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第145回常設展示 外食の歴史

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第145回常設展示 外食の歴史

キーワード:外食;料理店;飲食店  カテゴリ:経済・産業    件名(NDLSH):料理店  分類(NDC):673.97

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平成18年9月21日(木)〜11月14日(火)

 

牛鍋を食べる女性

 

はじめに

「外食」というと何を思い浮かべるでしょうか。ハンバーガー店や牛丼屋、ファミリーレストランなど、現在では多様な外食産業が盛んです。チェーン展開を特徴とするこれらの外食産業はおもに1970年代以降に登場したものですが、料理店や食堂など、家庭外で食事を提供する飲食店は、より古くからありました。第145回常設展示では、外食文化の栄えた江戸時代から現代までの「外食」の変遷を、当館所蔵の資料から3つの時代に分けてたどります。

第1章では、江戸時代を取り上げます。この時代、長い平和のもとで日本文化は成熟しましたが、外食文化もまた、大いに発展していきました。日本の外食文化は、江戸時代前期に起こった浅草金竜山の奈良茶飯の店から始まり、後期には八百善のような高級料亭も誕生するようになりました。また、握り鮨やてんぷらなど、日本料理を代表する数々の料理が生み出されたのもこの時代です。本章では特に江戸の町にスポットを当て、当時の外食に関する資料を紹介していきます。

第2章では、明治・大正・昭和前期を取り上げます。明治以降、日本にはたくさんの西洋文化が流入しましたが、外食の世界でもそれは例外ではありませんでした。すき焼きやカレーなど現在でも食べられている料理がこの時期に広まり、明治・大正期には和洋の料理店が共に繁栄しました。
戦時期に入ると、食糧難の中で雑炊を提供する「雑炊食堂」が現れ、窮乏状態を反映した外食の形態が見られました。本章では、急激な変化を見せた明治・大正・昭和前期の外食に関する資料を展示いたします。

第3章では、第2次世界大戦後から現在までを取り上げます。経済の復興とともに戦前の水準をとりもどした外食は、1970年にファミリーレストランやファーストフードが登場すると、産業として急速に発展し、日常化していきました。高度経済成長期を経て、人々の生活が豊かになるにつれ、各国の料理を供する様々な料理店が現れました。そして、グルメガイドブックがさかんに出版され、食べ歩きが流行するなど、外食そのものが娯楽になっていきました。本章では、著しい発展・多様化を見せる現代の外食に関する資料を展示いたします。

鎖国体制下で独自の外食文化を熟成させた江戸時代。西洋料理を取り入れ、和洋の料理店が共に栄えた明治・大正時代。総力戦下の食糧不足を反映した戦時期。ファーストフードやファミリーレストランの登場など、急激な発展・多様化を遂げた現代。外食のありさまは社会の情勢を反映し、常に変化を続けています。今回の展示を通じて、社会の変化を受け入れつつたくましく発展してきた外食文化の諸相をご覧いただければ幸いです。

資料をご覧になる場合のご注意

  • 【 】内は、国立国会図書館の請求記号です。
  • 「※マイクロフィルム(マイクロフィッシュ)でのご利用となります」と記載のある資料は、展示期間中のご利用も可能です。
  • 書誌事項の最後に国立国会図書館デジタルコレクションとあるものは「国立国会図書館デジタルコレクション」内でご覧いただけます。
  • 展示資料には1〜22までの通し番号を、パネルにはA 〜Iまでのアルファベットを付けています。
 

第1章 江戸時代

料理店の起こり

江戸時代初期、江戸の町には飲食店がなく、飲食店が現れ始めたのは明暦の大火(1657)年以降といわれています。各地からたくさんの人々が江戸へ移住し、その多くが単身の男性であったこと、また参勤交代により妻子を故郷に残して江戸へやってくる武士が多いこともあって、外食の需要が強くありました。そうした人々に食べ物を提供するために、様々な食べ物屋が現れました。
簡易な外食の手段としては、振り売りや屋台見世などが見られます。貞享3(1686)年、蕎麦切りその他火を持ち歩く商売を禁止するお触れが出されており、料理を提供する振り売りや屋台が、社会的に無視できないほどの規模で存在していたことがうかがえます。
店舗を構えて料理を提供する料理屋もまた、明暦の大火以降に姿を現しています。『西鶴置土産』にある浅草金竜山の奈良茶飯の店が良く知られており、一般的にこれが料理屋の元祖と言われています。

1)対訳西鶴全集 15 / 井原西鶴著 ; 麻生磯次,富士昭雄訳注
東京 : 明治書院,1977
【KG219-12】
『西鶴置土産』。『好色一代男』などで知られる、江戸初期を代表する作家井原西鶴の遺稿集。元禄7(1694)年刊行。「江戸の小主水と京の唐土と」の項で、浅草金竜山に奈良茶飯を売る店があるとし、「中々上がたにもかかる自由はなかりき」と評しています。
高級料亭の出現

当初は簡素な奈良茶飯から始まった料理屋ですが、宝暦から明和のころには、より本格的な料理屋も開業し始め、高級料理店も現れるようになりました。特に明和8(1771)年に、深川洲崎で営業を始めた升屋は、料亭の元祖といわれています。『日本料理法大全』【596.1-I597n】に升屋の献立が掲載されていますが、その充実振りは目を見張るものがあります。
また化政期を代表する料亭に八百善があります。『明和誌』は、「一箇年の商ひ高二千両づつありと云ふ」と、その繁盛振りを伝えています。
八百善といえば、お茶漬けと香の物を頼んだところ半日ほど待たされた挙句、料金が一両二分かかったというエピソード(『寛天見聞記』)が有名です。その料金の理由が遠方の川に水を汲みに行った運送費ということですから、当時の料亭のこだわりようがうかがえましょう。また、八百善は料理書を出版し、当代一流の画家、作家を参画させるなど、広告戦略にも優れていました。

2)鼠璞十種 2 / 国書刊行会編
東京 : 名著刊行会, 1970 大正5年刊の複製
【KG294-2】
『明和誌』(白峯院著。文政5(1822)年序)。「宝暦の末、明和の頃より文政迄、色々うつりかはる風俗をあらまししるす」とし、当時の風俗を具体的に記した書。「寛政の頃より流行専らなる」として八百善やさくら井、平清の名を挙げ、「いづれも上品にして値高事限なし」と評しています。
3)江戸時代料理本集成 資料篇 第1帙 19
京都 : 臨川書店, 1978
【W435-4】
『料理通』(文政5(1822)年刊)。化政期に繁盛した高級料亭「八百善」の主人が書いた料理書です。序文を蜀山人など当時の著名人が書き、八百善亭の図は鍬形惠斎、他に酒井抱一も絵を描くなど、単なる料理書の枠を超えた、非常に贅沢な本となっています。本書は江戸土産としても好評で、続編も刊行されました。
A)同上
パネルは八百善亭の挿絵
八百善亭
八百善亭の挿絵
さまざまな料理

江戸時代には醤油やみりんなどといった調味料の普及もあり、現代でも好まれている様々な料理が現れました。そのひとつが麺にした蕎麦を食べる蕎麦切りです。幕末の文化・風俗を紹介した『守貞漫(謾)稿』によれば、江戸では蕎麦屋は「毎町一戸」、繁盛していない地域でも「四五町に一戸」はあったといいます。また、夜間蕎麦を売る「夜鷹蕎麦」など、屋台見世も多くありました。
他にもてんぷらや握り鮨など、現在日本料理を代表する数々の料理が生み出されました。現代のものに近いてんぷらが文献で紹介されたのは、寛延元(1748)年刊の料理書『料理歌仙の組糸』になります。それ以前にもてんぷらという料理を紹介した本はありますが、現在のものとはかけ離れたもののようです。
握り鮨は文政年間(1818〜1830)に生まれました。それまでは箱鮨などが食されており、江戸の町にも箱鮨を売る店が少なくありませんでした。しかし「近年はこれを廃して握り鮨のみ」(『守貞漫稿』)とあり、江戸の町では握り鮨が広く受け入れられるようになったことがわかります。
またこの時代、肉食は嫌われる傾向がありましたが、まったく食べられなかったわけではありませんでした。一般的な食材ではありませんでしたが、「薬食い」と称して折に触れて食されていました。また大名層でも、牛肉が献上品とされるなど、肉食は必ずしも完全なタブーではなかったようです。

4)江戸買物独案内 / 中川芳山堂〔原〕編 ; 花咲一男編
東京 : 渡辺書店 1972
【DH461-21】
江戸の地理に不案内な人のために作成された一種のガイドブック。原本は文政7(1824)年刊。町人文化が隆盛を極めた化政期の様子を知る上で貴重な資料です。こうしたガイドブックや名鑑類は『富貴地座位』(安永6(1777)年刊)、『七十五日』(天明7(1787)年刊)、『江戸名物酒飯手引草』(嘉永元(1848)年刊)など種々見られました。これはそれだけ料理屋の数が多いこと、また、広告が商売を行ううえで重要な位置を占めていることを示しています。
5)偲ぶ与兵衛の鮓 小泉清三郎著 ; 吉野昇雄〔解説〕
東京 : 主婦の友社, 1989
【W435-17】
『家庭鮓のつけかた』(大倉書店 明治43年刊)の複製に、解説を付したもの。著者は与兵衛鮓四代目小泉喜太郎の弟。本書は題名のとおり家庭での鮨の作り方を書いた料理書ですが、巻末に附録として「鮓の変遷」という項が設けられています。著者はその中で、握り鮨の起源を与兵衛鮓の初代であるとしています。
※明治43年刊の『家庭鮓のつけかた』は、マイクロフィッシュ(当館請求記号 : YDM68789)のほか、近代デジタルライブラリーでもご覧いただけます。
6)江戸科学古典叢書 39
東京 : 恒和出版, 1982
【M32-28】
『職人尽絵詞』(鍬形惠斎画)。左から天麩羅屋、焼きイカ屋、四文屋。現在は高級なイメージのあるてんぷらですが、当時は屋台で気軽に食べることのできる料理でした。
四文屋は、さまざまな食べ物を四文単位で商うお店です。四文銭が流通していたため、四文は区切りのよい価格でした。
7)名家漫筆集 帝国文庫 第23篇 / 長谷川天渓校訂
東京 : 博文館, 1929
【914.5-H259m】
『蜘蛛の糸巻』(岩瀬百樹(山東京山)著 )。てんぷらの語源について、天明の初年(天明元(1781)年)に筆者の兄山東京伝が名付けたとしています。「天竺浪人」が「ふらりと」江戸へ来て売り始めるから「天麩羅」ということです。実際にはてんぷらという言葉は天明以前に存在していますので、この由来譚には疑わしい部分があります。また、てんぷらの語源を外国語に求める説がありますが、これも決定的な証拠があるわけではありません。
B)守貞漫稿 上巻 / 喜多川守貞著
東京 : 東京堂出版, 1973
【GB341-26】
蕎麦屋のお品書き。
蕎麦屋のお品書き
蕎麦屋のお品書き
C)江戸百景 / 歌川広重画
国立国会図書館デジタルコレクション 
※マイクロフィルムでのご利用になります。
【YD-古-561(天)】
「びくにはし雪中」(安政5(1858)年)。左手に見えるのは獣肉料理店の尾張屋。「山くじら」とはいのししのことです。江戸時代にも、肉食文化があったことがうかがえます。
また右手に見える「○やき」「十三里」とは、薩摩芋(焼き芋)のこと。薩摩芋は栗に食感が似ているため、栗(九里)にかけて、「九里四里(栗より)うまい十三里」「九里(栗)に迫る八里半」などと売り出されました。薩摩芋は飢饉対策として普及しましたが、『甘藷百珍』(寛政元(1789)年)という料理書が出されるなど、庶民に親しまれました。
びくにはし雪中
びくにはし雪中

第2章 明治・大正・昭和前期

洋食の流入

明治時代に入り洋食が本格的に流入すると、外食も急速に多様化し、都市において普及・発達しました。慶応3(1867)年には早くも神田に三河屋という西洋料理店が出現し、明治元(1868)年には大衆相手の牛鍋屋が誕生しました。明治12(1879)年は中華料理店の永和斉(王�斉)が東京築地入舟町で開店し、明治32(1899)年には新橋にビヤホールが登場しています。この時期には文学にも外食が現れ、例えば明治41(1908)年9月から12月朝日新聞に連載された夏目漱石の『三四郎』には、西洋料理店や天ぷら屋、そば屋などが登場しています。明治期の外食施設としては、この他に汁粉屋、焼芋屋、氷水屋、すし屋、蛤鍋屋、鰻屋等があり、明治30年末の調査によると、当時東京には料理屋476軒、飲食店4,470軒、喫茶店143軒があったとされています。
大正期に入ると、外食が日常化してきます。大正期の中頃には公営の簡易食堂が設置され、大正12(1923)年の関東大震災後には、大衆食堂の元祖といわれる須田町食堂が開店するなど、各種の飲食店が急増します。明治・大正期を通して外食は大いに多様化し、発展を遂げたといえます。なお、明治・大正期に創業して以来、現在まで続いている店も少なからずあり、今でもこれらの店の味を楽しむことができます。

<明治期>

8)明治文化全集 第20巻 / 明治文化研究会編
東京 : 日本評論社, 1992
【GB415-G11】
仮名垣魯文著の『牛店雑談 安愚楽鍋』(明治4‐5年)や『西洋料理通』(明治5年)を収録しています。『牛店雑談 安愚楽鍋』では当時大流行した牛鍋屋を舞台に明治の風俗を描き出し、『西洋料理通』では、「生鮭の煮方」などの西洋料理の料理法について、挿絵を交えて紹介しています。
D)同上
『安愚楽鍋』より 牛鍋を食べる女性の図
牛鍋を食べる女性
牛鍋を食べる女性の図
E)同上
『西洋料理通』より 西客自国の料理注文の図
西洋料理通
西客自国の料理注文の図
8)明治・大正・昭和東京の料理店番附案内集成
東京 : 太平書屋, 1986
【DH475-E17】
収録の「東京番付案内」(明治40年)には日本料理店や西洋料理店など各種料理店の番付が掲載されています。例えば蒲焼屋の番付では、東の横綱が浅草の「前川」、西の横綱が京橋の「竹葉」となっています。本書には、この他に昭和10年の「大東京たべあるきのみあるきスタンプ集」、大正6年の「東京食通番付」、明治18年の「酒客必携割烹店通誌」などを収録しています。
F)同上
パネルは「通な食べ物大取組」
通な食べ物大取組
「通な食べ物大取組」
G)同上
パネルは「はやる店の大取組」
はやる店の大取組
「はやる店の大取組」

<大正期・昭和初期>

10)料亭めぐり / 星光子著
東京 : 太平書屋, 1986
【DH475-E17】
収録の「東京番付案内」(明治40年)には日本料理店や西洋料理店など各種料理店の番付が掲載されています。例えば蒲焼屋の番付では、東の横綱が浅草の「前川」、西の横綱が京橋の「竹葉」となっています。本書には、この他に昭和10年の「大東京たべあるきのみあるきスタンプ集」、大正6年の「東京食通番付」、明治18年の「酒客必携割烹店通誌」などを収録しています。
11)食堂車の明治・大正・昭和 / かわぐちつとむ著
東京 : グランプリ出版 2002
【DK53-H63】
日本の列車食堂営業についてまとめた資料です。85ページに掲載されている「表16 1925年(大14)7月 洋食堂車および和食堂車の食事需給動向」からは、大正7年当時の食堂車においてビーフステーキやチキンカツレツ、サイダー等が人気を得ていたことがわかります。
12)味道極楽 / 東京日日新聞社会部編
東京 : 光文社 1927
【EF27-640】
昭和2年8月17日から10月28日まで東京日日新聞社会面に掲載されていた読み物をまとめた資料です。毎回ゲストを招き、食に関する談話を紹介しています。例えば「印度志士 ボース」はカレーについて語っており、「日本のライスカレーはどこへ行つても随分まづい、それあ思ひきつてまづいものです」と述べています。
13)明治・大正を食べ歩く / 森まゆみ著
東京 : PHP研究所 2004
【DH475-H162】
明治・大正期に創業して以来、現在まで続いている東京の料理店を紹介した資料です。牛鍋、カツレツ、甘味など多様な料理店31店について、カラー写真を交えて各店に関する歴史的なエピソード等を解説しています。
戦時下の外食

戦時期に入ると、外食についても明治・大正期に見られたような華やかさは影を潜めました。昭和16(1941)年4月、戦時下食料統制の一環として外食券制が実施されると、「外食」という言葉が広まりました。また、この時期には窮乏状態に合わせて「雑炊食堂」が誕生し、人々に雑炊を提供しました。戦時期の外食について記した資料は多くありませんが、例えば山田風太郎の『戦中派虫けら日記』昭和19(1944)年5月15日の記述では「雑炊食堂」について触れており、「現在東京都でやっている雑炊食堂は三百三十五軒。合計一日分六十万食だそうだ。だから一日分一軒について千八百人分売っていることになる。昼と夜だけだから、九百人の行列が、東京の三百三十五ヶ所に昼夜並ぶことになる。一食三十銭だから、一日雑炊だけで十八万の金が費やされる。行列に要する時間は、このごろ自分の経験によると、1時間20分かかる。(以下略)」と述べています。

14)戦下のレシピ : 太平洋戦争下の食を知る / 斎藤美奈子著
東京 : 岩波書店 2002
【GD51-G195】
日中戦争から太平洋戦争期を中心に、戦前から終戦直後までの食を扱った資料で、戦時下の食事について詳細に解説しています。昭和19(1944)年には、外食券がなくても雑炊が食べられる「雑炊食堂」が誕生し、昼食時には長い行列が出来た(131ページ)、というエピソードが紹介されています。
15)戦中派虫けら日記 : 滅失への青春 昭和17年〜昭和19年 / 山田風太郎
東京 : 未知谷 1994
【KH694-E523】
上述の「雑炊食堂」に関する記述のほか、外食について随所に言及しています。例えば、昭和17(1942)年12月22日には、友人と「食おう会」を敢行した時のことが述べられており、五反田の「玉屋食堂」でコロッケ、里芋の煮ころがし、こんにゃく、大根の煮付けをお菜に大丼二杯飯を食べた後、さらにミルクコーヒーにケーキ、お汁粉を食べに行ったことが記されています。

第3章 戦後期

「外食元年」以前の外食

終戦直後の深刻な食糧難は、日本経済の回復とともに次第に解消されていきました。 人々の生活も向上し、一般家庭で西洋料理や中華料理が作られるようになるなど、食生活は多彩になっていきました。
しかし、「外食元年」と呼ばれている1970(昭和45)年になるまでは、サラリーマンが仕事で得意先を接待する場合などを除けば、大部分の人々にとって外食はハレの行事でした。

16)「浅草の食い物屋(23年7・28)」 (アサヒグラフに見る昭和の世相. 7(昭和23-24年) / 朝日新聞社編)
東京 : 朝日新聞社, 1976 p.86-87
【GB511-44】
終戦直後の深刻な食糧難は、日本経済の回復とともに次第に解消されていきました。 人々の生活も向上し、一般家庭で西洋料理や中華料理が作られるようになるなど、食生活は多彩になっていきました。
しかし、「外食元年」と呼ばれている1970(昭和45)年になるまでは、サラリーマンが仕事で得意先を接待する場合などを除けば、大部分の人々にとって外食はハレの行事でした。
外食産業の誕生

1970年は外食の歴史上画期的な年でした。ファミリーレストランのすかいらーくが第1号店を出店し、同年大阪万博にケンタッキーフライドチキンが出店しました。この年は業界において「外食元年」と呼ばれています。翌71年には銀座にマクドナルドの第1号店がオープンし、以後ファミリーレストラン、ファーストフードの大規模なチェーン展開がなされていきます。
このころからマスコミで「外食産業」という言葉が使われだします。「外食産業」とは、『広辞苑』第5版によれば、「飲食店業、特にレストラン・チェーンやハンバーガー・ショップなど規模が大きく、合理化された飲食業の総称」です。ファミリーレストランやファーストフード店の登場により、手ごろな値段で食べられ、食事の準備も後片付けもしなくてよいという、人々の要求が満たされ、外食は日常化していきます。

H)「日本マクドナルド、第一号店を開店」 (昭和 : 二万日の全記録. 第14巻 / 講談社編)
東京 : 講談社, 1990 p.286
【GB511-E43】
1971年7月20日、東京の銀座三越一階の銀座中央通り側にオープンした、マクドナルド第一号店の写真。
17)日本の外食産業 / 日本経済新聞社編
東京 : 日本経済新聞社, 1974
【DH475-72】
当館蔵書中、外食産業を総合的に扱った図書のうち出版年が最も古いもので、日経流通新聞【YB-376】 の連載「はばたく外食産業」を基に、書き改めて一冊にまとめたものです。1970年代前半当時の、まさに産業化がはじまったばかりの外食産業について、現状の分析、問題点の指摘、将来の展望などを述べています。広く業界全体をさす「外食産業」という語は、このころから定着していくようになります。
なお、当館蔵書中でタイトルに「外食産業」の語がついた図書のうち、最も出版年が古いものは、『これからの外食産業』(田所吉忠著 東京 : 柴田書店, 1972)【PC21-11】です。
18)新外食産業マーケティング戦略
東京 : 富士経済, 1978
【DH475-145】
1978年当時のマーケットの動向、異業種から参入した企業の戦略などについての調査レポートです。外食は産業として確立し、以降たくさんの研究レポートや年鑑、統計、概説書などが出版されるようになりました。
19)日経レストラン 特別編集版 春号
東京 : 日経BP社, 1988.4
【Z4-986】
1988年4月創刊の外食産業の業界誌です。消費者の動向や繁盛している店のレポートなど、レストラン経営に関わる情報を掲載しています。
当館では、このほかにも以下のような業界誌を所蔵しています。
『月刊食堂』柴田書店 月刊 [1961創刊]
【Z4-147】
『近代食堂』旭屋出版 月刊 1969創刊
【Z4-255】
『飲食店経営』商業界 月刊 1973創刊
【Z4-372】
『Quarterly外食産業研究』外食産業総合調査研究センター 季刊 1982創刊
【Z4-691】
『FOOD LIFE』総合食品研究所 月刊 1984創刊
【Z6-4254】
『外食関連企業動向情報』外食産業総合調査研究センター 月刊 1989創刊
【Z4-1332】
創刊年によって、タイトルに使われている語が「食堂」(1960年代)「飲食店」(70年代)「外食産業」「フード」「レストラン」(80年代)と変化しています。(なお、当館で創刊号を所蔵していないものもあります。)

●外食産業についてさらにお調べになりたい方は、国立国会図書館ホームページ「リサーチ・ナビ」の「外食産業の調べ方」をご覧ください。

外食の娯楽化

外食産業の成長により外食が日常の一部になると、外食はレジャー化・娯楽化が進むようになります。 バブル直前の1980年代半ばころから「一億総グルメ」などといわれたグルメブームがおこりました。料理店が多様化し、「激辛」が流行語になったエスニック料理ブーム、バブル期の高級フランス料理ブーム、俗にいう「イタめし」ことイタリア料理ブームなど、人々の選択肢は増えました。そして、食べ歩きが流行し、グルメガイドブックの出版が盛んになり、雑誌のレストラン紹介などの記事を日常的に目にするようになりました。また、有名店の料理人が出演するテレビの料理ショーが人気を集め、料理の作り手側にも注目が集まるようになりました。
近年の外食産業界は、食の多様化や市場規模の縮小などを背景に、競争はさらに厳しいものになっています。単に味や価格のみならず、素材へのこだわり、健康への配慮、更には癒しの提供のような付加価値に特徴を持たせるなどの差別化が図られています。このようなサービスの日々の進化により、味覚に留まらない喜びを私たちに提供してくれています。

I)外食産業市場の成長
注)(財)外食産業総合調査研究センターの推計数値を基に作図。 数値の出典: 外食産業統計資料集 / 外食産業総合調査研究センター編 東京 : 外食産業総合調査研究センター【Z41-366】
外食産業市場の成長
外食市場は、統計を取り始めた1975年からバブル期の1990年代初めまで、成長の一途をたどりました。しかし、それ以降は、このグラフでいう料理品小売業、すなわち持ち帰り惣菜や弁当、宅配給食などの「中食」市場が成長を見せはじめ、狭義の(店舗形態の)外食市場は、1997年をピークにやや縮小傾向をみせています。
20)美味しんぼ / 花咲アキラ画 雁屋哲作
東京 : 小学館, 1985-
【Y84-6753】
『ビッグコミックスピリッツ』【Z31-607】に連載中の漫画で、ぐうたら新聞記者の山岡士郎が実父の海原雄山と対立しながら「究極のメニュー」を作っていくという物語です。この漫画は、1980年代以降のグルメブームの火付け役といわれており、1986年にはこの漫画からうまれた「究極」が流行語になりました。
21)日本のグラン・シェフ : 皿を彩る55人のアーティスト / 榊芳生著
東京 : オータパブリケイションズ, 2004
【DH475-H280】
『Hoteres : 週刊ホテルレストラン』【Z4-176】の連載「日本のグランシェフ」に加筆し一冊にまとめられたものです。東京都内の有名店の料理人55人について、「本文」では料理人の顔写真とインタビュー、「カラー」では店内と料理の写真、店のデータ、「レシピ」では「カラー」ページに写真が掲載された料理のレシピが収録されています。
22)Restaurant Yonemura / [米村昌泰][料理]
東京 : スーパーエディション, 2004
【EF27-H410】
京都祇園にある創作フレンチ割烹料理店のオーナーシェフによる写真集です。「唐墨のフェデリーニ」「フォアグラと麩レンチトースト 春菊の白和え、銀杏、トリュフ添え」といった料理が、洋の東西を問わない様々な美しい器に盛られています。巻末には、京町屋を改装した店舗の、内装や坪庭の写真などが収録されています。
料理のレシピについては一切触れられていない、純粋なヴィジュアルブックです。

参考資料

<第1章>

江戸職人づくし / 鍬形惠斎〔画〕
東京 : 岩崎美術社 1980
【KC16-921】
江戸料理史・考 : 日本料理「草創期」 / 江原恵著
東京 : 河出書房新社 1986
【EF27-1225】
食の百科事典 / 食文化研究所編
東京 : 新人物往来社 1988
【GD51-E19】
江戸の料理史 : 料理本と料理文化 / 原田信男著
東京 : 中央公論社 1989
【GD51-E37】
たべもの日本史総覧 / 西山松之助ほか著
東京 : 新人物往来社 1994
【GD51-E159】
近世風俗志 : 守貞謾稿 1 / 喜田川守貞著 ; 宇佐美英機校訂
東京 : 岩波書店 1996
【GB341-G11】
図説江戸時代食生活事典 / 日本風俗史学会編
東京 : 雄山閣出版 1996
【GB8-G10】
杉浦日向子の江戸塾 : 対談 / 杉浦日向子著
東京 : PHP研究所 1997
【GB371-G12】
江戸のファーストフード : 町人の食卓、将軍の食卓 / 大久保洋子著
東京 : 講談社 1998
【GD51-G66】
すしの歴史を訪ねる / 日比野光敏著
東京 : 岩波書店 1999
【GD51-G128】
江戸庶民風俗図絵 / 三谷一馬著
東京 : 三樹書房 1999
【GB374-G27】
全集日本の食文化. 第2巻 / 芳賀登,石川寛子監修
東京 : 雄山閣出版 1999
【GD51-G27】
落語にみる江戸の食文化 / 旅の文化研究所編
東京: 河出書房新社 2000
【GB374-G38】
大江戸美味草紙 / 杉浦日向子著
東京 : 新潮社 2001
【GD51-G154】
しらべる江戸時代 : 事典 / 林英夫,青木美智男編集代表
東京: 柏書房 2001
【GB341-G102】
江戸のまかない : 大江戸庶民事情 / 石川英輔著
東京 : 講談社 2002
【GB371-G35】
蕎麦年代記 / 新島繁著
東京 : 柴田書店 2002
【GD51-G185】
名所江戸百景 : 新・今昔対照 / 浮世絵太田記念美術館編
東京: 浮世絵太田記念美術館 2003
【KC16-H601】
江戸の銭と庶民の暮らし / 吉原健一郎著
東京: 同成社 2003
【DF6-H10】
江戸の食生活 / 原田信男著
東京 : 岩波書店 2003
【GD51-H44】
日本人は何を食べてきたのか / 永山久夫監修
東京 : 青春出版社 2003
【GD51-H17】
江戸・食の履歴書 / 平野雅章著
東京 : 小学館 2004
【GB374-G40】
日本の食文化 / 原田信男編著
東京 : 放送大学教育振興会 2004
【GD51-H66】
江戸の料理と食生活 : 日本ビジュアル生活史 / 原田信男編著
東京 : 小学館 2004
【GD51-H55】
江戸っ子は何を食べていたか / 大久保洋子監修
東京 : 青春出版社 2005
【GD51-H70】
和食と日本文化 : 日本料理の社会史 / 原田信男著
東京 : 小学館 2005
【GD51-H91】
日本料理事物起源 / 川上行蔵著 小出昌洋編
東京 : 岩波書店 2006
【GD51-H100】

<第2章>

戦時食の作り方 / 佐藤天流子著
東京 : 日本青年館 1940
【YD5-H-特240-122】
近代日本食物史 / 昭和女子大学食物学研究室〔編〕
東京 : 近代文化研究所 1971
【GD51-8】
日本の食物史 大陸食物文化伝来のあとを追って / 安達巌著
東京 : 同文書院 1976
【GD51-40】
日本料理史考 / 中沢正著
東京 : 柴田書店 1977
【GD51-46】
日本食生活文化史 / 大塚力著
東京 : 新樹社 1982
【GD51-85】
絵で見る日本食物誌 / 小柳輝一著
東京 : 春秋社 1984
【GD51-113】
戦前学生の食生活事情 「ホタルめし」「盛り切り飯」「ソーライ」…史料が語る戦前・戦中・戦後学生の食料事情。 / 上村行世編
東京 : 三省堂 1992
【GD51-E119】
東京新繁昌記 / 服部誠一〔著〕
東京 : 竜渓書舎 1992
【GC67-E272】
近代日本食文化年表 / 小菅桂子著
東京 : 雄山閣出版 1997
【GD51-G57】
大衆食堂 / 野沢一馬著
東京 : 筑摩書房 2005
【Y77-H5988】
世界大百科事典. 4(オーカイ)
東京 : 平凡社 2005
【UR1-H68】

<第3章>

日本型食生活の歴史 / 安達巌著
東京 : 農山漁村文化協会 1982
【GD51-81】
日本食生活史年表 / 西東秋男著
東京 : 楽游書房 1983
【GD51-90】
戦後にみる食の文化史 / 山口貴久男著 第2版
東京 : 三嶺書房 1986
【GD51-147】
日本食物史 / 樋口清之著 新版
東京 : 柴田書店 1987
【GD51-143】
図説外食ビジネス / 三家英治著
京都 : 晃洋書房 1991
【DH475-E236】
食からみた日本史. 現代編 / 高木和男著
東京 : 芽ばえ社 1991
【GD51-148】
外食の文化 / 田村真八郎,石毛直道編
東京 : ドメス出版 1993
【EF27-E2369】
調理とたべもの / 杉田浩一責任編集
東京 : 味の素食の文化センター, 1999
【EF27-G2293】
外食産業の時代 / 茂木信太郎著
東京 : 農林統計協会 2005
【DH475-H481】
和食と日本文化 : 日本料理の社会史 / 原田信男著
東京 : 小学館 2005
【GD51-H91】
新語・流行語大全 : 1945-2005 : ことばの戦後史 / 木村傳兵衛,谷川由布子ほか著
東京 : 自由国民社 2005
【KF91-H136】
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