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樺山家関係文書

樺山家関係文書

受入事項  所蔵

資料形態  原資料

数量  215点

書架延長  0.7m

旧蔵者  樺山資紀(かばやますけのり)、樺山愛輔(かばやまあいすけ)

旧蔵者生没年  1837 – 1922(樺山資紀)、1865 – 1953(樺山愛輔)

旧蔵者履歴
<樺山資紀>
天保8(1837).11.2鹿児島生まれ。薩英戦争・戊辰戦争に参加後、明治4(1871).10陸軍出仕、明治5(1872).4熊本鎮台第2分営長(鹿児島)、明治5.10~1874.12清国・台湾出張、 台湾出兵に従軍、1875.2陸軍省第2局次長、1875.12江華島事件で弁理公使黒田清隆随員として朝鮮へ出張、1876.11熊本鎮台参謀長、西南戦争時に熊本城籠城、1878.12近衛参謀長、1880.10兼大警視、1881.1兼警視総監、1883.12海軍大輔、1886.3海軍次官、1887.9~88.10欧米出張、1890.5~1892.8第1次山県内閣・第1次松方内閣海軍大臣、1892.8枢密顧問官、1894.7海軍軍令部長、1895.5~96.6大将、台湾総督、1895.8伯爵、1896.6予備役、枢密顧問官、1896.9~98.1 第2次松方内閣内務大臣1898.11~1900.10第2次山県内閣文部大臣、1904.10枢密顧問官、1913.6教育調査局総裁、1922.2.8死去。

<樺山愛輔>
慶応元(1865)5.10鹿児島生まれ。同仁舎・神田共立学校を経て1880渡米、ウィルブラハム中学校入学、1885ウェスレヤン大 学入学、1889アマースト大卒、1889ボン大学入学、1891帰朝、1896~1902父の私設秘書、1906.7函館船渠取締役、1907~08イギリス渡航、1910.8~12.1北海道炭鉱汽船 取締役、1911~20.3日英水電創設・社長、1914.1日本精鋼所常務取締役、1923.6~29.12同会長、1914.3~26.5国際通信社創立・社長、1922.2伯爵、1925.7~46.6貴族院議員、1929.11~30.5ロンドン海軍軍縮会議日本全権委員随員、1934.4~41.3財団法人国際文化振興会理事長、1938.12~43.6千代田火災保険社長、1939.11~41.5日本精鋼所会長、1940.11~47.6日米協会会長、1946.6~47.5枢密顧問官、1947.6~51.6公職追放、1950.2 グルー基金理事長、1952.8~53.10国際文化会館理事長、1953.10.21死去。

受入公開  2010年第45回明治古典会(七夕古書大入札会)にて購入、2011年7月15日公開

主な内容  (1)樺山資紀関係資料、(2)樺山愛輔関係資料(含:大久保利武宛書簡等)からなる。
(1)樺山資紀関係資料
樺山資紀宛書簡(9通)、書簡草稿(2通)、樺山登茂(資紀妻)宛書簡(3通)、樺山資紀関係書類(23点)、樺山資紀履歴資料(12点)からなる。書類には薩摩藩や西南戦争時(熊本籠城)の後年の談話資料、履歴資料などがある。
(2)樺山愛輔関係資料
樺山愛輔宛書簡(44通)、樺山常子(愛輔妻)宛書簡(2通)、樺山愛輔関係書類(64点)、履歴資料(16点)からなる。書簡には、樺山資紀書簡(10通)、グルー基金に関係するJoseph C. Grew書簡(3通)ほかがある。書類には、国際文化振興会や千代田火災保険株式会社の関係書類、1946年~1947年の枢密顧問官時代の議案、歴代海軍大臣及び縁故者の集合写真(1943年撮影)ほかがある。この他、大久保利武宛書簡(40通)があるが、専ら二松庵詩稿(樺山資紀遺稿)寄贈の礼状である。大久保は樺山資紀記念碑(建立)委員長の任にあった。

検索手段  樺山家関係文書目録(PDF 595KB)

関連文献

【資料紹介】
伊藤隆「樺山資紀」『近現代日本人物史料情報辞典』吉川弘文館、2004(同書第3巻及び「近現代史の人物史料情報」『日本歴史』771、2012.8に追加情報あり)
佐藤純子「樺山愛輔」『近現代日本人物史料情報辞典』吉川弘文館、2004(同書第3巻に追加情報(伊藤隆執筆)あり)

【伝記】
樺山愛輔『父・樺山資紀』大空社、1988
グルー基金・バロクロフト奨学基金・国際文化会館編『樺山愛輔翁』国際文化会館、1955

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