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第125回常設展示 帝国図書館の誕生

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第125回常設展示 帝国図書館の誕生

キーワード:帝国図書館;国立図書館  カテゴリ:学術一般 件名(NDLSH):帝国図書館  分類(NDC):016.11

 

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平成15年4月1日(火)~5月30日(金)

 

明治39年3月、国立国会図書館の前身である「帝国図書館」の開館式が3日間にわたって行われました。欧米の図書館を参考にした日本で初めての国立図書館の誕生です。上野公園にあることから「上野図書館」の名で親しまれ、洋風の建物や閲覧室の様子は多くの文学作品に登場しました。しかし、帝国図書館は予定の四分の一しか建築されないままに開館を迎えた「未完の図書館」でもあり、その誕生までには苦難の道のりがありました。今回の展示では帝国図書館の誕生を中心にみていきたいと思います。

展示資料一覧

【 】は当館請求記号

帝国図書館開館前史

帝国図書館の起源は、明治5年、文部省により開設された書籍館(しょじゃくかん)である。書籍館はその後、東京書籍館、東京府書籍館、東京図書館と変遷を遂げてきた。文部省所管の東京図書館は、市民の図書館として機能していたが、全国規模の図書館設立には至らなかった。帝国図書館の設立には、東京図書館長であった田中稲城の尽力があった。

1) 東京図書館ニ関スル意見要略
田中稲城 明治24年(1891)
【YDM101495】
田中稲城は、自らの欧米留学の経験をふまえて東京図書館が諸外国の制にならい日本を代表する図書館たるべきことを主張し、東京図書館の規模の拡大を訴えた。
2) 図書館建築の図像学
桂英史 INAX 1994
【UL521-G1】
田中稲城は留学の際に大英博物館も訪れた。大英博物館図書館は、1857年5月に完成し、その鉄骨円形大閲覧室は「近代図書館」の典型的シンボルであった。
3) 帝国図書館設立案
[帝国図書館] [明治29年(1896)]
【016.1-TE24-ウ】
明治29年、貴族院議員重野安繹・外山正一が発議者となり「帝国図書館ヲ設立スルノ建議案」を貴族院議長に提出、両院で可決され、帝国議会を通過した。そのもととなった設立案は、東京図書館の閲覧室と書庫の狭さを訴え、防災上の点からも大規模な拡張をうたっている。
4) 牧野伸顕宛田中稲城書簡
明治31年(1898)12月初旬
【牧野伸顕関係文書
書翰の部548-7】
不安定な政局が続き、帝国図書館の建設用地の決定は遅れた。田中稲城は日比谷・霞ヶ関付近の陸軍教導団地跡を希望したが準備は進まず、明治31年暮に予算を使用しないことを大蔵省に責められ、上野公園案が濃厚となった。しかし、田中は「桜田門外近傍ノ地」への図書館建設の希望を捨てていなかった。
新築された図書館

明治32年、帝国図書館の建物は最終的に上野公園内音楽学校敷地にある空地に決定された。三期にわたる建築計画が立てられ、予算は各期50万円であったが、日清戦争後の極東情勢緊迫のため第一期工事は32万円に抑えられた。

5) 建築百年史 第1
大泉博一郎,平沢順編 有明書房 1957
【520.21-O395k】
設計は文部省技師の久留正道らによる。久留は旧東京音楽学校(現東京芸術大学)の奏楽堂なども設計していた。
6) 帝国図書館概覧
[帝国図書館] [190-]
【UL214-E11】
建物は地上3階と地下室で構成されており、書庫は地上・地下合わせて9層から成っていた。図面にみえる3階の閲覧室は全体の四分の一である黒色部分が完成しただけであった。
7) 「出世」現代日本文学全集. 第27
菊池寛 筑摩書房 1955
【918.6-G295-t】
第一期工事が終わったばかりの帝国図書館の概観を「兎の耳のやうに、ひっそいだように突立って居る白い建物、安定を保って居るやうで、その癖今にも落ちかかりさうに思はれるあの白煉瓦の建物」と記す。
帝国図書館の開館式

明治39年3月20日、新築工事が終了したことを機に帝国図書館開館式が挙行された。設立案提出から10年後、工事着工から6年後にしてようやくの開館であった。

8) 日本図書館協会の百年:1892〜1992
日本図書館協会編 日本図書館協会 1992
【UL3-G11】
開館式当日の帝国図書館前庭での写真。式典は田中稲城の式辞に始まり、文部大臣西園寺公望の式辞、文学博士の三宅雄二郎と末松謙澄、伯爵樺山資紀の演説があった。開館式の様子は、多くの新聞で紹介され、帝国図書館への期待や不満の投書が多く寄稿された。
9) 帝国図書館開館式陳列書目
帝国図書館 〔19--〕
【UP72-E14】
開館を記念した展覧会。3階の閲覧室と目録室で、名家筆跡・絵画・浮世草紙など蔵書587点が展示された。
10) 帝国図書館一覧
帝国図書館 大正元年(1912)
【UL214-E10】
当時は満15歳以上が入館可能であった。入館するには求覧券を購入し、入館番号札を取り、地下室で靴を脱ぐ。その後、玄関で求覧券を閲覧證用紙に引き換え、目録室で利用したい資料、住所等を記入することになっていた。
帝国図書館の来館者
11) 国立国会図書館50年のあゆみ 国立国会図書館開館50周年記念
国立国会図書館50年史編纂委員会編 国立国会図書館 1998
【UL214-G7】
朝の開館時間は季節に応じて午前七時から午前九時と異なっていた。開館を待つ利用者が入り口で長蛇の列をなす写真がみえる。
12) 帝国図書館報 1号
帝国図書館 明治41年(1908)
【YDM101660】
のちに『帝国図書館和漢図書書名目録』となる分類別の蔵書目録で構成されるが、表見返しには毎月の来館者数と分類別の貸付図書冊数が記されており、貴重な統計資料となっている。
13) 自叙伝の試み
和辻哲郎 中央公論社 1961
【121.9-W99z】
帝国図書館の建築についての細かい描写がみられる。特に欧米の図書館を模した高い天井の大閲覧室への感動が記されている。
14) 「図書館」 宮本百合子全集17
新日本出版社 1981
【KH359-9】
帝国図書館の司書を鋭く観察している。入り口で靴を預かる「下足番」は菊池寛の『出世』など他の文学作品にも記されている。
15) 「図書館の人々」 文章世界 明治44年3月号
博文館  明治44年(1911).3
【雑8-43】
「九紫火」という号で書かれた短編小説。「白煉瓦で畳み上げられている長方形の図書館の建物」を「ノアの箱船」にたとえている。
関東大震災

大正12年の関東大震災では帝国図書館の蔵書922冊が焼失、8500冊が破損した。図書館の施設は1ヶ月閉館して避難者に開放された。平常業務を再開した後も、他の図書館の罹災が激しかったため、帝国図書館は混雑を極めたという。

16) 大正震災志写真帖
内務省社会局編 内務省社会局 大正15年(1926)
【415-40】
17) 時事新報 大正12年9月21日
時事新報社
【YB‐65】
75万冊の蔵書を誇る東京帝国大学図書館は3日間燃えつづけ、50万冊を焼失した。その他にも、東京市立図書館や横浜市立図書館の諸分館で被害が甚だしかった。
18) 帝国図書館年報 大正12年度
国立国会図書館支部上野図書館 編  国立国会図書館  1974
【UL214-3】
震災のあった大正12年度の1日平均来館者は、1ヶ月の閉館期間があったものの、前年度より37人増加し、貸付件数も増加した。また、震災による建物損壊のため増築が緊急の責務であった。
19) 市立図書館と其事業 第18号
日比谷図書館 大正13年(1924).3
【016.2-To46-2ウ】
日比谷図書館は、震災直後の閲覧傾向について、各種統計書、商工案内、編集資料、宗教哲学書(特に死生問題、運命、易占など)がよく利用されたと報告している。
20) 江戸時代震火災ニ関スル図書記録類展覧会目次
[帝国図書館][大正12年(1923)]
【特256-694】
帝国図書館では江戸期以降の震災に関する資料の展示会を12月7日から3日間行い、約8000人の来観者が訪れた。「町奉行所記録」や「安政見聞録」、「明暦炎上記」などが出展された。目録の表紙には鹿島大神宮要石(かなめいし)の地震歌「ゆるぐとも よもや抜けじの要石 鹿島の神のあらんかぎりは」が載せられている。
21) 帝国図書館秋季展覧会絵はがき
〔帝国図書館〕 大正13年(1924).11
【YKD-131】
震災の翌年秋には秋季展覧会が開かれた。それを記念した江戸日本橋の風景を描く4枚組の絵葉書。
昭和の増築

未完成であった図書館は、蔵書の増加と震災の疲弊も重なり増築が必要であった。昭和2年から昭和5年まで増築工事が行われ、鉄骨煉瓦造が鉄筋コンクリートに改められた。しかし、予定の三分の一も完成せず、相変わらず「未完の図書館」のままであった。

22) 帝国図書館増築記念展覧会図録
[帝国図書館][昭和5年(1930)]
【K3-E85】
増築を記念する落成式が昭和5年3月15日に行われた。当時の館長は松本喜一で、来賓の文部大臣田中隆三等の祝辞が述べられた。展覧室は3部屋で構成され、第1室「近代名家筆跡」、第2室「中山道宿駅」、第3室「東京名所の今昔」という内容であった。
23) 回顧録 上巻
牧野伸顕 中央公論社 1977
【GK79-40】
結局、帝国図書館は昭和5年以降増築されることはなかった。帝国図書館設立に文部次官として尽力した牧野伸顕は、開館50年をすぎても増築に手がつかないことを嘆き、さらには蔵書が豊富であるのに運用の仕方が悪い帝国図書館の体制を指摘している。
24) 帝国図書館増築工事設計図
大蔵省営繕管財局編 大蔵省営繕管財局 昭和4年(1929)
【425-161】
増築の際の設計図。展示資料は100分の1の各部断面図で、図書館の東西面と南北面の断面を記している。2階、3階が閲覧室、1階が館長室、事務室、地下には汽鑵(きかん)室や貯炭場があったことが見て取れる。
さらに詳しく知りたい人のために—参考文献
『上野図書館八十年略史』 国立国会図書館支部上野図書館 1953
【016.11-Ko5488u】
『国立国会図書館三十年史』 国立国会図書館編 国立国会図書館 1979
【UL214-7】
石山洋
「帝国図書館と田中稲城」 (『日本古書通信』869 2001.12)
【Z21-160】
「帝国図書館開館式と全国図書館員大会の開催」 (『日本古書通信』880 2002.11)
【Z21-160】
是枝英子
「関東大震災と東京市立図書館」 (『みんなの図書館』221 1995.9)
【Z21-882】
高梨章
「俯瞰する出納台(帝国図書館論)」(『現代の図書館』32-4 1994.12)
【Z21-8】
竹林熊彦
「田中稲城—人と業績—」 (『図書館雑誌』36-3 1942)
【Z21-130】
「田中稲城著作集(1)」(『図書館雑誌』36-6 1942)
【Z21-130】
「田中稲城著作集(2)」 『図書館雑誌』36-7 1942)
【Z21-130】
能勢信二
「上野図書館建設の道のり」 (『国立国会図書館月報』320 1987.11)
【Z21-146】


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