調理を要しないから、日本海海戦のときなどには適当な食品である」という。

・慰問袋

17) 戦時広告図鑑 慰問袋の中身はナニ?
町田忍 編著 東京 WAVE出版 1997.8
【DH428-G47】
戦争中の商品広告を集めた本。商品の種類別にまとまっている。紹介のページは菓子。また、慰問袋のページではキャラメルなどのお菓子が喜ばれる品だったことが書かれている。

・ 映画『チョコレートと兵隊』

18) 朝日新聞
昭和13年9月8日  朝日新聞社 東京 縮刷版
【Z99-5】
東京朝日新聞に掲載された実話。ある兵隊が家で待つ子供たちのために慰問袋に入ったチョコレートのクジを集めたが、そのクジで引き換えた景品が届いた日に父親の戦死の知らせも届いたという悲話。当時、大きな反響を呼び映画化された。
19) 東宝映画
昭和13年11月下旬号 東宝映画社
【Z11-957】
映画『チョコレートと兵隊』のポスター。上記18で紹介した記事の映画化。この影響でチョコレートの宣伝効果は絶大。

・ 耐熱耐寒キャラメル(昭和16年)

20) 明治製菓の歩み 創業から70年1916‐1986
明治製菓社史編集委員会 編 東京 明治製菓 1987.10
【DH22-E70】
昭和16年、太平洋戦争が始まると、菓子類はほとんど携行食糧、防衛食などの軍・官納品に切り替えられた。写真は「南方ヤ北方ノ寒サ暑サニ充分耐ヘラレル…」耐熱耐火キャラメル。

・ ビスケット配給品に(昭和16年)

21) 日本の食文化〔7〕
東京 全国食糧振興会 1991.5
【EF27-1148】
『日本近代の食事調査資料』の昭和(戦時)篇。紹介のページは「現下の米穀事情と乳婦及び乳児の栄養状態」と題する資料の乳児の副食摂取状態表。
衛生ボーロもビスケットもキャラメルも副食としての役目を担っていたことがわかる。
22) 糧友
昭和15年1月号 食糧協会
【雑50-41】
「火事だ・地震だ・空襲だ・水害だといふ場合」の軍用型乾パンの広告。雑誌『糧友』に掲載された。戦時色濃厚。
おかしに規制(戦中戦後)

昭和14年、材料や原価の統制が始まり、お菓子は軍・官納品に限られていく。材料がなければ、代用品を使ったり他の原料を混合したりして製造が続くが、戦局の悪化とともに製造が中止される。

・ 食糧管理法による統制

23) 日清製粉株式会社史
東京 日清製粉社史編纂委員会 1955
【588.2-N861n】
ビスケットの原料である小麦粉は昭和17年、食糧管理法により統制下におかれた。食糧の確保のため、昭和18年には二割のでんぷんを混入することが定められた。お菓子としてのビスケットは昭和19年に製造中止となるが、非常食としての乾パンはこの頃、過去最高の生産数量を記録した。

・ 配給制はじまる

24) 菓子の配給経済学
小出保治 著 名古屋 帝国菓子飴公論社 昭和18年
【675.1-Ko29】
戦時経済の形態が割当経済なので、割当基準決定の原理究明は必要。菓子を事例にとって進められた。菓子消費の実態をつきとめるため、職業、収入、世帯人員、年齢、体性といった在内的要素から、気候、風土、伝統、人口密集の程度といった在外的要素など、さまざまな観点から調査している。
25) あんみつ姫
倉金章介 著 東京 光文社 昭和26年
【Y16-2605】
統制は解除されてもまだまだ食べ物に困った時代。せめて本の中だけでも、と飢えた子どもたちに甘い夢を与えた漫画。カステラ先生、おはぎの局、だんご、しるこ、かのこ、あんこ、きなこ、まんじゅう、しるこ、やっこせんべい。これはすべてあまから城に住む登場人物の名前。チョコもキャラメルもビスケットもないけれどお菓子なのでお許しを。

・代用グルチョコレート

26) 日本チョコレート工業史
東京 日本チョコレート・ココア協会 1958
【588.3-N689n】
昭和15年のカカオ豆輸入杜絶を受けて翌16年、日本チョコレート組合と日本ココア豆加工組合で、『ココア豆代用品研究会』を設けた。同年まとめられた「チョコレート代用品研究報告」によると、主原料はチューリップ、鉄砲百合球根、決明子、落花生粕。「味覚の王座を占めるチョコレートが一朝にして影を没してしまうのは、精神上に及ぼす影響も甚大で実に遺憾だから、これに代わるものを研究し、みんなの希望に応えよう」というのが、研究の目的であったらしい。
おかしにおまけ(メーカー競争時代)

砂糖の自由販売、小麦粉の統制撤廃などによって自由な販売戦が繰り広げられた。そのため販売効果をより高めるために、各社がこぞって特色を凝らしたおまけをつけるようになった。この頃、カバヤキャラメルと紅梅キャラメルがおまけをめぐって子どもたちの人気を博した。

27) 食糧年鑑 昭和28年版
東京 日本食糧新聞社 1953
【611.3-Sy957-N】
「飴菓にキャラメル販売は各メーカー鎬を削った華やかなもので、何れも地盤確保に努めた」
28) 少女
第7巻 第7号 光文社
【Z32-408】
雑誌「少女」に掲載されたグリコのおまけ広告。

・カバヤキャラメル発売。カードを集めてカバヤ文庫をもらう。(昭和26年)

29) おまけの名作 カバヤ文庫物語
坪内稔典 著 豊中 いんてる社 1984.10
【UG71-54】
「体の栄養だけでなく頭の栄養も」。カバヤキャラメルの箱の中に入っている点数カードを集めて送ると、世界の名作童話やグラビア集などがもらえた。子供たちは点数を集めながら、次はなにをもらおうかと胸をワクワクさせていた。
30) ノアの箱船
*国際子ども図書館 所蔵
カバヤ児童文化研究所 編 京都 カバヤ児童文化研究所 1953.11

【Y5-N00-229】
推定、全12巻159冊ある。これは、第10巻第7号。
31) ビンの中の小鬼
*国際子ども図書館 所蔵
ロバ−ト・ルイス・スチブンソン 原作 カバヤ児童文化研究所 編 京都 カバヤ児童文化研究所 1953.10

【Y9-N00-137】
これは第8巻第2号。
32) 耳なし芳一
*国際子ども図書館 所蔵
小泉八雲 原作 カバヤ児童文化研究所 編 京都 カバヤ児童文化研究所 1954.3

【Y8-N00-580】
これは第11巻第12号。

・紅梅キャラメル発売。野球カードを集めて野球グッズをもらう。(昭和26年)

33) さようなら紅梅キャラメル 6年間で消えたもうひとつの読売巨人軍
沢里昌与司 著 東京 東洋出版 1996.4
【DL698-G9】
紅梅キャラメルの箱の中には巨人軍選手のカードが入っており、それらを集めて送るとグローブやゴムボールがもらえた。また選手カードをお互いに交換してお気に入りの選手を集めたり、珍しいカードを手に入れたりと子供たちは夢中になった。
34) サライ
1992年12月17日号 小学館
【Z24-1026】
特集「モノ語り−ポケットの中の定番菓子、キャラメル」で懐かしいキャラメルを紹介。おまけを付けたり、パッケージや味に工夫をして独自性のあるキャラメルをアピールした。
おかしのいま
35) 菓子・スナック菓子市場の現状と展望 食べ方提案型商品のチャネル政策を探る
東京 富士経済 1999.7
【DL698-G83】
お目見えから100年、チョコレートもキャラメルのビスケットもいまや定番のお菓子となった。
今、人気のお菓子のひとつは食べ切りサイズの袋入りお菓子である。衛生的で携帯に便利なサック入りキャラメル発売から80年、食べたいときに食べたい分だけ食べる個食化の傾向がさらに進んでいる。もうひとつは栄養菓子。子どもの副食や軍用食として食べていた戦中から60年、今ではおいしくて栄養のあるお菓子が健康に関心のある人々に受けている。お菓子は、食べる人に合わせ、時代に合わせて変化を続けている。

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