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第126回常設展示 東京洋館散歩

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第126回常設展示 東京洋館散歩

キーワード:洋館;建築写真  カテゴリ:芸術・言語・文学 件名(NDLSH):洋館--東京都  分類(NDC):523.1

 

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平成15年6月2日(月)~7月31日(木)

 

日本銀行、法務省、迎賓館・・・東京には、意外と古い建物が残っています。これらは、明治から大正、昭和初期に建てられた、当時としては珍しい洋式建築です。関東大震災や第二次世界大戦をくぐりぬけ、改修や再建を経て、当時の様子を現在の私たちに伝えてくれています。最近では、旧新橋停車場が再建され、観光名所となっています。その一方で、移築されたり、取り壊されたりして、当時の面影は写真でしか見られなくなってしまった建物もあります。
今回の展示では、写真を中心に、当時の様子に思いをはせてみることにします。

展示資料一覧

【 】は当館請求記号

銀座

1) 明治大正建築写真聚覧
建築学会編 建築学会 1936
【722−48】

2) 明治・大正・昭和東京写真大集成
石黒敬章編・解説 新潮社  2001
【GC67−G239】

明治5年(1872)、俗に和田倉焼けといわれる火災によって、銀座・築地一帯は灰となった。その後政府は、レンガによる火災に強い都市の建築を企画し、明治6年(1873)には現在の中央通りにあたる部分が完成するが、住民の評価は芳しくなかった。その後も一帯の工事は進み、明治7年(1874)末にはガス灯が点灯し、明治15年(1882)には鉄道馬車が通るようになった。銀座界隈の繁栄はこの頃からである。
資料1は、ガス灯ができた頃の銀座の様子。資料2は、都内各地の写真を時代の経過に沿って並べてある。展示してあるページは銀座2丁目界隈。

 

迎賓館

着工:明治32年(1899) 竣工:明治42年(1909) 設計者:片山東熊

3) 迎賓館の新設 / 河部 正之
時の法令  (通号 859)   [1974.6.3]
【Z2−50】

4) 最新東京名所写真帖
[小島又市画作] 小島又市 1909
【YDM23880】

迎賓館は、皇太子明宮嘉仁親王(のちの大正天皇)のご成婚のため、東宮御所として建設された。設計者の片山東熊は、宮殿建築調査のため欧米各国に1年1か月、鉄骨・暖房調査のため米国に3か月半出張し、基本設計案を完成した。外装をベルサイユ宮殿、内装をバッキンガム宮殿に倣ったとされている。第二次世界大戦後は、国立国会図書館や東京オリンピック組織委員会などが庁舎としていたが、昭和43年から49年まで改修工事が行われ、国賓・公賓を迎える施設となった。
資料3は、「総理府設置法の一部を改正する法律(昭和49年法律第13号)」の解説。その内容の一部が、「総理府本府の附属機関として迎賓館を設置すること」である。資料4は、建設当時の迎賓館の様子を伝えている。

 

旧新橋停車場

竣工:明治4年(1871)  設計者:ブリジェンス (R.P.Bridgens)

5) 明治初期の洋風建築
堀越三郎著 南洋堂書店  1973
【KA81−8】

6) (財)東日本鉄道文化財団「旧新橋停車場」建設事業の概要−明治5年開業当時の外観で建設 (特集 鉄道文化の振興−遺産の保存・復元による歴史の伝承) / 小林 公一
JR gazette 60(6)(通号 636) [2002.6]
【Z5−387】

明治5年(1872)、新橋−横浜間に日本初の鉄道が開通した。新橋停車場はアメリカ人技術者ブリジェンスによって設計され、汐留地区に建設された。木骨石造の建物は「新橋ステーション」と呼ばれ新名所として多くの見物人が訪れた。大正3年(1914)、東京駅の開業に伴い貨物専用駅となり、新橋を汐留に改称(現新橋駅は当時の烏森駅)、大正および昭和期を通じて鉄道貨物基地として大きな役割を果たしたが、大正12年(1923)、関東大震災により焼失する。 それから80年を経て、当時の写真、駅舎基礎などの資料をもとに、当時駅舎があったのと同じ場所に復元されることとなった。現在は、外観は開業当時そのままに、内部には「鉄道歴史展示室」やレストランが設けられ、新しい観光名所となっている。
資料5は昭和4年に出版されたものの復刻版。明治元年から20年ころまでの建築について述べられている。資料6には「旧新橋停車場」復元の概要が述べられている。

 

鹿鳴館

着工:明治13年(1880) 竣工:明治16年(1883) 設計者:ジョサイア・コンドル (Josiah Conder)

7) 東京景色写真版
江木商店 [明治26年?]
【YDM24055】

8) 華族会館史
[霞会館編纂] 霞会館 1966
【288.5−Ka558k】

鹿鳴館は、明治13年(1880)、当時の外務卿であった井上馨が、外国人接待所として建設を計画した。完成後は、外国からの賓客の宿泊・接伴だけでなく、社交場としても用いられた。明治23年(1890)には宮内庁へ移管し、明治27年(1894)には華族会館に払い下げられた。明治30年(1897)には改修工事が行われている。昭和2年に土地とともに売却され、昭和15年に解体された。現在は石碑が残っている。
資料7の写真は、改修工事前の外観を伝えるもの。資料8には、華族会館が鹿鳴館の払い下げを受けた経緯が記されている。

9) 繁華街にみる都市の近代 : 東京
初田亨著 中央公論美術出版 2001
【KA81−G138】

明治初期の商業建築物には、「西洋造」と言われる構造が用いられた。そこには、日本建築の意匠もあわせて用いられ、和洋折衷の建築が、当時の富裕な商人たちのステイタス・シンボルとなっていく。この「洋風建築」を経て、資料14にみる「洋式建築」へと移り変わっていく。

10) おもひ出す人々 : 四十年間の文明の一瞥
内田魯庵著 春秋社 1925
【357−142】

内田魯庵(1868〜1929、随筆家、批評家、小説家)の随筆。山田美妙、淡島椿岳、二葉亭四迷に関する記載が中心。展示部分は冒頭、「四十年前−新文藝の曙光」より。鹿鳴館時代の欧化熱について描かれている。

 

霞ヶ関
11) 東京名所写真帖
[出版者不明]  [明治--]  14枚 10×13cm
【特279−226】
展示写真:
東京府庁・海軍省・霞ヶ関の離宮・外務省・有栖川宮銅像(参謀本部)・桜田門・議長官舎・華族会館・国会議事堂・日比谷太神宮

12) 霞ヶ関歴史散歩 : もうひとつの近代建築史
宮田章著 中央公論新社  2002
【KA272-G28】

外務省は、明治3年(1870)に旧黒田家の屋敷に移転して以来、現在霞ヶ関にある省庁の中で、最も早くからこの地にある。明治10年代には、外務卿となった井上馨が、諸外国との条約改正を有利にするための改革の一環として、霞ヶ関を中心とした官庁集中計画を立てる。しかし、明治23年(1890)には、地盤が適さないことや費用の不足などのため、司法省をはじめとしたいくつかの官庁を建築するのみにとどまった。霞ヶ関が本格的に官庁街となるのは、関東大震災後のことである。
資料11は、写真が2枚1組で1セットになっている。展示部分のほかには、浅草界隈の建物や洲崎海岸などの風景が収められている。資料12は、霞ヶ関の江戸時代から現在までの、官庁や国会議事堂・裁判所などの変遷についてまとめられている。

13) 東京名所一覧絵図
公業社(錦松堂蔵版) 1890 1枚 37×51cm 銅版彩図
【乙13−203】

当時の東京の名所が描写された地図。彩色が施され華やかである。東西南北は現在の地図とは違っていて、右が北になっている。かかれている範囲は、上下は新宿から亀戸まで、左右は品川から王子まで。よく見ると線路や汽車、馬車、渡し舟なども描かれている。建物も、鹿鳴館、議事堂、ニコライ堂などが絵入りで多数かきこまれている。「名所絵図」であるためか、実際の縮尺に比べて名所が大きくかかれている。左下には日本橋からの里程概表や、馬車鉄道運賃表などもある。

14) 洋風建築と洋式建築−明治初期の設計技術 (温故知新−建築技術1886<特集>) / 河東 義之
建築雑誌 101(通号1242)  [1986.1]
【Z16−80】

明治時代初期の建築物は、江戸時代の設計技術を受け継いだ大工の棟梁によって建てられた「洋風建築」と、お雇い外国人によってもたらされた本格的な西洋建築技術により建てられた「洋式建築」とが混在する。これらは、構造や素材などさまざまな面で違いが見られる。なかでも、設計者と施工者を明確に分離する洋式建築の手法は、後の設計技術にも多大な影響を与えた。

 

復活大聖堂(ニコライ堂)

着工:明治17年(1884) 竣工:明治24年(1891) 設計者:ジョサイア・コンドル

15) 東京風景
小川一真出版部 1911
【YDM24109】
16) 「ニコライ堂」(特集 生き続ける文化遺産)/ 高村功一
建築/保全 20(1)(通号115) 1998.9
【Z16−1626】

17) 岡田信一郎・捷五郎建築設計原図集大成 復活大聖堂復興図
【VC169−6】

復活大聖堂は、文久元年(1861)に来日した聖ニコライ大主教によって建設され、ニコライ堂の名で知られている。原案はロシア人建築家シチュールポフ(シュールポフとも)で、実施設計はコンドルが担当した。当時の東京のランドマーク的存在だったが、関東大震災で大きな被害を受けてしまう。その後、岡田信一郎の設計によって復興工事が行われた。構造の強化のため鐘楼を低くし、ドームの形も変わったが、その美しさは今も変わらない。
資料15の写真で御茶の水橋の向こうに見えるのが改築前のニコライ堂。資料16には修理工事の詳細が述べられている。資料17は当館に寄贈された、岡田信一郎・岡田捷五郎による建築設計原図集のうちの一部。ニコライ堂のほかには明治生命館、歌舞伎座などの設計図が収められている。

 

旧岩崎邸洋館

竣工:明治29年(1896) 設計者:ジョサイア・コンドル

18) 洋館 : 日本の名景
高井潔著 光村推古書院  2001
【KA81−G161】

旧岩崎邸は、三菱財閥の岩崎久彌によって建てられた。完成当時は20棟以上の建物があったが、現存するのは洋館、和館、撞球室の3棟で、そのうち洋館と撞球室をコンドルが設計した。洋館は木造2階建・地下室付きで、中期のコンドルを代表する邸宅建築である。主に一族の集まりや外国人を招いてのパーティーなどに使用されていた。昭和22年に国有財産となり、最高裁判所司法研修所などとして利用された。その後改修工事がおこなわれ、現在は一般に公開されている。
資料18の写真に見られるように、庭に面して大きく張り出したベランダが特徴的である。

 

司法省(現法務省)

着工:明治21年(1888) 竣工:明治28年(1895) 設計者:ヘルマン・エンデ (Hermann Ende)、ウィルヘルム・ベックマン (Wilhelm Boeckmann)

19) 法務省・赤レンガ棟
法務省・赤れんが棟復原工事記録編集委員会編 建築保全センター 1996
【KA272−G6】

20) 東京百建築
黒田鵬心編 建築画報社 1915
【419−59】

司法省(現法務省)は、明治政府による官庁集中計画によって建てられた建物のうち、現存する唯一のものである。設計はドイツから招かれた著名な建築家、エンデとベックマンによるもので、レンガ造の優美な姿が印象的である。関東大震災にはほとんど被害を受けなかったが、昭和20年、空襲によりレンガ壁を残して焼失した。昭和・平成の改修・保存工事を経て、現在は法務資料展示室等として利用されている。
資料19には改修・復元の経緯や工事の記録がまとめられている。建物の写真は現在のもの。資料20には明治元年(1868)から大正3年(1914)までにできた東京の建築物100個の写真が収められており、焼け落ちる前の司法省の姿を見ることができる。

 

日本銀行本店

着工:明治23年(1890) 竣工:明治29年(1896) 設計者:辰野金吾

21) 旅の家つと. 第1-8,10-33,36-45
光村写真部 1898‐1902
【YDM22666】
22) 日本銀行八十年史
[日本銀行史料調査室編纂] 日本銀行史料調査室 1962
【338.41−N684n4】

23) 日本銀行本店本館(特集:見られる、入れる東京建築見学ブック)
東京人 17(1)(通号 174) [2002.1]
【Z8−2560】

明治15年(1882)に日本橋箱崎町で開業した日本銀行は、その後業務拡大のため日本橋本石町に移転した。その時の建物が、現在も残る日本銀行本店(旧館)である。これは初めて日本人建築家の手によって建てられた本格的な洋式建築で、設計者の辰野金吾は、1年をかけ欧米の著名銀行を調査し、模範とする先例を探した。ベルギーの中央銀行を手本にしたといわれている。帰国後設計をまとめるのに1年、工事には6年半が費やされた。壁には御影石が使われ、堅固で重厚な雰囲気を漂わせている。昭和に入って大規模な増築があったが、原型をそこねないよう特に注意して行われた。
資料21の写真は建設当時のもの。「日本銀行は常盤橋外にあり石造白色の高楼巍乎として建ち眞に偉観なり」との記述がある。資料22に掲載された絵は、「日本銀行落成之図」(錦絵)で移転時の式典を描いたもの。資料23には日銀ほか、現在もあるさまざまな建築物の見学方法などが紹介されている。

24) 最新改正東京市全図
前川文栄閣 1907 1枚 色刷 50×65cm
【乙13−296】

資料13から約20年後の地図。範囲はほぼ同じ。13ではまだ予定地となっていた月島が、埋め立てられ島になっている。黒の点線は汽車の路線で、田端−千住間ができているなど発達が見られる。赤い線は路面電車が開通していたところ、点線はこれからのところである。左上にあるのは「東京鉄道電車停留乗換場一覧」。三田、桜田門、赤坂見附など現在は地下鉄の駅となっている停留所が多数ある。左下は「東京市十五区町村名一覧表」。当時の東京市は麹町、神田、日本橋、京橋、芝、麻布、赤坂、四谷、牛込、小石川、本郷、下谷、浅草、本所、深川の15区であった。

 

参考文献
明治の建築 桐敷真次郎著  復刻版  本の友社  2001
【KA81−G141】
日本の近代建築 上・下 藤森照信著 岩波書店 1993
【KA81−E78】
明治洋風宮廷建築 小野木重勝著 相模書房 1983
【KA376−15】
東京の洋館 (特集 たてもの保存再生物語) / 増田 彰久
東京人 18(3) (通号 188) [2003.3]

【Z8−2560】
JR東日本HP
http://www.jreast.co.jp/index.html
財団法人東日本鉄道文化財団HP
http://www.ejrcf.or.jp/shinbashi/
法務省HP
http://www.moj.go.jp/index.html
日本銀行HP
http://www.boj.or.jp/
迎賓館HP
http://www8.cao.go.jp/geihinkan/index.html

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