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第146回常設展示 路面電車クロニクル

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第146回常設展示 路面電車クロニクル

キーワード:路面電車;市電;トラム  カテゴリ:経済産業     件名(NDLSH):路面電車  分類(NDC):686.9

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平成19年2月22日(木)〜4月17日(火)

 

路面電車

 

はじめに

みなさんは路面電車に乗ったことはありますか?
それは、函館、長崎、はたまたサンフランシスコでしょうか?もしかしたら、国立国会図書館に路面電車で通ったという方もいらっしゃるかもしれません。
今回の第一四六回常設展示では、近代日本の交通システムの一翼を担い、現在も進化を続けている路面電車を取り上げます。
明治二八年に京都で産声をあげた日本の営業用路面電車は、大都市はもちろん、観光地や地方都市へ広がっていきました。その後、戦後復興の過程で、自動車に道を譲るかたちでその多くが廃止されていきましたが、近年、その利点が見直されてきています。
そんな路面電車の懐かしき世界と、これからの都市計画における役割を、当館所蔵資料の中から、みなさまにご紹介します。

資料をご覧になる場合のご注意

  • 展示資料には1〜19までの通し番号を、パネルにはA〜Gまでのアルファベットを付けています。
  • 本文中【 】内の記号は、国立国会図書館の請求記号です。
  • 資料名のあとに[近代]とあるものは、当館のホームページ内「近代デジタルライブラリー」で画像をご覧になれます。タイトルにはられたリンクからご利用ください。
  • 資料名のあとに[館電]とあるものは、東京本館内の各専門資料室に設置された電子情報提供サービス端末から利用が可能です。
  • 記事を引用するにあたりましては、原文をそのまま引用しましたが、新字・旧字の判読が困難な文字及び変換が困難な文字については、新字で記述しています。

 

第一章 こんにちは! − 明治〜大正期

日本に初めて電車が走ったのは1890(明治23)年、第三回内国勧業博覧会でのことでした。その5年後、京都電気鉄道が開業、さらには名古屋、大阪といった都市や観光地にも次々に電車が開通し、明治〜大正期は日本における電車の建設・興隆期と言えます。
当時はまだ「路面電車」という呼称は使われていなかったようですが、ここでは主に路面または路上の安全地帯から乗り降りする電気鉄道を初期の路面電車として、社史・新聞記事等からその懐かしい姿をご紹介します。

■初めて電車が走る
1890(明治23)年、上野で開催された第三回内国勧業博覧会において日本で最初の電車が走りました。東京電燈株式会社がアメリカから購入してきた二台のスプレーグ式電車を出陳し、会場内で運転したのです。これは各方面で大きな話題となり、企業化しようとする動きが各地で起こります。そして1895(明治28)年には、京都電気鉄道が開業しました。

 

◆1.東京電灯株式会社開業五十年史
京電灯株式会社編 東京 : 東京電灯, 1936
【658-181】
創業五十年の記念史として編纂されたもので、1882(明治15)年から1936(昭和11)年までの社史が、豊富な図表や写真を織り交ぜてまとめられている。博覧会場での電気鉄道運転については「第一期 創業時代」に記述があり、「一代のセンセイションを捲き起した」とある。
◆A. 時事新報 明治22年5月2日 復刻版
【Z99-720】
新聞に掲載された東京電灯会社による電気鉄道の広告。「電氣鐡道ノ方法ハ種々アリト雖モスプレーグ「システム」ニ優ルモノアラザルコトハ已ニ江湖諸君ノ知ラルヽ所ノ如シ今爰ニ弊社同鐡道ノ設計ノ準備整頓シタルニ由リ新設ノ電氣鐡道又ハ舊來ノ馬車鐡道ヲ電氣ニ變スル事業、設計、見積問答ノ需ニ應ズ」とある。

◆B.中外商業新報 明治23年5月7日 復刻版
【Z99-1001】
上野公園内に敷設中であった電車鉄道の運転が始まったことを報じている。乗車料は、大人二銭、小児一銭。あまり速くはないが揺れが少ないので乗り心地は良く、「兎にも角にも二銭を投じて新緑鬱蒼なる樹間を往來するも亦た一興ならん歟」とある。

 

◆2.京都市営電気事業沿革誌
京都市電気局編 [京都] : 京都市電気局, 1933
【641-88】
琵琶湖疏水の有効利用法として始まった水力発電と第四回内国勧業博覧会がきっかけとなり京都電気鉄道が設立され、日本初の営業用電車が走ることとなった。まず伏見線が開業、次いで北野線、出町線、堀川線等が通じ、人々の足として活躍した(その後、1918(大正7)年には京都市に買収された)。
本書には京都電気鉄道についても記述があり、単線で鉢合わせした運転手同士の議論と乗客の騒ぎが喜劇に仕立てられて新京極の劇場で上演されたことや、疏水の藻刈のため休電となる毎月1日と15日は電車も運転を休止したことなどの余聞が収録されている。

◆C.明治の讀賣新聞 讀賣新聞 明治28年3月15日
[館電]【YH231-H1527】
「大博覧会通信(十二)」として、電車鉄道について取り上げている。かなり人気があって満員だったようで、その様子が「紳士の靴を踏まれて叫ぶあり貴嬢の羽織を裂かれて悔やむあり」などと描かれている。「電車両伏見へ向ふ様」の図もある。

◆D.京都府府令達要約 明治元-29年 第十六編
[京都] : 京都府内務部, 1881-1898
[近代]【YDM31248】
京都府は京都電気鉄道開業後の調査を経て、1895(明治28)年8月、府令第67号をもって「電気鉄道取締規則」を交付した。「第三條 電車ニハ車掌運轉手及ヒ告知人ヲ線路ニハ信號人ヲ備フヘシ」などとあり、当時の風景が想像される。告知人とは、電車の前を叫びながら走って電車が来ることを知らせるもので、「電車の先走り」とも呼ばれていた。雇われていたのは少年で、かなり危険な重労働であったため京電はたびたび廃止を申請したがなかなか認められなかったという。
■次々に建設される電車
京都に続いて名古屋にも1898(明治31)年市内電車が走り、続いて温泉地や神社仏閣、観光地へ客を運ぶ電車も現れました。
東京近郊では大師電気鉄道、小田原電気鉄道、江ノ島電気鉄道が、さらに1903(明治36)年には馬車鉄道を電化した東京電車鉄道が開業しました。
その後も市内電車を走らせる都市は、増加の一途をたどり、路面電車は黄金時代を迎えることとなりました。

◆3.江ノ電六十年記
藤沢 : 江ノ島鎌倉観光, 1963
【686.9-E82e】
行楽客で賑わう江ノ島には既に1895(明治28)年頃から電車敷設の動きがあり、鎌倉電車鉄道・鎌倉鉄道(汽車)が出願したが、実現には至らなかった。江ノ島電気鉄道は1900(明治33)年に創立され、藤沢駅前から鎌倉小町までの約10キロ間を3期に分けて建設し、まず1902(明治35)年に藤沢−片瀬間が開通した。

◆4.風俗画報 276号 明治36年10月10日
【雑23-8】
東京でも出願が相次いだがなかなか認可が下りず、漸く1903(明治36)年に東京電車鉄道、東京市街鉄道が、翌年には東京電気鉄道(外濠線)が運転を開始した。運転開始直後の風俗画報には「電車開通以來、物珍しさに、態々見物に出掛くるもあり、好奇心に驅られて用もなきに乘車を試むるもあり」とある。
※復刻版:風俗画報
東陽堂〔編〕 復刻版 [東京] : 国書刊行会, 1973-1979
【Z11-617】
◆E.明治の讀賣新聞 讀賣新聞 明治28年3月15日
[館電]【YH231-H1527】
電車の開通を冗談交じりで伝えている。どこまで乗っても三銭均一であることに付け込んで、用事も無いのに長距離乗車をする物好きあり、馬車から電車に乗り換えて両方で三銭とられて愚痴をこぼすものあり、とのこと。

 

◆5.東京都交通局60年史

東京 : 東京都交通局, 1972
【DK7-36】
写真資料を豊富に使用した「目で見る都営交通の60年」から始まり、都営交通事業の歴史を振り返る。電車運転系統図、電車案内図の付録もある。
東京の鉄道会社三社は1906(明治39)年に合併、1911(明治44)年には東京市に買収されて東京市電となった。都市の発展とともに事業は拡張され市電は黄金期を迎える。大正中期には乗客は日を追って増加し、満員電車は東京名物であったという。

 

◆6.「電車の混雜に就いて」

(『寺田寅彦全随筆.2』 寺田寅彦 東京 : 岩波書店, 1992.1 p.265-279)
【DK7-36】
1922(大正11)年9月「思想」に掲載された随筆。「必ず空いた電車に乗る為に採るべき方法は極めて平凡で簡単である」とのこと。市電の観測を行って「電車混雜の律動に關する科學的或は數理的の問題」について科学者らしく分析し、さらには、人生の行路においてもこの電車の問題とよく似た問題が多いようだと述べている。
青空文庫外部サイトへのリンクで全文の閲覧が可能

 

第二章 さようなら? − 昭和期

大正末期から昭和初期にかけて、路面電車は一度目のピークを迎えます。その後、戦時中には資材の転用や不急路線であるとの理由で撤去される路線もありましたが、戦後は復興の流れにのって、再び重要な交通機関になりました。
しかしその後、バス・地下鉄の普及や、路上の混雑が常態化して定時運行が難しくなったことから、様々な都市計画上の議論を経て、路面電車は徐々に撤去されていきました。

■路面電車のある風景
大正末期から昭和10年代前半にかけての時代は、路面電車が最も華やかだった時代かもしれません。各地で多くの人々の交通手段として路面電車が活躍し、また何か祝い事があるたびに花電車(当時は装飾電車といった)が運行されました。
しかし、昭和15年頃から日本は本格的な戦時体制に移行し、花電車は運行されなくなり、また観光旅行のキャンペーンは下火になりました。戦時中は、資材の転用や不要不急という理由で路線が撤去されたり、あるいは東京都電(1943(昭和18)年に市電から改称)のように貨物輸送に従事したりする路面電車も現われました。

 

◆7.都電 : 60年の生涯

東京 : 東京都交通局, 1971
【DK53-27】
東京で日露戦争時の戦果を祝うために運行された花電車が好評だったため、その後昭和 30年代にいたるまで、各地で祝い事があるたびに運行されるようになった。電飾などで飾りたてられた電車が、現代のテーマパークのパレードのように市中を走った。街路がまだあまり明るくない時代、見物客の目を大いに楽しませただろう。

◆F. 付属ソノシートに収録の東京地理教育電車唱歌歌詞
【Z99-720】
明治末、鉄道唱歌を参考に各地で「電車唱歌」がつくられた。東京版は作歌いしはらばんがく、作曲田村虎蔵。市電に沿って市内の風景や名所が織りこまれている。

◆G.長崎市案内地圖
原田寅廣著 長崎 : 原田寅廣, 1937
【D-77】地図室
※NDL-OPACでは検索・申込できません。ご利用の際は地図室へお越しください。
大正末期から昭和10年台前半にかけて、交通機関の発達・観光地整備を背景として観光が脚光を浴びた。それに伴って作成された観光案内図の中には、路面電車線が記載されているものが少なくない。列車の停車駅が海寄りに作られた坂の町長崎では、市街地を行き来する路面電車が発達した。主な観光スポットを路面電車でカバーできることから、現在に至るまで観光客の利用が多い。本図は国際港・要塞地帯として栄えた戦前の観光案内地図であり、赤線で路面電車線が表現されている。裏面は写真入りの名所案内。

◆8.市民が語る成田の歴史

成田市立図書館編 [成田] : 成田市教育委員会, 1998 (成田市史叢書第1集)
【GC63-G52】
成宗電気軌道(後、成田鉄道軌道線)は、成田山新勝寺及び宗吾霊堂の参詣路面電車。成田山の門前町から「参詣客が門前町を通らなくなる」と再三にわたって廃止要求を受けつつも運行を続けた(逆に、宗吾霊堂の門前町は廃止運動に反対)が、最終的には「遊覧鉄道的な性格であり不用不急」との政府命令に従い、1944(昭和19)年12月11日に廃止した。宗吾霊堂の門前町では、軌道線の廃線後に客足が落ち込んで苦労したという。

■高度成長下における路面電車存続論と撤廃論
戦後、路面電車は各地で貴重な交通手段となりました。しかし高度経済成長下で自動車が増えてくると、都市の道路は整備拡充が追いつかずラッシュ時を中心に渋滞したため、路面電車の定時運行が難しくなりました。その結果、利用者は路面電車から次第に離れて、経営が苦しくなっていきました。
自動車こそ次世代交通の中心であると主張する交通行政当局を含めた路面電車撤廃論者と、公共交通優先・路面電車等の近代化を主張する存続論者とが対立し、都市計画のあり方全般にわたって議論が繰り広げられました。

◆9.自家用車か路面電車か

小森武 (世界 180号 [1960.12] p.216-221)
【Z23-12】
利用者不足が原因で路面電車が廃止された海外といまだ大衆輸送機関としての地位を確保している東京とは事情が違うこと、乗用車はバスや路面電車と比べて乗客1人当たりの路面の占有面積が大きいことなどの理由を挙げて、個人輸送より大衆輸送を優先すべきであると訴えている。

 

◆10.大都市公営交通企業の危機と打開への問題点

清永馨八郎 (都市問題研究 18巻11号 1966.11 p.40-52)
【Z2-613】
本誌では都市交通に関する特集が頻繁に組まれた。本論文は、慢性的な赤字を抱える公営交通企業を再建するためには、経営体力回復のための適正料金への値上げ、積極的な路面電車の撤去、郊外団地への転用敷設、という案を提示する。

    ■さようなら、路面電車
    自動車の軌道立入を禁止するなど、路面電車存続の試みも行われましたが、結局、自動車交通の円滑化を優先し、路面電車を廃止する流れが優勢になりました。
    路面電車の代替として期待された地下鉄は建設費が高いため、路面電車の廃止のスピードに追いつかずに、多くの都市ではバスに置き換わることになりました。廃止の日が近づくと、お別れの花電車が運行されることが多かったのですが、名は同じでもかつての花電車を知る人にとっては、装飾は質素に見えたようです。

第三章 これからも! − 平成期

1990年代以降、日本でも路面電車は再び脚光を浴びることになります。
路面電車に取って代わった車が普及した結果、世界各地で道路渋滞、大気汚染、中心市街地の空洞化などの都市問題が指摘されるようになりました。欧米においてそれらを解決する切り札として、路面電車が新しい都市交通機関(LRT=Light Rail Transit、次世代型路面電車)として注目され、1980年代からLRTの導入が始まりました。
それを受けて日本でも、路面電車を見直しLRTを導入しようという動きが1990年代から国土交通省、地方自治体、市民が一体となって進められるようになってきています。
ここでは、1990年代半ばから急激に増えた路面電車関係資料の中から、特徴的・象徴的な資料をご紹介します。

 

◆11.写真で見る東武鉄道80年 : 明治、大正、昭和三代の変遷

東武鉄道株式会社編 東京 : 東武鉄道, 1977
【DH22-846】
東武鉄道日光軌道線は、日光の国鉄駅前と馬返間10.6kmを結んでいた路面電車。日光東照宮などの参拝に使用される観光電車としての側面と、沿線の精銅所から製品を搬出するための貨物電車としての側面を併せ持っており、「路面を走る貨物列車」として有名であったという。1968(昭和43)年2月23・ 24日に運行された「さよなら運転」の花電車は大人気で、始発から終発まで順番待ちの長い行列ができた。

 

◆12.全国懐かしの路面電車

山田京一, 小野打真編 東京 : 新人物往来社, 1998  (別冊歴史読本)
【DK115-G20】
路線の廃止とともに不要となった車両は、別の都市の路線に買い取られたり、スクラップとして処分されたりするものが多かったが、なかには学校の校庭に設置されたり、図書館として使われたりするものもあった。また3両の路面電車が保存されている仙台市電保存館のように、かつての事業者によって展示施設が設置される場合もあった。

◆13.世界ゆったりトラム=旅物語

秋山芳弘 [ほか] 文・写真 ; 三浦幹男, 三浦一幹写真 東京 : 東京書籍, 2001
【DK115-G59】
1987年にLRTを導入したフランス・ストラスブールでは、ライトレール(軌道)の新規敷設だけでなく、同時に市街地への車の乗り入れを制限するなどの LRTを中心とした街づくりが進められ、その後の各都市でのLRT導入のモデルとなった。本書は、ストラスブールをはじめとする、欧米、アジア各都市の路面電車を、カラー写真を交えて紹介する。

 

◆14.路面電車の技術と歩み

吉川文夫著 東京 : グランプリ出版, 2003
【NC37-H23】
LRTの特徴の一つは、LRV(Light Rail Vehicle)と呼ばれる高性能の低床車両の使用である。斬新なデザインが評判となったが、同時に車両のバリアフリー化も進められた。明治期以来の日本における路面電車の技術をコンパクトに紹介する本書においても、国内外のLRVの技術について触れられている。

 

◆15.熊本市電が走る街今昔 : 城下町の路面電車定点対比

中村弘之著 東京 : JTBパブリッシング, 2005
【DK115-H30】
本書は、1921年以来の歴史を持つ熊本市電の沿線の昭和30〜40年代と現代の写真とを並べ、その変遷を一望できるようにしている(同シリーズでは、その他の都市の路面電車も扱っている)。熊本市電はLRVを1997年に日本で初めて導入した。

 

◆16.万葉線とRACDA高岡5年間の軌跡

路面電車と都市の未来を考える会・高岡編著 高岡 : 路面電車と都市の未来を考える会・高岡, 2004
【DK115-H10】
市民団体・RACDA高岡による、廃線を迫られていた富山県新湊市と高岡市を結ぶ路面電車・万葉線の存続運動の記録。1997年から2002年にかけて、同団体が国内外の事例を参考にしながら手探りで運動を行い、遂に路線の存続を果たした軌跡がよく分かる。

 

◆17.LRTが走る2015年の札幌 : 新型路面電車システムの導入によるまちづくりの提案

LRTさっぽろ編 札幌 : LRTさっぽろ, 1999
【DK115-G40】
本書は、LRTを軸とした札幌市の都市計画を提案する市民団体・LRTさっぽろ(1997年設立)の一冊目の提言書で、札幌市へのLRT導入の具体案・可能性について述べている。同団体は、その後も不定期に提言書を刊行し、行政などへの働きかけを行っている。

 

◆18.まちづくりと一体となったLRT導入計画ガイダンス

国土交通省都市・地域整備局都市計画課都市交通調査室監修 東京 : 日本交通計画協会, 2005
【DK115-H28】
LRTの導入に向けての一連の運動を更に推し進めるべく、国土交通省が出したLRT導入のためのガイドライン。都市計画の施策の一環としてのLRT導入計画作り、導入に向けての市民団体との協働などが盛り込まれている。
国土交通省都市・地域整備局ホームページ外部サイトへのリンクで参考資料を除く全文の閲覧が可能。

 

◆19.富山ライトレール・富山港線の概要 (LRTをめぐる研究 (1)<特集>)

大場一成 (鉄道車両と技術 12巻4号 2006.7 p.7-14)
【Z74-E354】
2006年4月富山市内に開通した日本初のLRT、富山ライトレールを紹介している(表紙が車両写真)。富山市は、その後も都市交通政策の整備に取り組んでいる。他にも、宇都宮市・堺市・京都市・豊島区など全国各地で、LRTの導入に向けて様々なアプローチからの検討が行われているようだ。

 

主要参考文献

【全体にかかわるもの】

日本路面電車変遷史 : 写真でつづる
高松吉太郎著 東京 : 鉄道図書刊行会, 1970
【DK115-1】
路面電車 : 未来型都市への提言
今尾恵介著 東京 : 筑摩書房, 2001 (ちくま新書)
【DK115-G46】
路面電車ルネッサンス
宇都宮浄人著 東京 : 新潮社, 2003 (新潮新書)
【DK115-H7】

【第一章にかかわるもの】

路面電車の基礎知識 : 黄金の趣味世界へ
谷川一巳, 西村慶明, 水野良太郎著 東京 : イカロス出版, 1999.8 (イカロスmook)
【DK115-G35】
京都の市電 : 古都に刻んだ80年の軌跡
東京 : 立風書房, 1978
【DK115-15】

【第二章にかかわるもの】

旅行ノススメ : 昭和が生んだ庶民の「新文化」
白幡洋三郎著 東京 : 中央公論社, 1996 (中公新書))
【DK7-G45】
成田市史.近現代編
成田市史編さん委員会編 成田 : 成田市, 1986
【GC63-25】
貨物運びに都電も出陣 始まる重點輸送 (『昭和の讀賣新聞 戦前2』 讀賣新聞 1943.12.19 朝刊3面)
[館電]【YH231-H1771】
東武鉄道百年史
東武鉄道社史編纂室編 東京 : 東武鉄道, 1998
【DH22-G517】

【第三章にかかわるもの】

路面電車とまちづくり : 人と環境にやさしいトランジットモデル都市を目指して
路面電車と都市の未来を考える会編著 京都 : 学芸出版社, 1999
【DK115-G21】
LRTをめぐる新たな展開--採算性を超えて
宇都宮 浄人著 (鉄道ジャーナル 40巻4号 2006.4 p.91-95 )
【Z16-645】

 

 

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