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第147回常設展示 近現代の職人 -ものづくりの歴史の中で-

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第147回常設展示 近現代の職人-ものづくりの歴史の中で-

キーワード:職人;伝統工芸;職工  カテゴリ:経済・産業     件名(NDLSH):職人  分類(NDC):750.28

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平成19年4月19日(木)~6月19日(火)

明治時代の錦絵職人

◇明治時代の錦絵職人◇
(クリックするとサイズの大きな画像をご覧いただけます)
錦画製造之図
「諸工職業竸」【寄別7-5-1-3】
※NDL-OPACでは検索できません。古典籍資料室でのご利用となります。

はじめに

みなさんは、「職人」と聞いて何を思い浮かべますか。家屋や神社仏閣を作る大工や左官などでしょうか。漆器や織物のような伝統工芸品を作る人でしょ うか。それとも何々マイスターなどと呼ばれる工場の熟練工でしょうか。「職人」という言葉が人々に想起させるイメージや内容は、時代とともに変化し、現在 では、仕事の仕方や仕事に対する心持ちなども形容するものとして、広がりをもって使われています。
第147回常設展示では、近現代の「職人」をご紹介します。
第1章では、職人の近現代史を概観します。明治維新以来、西洋化・機械化の二つの流れが国内の生産・消費スタイルを大きく変容させてきました。舶来品や西 洋風生活の流行と定着、大量生産・消費を可能にした大規模機械工業の成立と発展は、和風の調度品や日用品を手作りしてきた職人たちにとって大きな打撃でし た。さらに戦時中は、経済統制による金属など材料の不足や奢侈品の製造・販売禁止のあおりで、多くの職人が転廃業を余儀なくされます。職人の仕事は小規模 経営も多く、戦後の復興も容易ではありませんでした。
第2章では、資料に現れる「伝統的な」職人の姿や技をご紹介します。「手づくり」が見直されるようになってきた高度経済成長期以降、職人やその仕事を扱っ た資料が増えてきました。近世以来の徒弟制度のもとで育った昔気質の職人から、機械化、自動化の進む現代にあっても工夫しながら手仕事を伝えている職人ま で、様々な姿が記録されています。その技と併せて、職人のイメージを膨らませる資料を展示します。
第3章では、現代日本におけるものづくりの動向と、新たな分野で活躍する「職人」の姿をご紹介します。今日では伝統工芸職人が大幅に減少し、その貴重な技 術文化が失われつつあるという危機感から、彼らの仕事を網羅的に調査し、保存しようという動きが高まっています。後継者を確保し、育成することも重要な課 題の一つです。その一方で、近年の産業の発展・多様化に伴って、飛行機や自動車の部品の作成や産業機械の改良・調整に高度な「技」を駆使するなど、様々な タイプの「職人」が生まれています。伝統産業の世界にとどまらない「職人」の活躍ぶりは、私たちの身近にも見ることができます。
今回の展示では、当館所蔵資料を通して、激動の時代を乗り越えてきた職人の姿、そして職人の活躍の場の新たな広がりをご覧いただければ幸いです。

 

資料をご覧になる場合のご注意

  • 展示資料には1〜23までの通し番号を、パネルにはA〜Iまでのアルファベットを付けています。
  • 本文中【 】内の記号は、国立国会図書館の請求記号です。
  • 請求記号がYDM、YB、YDで始まる資料はマイクロフィルムあるいはマイクロフィッシュによるご利用となります。
    マイクロフィルム、マイクロフィッシュは展示期間中もご利用になれます。
  • 資料名のあとに[近代]とあるものは、当館のホームページ内「近代デジタルライブラリー」で画像をご覧になれます。タイトルにはられたリンクからご利用ください。
  • 資料名のあとに[館電]とあるものは、東京本館内の各専門資料室に設置された電子情報提供サービス端末から利用が可能です。
  • サムネイル画像をクリックすると大きい画像をご覧いただけます。

第1章 職人の近現代史

近世以前の封建体制下において職人社会は、座や仲間といった互助組織を持ち、領主や藩の保護を受けて安定した社会的地位を得、長い歴史の中でゆっく りと成長を重ねてきました。しかしながら明治維新を経て近代に入ると、社会構造の激変に伴い、職人社会も変動を余儀なくされることとなります。大規模機械 工業の導入、それに伴う大量生産・消費社会の成立、戦争の影響など、厳しい条件に屈することなくその技を伝え磨き続けてきた職人の歴史は、まさに苦難の連 続でした。
第1章では、「近代化」「戦争」「戦後の復興」をキーワードに、職人の近現代の歴史を概観します。


■近代化と職人

明治以降、日本の近代化は「生活様式の西欧化」と「生産方式の機械化」の二つの側面をもって急激に進められることになります。洋風の流行は住居、調度品か ら日常用品に至るあらゆる分野に及び、元来職人が伝えてきたいわゆる和風の製品の需要が格段に落ちるという事態を招きました。
また、機械工業の普及は、安価な商品の大量生産・消費を可能にし、それになじまない問屋制家内工業を次第に弱体化させ、その結果として職人の多くが安定した販売ルートを失うことになりました。

1) 日本工業史 / 横井時冬
訂2版 東京 吉川半七,1898.10 [近代]
【YDM43041 (マイクロフィッシュ)】

上古時代から維新後までの工業史をまとめた研究書で、「第六編 維新後の工業」には、西洋化・機械化の影響や、当時の職人の動向、さらに政府の施策等がまとめられている。
多くの名工が日常用品や洋風製品を製作して糊口を凌いだ様など、西洋化の影響を受けた職人の窮状が描かれている。

2) 日本之下層社会 / 横山源之助
東京 教文館,1899.11 [近代]
【YDM39867 (マイクロフィッシュ)】

明治時代のジャーナリスト横山源之助の著書。労働者や下町の貧しい人々の生活に分け入り、実態を克明に記録している。
職人については「第二編 職人社會」で述べられているが、伝統的な職人の業態や職人気質の説明から、近代社会における職人の在り様と機械化の影響まで、様々な観点から記述・考察されており、当時の職人の生活状況を探る上で貴重な資料となっている。

3) 職工事情 : 鉄工・硝子・セメント・燐寸・煙草・印刷・製綿・組物・電球・燐寸軸木・刷子・花莚・麦稈真田
〔東京〕 農商務省商工局,1903.4 [近代]
【YDM41588 (マイクロフィッシュ)】

大規模機械工業の普及や西欧化に対抗できず転職を余儀なくされた職人の中には、工場に吸収されるものも多くあった。農商務省の調査報告である本書に、その様子が記されている。


■戦争(第2次世界大戦)の影響
1931年に勃発した満州事変以来、激化の一途を辿った戦争は、徴兵による技術伝承の中断や途絶、空襲等による人的な被害以外にも、物資の欠乏等、市民の生活に深刻な影響をもたらしました。
日中戦争開始の1937年には戦時経済体制への移行の一環として「輸出入品等に関する臨時措置法」が制定され、さらに翌1938年には「国家総動員法」が 公布されるなど、軍事的な需要をまかなうため、政府は企業や物資について国家的統制を行うようになります。中でも1940年に施行された「奢侈品等製造販 売制限規則」は職人社会にとって大きな打撃で、七・七禁止令と呼ばれるこの統制令により必要物資の使用を禁じられた職人たちは、代用品の材料による生産 や、転職・転業を余儀なくされるという事態に陥りました。

A) 「輸出入制限禁止の許可品目決る」 (読売新聞 [マイクロフィルム] 1937年9月21日 朝刊 )
[複製]
【YB-41】
[館電] ※昭和の讀賣新聞(戦前2)【YH231-H1771】でもご覧いただけます。
「輸出入品等に関する臨時措置法」の詳細を報じる記事の冒頭。“不要、不急品に対する徹底的輸入制限乃至禁止”が目的のひとつとして挙げられている。 B) 「贅沢品に禁令」 (朝日新聞 大阪版 [マイクロフィルム] 1940年7月6日 朝刊 )
[複製]
【YB-3】
[館電]
七・七禁止令施行前日の朝刊。各紙の一面トップ記事として報じられた。

 4) 問答式解説七・七奢侈品禁止令 : 附・全関係法令並ニ暴利行為ニ関スル取締規則 / 商工経営研究会
大阪 大同書院,1940

【783-266】
七・七禁止令(奢侈品等製造販売制限規則)の一般向け解説書。Q&A方式で禁止事項の内容が分かりやすくまとめられている。品目別の指定金額を上回る商品 はことごとく販売が禁止され、原材料についても金属や宝石・奇石類のほとんどが使用できない状況であったことが分かる。

5) 日本の彫金 : その歴史と伝承技術 / 船越春秀
東京 三彩社,1974
【KB321-8】

彫金師である著者が、彫金の歴史から技術までをまとめた資料で、自叙・伝承・研究書のいずれの性質も併せ持つ内容となっている。
歴史編に七・七禁止令についての記述があり、「金属工芸界にとって大きな出来事」「使用する資材全部が使えなくなるという事でその動揺も大きかった」等、当時の混乱を語っている。

6) 水晶宝飾史
甲府 甲府商工会議所,1968
【KB451-1】

「甲斐の水晶」で全国に知られ、現在では全国の宝石の3分の1を産する山梨県。本書は、山梨県の甲府商工会議所水晶宝飾部が編集した水晶宝飾の歴史の記録であり、草創期から近世、近代を経て現代までの各時代の水晶宝飾業界の動向を分かりやすくまとめている。
戦時下の状況については、輸入途絶による資材不足、七・七禁止令による全面的製造禁止・全業者の失業、軍需産業への転換などが説明されている。


■戦後の復興

1945年の終戦以後、諸産業への統制も段階的に解除され、経済再建が始まりました。それに伴い、手工業の主な業態のひとつである問屋制家内工業も、戦前 とは僅かに姿を変えつつ復興へ向けて歩みはじめ、職人の仕事も、多くの問題を抱えながらも徐々に活気を取り戻しつつありました。

7) 中小企業 : 現状と諸問題 / 中小企業庁
東京 日本経済新聞社,1953
【509.15-Ty997t4】

日本の経済制度では、手工業の多くが中小企業に分類されている。
本書は、中小企業への一般の理解を深めることおよび中小企業関係者の参考資料とすることを目的に中小企業庁が編集したもので、豊富な統計資料に基づき、当時の状況や種々の問題を分かりやすく解説した内容となっている。
終戦から8年、戦時中は崩壊状態にあった問屋制家内工業も、このころには徐々に復興しつつあったことが分かる。

8) 有松しぼり
名古屋 有松絞技術保存振興会,1972
【KB441-20】

愛知県名古屋市有松に発達した絞り染めの一種、有松絞の歴史の記録。戦後は、社会制度の変革に適合し新時代に即応した生産体制を推進すべく、会社組織によ る経営が主流となっていったことや、そうした復興・発展を、総体として推し進めるために有松絞商工協同組合が発足したことなど、伝統の技を残しつつも大規 模資本に対抗しようと奮闘するさまが見受けられる。

C・D) 「材料に生糸千俵」「貿易再開」(読売新聞 [マイクロフィルム] 1946年7月30日 朝刊 , 1947年6月8日 朝刊 )
[複製]
【YB-41】
[館電] ※昭和の讀賣新聞(戦後1)【YH231-H178】でもご覧いただけます。
生糸使用許可および貿易再開を報じる記事。統制が徐々に解除され、各種産業が戦争の打撃から立ち直りつつある様子を報じた記事の一例。

 

◆コラム1:民藝と職人◆

昭和初期に柳宗悦ら によって始められた民藝運動では、名も無い工人=職人の手で作られた民衆の日常生活のための品々が粗野、粗末といって省みられない状況を批判し、民藝= 「民衆的工芸」の実用に根ざした無心、自然な美を称揚しました。彼の著書『手仕事の日本』には、全国各地を回って調べた伝統工芸産業が紹介されています。
『日本民藝協会の七十年』によれば、当初、民藝の広がりは運動家など限られたものだったようですが、昭和30年頃からの“民芸ブーム”で次第に大衆にも受 け入れられ、広がっていくことになります。しかし、この流行には運動家の思惑である“本来あるべき民藝”とは異なる動き(型にはまった民芸趣味、あるいは “えせ”民藝など) も混じっていました。
“民芸ブーム”は昭和40年代の終わり頃から退潮に入り、いつの頃からかデパートの催事では「民藝展」に代わって「職人展」が流行し始め、平成に至っているようです。


第2章 職人と技

高度経済成長を経験し、日本人の衣食住は一変しました。大型集合住宅、電化製品、化学工業製品など、変化の例は枚挙に暇がありません。
この急激な変化の中で「手づくり」の良さが見直されています。かつては「旧式の」「粗末な」など謙遜の意味を込めて使われることの多かった「手づくり」と いう言葉が、今日では、むしろ「ほんもの」「心のこもった」など賞賛の意味を帯びて使われます。そして、実際の職人が身近から少なくなった代わりに、テレ ビ、新聞、雑誌など様々なメディアが手仕事を旨とする職人を取り上げ、我々の職人やその仕事に関するイメージを形づくっています。
第2章では、当館所蔵資料に現れる「伝統的な」職人の姿や技を以下4つのキーワードに沿ってご紹介します。

■職人素描

『日本国語大辞典』によれば、「職人気質」とは「職人に特有だといわれる性質。一見偏屈に見えたり、頑固にみえたりするが、誠実で自分の仕事に誇りをもち、気に入った仕事なら損得を無視してまでするといった気質。」と説明されています。
ここでは、随筆などに現れる職人像をご紹介します。

9) 職人・職業漫筆:画文集 / 秋山桑人
土浦 筑波書林,1990
【GD11-E80】

著者が故郷の茨城や上京して出会った様々な人々の思い出を、挿絵とともに綴った画文集。染物屋、大工の棟梁、豆腐屋、瓦屋、洗張屋、鍛冶屋などの職人が登場する。短い紹介文に、仕事や道具へのこだわりなど職人気質がさりげなく示されている。

 

■職人の美

戦後の復興を経て、昭和30年頃から各地のデパートや物産館で、「民芸展」「伝統工芸展」などの催しが行われました。身近から失われてしまった「手作りの美」をもてはやす中で、工芸品を作る職人にも次第に関心が向けられるようになっていきます。
ここでは、伝統工芸職人の姿やその作品を図録、写真などでご紹介します。

 

10) 沖縄の手:伝統工芸・人と作品 杉村恒写真集 / 杉村恒
東京 研光社,1972
【KB242-11】

杉村恒の撮影による沖縄伝統工芸の写真記録。各工芸に関する若干の解説もある。

11) 日本伝統工芸展図録.第33回
〔東京〕日本伝統工芸展運営委員会,[1986]
【KB16-H132】

1986年9月23日から10月5日に開催された、第33回日本伝統工芸展の図録。陶芸、染織、漆芸、金工、木竹工、人形、その他の工芸の7部門の入選作品を展示する。第1回は、1954年、東京・三越本店にて開催された。

E・F) 職人の世界:暮らしと手仕事 会津若松 会津若松市,2002.1 (会津若松市史22民俗編2諸職)
[複製]
【KD86-G221】
p.10 会津の染物 藍を染める
p.58 野鍛冶 焼き打ち
(職人の働く姿を撮影した写真をご覧頂きます。)


■職人の技

工芸として、あるいは民俗文化財として、職人の手仕事は鑑賞や研究調査の対象となります。鑑賞のための解説書が編まれたり、郷土の職人がメディアで取り上 げられたりする一方で、1980年代からは文化庁の指導のもと、諸職人の伝承技術などを対象とした全国的な民俗文化財調査が行われています。
ここでは、職人の技を記録した資料をご紹介します。

12) 伝統工芸の技法
東京 日本工芸会東京支部,1971
【KB242-9】

第10回伝統工芸新作展の開催記念として、展示鑑賞の助けとなるよう、各部門の技法をまとめた解説書。各部門の技法の歴史と発展、工程、材料や工具などを体系的に紹介している。

13) 滋賀県の諸職 : 滋賀県諸職関係民俗文化財調査報告書 / 滋賀県教育委員会文化部文化財保護課編
大津 滋賀県教育委員会,1990
【GD11-E55】

国庫補助事業として、滋賀県教育委員会が実施した諸職(※)関係民俗文化財調査の報告書。県内の約150の職種について調査員の面接聞き取り調査を行った。調査項目は、材料、製作・加工の工程、用具、施設、製品、職人の職能・組織、生活など。写真、図なども掲載。
※諸職…生活用具や建物、奢侈品、食品など、ものを作る仕事の総称。民俗学用語。

G) 原色図解伝統工芸技法大事典 上巻
東京 東陽出版,1977.4
[複製]
【KB211-23】
伝統工芸の基本的な技法を解説した事典。各工芸の歴史、素材、道具の使い方などや技法が写真、図入で解説されている。
pp.146-147 漆の加飾技法
(漆工芸の一項目をご覧いただきます。)

H) 「日本の主要伝統工芸一覧」 (図表)
参考:日本の伝統工芸 / 北条明直
東京 講談社, 1978.2. -- (講談社現代新書)
【KB242-38】


■職人の心意気

諸職人の聞き書きや回想録は、職人気質ばかりか、伝統の中に息づく合理性や職人の遊び心といった傍からは分からない部分を垣間見せてくれます。
ここでは、職人ひとりひとりの内面を投影する資料をご紹介します。

14) 職人:一建築家の回想 / 竹田米吉
東京 工作社,1958
【289.1-Ta486s】

明治中頃に生まれ、初めは職人として、後に建築家として木造建築から近代建築への移行期を体験した著者が、大正初めまでの修行時代を綴った回想録。雑誌 「木工界」[Z11-384]の創刊号(1955年)から、「建築今昔」として34回にわたって連載された記事をまとめたもの。

15) 匠の仕事ばなし:奥武蔵の職人さんに聞く / 鈴木地蔵
飯能 文游社,1998.10
【GD11-G97】

奥武蔵の職人に取材した聞き書き。刀剣研師、ブリキ職、ガラス工芸など19種の職を収録。仕事に対する思いや工夫、修行や生活の苦労話などが綴られている。

 

道明新兵衞(組紐)

◇道明新兵衞(組紐)◇
「江戸職人の末裔」/ 杉原 信彦 芸術新潮. 6(12)
【Z11-97】 p.260 より

 

◆コラム2:露伴の描いた職人◆

明治の小説家幸田露伴は、「風流仏」「一口剣」「葦の一ふし」「風流魔」など職人を題材にした作品を多く残しており、彼の代表作「五重塔」も職人を扱ったものでした。
主人公の十兵衛は、非凡な腕をもちながら、渡世が下手で「のっそり」と馬鹿にされる不遇の大工。一方の源太郎は、義理人情に厚い羽振りのよい親方です。世 話になった兄貴分の源太郎の仕事を奪うことを済まないと知りつつも、十兵衛は百年に一度の大仕事、五重塔の建立を諦めきれず、その強情と熱意により采配を 譲り受け、ついには塔を完成させます。
十兵衛の台詞をご紹介いたします。
「人の仕事に寄生木となるも厭なら我が仕事に寄生木を容るゝも虫が嫌へば是非がない」
(源太郎が持ちかけた共同建立の申し出を断った時の述懐)
己の技量に対する強烈な自負から一切の妥協を拒む十兵衛の姿は、デフォルメされているとはいえ、職人気質の一端を示すものです。

◆コラム3:職人の系譜◆

お城大工棟梁の家系に生まれ、明治初期の職人社会で育った長谷川如是閑は、雑誌『文芸春秋』1957年7月号に掲載された「職人かたぎ」という随筆の中で、子どもの頃に見聞きした職人エピソードを紹介し、機械時代の職人についても次のように言及しています。
「中世の職人気質は今は失われた、と一概には云えない。日本が中世に於て優れた工芸品をもつことのできたということと、機械時代に入って、日本の工業が凄 まじいほど急速に発展したということは、決して二つの別のことではない。(中略)「労働者」の時代でも、職人は立派な職人である。「熟練工」などと名は変 わったが、それは優れた労働者であると同時に、優れた職人である。」


第3章 「新しい」職人

パン職人、ハガキ職人、タイピング職人など。インターネットで職人を検索すると、様々な「職人」が出てきます。第2章のような伝統工芸職人が減少す る一方で、今や職人の世界では、このような「新しい」職人の活躍が顕著です。これは、職人という言葉が、特定の分野の専門家集団を指すものとして変化をし ていることも、1つの背景にあるでしょう。
しかし現代においても、昔ながらの職人の仕事が重要でなくなったわけではありません。むしろ近年、政府や自治体が、伝統職人保護・保存のための団体や制度 を設けたり、イベントを開いて若者に伝統技術のすばらしさを伝えるのに熱心なのは、古来から伝統職人が日本のものづくりを支えてきたという功績が、私たち に再認識されているからではないでしょうか。
第3章では、現代日本におけるものづくり動向と、新たな分野で活躍する「職人」の姿をご紹介します。


■ものづくり職人の現状

伝統的工芸品(※)産業については、企業数、従事者数・従業者規模などの統計がわかる資料で、年度別にそれらの変遷を比べることができます。
それによると、約25年の間に、伝統工芸品産業に従事する企業数は減少するものが目立ち、従業者規模についても「10人未満」の構成比が倍近くになるなど、製作現場の零細化が進んでいます。
※ 伝統的工芸品…正式には「経済産業大臣指定伝統的工芸品」といい、指定を受けるには、製品が主に日常生活で使われることのほか、製造過程・技法や原材料、産地など、5つの要件を備えていることが必要。(「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」第2条)

16) 全国伝統的工芸品一覧
〔東京〕 伝統的工芸品産業振興協会,1977
【KB2-25】

          17) 全国伝統的工芸品総覧:受け継がれる日本のものづくり / 伝統的工芸品産業振興協会
          東京 ぎょうせい 2003.12
          【KB2-H5】

I) 「伝統的工芸品業種別企業数 従業者規模構成比率 」(図表)
このような厳しい環境の中で、政府も伝統工芸保護政策を打ち出しました。「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」(昭和49年5月25日法律第57号)で す。制定の翌年には、全国の伝統的工芸品産業の振興を図ることなどを目的として、財団法人伝統的工芸品産業振興協会が設立されました。同協会の産地検査に 合格した製品には、「伝統マーク」を使用した「伝統証紙」がつけられます。
財団法人伝統的工芸品産業振興協会ホームページ外部サイトへのリンク「伝統マーク」と「伝統証紙」外部サイトへのリンクを紹介しています。

■技術継承啓発のために

より多くの若者に技術継承の重要性を伝えるために、様々なイベントが開かれています。また、教育機関も大きな役割を果たしています。

18) 技能五輪彩の国さいたま 2000
〔さいたま〕 埼玉県,2001.3
【EL121-G438】

技能五輪全国大会とは、22歳以下の若者が種目別に日ごろ鍛えた技を競い合う催しで、毎年11月に全国の都道府県を1つの会場として行われる。また、国際 技能競技大会(今年2007年は22年ぶりに日本で開催)の国内予選を兼ねる年もある。伝統工芸から現代芸術まで、多様・多彩な技を持つ若者の活躍する姿 を通じて、同世代の若者に技能の重要性・おもしろさを再認識させるイベントの1つとなっている。

19) 「2001年4月開校、ものつくり大学‐二一世紀に活躍するテクノロジストを育成する」(今月の焦点 14(8)(2000.8) 三和総合研究所)
【Z3-B76】

2001年4月、埼玉県行田市に職人を志す者のための大学が誕生した。「単に昔ながらの職人を養成するのではなく、広い知識と創造性、倫理性を併せ持つ新しい技能技術者を育てる」ための技術訓練の場が、大学という高等教育機関として実現した。

 

■技を残す

では、実際に技術が育成・継承されている場面をご覧ください。

20) 技を継ぐ:21世紀の匠たち / 京都新聞社
京都 京都新聞出版センター,2001.7
【KB242-G40】

高齢化や後継者難を背景に、自らの技を若い世代に引き継いでいくことは、職人にとって大きな課題であろう。本書では将来を担う職人の「卵」とその指導者に焦点を当て、共に奮闘する姿を紹介している。


■現代の産業における職人 −ハードをつくる

職人は、今や伝統工芸の世界のみに存在するのではありません。現代では産業の発展・多様化に伴い、私たちの身近にも多くの「職人」が存在します。

21) 現代の名工 : 卓越した技能の表彰者・写真集 1972 / 撮影:佐藤七郎
東京 創造社,1973
【YP19-73】

現代の名工とは、「社会一般に技能尊重の気風を浸透させ、技能者の地位と技能水準の向上を目的として、技能の卓越した者を厚生労働大臣が表彰」する制度 で、1967年に始まった。伝統工芸以外で活躍する職人たちも「名工」として評価され、機械を使って大量生産に携わる人たちも、職人とは無縁ではないこと がわかる。

22) 町工場職人群像 : 松本俊次写真集/ 松本俊次
東京 大月書店,2001.8
【DL316-G64】

東京都大田区には、下請けの中小企業(町工場)の密集する地域がある。本書では、現代技術で活かされる熟練工の、身近な姿が紹介されている。その真摯な眼差しからは、戦後の高度成長期を支え、今もなお活躍する、自らの技に対する誇りが感じられる。

 

■これも職人? −ソフトをつくる

23) 2ちゃんねる大攻略マガジソ. v.2(春壱番之巻)
東京 芸文社,2002
【Y94-H501】

特にITの世界では、作業が早く正確、またはあるソフトウェアの使いかたに長けた人々を「職人」と呼ぶことがある。例えば「AA職人」「FLASH職人」(※)など、今までに紹介した職人の域にとどまらない「職人」が見られる。
※ AA(アスキーアート)…文字や記号などのテキストデータのみで作られた絵。
FLASH(フラッシュ)…特定のソフトを用いて作成した動画。

◆コラム4:ことわざの中の職人◆

ことわざには職人を題材にしたものが数多くあります。そのうち、職人の仕事の厳しさやこだわりを謳ったものをいくつかご紹介いたします。
□串打ち三年、板三年、火鉢一生
うなぎ職人に伝わることば。仕事を身につけることの難しさをあらわしている。菓子職人なら「火床三年、あん炊き十年」となる。
□職人貧乏人宝(細工貧乏人宝)
経済的に豊かでなくても育てた弟子が宝という意味。職人の商売下手にも通じる。
□西行の腕を盗め
西行は渡り職人のこと。見て見ぬふりをして技を盗めという教え。


参考・引用文献

【図書】

日本の職人像:職人気質 / 吉田光邦
京都 河原書店, 1966. -- (日本の美と教養)
【502.1-Y814n2】
日本の労使関係 / 氏原正治郎
東京 東京大学出版会, 1968. -- (UP選書)
【366.021-U985n-(s)】
長谷川如是閑選集. 第7巻
東京 栗田出版会, 1970
【US21-9】
手仕事について / 水尾比呂志
東京 芸艸堂, 1977.4
【KB216-9】
日本の伝統工芸 / 北条明直
東京 講談社, 1978.2. -- (講談社現代新書)
【KB242-38】
職人と手仕事の歴史 / 遠藤元男
東京 東洋経済新報社, 1978.4
【DL315-18】
伝統的工芸品産業の振興に関する法律逐条解説
東京 伝統的工芸品産業振興協会, 〔1978〕. -- (研修テキスト ; no.2)
【AZ-414-8】
日本民俗文化財事典 / 祝宮静〔ほか〕
東京 第一法規出版, 1979.3
【GB8-62】
手仕事の日本 / 柳宗悦
東京  岩波書店, 1985.5. -- (岩波文庫)
【KB242-89】
伝統工芸と手仕事 / 重松成二
東京 労働科学研究所出版部, 1985.7
【KB242-90】
九谷焼330年 / 二羽弥〔ほか〕
寺井町(石川県) 寺井町九谷焼資料館, 1986.8
【KB372-283】
伝統工芸職人の世界 / 田中喜男
東京 雄山閣出版, 1992.2
【KB242-E20】
全国伝統的工芸品総覧 平成11年度版
東京 伝統的工芸品産業振興協会,2000
【KB2-G8】
日本の職人ことわざ事典 / 清野文男
東京 工業調査会, 2001.3
【KF117-G18】
民芸運動と地域文化:民陶産地の文化地理学 / 濱田琢司
京都 思文閣出版, 2006.2
【KB372-H124】
日本国語大辞典. 第2巻(さ-の) / 小学館国語辞典編集部. 精選版
東京 小学館, 2006.2
【KF3-H44】
名匠と名品の陶芸史 / 黒田草臣
東京 講談社, 2006.6. -- (講談社選書メチエ ; 363)
【KB372-H128】
日本民藝協会の七十年 / 宇賀田達雄
東京 宇賀田達雄, 2006.7
【KB216-H7】
民藝とは何か / 柳宗悦
東京 講談社, 2006.9. -- (講談社学術文庫)
【KB215-H6】

【雑誌記事】

「職人 (文学に現れた明治人(特集)) -- (文学に現れた明治人の諸相)」 / 高橋 新太郎 国文学. 33(5)[1968.04.00]
【Z13-333】
「現代職人論の系譜と今日」 / 安江 孝司 法政大学教養部紀要. (通号 47) [1983.01]
【Z22-103】


 

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