新聞集成明治編年史. 第13巻 第13巻

林泉社/1936-1940

当館請求記号:210.6-Si461-S

分類:新聞編年史


目次


新聞集成 明治編年史 第十三卷 戰後國勢膨脹期(自明治三十九年至明治四十一年)大綱目次

  • 一、
    本目次には時代の推移を知るに足るべき事項のみを要約して掲げ、全項目は其の索出に便する爲、次の「細目分類目次」に收むる事とした。
  • 二、
    各項目の下に註せる月次は、其の事件の發生時日を意味するものではなく、該事項記載新聞の發行月を示すものである。
  • 明治三十九年 丙午
    • 明治三十八年の戰鬪經過(一月)
    • 明治三十八年の政界小史(一月)
    • 明治三十八年の財政經濟(一月)
    • 明治三十八年の文壇推移(一月)
    • 明治三十八年の海外紀要(一月)
    • 政交倶樂部成る(一月)
      一〇
    • 小村遣淸大使歸京(一月)
      一三
    • 西園寺内閣成立—桂内閣瓦解(一月)
      二一
    • 奧司令官凱旋—梨本宮御凱旋(一月)
      二五
    • 乃木第三軍司令官凱旋(一月)
      二七
    • 野津大將凱旋(一月)
      三〇
    • 山地戰の苦難に立ちし川村軍けふ凱旋(一月)
      三一
    • 札幌、エビス、朝日の三麥酒合同(一月)
      三五
    • 陸軍記念日制定—三月十日(一月)
      三六
    • 滿洲關係の日淸條約成立(一月)
      三六
    • 統監府開務式(二月)
      三八
    • 警視廳廢止請願—衆議院に提出さる(二月)
      三九
    • 淸國露國に要求條件を提議す(二月)
      四一
    • 鸚鵡返しに露國から對淸要求(二月)
      四一
    • 兇漢時三郞の紬屋殺事件(二月)
      四二
    • 小島烏水等—山岳會設立(二月)
      四四
    • 統監旗制定(二月)
      四八
    • 東京市會も警視廳廢止畫策(二月)
      四八
    • 第二囘陸軍大歡迎會擧行(二月)
      四八
    • 文藝協會紅葉館で發會式(二月)
      四九
    • 國賓コンノート殿下入京(二月)
      五〇
    • 原内務大臣と郡制廢止問題(二月)
      五二
    • 戰税繼續法案通過—貴族院で可決(二月)
      五三
    • 坪内逍遙劇界革新—自家の邸内に舞臺を新築(二月)
      五四
    • 鐵道國有問題閣議決定—首相、政友會及財界有力者を招待(三月)
      五六
    • 加藤外相去る—内閣の破綻(三月)
      五六
    • 郡制廢止案を議會に提出(三月)
      五七
    • 堺利彦、片山潜、西川光二郞等日本社會黨を組織す(三月)
      五七
    • 女權擴張會—一名お轉婆會(三月)
      六〇
    • 群集赤旗を飜して市廳に迫る—電車値上反對の大示威運動(三月)
      六一
    • 市民大會發起者の檢擧—社會黨員一味擧げらる(三月)
      六二
    • 木村駿吉無線電話を發明す(三月)
      六二
    • 海軍記念日制定—五月二十七日(三月)
      六六
    • 上野帝國圖書館開館式擧行(三月)
      六七
    • 第二十二議會閉會(三月)
      六八
    • 陸海の輸送良好で凱旋終了(三月)
      六九
    • 鐵道國有法公布—先づ十七鐵道買收(三月)
      六九
    • 京釜鐵道買收法公布(三月)
      七〇
    • 竹田宮、朝香宮兩宮家御新立(四月)
      七一
    • 南葵文庫定礎式(四月)
      七三
    • 癈兵院設置(四月)
      七三
    • 華族女學校を學習院に併合(四月)
      七五
    • 臺灣總督更迭—新任は佐久間左馬太(四月)
      七七
    • 近衞師團外十六師團參加して凱旋大觀兵式擧げらる(四月)
      八三
    • 醫師法公布(五月)
      八四
    • 日米間著作權保護條約公布(五月)
      八七
    • 專任外相決定—林董入閣す(五月)
      九三
    • 特科兵新編制と擴張(五月)
      九四
    • 鐵道五千哩祝賀會擧行(五月)
      九四
    • 三十七八年戰役の行賞開始(五月)
      九九
    • 東京市三電車合同成立す(六月)
      一〇二
    • 南滿洲鐵道株式會社設立(六月)
      一〇三
    • 學生の思想風紀取締に關する訓示(六月)
      一〇三
    • 日露修好交渉近く開始—漁區の調査、漁場の檢分等調査終了の上(六月)
      一〇五
    • 實力を喪つた東京學士會院を廢し、新に帝國學士院を設置す(六月)
      一〇六
    • 臺灣彩票律令公布さる(六月)
      一〇六
    • 鬼怒川水電認可(六月)
      一〇八
    • 園田長官の北海道獨立經營案(六月)
      一〇九
    • 振替貯金加入者忽ち千人突破(六月)
      一一一
    • 雪嶺一派「日本」を連袂退社(六月)
      一一一
    • 日本銀行の新金利制實施(七月)
      一一二
    • 國學院を改稱して國學院大學(七月)
      一一三
    • 萬國學士聯合會に日本も加盟す(七月)
      一一三
    • 財界頓に膨脹—上半季手形交換十五億圓に達す(七月)
      一一六
    • 電車會社にも女子登場(七月)
      一二〇
    • 女子判任官初めて出來る—遞信省で先づ十七名(七月)
      一二一
    • 二年兵役實施(七月)
      一二二
    • 義務敎育六ケ年採用に決定(七月)
      一二三
    • 寛城子問題決定一時延期(七月)
      一二三
    • 東淸鐵道を日本に受了(七月)
      一二四
    • 關東都督府官制公布せらる(八月)
      一二五
    • 日米間直通電信開始(八月)
      一二五
    • 大議論の後死刑存置と決定(八月)
      一二六
    • 神社佛閣合併奬勵(八月)
      一二八
    • 統監府の機關として「京城日報」創刊(八月)
      一二九
    • 新元素日本ニユームの發見者小川正孝歸朝(八月)
      一三二
    • 自由港として大連港開放(八月)
      一三三
    • 富士山頂に設置の郵便局(八月)
      一三四
    • 露領沿海州の漁業準備成る(八月)
      一三五
    • 値上に激昂の群集電車を襲擊—憲兵空砲を放つ(九月)
      一四〇
    • 電車値上反對を利用して勞働黨創立(九月)
      一四二
    • 韓國拓殖會社設立(九月)
      一四三
    • 關東州、淸國に正金銀行券發行(九月)
      一四三
    • 閣令にも罰則附帶可能となる(九月)
      一四五
    • 寶田石油會社、數會社を買收(九月)
      一四五
    • 旅順に鎭守府を設置せらる(九月)
      一四六
    • 文部省體育に注意—「中央體育所」設立か(九月)
      一四七
    • 誣告罪誹毀罪廢止(十月)
      一五〇
    • 東京市日比谷圖書館—市立圖書館名稱決定(十月)
      一五〇
    • 期米暴騰又暴騰—遂に十五圓六十五錢(十月)
      一五一
    • 日淸生命保險—早稻田大學關係者が創立(十月)
      一五二
    • 劇評家相率ゐて俳優となる—所謂「文士劇」の活躍目覺し(十月)
      一五三
    • 米國排日—我抗議を聽かず(十月)
      一五八
    • 第四十九聯隊軍旗燒失事件(十月)
      一五九
    • 報知新聞「夕刊」を發行(十月)
      一五九
    • 東久邇宮家御創立(十一月)
      一六四
    • 智利と條約締結(十一月)
      一六四
    • 日淸紡績會社計畫(十一月)
      一六五
    • 早大慶應野球試合遂に無期延期—熱狂の應援に不測の事態惹起を憂慮(十一月)
      一六六
    • 醫師會規則制定(十一月)
      一六八
    • 新艦薩摩進水—ド艦二倍の偉力(十一月)
      一六九
    • 國語調査會の假名遣改訂案—發音假名遣に舊來の慣用を加味(十一月)
      一七〇
    • 寛城子問題交渉、露都に移る(十一月)
      一七二
    • 平和協會産聲を揚げる(十一月)
      一七三
    • 樺太境界劃定委員會議畢る(十一月)
      一七三
    • 南滿鐵道創立總會を開く(十一月)
      一七五
    • 内務省傳染病研究所落成式(十一月)
      一七六
    • 要塞築造既定計畫殆ど完了—要塞砲兵隊の沿革(十二月)
      一七七
    • 「日本」新聞壞滅理由を發表して、三宅雪嶺一派同社を總退場(十二月)
      一七八
    • 東京地下電鐵敷設を出願(十二月)
      一七八
    • 帝國劇場株式會社創立(十二月)
      一七九
    • 成女學校落成式(十二月)
      一七九
    • 農務省獨立運動(十二月)
      一八〇
    • 年賀郵便創設(十二月)
      一八〇
    • 第四十九聯隊に軍旗御再授(十二月)
      一八二
    • 陸軍が自動車隊編成(十二月)
      一八五
    • 新聞電報やつと開始さる(十二月)
      一八八
    • 第二十三議會開院式(十二月)
      一八八
  • 明治四十年 丁未
    • 新元素ラヂウム發見(一月)
      一九四
    • 手形交換高三十五億に達す(一月)
      一九四
    • 諏訪湖にスケート場を新設(一月)
      一九七
    • 秋水幸德傳次郞の一派、日刊「平民新聞」を發行(一月)
      一九八
    • 熱狂爆騰—東株親子遂に七百四十圓となる(一月)
      一九九
    • 遞信省燒失す(一月)
      二〇三
    • 財界の反動深刻—東株大崩落(一月)
      二〇五
    • 生絲輸出一億圓—大日本蠶絲會の祝會(一月)
      二〇七
    • 公式令公布(二月)
      二〇九
    • 足尾銅山騒擾果然暴動化—火薬庫爆破—死傷多數—遂に出兵(二月)
      二一三
    • 皇室典範御增補(二月)
      二一四
    • 燐寸官營案—衆議院に提出さる(二月)
      二一八
    • 日露漁業問題有利に解決(二月)
      二一九
    • 日本社會黨禁止せらる(二月)
      二二〇
    • 有婦姦征伐の一夫一婦運動起る(二月)
      二二二
    • 皇族會議令公布せらる(二月)
      二二三
    • 郡制廢止案下院通過(三月)
      二二五
    • 新設師團基地決定(三月)
      二二五
    • 太平洋の巨人ダコタ號、房州沖に坐礁(三月)
      二二六
    • 帝國鐵道廳官制公布(三月)
      二二九
    • 樺太廳官制公布せらる(三月)
      二三〇
    • 明治四十年度豫算歳入歳出六億圓(三月)
      二三一
    • 東京勸業博覽會開會式擧行(三月)
      二三四
    • 義務敎育六箇年となる(三月)
      二三四
    • 郡制廢止案上院に敗る(三月)
      二三四
    • 帝國大學の獨立遂に實現す(三月)
      二三五
    • 第二十三議會閉會(三月)
      二三六
    • 一錢未滿の端數切捨となる(三月)
      二三七
    • 樺太軍政撤廢—廳長官は楠瀨幸彦(四月)
      二三八
    • 萬國基督敎靑年大會開催(四月)
      二三八
    • 帝國鐵道廳—總裁以下任命(四月)
      二三九
    • 社會黨大會事件の判決下る(四月)
      二四〇
    • 早稻田大學總長に大隈伯を推戴(四月)
      二四一
    • 在郷軍人團組織の嚆矢—東京神田の在郷軍人團成立(四月)
      二四二
    • 號を重ぬる七十餘にして「平民新聞」遂に壞滅す(四月)
      二四三
    • 義務敎育延長に關する訓令(四月)
      二四三
    • 日淸鐵道協約締結(四月)
      二四五
    • 救世軍總督ブース大將入京(四月)
      二四五
    • 森林法公布(四月)
      二四六
    • 刑法改正(四月)
      二四七
    • 東北大學と札幌農科大學成立(五月)
      二五一
    • 大連取引所開始(五月)
      二五三
    • 東宮山陰道行啓(五月)
      二五三
    • 板垣伯一代華族論を提唱—谷子爵之に應酬して大論戰開始(五月)
      二五八
    • 法律取調委員會—會長委員の任命(五月)
      二六四
    • 日本メソヂスト敎會獨立(五月)
      二六七
    • 美術審査委員會官制公布(六月)
      二六九
    • 北村四海、製作の神聖を重じて自作の「霞」を展覽會場に毀つ(六月)
      二七二
    • 風流宰相陶庵侯の文士招待(六月)
      二七三
    • 日佛協約巴里に於て調印さる(六月)
      二七四
    • 改訂假名遣、實施更に延期(六月)
      二七四
    • 東北帝國大學令公布さる—札幌農科大學は其の一分科(六月)
      二七六
    • 學位令改正企圖の主要點(六月)
      二七七
    • 谷中村強制立退問題—縣の見解と村民の主張甚しく異る(六月)
      二七九
    • 片野理事長の變死以來流言蜚語頻りに、財界攪亂遂に豫戒命令執行(七月)
      二八三
    • 韓國皇帝の密使海牙の萬國會議に現はれて獨立庇護を哀訴す(七月)
      二八四
    • 山本大將一行の訪米は日米戰爭熱の好鎭靜劑(七月)
      二八七
    • 韓國皇帝退位と決す—十九日拂曉讓位の勅令に親書(七月)
      二八八
    • 寛城子授受終了(七月)
      二八九
    • 親日派の頭目と睨みて暴徒、李完用の邸宅を燒打にす(七月)
      二九〇
    • 上皇陰謀—我兵遂に出動普德殿に入る(七月)
      二九一
    • 日韓新協約成立—統監府其の實權を握る(七月)
      二九四
    • 韓國に十二師團の一部增派(七月)
      二九五
    • 富士山頂への電話開通(七月)
      二九六
    • 韓國解兵の詔勅下る(八月)
      二九七
    • 日露鐵道接續業務の假條約—寛城子を兩國の接續地點とす(八月)
      二九八
    • 神戸商業會議所が厘位全廢建議(八月)
      二九九
    • 韓國立太子(八月)
      三〇一
    • 立敎大學新設(八月)
      三〇二
    • 專修大學新設(八月)
      三〇二
    • 美術審査委員會委員決定(八月)
      三〇三
    • 日露協約發表(八月)
      三〇五
    • 外人土地所有を初めて認許—注目すべき日露通商條約の特點(九月)
      三一二
    • 軍令の規程(九月)
      三一二
    • 日露漁業協約に關する宣言(九月)
      三一三
    • 萬國郵便條約締結(九月)
      三一五
    • 日露戰役行賞の陞授爵發表(九月)
      三一六
    • 專賣局官制公布—政府の專賣統一(九月)
      三一九
    • 米國大統領タフト來朝(十月)
      三二〇
    • 東宮御渡韓(十月)
      三二五
    • 敎育勅語を英譯して諸外國に配布(十月)
      三三一
    • 第一囘美術展覽會受賞者(十一月)
      三三九
    • 韓國皇太子日本に留學(十一月)
      三四〇
    • 韓國國是—六事の御誓文(十一月)
      三四二
    • 有毒瓦斯研究(十一月)
      三四四
    • 伊藤公韓國太子太師となる(十一月)
      三四六
    • 漢字タイプライターの發明(十二月)
      三四八
    • 韓國太子御入京(十二月)
      三四九
    • 電車買收六千七百五十萬圓—東京市の電車市有案實現さる(十二月)
      三五〇
    • 第二十四議會開院式(十二月)
      三五二
    • 明治四十年の囘顧(十二月)
      三五三
  • 明治四十一年 戊申
    • 明治四十年世界の大勢(一月)
      三五七
    • 明治四十年の音樂界(一月)
      三五八
    • 明治四十年の文藝界一瞥(一月)
      三五九
    • 官設展覽會の生れた昨年の美術界(一月)
      三六一
    • 山縣遞相辭任(一月)
      三六五
    • 藏相遞相更迭—喧嘩兩成敗(一月)
      三六七
    • 政府不信認案敗る(一月)
      三七一
    • 東京都及千代田縣設置案(二月)
      三七七
    • 淸國の辰丸抑留事件紛糾(二月)
      三八二
    • 東京都制案貴族院で可決—政府は反對(二月)
      三八八
    • 第一聯隊の古兵三十餘名—隊伍を整へて堂々脱營す(三月)
      三九五
    • 普通選擧運動大會禁止(三月)
      三九七
    • 兵器獨立の計畫を進む(三月)
      三九八
    • 平塚明子、森田草平鹽原心中未遂事件(三月)
      四〇五
    • 司法、遞信兩相更迭す(三月)
      四〇六
    • 第二十四議會閉會(三月)
      四〇七
    • 無線電信局開始—長崎と犬吠崎(三月)
      四〇八
    • 八時間勞働—世界の定論となる(四月)
      四一一
    • 日本式氣球完成—發明家十年の苦心(四月)
      四一二
    • 臺灣縱貫鐵道開通す(四月)
      四一八
    • 第十囘衆議院議員當選者(五月)
      四二七
    • 日米仲裁々判條約締結(六月)
      四三七
    • 萬國無線電信條約實施さる(六月)
      四四一
    • 錦輝館の赤旗事件—大杉榮、堺枯川等拘引さる(六月)
      四四一
    • 海牙に成りたる平和條約調印(六月)
      四四二
    • 西園寺首相退却決意を表明(七月)
      四四六
    • 鐵道會計獨立案の骨子成る(七月)
      四四七
    • 薄志弱行の西園寺首相—山縣系の壓迫に内閣を投出す(七月)
      四四八
    • 第二次桂内閣成立す(七月)
      四五〇
    • 實業派代議士の新團體戊申倶樂部を組織(七月)
      四五六
    • 是からは自動車の世界出現(八月)
      四五九
    • 樺太廳移轉—大泊より豐原へ(八月)
      四五九
    • 特許、意匠、商標、著作權に關する日米保護條約發表(八月)
      四六一
    • 商大問題暗鬪—東大經濟科獨立(八月)
      四六四
    • 軍隊に自動車使用—長途運轉の自動車歸り來る(八月)
      四六五
    • 東洋拓殖會社法公布さる(八月)
      四六七
    • 專任外相決定—小村壽太郞就任(八月)
      四六七
    • 東京市長選擧—尾崎行雄再任(九月)
      四七〇
    • 前代議士の令孃俳優となる—インテリ女優の元祖森律子(九月)
      四七〇
    • 假名遣案撤囘—敎科書改訂延期決定(九月)
      四七一
    • 東洋拓殖會社—創立委員任命(九月)
      四七五
    • 煩悶引受所意外に大受け(九月)
      四七七
    • 東宮御慶事記念の奉獻美術館竣工す(九月)
      四七九
    • 新刑法適用第一日—地獄に甘露が降る(十月)
      四七九
    • 陰暦廢止—明治四十三年から(十月)
      四八〇
    • 南葵文庫公開式(十月)
      四八四
    • 條約改正準備委員會委員(十月)
      四八五
    • 米國大西洋艦隊來る—橫濱灣頭空前の偉觀(十月)
      四八七
    • 愈々明年より電話度數制(十月)
      四九一
    • 日本獨創の兵商兩用艦たる義勇艦隊さくら丸竣成す(十一月)
      四九六
    • 淸國皇帝崩御—皇儲册立(十一月)
      四九八
    • 西太后崩御、皇后御自殺—淸國宮廷暗雲に包まる(十一月)
      四九九
    • 日比谷圖書館開館式(十一月)
      五〇〇
    • 天理敎—獨立認可さる(十一月)
      五〇七
    • 日米新協約覺書交換(十二月)
      五〇九
    • 鐵道院官制公布さる(十二月)
      五一一
    • 天文臺移轉—三鷹村が第一候補地(十二月)
      五一八
    • 宮廷臣僚に對する勅諭降下(十二月)
      五二〇
    • 官僚政治排擊に新聞記者憤起(十二月)
      五二〇
    • 新團體又新會發會式(十二月)
      五二三
    • 第廿五議會開院式(十二月)
      五二六
    • 由々しき問題を惹起したる藤堂伯、懲戒委員會に附せらる(十二月)
      五二七
    • 東洋拓殖會社創立總會開催—正副總裁以下理事監事顏ぶれ決定(十二月)
      五二八
    • 日淸交渉開始(十二月)
      五三一
    • 明治四十一年を囘顧す(十二月)
      五三二
  • 附圖
    • 東京株式・東京期米・橫濱生絲記録圖表(11)自明治卅九年至明治四十一年

新聞集成 明治編年史 第十三卷 戰後國勢膨脹期
細目分類目次 (自明治三十九年至明治四十一年)

  • 小引
    • 第一類
      宮廷篇
    • 第二類
      政治 外交 法律 刑罰篇
    • 第三類
      財政 經濟 貿易 商業 交通 通信 運輸 農業 工業 發明篇
    • 第四類
      神祇 宗敎 敎育 學術 思想 文化 藝術 醫事 衞生篇
      一四
    • 第五類
      軍事 戰役 事變 内亂 騒擾篇
      二二
    • 第六類
      家庭 社會 世相 災害 運動 娯樂 雜事篇
      二四
    • 第七類
      海外紀事篇
      二七
    • 各項目の年月別は、事項記載新聞の發行日に據つたものであるから、發生の事實は其の前月に溯る場合がある。
  • 第一類
    宮廷篇
    • 明治三十九年
      • 一月
        • 九條道孝公爵薨去
          一八
        • 故三宮式部長の葉山別邸御買上
          三三
        • 陸軍記念日制定(三月十日)
          三六
        • 佐々木高行に宮中杖御差許
          三六
      • 二月
        • 歌御會始御式—宮中の御都合にて今月に御延期
          四一
        • 英國最高のガーター勳章を明治天皇に御贈進の御式
          五一
        • 東宮御所の大食堂
          五二
        • 海軍記念日制定(五月二十七日)
          六六
      • 四月
        • 竹田宮、朝香宮兩宮家御新立
          七一
        • 新宿御苑行幸門
          八三
      • 八月
        • 大形奏上箱新調
          一三〇
        • 兩陛下朝の御料に珈琲を召させ給ふ
          一三〇
        • 御料の食麵麭—精養軒謹製
          一三二
      • 十月
        • 香取、鹿島、薩摩三新艦天覽
          一五八
      • 十一月
        • 東久邇宮家御創立
          一六四
    • 明治四十年
      • 一月
        • 御歌會始御式
          二〇〇
      • 二月
        • 皇室典範御增補
          二一四
        • 帝室制度調査局廢止さる
          二一六
        • 皇族會議令公布せらる
          二二三
      • 四月
        • 有栖川宮大妃、都踊に興ぜさせられ舞妓に御賜謁
          二三九
        • 平和會議に差遣の委員に勅語を賜ふ
          二四六
        • 東宮山陰行啓—御旅程決定す
          二四八
      • 五月
        • 新華族令公布—改正の要點
          二五二
        • 東宮山陰道行啓
          二五三
        • ケンブリツヂ大學が、伏見宮に名譽學位贈呈
          二五七
        • 新東宮御所(片山東熊博士談(一))
          二五七
        • 新東宮御所(片山東熊博士談(二))
          二五八
        • 山陰道御巡啓の東宮、鳥取御著
          二六一
        • 日本海々戰の追憶を東郷大將、東宮に言上
          二六八
        • 東宮御旅中の御風懷
          二六七
      • 六月
        • 東宮隱岐に御上陸
          二六八
      • 七月
        • 宮中女官ハイカラ風取締
          二八三
      • 九月
        • 東宮韓國御渡航—九州、四國へも行啓
          三一七
      • 十月
        • 中山一位局薨去
          三二二
        • 東宮御渡韓
          三二五
        • 東宮韓皇と御對顏
          三二七
        • 東宮御歸程
          三二八
      • 十一月
        • 宮内省官制
          三三六
        • 内大臣府官制
          三三七
        • 皇后宮職官制公布
          三三七
        • 東宮職官制公布
          三三七
        • 皇族附職員官制公布
          三三七
        • 御歌所官制公布
          三三七
        • 帝室博物館官制
          三三七
        • 宮内省新官制—聖上具さに御親閲
          三三七
        • 東宮御渡韓と日韓の國交
          三三八
        • 第十四師管下で大演習御施行—聖上御統監
          三四〇
        • 東宮還啓
          三四二
    • 明治四十一年
      • 一月
        • 代々木御料地十五萬坪大博覽會敷地として無料御貸下
          三五九
        • 新年歌御會始御式
          三六八
        • 一條松壽院薨去
          三七三
      • 二月
        • 東宮御所拜觀記
          三八一
      • 三月
        • 聖上御精勵
          三九八
        • 山口德島兩縣下へ東宮行啓の御行程
          四〇八
      • 四月
        • 東宮關西行啓
          四一〇
        • 有栖川宮栽仁王薨去
          四一二
        • 栽仁王の御身體解剖さる
          四一三
        • 宮中顧問官—三博士新任事情
          四一七
      • 五月
        • 常宮内親王、竹田宮恒久王御成婚の大禮
          四二二
        • 山階宮菊麿王薨去
          四二二
      • 六月
        • 皇孫方、玉乘御覽
          四四三
      • 九月
        • 東宮東北行啓被仰出
          四七三
        • 皇室祭祀令公布せらる
          四七六
        • 東宮御慶事記念の奉獻美術館竣工す
          四七九
      • 十月
        • 戊申詔書渙發
          四八五
        • 戊申の詔書と稱する事に決定
          四九一
      • 十一月
        • 有栖川姫宮、德川慶久に御降嫁
          四九五
        • 聖上奈良、兵庫縣下へ行幸
          四九六
        • 東宮群馬行啓
          四九七
        • 華頂宮大妃薨去
          四九九
        • 聖上御還幸—十九日舞子御發輦
          五〇一
        • 聖上乘御の宮廷列車動かず—鐵道廳の大失態
          五〇二
      • 十二月
        • 北白川宮武子女王、藤堂高紹に御降嫁
          五一二
        • 宮廷臣僚に對する勅諭降下
          五二〇
        • 勅諭降下と宮内官吏の責任
          五二二
        • 侍從武官府官制公布
          五二八
        • 藤堂伯問題と宮相以下の進退
          五三一
        • 明治四十一年を囘顧す
          五三二
  • 第二類
    政治・外交・法律・刑罰篇
    • 明治三十九年
      • 一月
        • 明治三十八年の政界小史(上)
        • 明治三十八年の政界小史(中)
        • 明治三十八年の政界小史(下)
          一〇
        • 政友倶樂部成る
          一〇
        • 小村遣淸大使歸京
          一三
        • 明治三十八年の社會小史(下)
          一七
        • 九條道孝公爵薨去
          一八
        • 男爵岩村高俊逝く
          一八
        • 第二十二議會の分野
          一八
        • 外務省發表「日露講和早わかり」
          二〇
        • 西園寺内閣成立—桂内閣瓦解
          二一
        • 政黨人西園寺侯の内閣歡迎
          二二
        • 長命なりし桂内閣
          二二
        • 内閣更迭一覽
          二三
        • 次官局長任命
          二四
        • 伊藤、金子、小村樞密顧問官親任
          二四
        • 大使任命
          二四
        • 西園寺家おめでた—令孃新子の婿がね極る
          二五
        • 坂本龍馬未亡人危篤—今は窮迫して救護を受く
          二六
        • 内務次官、警視總監、警保局長、地方局長更迭
          三〇
        • 河野廣中等の公判—辯護人七十六人
          三一
        • ガーター勳章御贈進の爲英帝コンノート殿下御差遣
          三二
        • 第二十二議會下院議長候補者
          三二
        • 痴漢直訴を企つ—取調秘密で眞相不明
          三三
        • 淸國皇族入京參内
          三三
        • 前東京市長松田秀雄歿す
          三四
        • 机の塵
          三四
        • 衆議院の一大陋態
          三五
        • 來朝の韓國大使に叙勳の御沙汰
          三五
        • 佐々木高行に宮中杖御差許
          三六
        • 伊藤韓國統監、新聞記者を招宴
          三六
        • 滿洲關係の日淸條約成立
          三六
      • 二月
        • 統監府開務式
          三八
        • 小樽市街地拂下の怪聞暴露
          三八
        • 警視廳廢止請願—衆議院に提出さる
          三九
        • 四方山話
          三九
        • 韓國統監の兵力使用權と一部軍人の言動
          四〇
        • 淸國露國に要求條件を提議す
          四一
        • 鸚鵡返しに露國から對淸要求
          四一
        • 統監旗制定
          四八
        • 東京市會も警視廳廢止畫策
          四八
        • 河野廣中等の公判—辯護人百四十七人
          四九
        • 國賓コンノート殿下入京
          五〇
        • 英國最高のガーター勳章を明治天皇に御贈進の御式
          五一
        • 自用俥代議士七十人—大概は電車でテク
          五二
        • 原内務大臣と郡制廢止問題
          五二
        • 戰税繼續法案通過—貴族院で可決
          五三
        • 露淸談判大觀
          五四
        • 兇徒嘯集事件に警視廳の犬あり
          五五
      • 三月
        • 警視廳のイヌ
          五五
        • 鐵道國有問題閣議決定—首相政友會及財界有力者を招待
          五六
        • 進歩黨の二年兵役案
          五六
        • 加藤外相獨り國有に反對
          五六
        • 加藤外相去る—内閣の破綻
          五六
        • 鐵道國有法案閣議決定の大綱
          五六
        • 郡制廢止案を議會に提出
          五七
        • 二年兵役論の根據
          五七
        • 堺利彦、片山潜、西川光二郞等日本社會黨を組織す
          五七
        • 七卿の一人壬生基修歿す
          五八
        • 女權擴張會—一名お轉婆會
          六〇
        • 鐵道國有反對議員一夜にして寢返り
          六〇
        • 鐵道國有賛否明細帳
          六〇
        • 郡制廢止案可決
          六〇
        • 群衆赤旗を飜して市廳に迫る—電車値上反對の大示威運動
          六一
        • 街鐵夜間運轉休止(市民大會餘聞)
          六一
        • 鐵道國有案下院大多數で可決
          六二
        • 市民大會發起者の檢擧—社會黨員一味擧げらる
          六二
        • 六三代案提出—臺灣に施行の法律を勅令に委任
          六二
        • 松本道別拘引さる
          六三
        • 詩人野口寧齋殺しの野口男三郞公判廷開かる
          六三
        • 休憩後の野口男三郞公判
          六五
        • 六三代用案撤囘—政府新案を提出
          六八
        • 第二十二帝國議會閉會
          六八
        • 鐵道國有法公布—先づ十七鐵道買收
          六九
        • 京釜鐵道買收法公布
          七〇
        • 小村顧問官の推薦者—新進の異彩は古賀と山座
          七〇
        • 憲政本黨の内訌
          七〇
      • 四月
        • 大同倶樂部騒動記—藻寄鐵五郞武勇傳
          七二
        • 廣軌は財政的見地から政府反對
          七二
        • 自轉車名人後藤新平—民政長官の御威光で一杯喰つた一等賞!
          七二
        • 臺灣戸口調査祝賀會
          七二
        • 灣泊會
          七二
        • 第二囘平和會議—露國政府から案内
          七三
        • 東海散史柴四朗進歩黨を脱す
          七三
        • 野口男三郞事件第二囘公判
          七四
        • 鈴木重遠歿す
          七五
        • 河野廣中等の公判廷に於る花井卓藏の辯論
          七五
        • 臺灣總督更迭—新任は佐久間左馬太
          七七
        • 兒玉源太郞は陞爵・後藤新平は男爵
          七七
        • 社會主義者一味の兇徒嘯集事件豫審終結
          七七
        • 淸浦奎吾、曾禰荒助敍任
          七八
        • 警視廳全般的に人物入替へ—市内全署長總辭職の説起る
          七八
        • 蒙古王入京—佐々木安五郞が誘引
          七九
        • 伊澤多喜男、岡田文次、西久保弘道、湯淺倉平、太田政弘敍任
          八〇
        • 在韓邦人取締—保安規則公布
          八〇
        • 警視廳改革發表
          八〇
        • 警視廳官制改正と原内相の訓令
          八一
        • 警視廳改革は原内相の方寸
          八一
        • 河野廣中以下無罪の判決
          八二
        • 文なしの大臣—好一對の小村と大浦
          八二
      • 五月
        • 韓國亡命者李埈鎔—或時期の到來を待ち佗びつつ北條に潜伏
          八七
        • 河原操子女史は沖禎介の戀人
          八八
        • 韓帝密使露國で狙擊さる—追はれて目下浦鹽に潜伏中
          八八
        • 若槻大藏次官以下韓帝に謁見叙勳さる
          八八
        • 殺人鬼野口男三郞の判決(一)
          九〇
        • 殺人鬼野口男三郞の判決(二)
          九一
        • 男三郞の判決に對する花井卓藏の所感
          九三
        • 專任外相決定—林董入閣す
          九三
        • 沖、橫川と同行の四志士銃殺と判明—遺族に恩賜金
          九七
      • 六月
        • 馬政局官制公布
          九九
        • 良妻賢母主義の見地から女子參政權など以ての外
          一〇〇
        • 滿洲鐵道守備兵二萬を要す—增設二箇師團は全部之に充てらる
          一〇一
        • 南滿洲鐵道株式會社設立
          一〇三
        • 長島隆二と桂潔子
          一〇四
        • 府知事に警察指揮權
          一〇五
        • 日露修好交渉近く開始—漁區の調査、漁場の檢分等調査終了の上
          一〇五
        • 臺灣彩票律令公布さる
          一〇六
        • 貴族院議員矢野次郞歿す
          一〇七
        • 園田長官の北海道獨立經營案
          一〇九
        • 伯爵坊城俊章逝く
          一一〇
        • 内務省の繁文矯正
          一一一
      • 七月
        • 橫田國臣大審院長
          一一三
        • 韓國宮中肅淸案—宮禁令の内容
          一一四
        • 電車賃値上反對の兇徒聚衆判決—大杉、西川等は無罪
          一一五
        • 英國支那艦隊司令長官ムーア中將入京して直に參内
          一一五
        • 國民公憤の犧牲—燒打事件の判決
          一一五
        • 西園寺ヨウサイ侯—松方ボクキヨ伯と好一對の話柄
          一一七
        • 日加通商條約締結
          一一七
        • 女判任官—遞信省の女子採用
          一一八
        • 梅謙次郞、韓國法律顧問に傭聘せらる
          一一八
        • 澤柳政太郞文部次官となる
          一一九
        • 小村駐英大使出發
          一二〇
        • 女子判任官初めて出來る—遞信省で先づ十七名
          一二一
        • 寛城子問題決定一時延期
          一二三
        • グワム江戸橋間電信直通—聖上、米大統領と御親電の御交換
          一二四
        • 東淸鐵道を日本に受了
          一二四
      • 八月
        • 關東都督府官制公布せらる
          一二五
        • 大議論の後死刑存置と決定
          一二六
        • 政府標章制定か
          一二七
        • 日露入國禁止制—日本は撤廢に努力
          一二七
        • 邦人漁夫殺害事件—米國の意嚮判明
          一二九
        • 滿鐵と政府の出資額
          一二九
        • 大形奏上箱新調
          一三〇
        • 風流宰相の句筵
          一三〇
        • 小村令孃おめでた
          一三〇
        • 侯爵德川茂承逝く
          一三〇
        • 日本商人又々浦鹽監獄に拘禁せらる
          一三〇
        • 大隈の百廿五歳説
          一三二
        • 自由港として大連港開放
          一三三
        • 林外相病む—西園寺首相兼攝
          一三五
      • 九月
        • 行政裁判所評定官の終身保障問題
          一三六
        • 高木正年の妻投身—前身は神明藝者
          一三七
        • 町村合併の趨勢
          一四〇
        • 大東協會設立
          一四一
        • 兇惡兩大關—男三郞と時三郞
          一四三
        • 中根重一歿す
          一四四
        • 閣令にも罰附帶可能となる
          一四五
        • 關東州の笞刑
          一四五
        • 不定刑期の制定
          一四六
        • 代議士佐々友房逝く
          一四七
      • 十月
        • 義和宮東京永住か
          一四九
        • 誣告罪誹毀罪廢止
          一五〇
        • 才人佳人歐都の結婚式—松平恒雄と鍋島信子
          一五二
        • 代議士新井章吾逝く
          一五五
        • 郡制廢止案來議會に提出理由
          一五七
        • 米國排日—我抗議を聽かず
          一五八
        • 代議士平岡浩太郞歿す
          一五八
        • 子爵海江田信義逝く
          一六〇
        • 机の塵
          一六二
      • 十一月
        • 智利と條約締結
          一六四
        • 第二十三議會召集
          一六六
        • 紬屋殺し時三郞死刑—妻たけは無期徒刑
          一七〇
        • 女民權家の先驅中川佐和子の半面
          一七〇
        • 寛城子問題交渉、露都に移る
          一七二
        • 樺太境界劃定委員會議畢る
          一七三
        • 韓國太平記—藤の大臣埋骨の地を求む
          一七三
        • 寛城子問題—露國は日本に讓渡を肯んぜず
          一七五
      • 十二月
        • 宮内省雇サラゼン歿す
          一七七
        • 營口還附
          一七七
        • 農務省獨立運動
          一八〇
        • 韓國皇帝より我が皇室に親書捧呈
          一八〇
        • 日韓協約締結
          一八〇
        • 南淸に暴徒蜂起—軍艦伏見、隅田急派
          一八〇
        • 寛城子境界協定案
          一八二
        • 北海道廳長官更迭
          一八三
        • 日比協會設立
          一八三
        • 滿洲要市開放
          一八四
        • 大同倶樂部分裂
          一八五
        • 模範町村減少—戰爭の影響か
          一八五
        • 第二十三議會開會
          一八六
        • 第二十三議會開院式
          一八八
        • 電車燒打事件判決—松本道別は重禁錮四年
          一八八
        • 判事畫家川村雨谷歿す
          一八九
        • 明治三十九年の囘顧
          一八九
        • 明治三十九年中貴族院議員異動
          一九二
    • 明治四十年
      • 一月
        • 日露漁業交渉大體は結了
          一九五
        • 樺太經營及び探檢の功勞者に贈位申請
          一九六
        • 宮中席次新定
          一九六
        • 郡制廢止問題—諸星意見區々
          一九七
        • エスペランド領事館
          一九七
        • 高齡者に恩賜
          一九七
        • 石坂昌孝歿す
          一九九
        • 島田孝之歿す
          一九九
        • 大勳位會—伊藤侯の目論見
          二〇九
      • 二月
        • 公式令公布
          二〇九
        • 内閣總理大臣の權限擴張さる
          二一〇
        • 朴泳孝大赦—めでたく歸國出來る
          二一四
        • 波多野傳三郞歿す
          二一七
        • 日露漁業交渉は「入江」の解釋が難點
          二一七
        • 外勢研究會
          二一七
        • 婦人の政治運動自由獲得案—請願書議會に提出されんとす
          二一八
        • 東京辯護士倶樂部
          二一九
        • 日露漁業問題有利に解決
          二一九
        • 社會主義裁判メモ
          二一九
        • 日本社會黨禁止せらる
          二二〇
        • 高平小五郞、内田康哉敍任
          二二二
      • 三月
        • 米國陸海軍祝典に軍艦二隻差遣
          二二三
        • 檢事局出頭の記(幸德秋水)
          二二三
        • 郡制廢止案下院を通過す
          二二五
        • 郡役所廢止案—原内相頭痛の種
          二二六
        • 原内相不信任案提出の内議
          二二七
        • 橫川、沖等の殉難志士叙勲
          二二八
        • 郡制廢止案—上院の雲行險惡
          二二九
        • 樺太廳官制公布せらる
          二三〇
        • 沖繩縣及島嶼町村制
          二三〇
        • 沖繩、伊豆七島の名稱及區域變更
          二三〇
        • 在米日本兒童就學問題緩和
          二三〇
        • 臺灣彩票の内地賣買檢擧
          二三一
        • 明治四十年度豫算歳入出六億圓
          二三一
        • 彩票事件の奇怪—「拂ふ」「拂ふな」で五萬圓がヒネる
          二三一
        • 目賀田種太郞が統監府財政監査長官
          二三二
        • 樺太廳特別會計
          二三二
        • 郡制廢止案上院に敗る
          二三四
        • 彩票檢擧の結果は一萬人の勳章褥奪
          二三五
      • 四月
        • 樺太軍政撤廢—廳長官は楠瀨幸彦
          二三八
        • 彩票中止善後策
          二三八
        • 入江の解釋つく—日露漁業交渉の難關これで突破
          二三九
        • 大同倶樂部首領設置問題—桂は政黨化を好まず
          二四〇
        • 社會黨大會事件の判決下る
          二四〇
        • 日韓聯邦説—韓人間專らの噂
          二四一
        • 萬國平和會議に提案の諸問題
          二四三
        • 元老と大臣重要會議
          二四五
        • 日淸鐵道協約締結
          二四五
        • ヘーグの萬國平和會議に出席の委員
          二四六
        • 刑法—改正
          二四七
        • 同胞四千六百萬
          二四七
        • 中村是公、山口鋭之助敍任
          二四八
        • 韓國の排日熱
          二四九
      • 五月
        • 日佛協商の動機
          二五三
        • 大隈の苦言に印度學生怒る
          二五五
        • 貴族院議員金井之恭逝く
          二五六
        • 日佛協商の由來
          二五六
        • 屋上制限令發布
          二五八
        • 板垣伯一代華族論を提唱—谷子爵之に應酬して大論戰開始(一)
          二五八
        • 板垣伯の一代華族論に對する谷子爵の應酬(二)
          二五九
        • 一代華族論—板垣伯の覆答(一)
          二六一
        • 一代華族論—板垣伯の覆答(二)
          二六二
        • 韓廷大臣會議—伊藤統監邸に開く
          二六三
        • 韓廷總辭職
          二六三
        • 法律取調委員會—會長委員の任命
          二六四
        • 日佛協約進展
          二六四
        • 内田康哉、杉村虎一敍任
          二六六
      • 六月
        • 孫逸仙と梁啓超—淸國亡命客の二派
          二六七
        • 亂劇!辯護士會の會長爭ひ
          二六九
        • 朴泳孝突如歸韓
          二七一
        • 田中正造無罪
          二七三
        • 風流宰相陶庵侯の文士招待
          二七三
        • 机の塵
          二七三
        • 首相の文士招待—先づ五人招かる
          二七三
        • 日佛協約巴里に於て調印さる
          二七四
        • 萬國平和會議海牙に開會
          二七四
        • 首相の文士招待—第二日は六人招待
          二七五
        • 議事堂新築内議—歐米のそれを視察し十二三年懸りで竣工
          二七八
        • 鹽專賣の弊害矯正
          二七八
        • 谷中村の強制立退問題—縣の見解と村民の主張甚しく異る
          二七九
        • 谷中村強制處分と村民の決心
          二八〇
        • 平和會議に日本からも提案
          二八二
      • 七月
        • 噫!谷中村強制破壞の第一日
          二八二
        • 大連税關開關
          二八三
        • 韓國の徴兵令
          二八三
        • 韓國皇帝の密使、海牙の萬國會議に現はれて獨立庇護を哀訴す
          二八四
        • 海牙密使事件に韓廷大狼狽
          二八五
        • 韓帝焦躁—統監今尚參内せず
          二八六
        • 韓廷は囚獄同様と、更に海牙に哀訴か
          二八六
        • 韓國皇帝退位と決す—十九日拂曉讓位の勅令に親署
          二八八
        • 韓帝の讓位未だ以て萬全の解決たらず
          二八八
        • 寛城子授受終了
          二八九
        • 韓國皇帝讓位始末
          二八九
        • 韓國皇帝讓位秘録
          二八九
        • 讓位後報—暴徒巨魁拘禁、朴泳孝宮相に
          二九〇
        • 韓國新皇帝即位の御祝電を贈らせらる
          二九〇
        • 親日派の頭目と睨みて、暴徒李完用の邸宅を燒打にす
          二九〇
        • 上皇陰謀—我兵遂に出動普德殿に入る
          二九一
        • 宮中一派の謀計暴露して大臣元老捕縛
          二九一
        • 朴泳孝捕縛始末
          二九一
        • 傳位か代理か韓帝退位の一埓
          二九一
        • 孤憤韓廷の爲に圖らんとせる朴泳孝
          二九一
        • 野口男三郞控訴公判の判決
          二九二
        • 元老を使嗾し暴徒を操縱するみな是れ嚴妃のさしがね一つ
          二九三
        • 日韓新協約成立—統監府其の實權を握る
          二九四
        • 韓國軍隊叛亂の兆
          二九五
        • 韓帝日本の儼然たる態度に畏怖
          二九五
        • 李允用宮相兼任
          二九五
        • 日露協約内容
          二九六
      • 八月
        • 韓國は常に自ら獨立を破る—伊藤統監新聞記者團に語る
          二九七
        • 韓國解兵の詔勅下る
          二九七
        • 日露鐵道接續業務の假條約—寛城子を兩國の接續地點とす
          二九八
        • 解隊の詔勅に大隊長自殺を企て遂に暴發して我が兵と衝突
          二九八
        • 机の塵
          二九九
        • 韓國立太子
          三〇一
        • 子爵福羽美靜逝く
          三〇三
        • 日露協約發表
          三〇五
        • 勤王家小野正朝歿す
          三〇六
        • 獄中の一流どころ昨今の消息
          三〇七
        • 今村恭太郞判事恩典
          三〇七
        • 朴泳孝流謫か
          三〇八
        • 小山六之助假出獄—李鴻章の狙擊人
          三〇九
      • 九月
        • 貴族院議員名村泰藏逝く
          三一一
        • 猥褻畫大量檢擧
          三一一
        • 間島問題—其の眞相を摑む
          三一二
        • 外人土地所有を初めて認許—注目すべき日露通商條約の特點
          三一二
        • 日露漁業協約に關する宣言
          三一三
        • 日佛日露協約行賞
          三一三
        • 橋本圭三郞、黑田英雄叙任
          三一四
        • 身分保障を無視したる判事の罰俸
          三一四
        • 韓國副統監曾禰荒助任命
          三一五
        • 日露戰役行賞の陞授爵發表
          三一六
        • 叙爵と特別賜金
          三一八
        • 田中光顯以下陞叙爵
          三一八
        • 高等捕獲審檢所—平和會議の重要問題可決
          三一八
        • 韓國宮中廓淸難
          三一九
        • 第二囘萬國平和會議の收穫
          三一九
      • 十月
        • 米國大統領タフト來朝
          三二〇
        • 父の勳功に依る陞授爵
          三二二
        • 中山一位局薨去
          三二二
        • 征韓論主唱者佐田白茅歿す
          三二四
        • 男三郞上告棄却—遂に死刑確定
          三二五
        • 刑事學會發會式
          三二六
        • 間島問題警告
          三二七
        • 間島問題—我政府囘答要領
          三二七
        • 日淸郵便交渉
          三三一
        • 臺灣彩票—ウヤムヤに中止
          三三三
      • 十一月
        • 伊庭想太郞獄死
          三三八
        • 林有幸陞爵
          三四〇
        • 韓國皇太子日本に留學
          三四〇
        • 韓國憲法—梅謙次郞起草中
          三四一
        • 第二十四議會召集
          三四一
        • 韓帝御涕泣—移宮を御悲歎
          三四一
        • 加奈陀勞働大臣來朝
          三四二
        • 韓國國是—六事の御誓文
          三四二
        • 西川光二郞控訴判決下る
          三四五
        • 伊藤公韓國太子太師となる
          三四六
      • 十二月
        • 靑木駐米大使急遽召還事情
          三四七
        • 召還されし遣外使臣は今日まで四人あり
          三四七
        • 國賓倫貝勒參内
          三四八
        • 東京市電車市有—協定成立す
          三四八
        • 韓國太子御入京
          三四九
        • 濱口雄幸專賣局長官
          三四九
        • 韓國太子參内
          三五〇
        • 第二十四議會開かる
          三五一
        • 衆議院各部の派別
          三五一
        • 第二十四議會開院式
          三五二
        • 明治四十年の囘顧
          三五三
        • 明治四十年中貴族院議員異動
          三五六
    • 明治四十一年
      • 一月
        • 同胞今や五千萬
          三五七
        • 明治四十年世界の大勢
          三五七
        • 古稀庵
          三六二
        • 内閣書記官長更迭
          三六二
        • 漁業權に關する日露交渉始末を露國政府黄書を以て公表す
          三六二
        • 駐米大使更迭
          三六五
        • 山縣遞相辭任
          三六五
        • 藤公閑あり—梨園の名花と語る
          三六六
        • 内閣動搖の一因
          三六七
        • 藏相遞相更迭—喧嘩兩成敗
          三六七
        • 醉處西村捨三歿す
          三六八
        • 鳩山和夫脱黨—政友會に入る
          三六八
        • 進歩黨大會と大石の演説
          三六九
        • 政府不信認の決議案提出
          三七〇
        • 政府不信認案敗る
          三七一
        • 布哇移民停止—移民會社大恐慌
          三七三
        • 東京都制案提出
          三七三
      • 二月
        • 東京都及千代田縣設置案
          三七七
        • 大三輪長兵衞逝く
          三七八
        • 議會は輿論を無視して增税案に左袒す
          三八〇
        • 間島は國籍不明
          三八一
        • 浪人會
          三八二
        • 淸國の辰丸抑留事件紛糾
          三八二
        • 堺、大杉等の判決—被告裁判官を罵る
          三八三
        • 恩賜の憲法記念館移轉式
          三八三
        • 主催者不明の國民大會—「增税反對」に煽られて群衆殺到
          三八四
        • 日淸間の懸案
          三八六
        • 商業會議所聯合會の對總選擧宣言
          三八七
        • 中野武營立候補
          三八八
        • 東京都制案—貴族院で可決—政府は反對
          三八八
        • 元公使建野郷三逝く
          三八九
        • 裁判言渡の光景(堤ため子)
          三八九
        • 山内豐誠逝く
          三八九
        • 滿洲開放と米國
          三九〇
      • 三月
        • 政友會は「記名投票」に決す
          三九三
        • 内務と文部の睨合—問題は陰暦の存廢
          三九四
        • 辰丸抑留事件—外務當局者談
          三九四
        • 普通選擧運動大會禁止
          三九七
        • 四十一年度豫算六億一千萬圓
          三九九
        • 記名選擧案延期
          三九九
        • 三世相と怨靈—辨天窟本夫殺し事件公判開かる
          四〇〇
        • 辰丸事件落著す
          四〇一
        • 司法、遞信兩相更迭す
          四〇六
        • 法相遞相決定事情
          四〇六
        • 第二十四議會閉會
          四〇七
        • 監獄法公布
          四〇八
        • 東京府知事阿部浩
          四〇九
      • 四月
        • 間島の新官制
          四〇九
        • 市區改正の嘆き—江戸名物消えて行く
          四〇九
        • 貴族院議員松浦詮逝く
          四一五
        • 五月十五日總選擧
          四一五
        • 公證人法公布
          四一六
        • 出齒龜は非犯人—辯護士等反證蒐集
          四一七
        • 宮中顧問官—三博士新任事情
          四一七
        • 來朝の蒙古王子
          四一八
        • 毛利元敏逝く
          四一九
        • 樺太長官以下更迭
          四一九
      • 五月
        • 總選擧開幕—東京市の當選
          四二六
        • 侯爵德川義禮逝く
          四二六
        • 新代議士黨派別
          四二七
        • 第十囘衆議院議員當選者
          四二七
        • 初期以來の衆議院議員當選者
          四二九
        • 臺灣蕃賊討伐方針
          四三〇
        • 臺灣民政長官祝辰巳歿す
          四三〇
        • 身を捨てて懸る暴露戰術—森肇の選擧違反自首事件
          四三二
      • 六月
        • 水町大藏次官何故の休職か
          四三四
        • 全權大使新任式
          四三五
        • 日米仲裁々判條約締結
          四三七
        • 出齒龜事件公判—被告事實の全部を否認す
          四三七
        • ベツセルの韓國暴徒煽動事件
          四三九
        • 親日派韓人一千名殺害さる
          四四〇
        • 野黨聯盟の端
          四四〇
        • 拘留中の社會主義者拷問されて悶絶す
          四四一
        • 海牙に成りたる平和條約調印
          四四二
        • 淸國留學生差遣契約
          四四三
      • 七月
        • 貴族院議員兒島惟謙歿す
          四四五
        • 大森の開拓者兒島惟謙の事ども
          四四五
        • 詩人寧齋殺しの男三郞死刑執行
          四四五
        • 明治稀代の老探偵—千八百人の犯人捕縛
          四四六
        • 西園寺首相退却決意を表明
          四四六
        • 内閣總辭職の眞相
          四四六
        • 後繼内閣の組織に關し遠く京城の伊藤公へ御下問
          四四七
        • 薄志弱行の西園寺首相—山縣系の壓迫に内閣を投出す
          四四八
        • 錦輝館事件復讐—電柱に廣告の貼紙
          四四九
        • 亡靈三十二萬五千—死刑獄死者追弔會
          四四九
        • 内閣死亡廣告
          四四九
        • 第二次桂内閣成立す
          四五〇
        • 桂内閣組織さる(門外漢)
          四五〇
        • 電車市有失敗に市理事者參事會員八百長的の總辭職
          四五一
        • 西園寺侯は前官禮遇
          四五一
        • 安廣伴一郞、柴田嘉門、杉竹二郞、長島隆二敍任
          四五一
        • 若槻禮次郞、押川則吉、久米金彌、水町袈裟六敍任
          四五三
        • 實業派の新團體—戊申倶樂部と命名か
          四五三
        • 出齒龜事件公判
          四五三
        • 次官、總監、局長
          四五五
        • 京大總長が文部次官兼任
          四五五
        • 長崎に於ける露國革命黨員の家宅搜索
          四五五
        • 實業派代議士の新團體戊申倶樂部を組織
          四五六
        • 三重丸船員死刑—密獵船として拿捕され露兵と衝突した爲めか
          四五七
      • 八月
        • 賣國將校射殺さる
          四五九
        • 樺太廳移轉—大泊より豐原へ
          四五九
        • 出齒龜事件判決—無期徒刑
          四六〇
        • 女子敎誨師養成
          四六二
        • 山縣系の不文憲法—淸浦、松平の憲法違反者疎外さる
          四六三
        • 錦輝館赤旗事件公判—女は強し、男は氣勢揚らず
          四六三
        • 三好退藏逝く
          四六四
        • 外務省の移民課
          四六六
        • 專任外相決定—小村壽太郞就任
          四六七
        • 三重丸乘組員遂に死刑確定
          四六九
      • 九月
        • 東京市長選擧—尾崎行雄再任
          四七〇
        • 子福者松方侯—福々すぎて戸籍違反の事
          四七一
        • 東海第一の別墅に納まつて大鳥如楓の囘顧談
          四七一
        • 病井上侯の爲に汽車のやりくり
          四七二
        • 東海ホテルの會合—井上の病中囈語を内閣に取次ぐ相談
          四七二
        • 病める井上侯の爲急行列車停止—興津に一分間
          四七二
        • 尾崎市長辭表撤囘不可能と決定
          四七二
        • 日米仲裁々判條約公布
          四七三
        • 加藤高明駐英大使に
          四七四
        • 尾崎行雄東京市長に再選と決定
          四七七
      • 十月
        • 新刑法適用第一日—地獄に甘露が降る
          四七九
        • 警察犯處罰令實施の第一日
          四七九
        • 東京市長に尾崎行雄再任裁可
          四八〇
        • 桂内閣斷乎馬券禁止
          四八一
        • 子爵談話會組成
          四八一
        • 馬政局總辭職—問題は競馬禁止
          四八二
        • 馬政局長官更迭
          四八三
        • 三重丸船員特赦死刑を免かる
          四八五
        • 條約改正準備委員會委員
          四八五
        • 戊申詔書渙發と首相の訓示
          四八六
        • 米國大西洋艦隊來る—橫濱灣頭空前の偉觀
          四八七
        • スペリー提督參内謁見を賜はり、聖上米國大統領と御交歡
          四八八
        • 鶴原定吉免官、水町袈裟六遣外辭令
          四八八
        • 進歩黨内の改革非改革派抗爭—非改革派犬養の勢力失墜
          四八八
        • 唐紹儀謁見
          四八九
        • 子爵榎本武揚逝く
          四八九
      • 十一月
        • 嘉悦氏房逝く
          四九二
        • 研究會動搖—伯爵同志會と無名倶樂部と
          四九二
        • 片岡利和逝く
          四九三
        • 伊藤公日韓新協約を語る
          四九五
        • 第二十五議會開催
          四九六
        • 吉林線協定成立
          四九七
        • 北京政局の今後—犬養毅語る
          五〇一
        • 各黨派の勢力—政友會は過半數
          五〇三
        • 大石、犬養の反目調停の會
          五〇三
        • 會者三千五百人—井上角五郞の園遊會
          五〇四
        • 稻垣滿次郞逝く
          五〇六
        • 條約改正準備進行
          五〇七
        • 衆議院委員會閉鎖問題
          五〇八
      • 十二月
        • 日米新協約覺書交換
          五〇九
        • 日米協約覺書説明
          五一〇
        • 鐵道院官制公布さる
          五一一
        • 公文書にインキ使用許可せらる
          五一三
        • 出齒龜の公訴公判
          五一四
        • 日哥通商條約
          五一五
        • 出齒龜果して眞犯人か—公判延期さる
          五一五
        • 岡澤侍從武官長逝く
          五一六
        • 日米移民問題オイテキボリの理由
          五一六
        • 進歩黨内紛の眞相
          五一七
        • 警視廳の協同隊—歳の市警戒に應用
          五一八
        • 支那革命黨毒茶事件—黄興、宋敎仁等日本で活躍す
          五一八
        • 廊下判決問題
          五一八
        • 貴族院新團體扶桑會組織
          五一九
        • 宮廷臣僚に對する勅諭降下
          五二〇
        • 官僚政治排擊に新聞記者憤起
          五二〇
        • 進歩黨内紛—院内總理二人制大石犬養推さる
          五二一
        • 研究會大混亂
          五二二
        • 猶興會解散す
          五二二
        • 勅諭降下と宮内官吏の責任
          五二二
        • 研究會選擧母體尚友會大動搖
          五二三
        • 新團體又新會發會式
          五二三
        • 改革派敗北して進歩黨又揉める
          五二四
        • 第二十五議會召集
          五二四
        • 下院各黨派確定す
          五二五
        • 兩面カツラ使ひ方
          五二六
        • 第二十五議會開院式
          五二六
        • 由々しき問題を惹起したる藤堂伯懲戒委員會に附せらる
          五二七
        • 藤堂伯勅書返上同時に禮遇停止
          五二八
        • 露探殺今村は有期徒刑十二年
          五二八
        • 日淸交渉開始
          五三一
        • 明治四十一年を囘顧す
          五三二
        • 明治四十一年中貴族院議員異動
          五三四
  • 第三類
    財政・經濟・貿易・商業・交通・通信・運輸・農業・工業・發明篇
    • 明治三十九年
      • 一月
        • 明治三十八年の財政及經濟(一)
        • 交通整理—左側勵行
        • 明治三十八年の財政及經濟(二)
        • 明治三十八年の財政及經濟(三)
          一四
        • 昨年の海外貿易—前古無比の飛躍
          二一
        • 大日本燐寸會社創立委員會
          三〇
        • 凶作地福島地方餓死凍死者續出
          三一
        • 机の塵
          三四
        • 四月より實施の東海道最大急行
          三五
        • 札幌、エビス、朝日の三麥酒合同
          三五
      • 二月
        • 馬政局設置案
          三八
        • 小樽市街地拂下の怪聞暴露
          三八
        • 四方山話
          三九
        • 交通安全—危險防止
          四四
        • 帝大前通りは電車御法度
          四六
        • 戰税繼續法案通過—貴族院で可決
          五三
      • 三月
        • 鐵道國有問題閣議決定—首相政友會及財界有力者を招待
          五六
        • 加藤外相獨り國有に反對
          五六
        • 鐵道國有法案閣議決定の大綱
          五六
        • 東京の電車三錢均一失敗
          五七
        • アームストロング—相模の平野に一大工場建設か
          五八
        • 三社共通五錢均一—東京市の三電車が慾の道づれで共願
          五八
        • 明治三十九年度豫算四億八千萬圓
          六〇
        • 鐵道國有反對議員一夜にして寢返り
          六〇
        • 鐵道國有賛否明細帳
          六〇
        • 群集赤旗を飜して市廳に迫る—電車値上反對の大示威運動
          六一
        • 街鐵夜間運轉休止(市民大會餘聞)
          六一
        • 鐵道國有案下院大多數で可決
          六二
        • 金祿公債滿期償還
          六二
        • 市民大會發起者の檢擧—社會黨員一味擧げらる
          六二
        • 三崎龜之助歿す
          六二
        • 木村駿吉無線電話を發明す
          六二
        • 宇治川電力認可—本邦第一の水力電氣
          六三
        • 三井、三菱、郵船三者レース復興
          六七
        • 電車値上却下さる—市民凱歌を揚ぐ
          六七
        • 大日本麥酒會社—三麥酒合併で創立
          六八
        • 高島炭坑爆發慘死者二百數十名
          六九
        • 松谷天一坊の策動—期米立會停止さる
          六九
        • 鐵道國有法公布—先づ十七鐵道買收
          六九
        • 京釜鐵道買收法公布
          七〇
      • 四月
        • 滿韓鹽業會社
          七〇
        • 廣軌は財政的見地から政府反對
          七二
        • 東洋經濟會發會式
          七三
        • 輸出羽二重精練業法
          七三
        • 四月十六日より實施の大急行車—停車は十四驛
          七五
        • 壺屋の洋食
          七七
        • 觀兵式記念切手
          八〇
        • メトロポールホテル增資して增築
          八二
        • 三等食堂車—臭い話
          八二
        • 木村莊平歿す
          八三
        • 戰捷記念繪葉書發賣で郵便局大雜沓
          八三
      • 五月
        • 記念スタンプ—死物狂ひ
          八四
        • 不祥不吉の戰役記念繪葉書—遞信省失態續出
          八五
        • 大阪諸會社だより
          八五
        • 萬國無線電信會議參列委員決定
          八六
        • 紙幣類似證券禁止
          八六
        • 上海日本人協會設立
          八六
        • 東京競馬協會設立
          八六
        • 煙草專賣局が十年計畫で海外飛躍
          八七
        • 萬國生命保險大會—片岡直温等出席
          八七
        • 開港以來の好記念碑—橫濱名物時計臺
          八八
        • 曾我祐準喧嘩腰—鐵道五千哩祝賀會に日鐵會社は寄附拒絶
          八八
        • 結婚信用調査所
          八八
        • 郵便保險考慮さる
          八八
        • 桑港の邦人銀行金門銀行が橫濱支店設置を出願
          八九
        • 不忍競馬に婦人出馬
          九三
        • 第一囘關八州競馬會—女武者も繰込む
          九四
        • 鐵道五千哩祝賀會擧行
          九四
        • 本邦硝子工業の發達を語る
          九八
      • 六月
        • 馬政局官制公布
          九九
        • 經木眞田の歴史
          九九
        • 東京市の託兒所
          一〇〇
        • 新ケーブル船—長崎造船所で進水
          一〇〇
        • 電話規則公布
          一〇一
        • 東京市三電車合同成立す
          一〇二
        • 白燐使用禁止の伯林會議に日英反對
          一〇二
        • 北陸、山陰、四國、九州の官鐵四大幹線速成
          一〇二
        • 南滿洲鐵道株式會社設立
          一〇三
        • 横濱鐵道起工
          一〇四
        • 電話金融も早速一つの商賣
          一〇四
        • 風月堂の氷菓子
          一〇五
        • 阿里山伐採事業
          一〇五
        • カーバイド工場合同
          一〇五
        • 浦鹽通商開始と麥酒の輸出旺盛
          一〇五
        • 戰後の景氣官鐵未曾有の收入
          一〇五
        • 臺灣總督の樟腦諭告
          一〇七
        • 日銀打歩徴收廢止—金利歩合定め方改正
          一〇八
        • 鬼怒川水電認可
          一〇八
        • 日本橋新架橋の設計
          一〇八
        • 農商務省をホテルに—實業家の運動
          一〇八
        • 熊本名産朝鮮飴
          一〇九
        • 廣島縣の移民學校
          一〇九
        • 留萠、空知の二炭礦登記拒絶問題解決
          一一〇
        • 川崎在の水蜜桃
          一一〇
        • 朝日新聞社の滿韓巡航船ロセツタ丸
          一一一
        • 振替貯金加入者忽ち千人突破
          一一一
      • 七月
        • 興銀副總裁佃一豫—前袁世凱顧問
          一一二
        • 「大日本農會報」三百號祝賀會
          一一二
        • 日本銀行の新金利制實施
          一一二
        • 日本ペイント會社業況頗る良好
          一一三
        • 東京市内電車ボギー車を運轉
          一一三
        • 基督敎界から實業界に乘出した押川方義の拜金主義
          一一三
        • 種馬育成所新設
          一一三
        • 日本精糖會社創立
          一一四
        • 一丁椎平吉の非業の死に安田家年々の追福慈善供養
          一一五
        • 財界頓に膨脹—上半季手形交換十五億圓に達す
          一一六
        • 日加通商條約締結
          一一七
        • 南滿洲鐵道の創立委員任命—委員長は兒玉源太郞
          一一七
        • 益田孝三井を退く
          一一八
        • ボギー車—今日から
          一一九
        • 昌圖以北の鐵道
          一一九
        • 買收決定の六鐵道見積價格
          一一九
        • 電車會社にも女子登場
          一二〇
        • 海上保險振はず、四會社が細々經營
          一二一
        • 國有鐵道經營機關設置
          一二一
        • 寛城子問題決定一時延期
          一二三
        • グワム江戸橋間電信直通—聖上、米大統領と御親電の御交換
          一二四
        • 北海道炭礦汽船會社
          一二四
        • 東淸鐵道を日本に受了
          一二四
        • 商事民事兼營—鑛業上の重要問題解決さる
          一二四
      • 八月
        • 日米間直通電信開始
          一二五
        • 東京市三電車合併認可
          一二五
        • 東京電車四錢均一
          一二六
        • 電車賃値上げ案反對運動を開始
          一二六
        • 鳥糞百萬圓の島—舞鶴の沖合の遺利
          一二六
        • 燐寸軸木に山欅代用
          一二六
        • 電車値上反對の市民大會開催
          一二七
        • 日本漁夫密獵者米國官憲に殺害さる
          一二七
        • 電車値上反對—社會黨員の運動
          一二八
        • 南滿洲鐵道會社創立命令書
          一二八
        • 邦人漁夫殺害事件—米國の意嚮判明
          一二九
        • 滿鐵と政府の出資額
          一二九
        • 三井三菱の金權政府を威壓—政府悉く其の鼻息を窺ふ
          一三〇
        • 新奉鐵道開始
          一三〇
        • 電車終夜運轉を新會社で實行か
          一三〇
        • 日本商人又々浦鹽監獄に拘禁せらる
          一三〇
        • 通用期限付の電車囘數券施行
          一三一
        • 帝國製粉會社創立
          一三一
        • 此にも好景氣反映—汽船一百萬噸
          一三三
        • 自由港として大連港開放
          一三三
        • 富士山頂に設置の郵便局
          一三四
        • 舶用風力計—馬場信倫發明
          一三四
        • 觀光會社設立計畫
          一三五
        • 博覽會開設決定—明治四十五年に
          一三五
        • 露領沿海州の漁業準備成る
          一三五
        • 鐵道十五年計畫
          一三五
        • 大阪三品增資問題
          一三六
        • 三電車合併後の東京鐵道新重役
          一三六
        • 藤田組の阿里山經營—四十五哩の鐵道敷設
          一三六
        • 東亞製粉會社設立決定
          一三六
      • 九月
        • 株界の大當り屋鈴久の全盛ぶり
          一三七
        • 日鐵創立者安川繁成歿す
          一三七
        • 凱旋記念—五二共進會—開館式
          一三八
        • ライオン小林富次郞賣出の語學蓄音器
          一三九
        • 隅田川二錢均一船—一錢蒸氣が出世
          一四〇
        • 銀塊十年來の暴騰—三十一片臺出現
          一四〇
        • 笛吹川、甲武二社合併、中央電力會社創立
          一四〇
        • 値上に激昂の群集電車を襲擊—憲兵空砲を放つ
          一四〇
        • 日銀新任營業局長井上準之助東上
          一四一
        • 電車値上反對を利用して勞働黨創立
          一四二
        • 釀造試驗所の設備
          一四二
        • 世界一週三十八畫夜
          一四二
        • 大連開放と出入船舶規則
          一四二
        • 値上當日の電車
          一四二
        • 韓國拓殖會社設立
          一四三
        • 關東州・淸國に正金銀行券發行
          一四三
        • 帝國麥酒會社設立—丸三麥酒會社買收
          一四三
        • 舊萬世橋取毀し—名物眼鏡橋の運命
          一四四
        • 無線電信發達で傳書鳩失業す
          一四四
        • 寳田石油會社數會社を買收
          一四五
        • 東亞製粉會社成立
          一四六
        • 鐘ケ淵紡績會社の大工場建設計畫
          一四七
        • 大阪築港と中橋德五郞
          一四七
        • 小山健三と三十四銀行
          一四七
        • 三菱の電氣工場
          一四八
      • 十月
        • 製粉業勃興の原因—明治製粉會社設立
          一四八
        • 電話の發達
          一四九
        • 鬼怒川水電認可
          一四九
        • 韓國棉花會社創立
          一五〇
        • 料理屋が喰へぬ—大どこの聯合運動
          一五一
        • 滿鐵株應募一千八十倍
          一五一
        • 期米暴騰又暴騰—遂に十五圓六十五錢
          一五一
        • 日淸生命保險—早稻田大學關係者が創立
          一五二
        • 九段の電車道
          一五二
        • 大日本實業婦人會
          一五二
        • 早川頑鐵の殘飯會
          一五二
        • 第一生命相互保險新築竣工
          一五三
        • 高野登山鐵道創立計畫
          一五三
        • 雨敬の豪奢振—本卦返りの祝宴に邸内に富士を築く
          一五三
        • スタンダード會社が大製罐所設立計畫
          一五四
        • 東京露都間十三日
          一五四
        • 金森通倫の勤儉貯蓄談
          一五五
        • 人造肥料會社競爭漸く激甚
          一五六
        • 大日本婦人農藝會の新案貯金法
          一五七
        • 大倉喜八郞古稀祝宴
          一五八
        • 日淸製粉會社設立
          一五八
        • 澁澤銅像除幕
          一六〇
        • 東洋製糖會社設立發表
          一六二
        • 大山大將のソロバン—神谷傳兵衞まゐる
          一六二
        • 日淸歐米合同の海上保險會社計畫
          一六三
      • 十一月
        • 東海道線急行三等食堂車
          一六三
        • 富士瓦斯紡績會社創立十周年記念
          一六三
        • 冷藏船新會社興る
          一六三
        • 東洋第一橋—日本橋の模型
          一六四
        • 韓國葉錢整理—鶴原長官の訓諭
          一六四
        • 豐田式織機製造會社
          一六五
        • 日淸紡績會社計畫
          一六五
        • 伊勢の諸戸淸六歿す
          一六六
        • 東洋亞鉛煉工所
          一六六
        • 神戸市の電鐵許可
          一六八
        • 市場の人氣を浚つた鐘紡株—買方から增資增配の珍條件
          一六八
        • ハウスの日本商業觀
          一六九
        • 混砂米禁止の經緯
          一六九
        • 日鐵大宮工場職工二千の罷工
          一七〇
        • 大阪の實業家セルロイドに著目
          一七一
        • 寛城子問題交渉、露都に移る
          一七二
        • 滿鐵の大株主—十萬株申込んでやつと九十一株
          一七二
        • 大日本捕鯨會社設立
          一七二
        • 東京電車市有可決
          一七二
        • 東海道線複線の開通期
          一七四
        • 南滿鐵道創立總會を開く
          一七五
        • 乘合自動車各地に擴まる
          一七五
        • 自動車取締規則制定の必要迫る
          一七五
        • 寛城子問題—露國は日本に譲渡を肯んぜず
          一七五
      • 十二月
        • 東京株式取引所一千萬圓に增資
          一七六
        • 葉鐵製造計畫
          一七八
        • 東京地下電鐵敷設を出願
          一七八
        • 大東製糖會社設立
          一七九
        • 帝國劇場株式會社創立
          一七九
        • 博報堂十週年園遊會
          一七九
        • 高架電氣鐵道計畫
          一七九
        • 法人競馬協會の監督
          一七九
        • 南海鐵道が三階級制廢止
          一八〇
        • 東京灣築港—多年の宿題解決
          一八〇
        • 年賀郵便創設
          一八〇
        • 東京京都間鐵道電化計畫
          一八一
        • 寛城子境界協定案
          一八二
        • 日本自動車會社—六派合同して創立
          一八三
        • 日本燐寸會社創立
          一八三
        • 日光の古河電線工場
          一八三
        • 日比協會設立
          一八三
        • 郵便切手帖
          一八三
        • サミユル代表者ミツチエル叙勲
          一八六
        • 株式未曾有の受渡—財界の膨脹驚くべし
          一八六
        • 鈴久一派の成金が發起で「きつね」で豪勢な忘年會
          一八六
        • 汽車の元旦料理
          一八六
        • 鐘紡增資派の株買占成功して現重役總辭職
          一八七
        • 冷藏汽船の嚆矢
          一八七
        • 東京府下を起點に電鐵出願三十通
          一八七
        • アルミニウム簡易製造法發明
          一八七
        • 新聞電報やつと開始さる
          一八八
        • 電車燒打事件判決—松本道別は重禁錮四年
          一八八
        • 明治三十九年の囘顧
          一八九
    • 明治四十年
      • 一月
        • 自動車營業取締規則
          一九三
        • 北海道牧羊の過去及び將來
          一九三
        • 明治三十九年の紡績界
          一九三
        • ハム會社合同
          一九四
        • 郵便貯金激增
          一九四
        • 手形交換高三十五億に達す
          一九四
        • 臺灣南北電話直通
          一九五
        • 戰勝氣分の反映—株式大發會は狂騰して東株五百四十圓
          一九五
        • 暹羅より軍艦註文
          一九六
        • 日英間の新速達便—三週間目に到著
          一九六
        • 營業自動車試運轉—二階を附ければ四十人乘
          一九六
        • 東株更に躍進六百六十圓
          一九七
        • 川崎八右衞門逝く
          一九八
        • 秋水幸德傳次郞の一派日刊「平民新聞」を發行
          一九八
        • 北海道事業費
          一九九
        • 本邦の刷毛業—製出數百萬圓に上る
          一九九
        • 熱狂暴騰—東株親子遂に七百四十圓となる
          一九九
        • 寳丹の守田治兵衞歿す
          二〇〇
        • 東海道線複線工事
          二〇〇
        • 高等貸馬車—獨立の商賣となる
          二〇二
        • 株式果然大慘落—新東一擧七十五圓下
          二〇二
        • 遞信省燒失す
          二〇三
        • 橫濱開港五十年祝典準備打合
          二〇四
        • 經濟界の空中樓閣—世界の大會社の株價
          二〇四
        • 泰昌號破綻
          二〇四
        • 東京電線會社創立
          二〇五
        • 財界の反動深刻—東株大崩落
          二〇五
        • 金儲け色々
          二〇五
        • 豪勢なお年玉—流石は鈴久、居並ぶ妓等へ東株一枚宛
          二〇五
        • 日淸生命保險會社
          二〇六
        • 遠洋漁業冷藏汽船會社計畫
          二〇六
        • 婦人博覽會設立準備
          二〇六
        • 日淸紡績會社創立總會を開く
          二〇七
        • 生絲輸出一億圓—大日本蠶絲會の祝宴
          二〇七
        • 米國の馬鈴薯王牛島謹爾
          二〇八
        • 有村國彦歿す
          二〇八
      • 二月
        • 西村勝三逝く
          二〇九
        • 大阪の三平社大擴張—ランプの幅が利く時代
          二一一
        • 磐城セメント會社設立計畫進捗
          二一一
        • 株式取引所新設競爭—代議士の腕なら何でも出來る?
          二一一
        • 東洋協會大會
          二一二
        • 足尾銅山坑夫騷ぐ—賃金値上要求から
          二一二
        • 社會黨員筆禍—大杉榮等體刑
          二一二
        • 東京大阪間を電鐵で連絡—資本一億圓の電氣鐵道會社計畫
          二一二
        • 成金棟梁西村虎四郞—面會人が番札順
          二一二
        • 足尾銅山騷擾果然暴化—火藥庫爆發—死傷多數—遂に出兵
          二一三
        • 足尾暴動事件と平民社の家宅搜索
          二一三
        • 日淸印刷株式會社
          二一四
        • 千代田瓦斯會社設立
          二一四
        • 鹽水港製糖會社一躍十七倍增資
          二一五
        • 申込一萬三千倍—兵庫電鐵募株の驚異的記録
          二一五
        • 東洋とオリエンタル—麥酒會社設立競爭
          二一五
        • 勸業銀行の北海道投資額
          二一六
        • 銀價格變動の跡を顧る
          二一六
        • 秋田木材株式會社—三會社合併して創立
          二一七
        • 日露漁業交渉は「入江」の解釋が難點
          二一七
        • 東京機械增資擴張—石川機械工場合併
          二一七
        • 九州炭礦汽船會社
          二一七
        • 長崎の大會社—三菱造船所不穏
          二一八
        • 燐寸官營案—衆議院に提出さる
          二一八
        • 湘南急行列車
          二一八
        • 郵便小荷物列車
          二一八
        • 自動車取締規則發布
          二一八
        • 日露漁業問題有利に解決
          二一九
        • 日本社會黨禁止せらる
          二二〇
        • 北海道の事業界—戰後の活躍目覺し
          二二〇
        • 日本淸酒課税問題—米國巡囘裁判所判事痛快な判決を下す
          二二一
        • 小切手印紙税全廢—約束手形は增税
          二二二
      • 三月
        • 一億圓の大會社日本電鐵不認可
          二二五
        • 太平洋の巨人ダコタ號房州沖に坐礁
          二二六
        • 銀貨改鑄—舊貨も通用
          二二七
        • 銀行の土曜半休は意見一致せず
          二二七
        • 玉川電鐵開業
          二二七
        • 東海、山陽線急行列車券
          二二七
        • 東株取引所八百萬圓增資
          二二八
        • 帝國鐵道廳官制
          二二九
        • 日英共同製鋼所
          二三〇
        • 官鐵の電車實行
          二三〇
        • 臺灣彩票の内地賣買檢擧
          二三一
        • 明治四十年度豫算歳入出六億圓
          二三一
        • 彩票事件の奇怪—「拂ふ」「拂ふな」で五萬圓がヒネる
          二三一
        • 電車案内人
          二三二
        • 目賀田種太郞が統監府財政監査長官
          二三二
        • 博覽會の起原と思ひ出色々
          二三二
        • 東京勸業博覽會開會式擧行
          二三四
        • 第三銀行三十周年
          二三四
        • 彩票檢擧の結果は一萬人の勳章褫奪
          二三五
        • 拾圓勸業債券發行
          二三五
        • 本邦馬鈴薯の將來
          二三六
        • 韓國森林特別會計
          二三六
        • 藤本ビルブローカー
          二三七
        • 一錢未滿の端數切捨となる
          二三七
        • 樺太漁業令公布
          二三八
        • 明治四十五年に日本大博覽會
          二三八
      • 四月
        • 新設營林廠—鴨綠江及豆滿江沿岸の森林經營
          二三八
        • 彩票中止善後策
          二三八
        • 帝國鐵道廳—總裁以下任命
          二三九
        • 入江の解釋つく—日露漁業交渉の難關これで突破
          二三九
        • 三越がデパートメントストア式に進出
          二三九
        • 正金の手形滿洲で信用さる
          二四〇
        • シンガーミシン月賦販賣を開始
          二四一
        • 木蠟製法の研究
          二四二
        • 平沼專三の壻自殺
          二四二
        • 浮説流言を放つ財界攪亂者處分
          二四五
        • 東京電燈、東京電力、中央電力の三社合併
          二四五
        • 日淸鐵道協約締結
          二四五
        • 株式界攪亂者密偵を放つて警戒
          二四五
        • 電信大隊特設—電信敎導大隊廢止
          二四六
        • 森林法公布
          二四六
        • 鹽澤德次郞歿す
          二四六
        • 刑法改正
          二四七
        • 二階電車—開放電車
          二四七
        • 同胞四千六百萬
          二四七
        • 十圓ばかりの慾の皮剝げて三井組の陸海軍御用差止
          二四八
        • 家禽の飼養奬勵—農商務省訓令
          二四九
      • 五月
        • 九州、中國、四國の五十七銀行同盟
          二五〇
        • 幌内炭山の暴動—坑夫賃銀値上要求
          二五〇
        • 三越大阪支店開業
          二五〇
        • 喜谷實母散主人逝く
          二五一
        • 大谷嘉兵衞園遊會
          二五二
        • 大連取引所開始
          二五三
        • 遠洋漁業の發達著しく、農商務省訓令を發して警戒を加ふ
          二五四
        • 子安海面埋立事件大紛擾
          二五四
        • 三浦の御前倒産—榮華一旦の夢
          二六三
        • 東京製綱株式會社創立以來不況知らず
          二六五
      • 六月
        • 守屋物四郞博士逝く
          二六七
        • 富士山頂へモシモシ
          二七〇
        • 夕張の炭量二十億噸
          二七〇
        • 別子銅山暴動起る
          二七〇
        • 別子銅山暴動由來
          二七〇
        • 東京米穀取引所理事長自殺
          二七一
        • 左右田銀行取付
          二七二
        • 机の塵
          二七三
        • 王子電氣軌道特許状下附さる
          二七四
        • 種牛巡囘交尾開始
          二七六
        • 要塞擴張
          二七七
        • 成金も夢の間鈴久の沒落
          二七九
        • 谷中村強制立退問題—縣の見解と村民の主張甚しく異る
          二七九
        • 谷中村強制處分と村民の決心
          二八〇
        • 谷中村騷擾續報
          二八〇
        • 九段坂工事落成—軌道費一寸が七圓
          二八一
        • 日鐵買收一億三千六百萬圓
          二八一
        • 成金遂に沒落の悲哀へ—七百八十圓の東株一擧逆落し
          二八二
      • 七月
        • 谷中村強制破壞の第一日
          二八二
        • 飮料サイダー流行
          二八六
        • 電燈線を地下埋沒に
          二八七
        • 昔の蓮臺渡を想起せしむる大井川渡船の實況
          二八七
        • 寛城子授受終了
          二八九
        • 帝國製麻會社—北海道、日本兩製麻合同
          二九五
        • 富士山頂へ電話開通
          二九六
      • 八月
        • 東京博覽會閉會
          二九六
        • 再保險會社設立計畫
          二九六
        • 日露鐵道接續業務の假條約—寛誠子を兩國の接續地點とす
          二九八
        • 明治四十五年の大博覽會總裁決定
          二九九
        • 神戸商業會議所が厘位全廢建議
          二九九
        • 明治年間の同盟罷工
          三〇一
        • 山手線に電車運轉計畫
          三〇二
        • 陸地測量事業—第三期事業完了
          三〇二
        • 帝國冷藏株式會社の魚河岸冷藏庫
          三〇三
        • 汽車の元祖生存—自ら昔を語る
          三〇四
        • 第三種郵便物認可の條件
          三〇五
        • 豫約新聞電話規則
          三〇六
      • 九月
        • 地租に及ばぬ厘位切捨法—實際の不便甚し
          三一〇
        • 東洋の最大汽船天洋丸進水近し
          三一〇
        • 韓國斷髪令で内地理髪師一稼ぎ
          三一一
        • 瓦斯コークス會社
          三一一
        • 關東の大荒れに東海道線半月目に開通
          三一一
        • 日露漁業協約に關する宣言
          三一三
        • 綿ネルの一進歩
          三一五
        • 萬國郵便條約締結
          三一五
        • 岩崎彌之助の奇病—類ひ稀なる顔面癌
          三一五
        • 東京の社會運動(幸德秋水)
          三一五
        • シーメンスの活躍
          三一五
        • 專賣局官制公布—政府の專賣統一
          三一九
        • 日佛人合同の地形會社設立
          三二〇
      • 十月
        • 五二會館燒失
          三二一
        • 大日本炭礦株式會社
          三二一
        • 吉川長三郞歿す
          三二二
        • 戰後の論功行賞に富豪の授爵なき理由
          三二四
        • 西比利亞經由で小包直送開始
          三二四
        • 我が造船術の驚異的進歩—鞍馬進水式
          三二九
        • 荒川治水計晝
          三三〇
        • 日淸郵政交渉
          三三一
        • 高島屋の土臺石飯田歌子歿す
          三三二
        • 八幡製鐵所疑獄—作業を中止
          三三二
        • 十五年間對立の輪界の兩雄決戰せん
          三三五
        • 東海道線複線完成期
          三三五
      • 十一月
        • 日本製鋼所創立
          三三八
        • 漢字印字機考案者出現
          三三八
        • 大倉家のおめでた—豪勢な披露園遊會
          三三九
        • 足利で東武開通式擧行
          三四〇
        • 地質調査二十五年會
          三四一
        • 元祖時計商小林紀茂歿す
          三四二
        • 名古屋港開港式
          三四四
        • 東京市内高架鐵道と其現況—明治三十二年起工して今に竣工せず
          三四六
      • 十二月
        • 矢の倉福井樓
          三四六
        • 通四丁目の松屋
          三四七
        • 地洋丸進水式擧行
          三四七
        • 三越呉服店がデパートメント主義發揮
          三四七
        • 東株百圓を割る
          三四七
        • 漢字タイプライターの發明
          三四八
        • 東京市電車市有—協定成立す
          三四八
        • 電車買收六千七百五十萬圓—東京市の電車市有案實現さる
          三五〇
        • 森林組合令公布
          三五一
        • 高橋新橋驛長の光榮—御眞影を拜受す
          三五二
        • 朝日金八錢也—突如煙草の値上
          三五三
        • 明治四十年の囘顧
          三五三
    • 明治四十一年
      • 一月
        • 同胞今や五千萬
          三五七
        • 代々木御料地十五萬坪大博覽會敷地として無料御貸下
          三五九
        • 西伯利亞鐵道を國際鐵道に利用
          三六〇
        • 漁業權に關する日露交渉始末露國政府黄書を以て公布す
          三六二
        • 山陽鐵道買收八千萬圓と決定
          三六三
        • 郵便博物館
          三六六
        • 武藏野數百年の舊家立退き—取拂はるる代々木御料地
          三六七
        • 外國では空中飛行競爭
          三六七
        • 天本梅可の貯蓄演説
          三六八
        • 明治四十一年度の豫算案内示
          三六八
        • 布哇移民停止—移民會社大恐慌
          三七三
        • 伊勢諸戸家の婚儀—五萬圓の婚禮費
          三七四
      • 二月
        • 河川協會發起
          三七八
        • 帝國義勇艦隊の建設と日本海事協會の活動
          三七九
        • 議會は輿論を無視して增税案に左袒す
          三八〇
        • 堺、大杉等の判決—被告裁判官を罵る
          三八三
        • 三惡税廢止案提出
          三八五
        • 浮石鹼廣告事件—丸見屋再び窮地に陷る
          三八六
        • 暴風雨標條例公布
          三八七
        • 商業會議所聯合會の對總選擧宣言
          三八七
        • 中野武營立候補
          三八八
        • 有斐閣江草斧太郞歿す
          三八八
        • 淸津開港式
          三九一
        • 旭川遊廓設置問題
          三九一
      • 三月
        • 東京の大丸發展
          三九九
        • 四十一年度豫算六億一千萬圓
          三九九
        • バーゲンデー元祖—二六新聞社の發案、神田松屋呉服店で
          四〇〇
        • 「龜の子加藤」逝く
          四〇三
        • 博覽會通大森惟中歿す
          四〇六
        • 岩崎彌之助男逝く
          四〇六
        • 無線電信局開始—長崎と犬吠岬
          四〇八
        • 日本セルロイド會社
          四〇九
      • 四月
        • 新築の三越呉服店
          四〇九
        • 八時間勞働—世界の定論となる
          四一一
        • 日本式氣球完成、發明家十年の苦心
          四一二
        • 最近十年間の絲價
          四一四
        • 三越呉服店店頭で活動寫眞映寫
          四一五
        • 水利組合法公布
          四一五
        • 臺灣縱貫鐵道開通す
          四一八
        • 綿細工
          四一八
        • 宇品築港の恩人千田貞曉歿す
          四一九
        • 神戸草創一千六百年
          四一九
        • 農界の恩人津田仙橫須賀行車中に倒る
          四一九
        • 京濱實業家救濟を目的に實業同志會を組織す
          四二一
      • 五月
        • 我國最初のタービン汽船として建造の天洋丸の就航
          四二三
        • 財界攪覺者檢擧—流言蜚語橫行す
          四二三
        • 小笠原島を距る五百餘哩の箇所に一新島發見
          四二三
        • 財界救濟の要
          四二三
        • 物外山口笑作歿す
          四二三
        • 實業家十傑
          四二五
        • 吉原に紙幣の雨
          四二六
        • 滿鐵は廣軌
          四二六
        • 蠶種の風穴貯藏需要著しく增加
          四三〇
        • 黑龍江沿岸の自由港閉鎖
          四三〇
        • 日本海の奇岩島
          四三一
        • 報知新聞社が無線電信の設備を爲す
          四三二
        • 南洋探檢家服部圖南歿す
          四三二
        • 八代人吉間開通
          四三二
        • 新橋富山間直通—所要時間廿四五時間
          四三三
      • 六月
        • 改築した大西白牡丹
          四三四
        • 振替貯金局待拂用紙改正
          四三四
        • 橫濱電車同盟罷業
          四三五
        • 點燈會社競爭者出現
          四三八
        • 冷藏貨車愈運轉
          四三九
        • 岩谷が冷藏庫賣出
          四三九
        • 愈々七月一日より無線電信開始
          四四〇
        • 萬國無線電信條約實施さる
          四四一
        • 東京市電車市有不認可
          四四三
      • 七月
        • 新潟の萬代橋
          四四五
        • 鐵道會計獨立案の骨子成る
          四四七
        • 鬼權殺さる—大阪の今山椒太夫
          四四七
        • 東京市の電車市有不認可の指令
          四四八
        • 鰻會
          四四九
        • 日英水電の計畫
          四五一
        • 刻煙草押印廢止
          四五一
        • 婦人毛髪の輸出高—其額十萬圓に上る
          四五三
        • 實業派の新團體—戊申倶樂部と命名か
          四五三
        • 東洋一の擊船岸
          四五五
        • 實業派代議士の新團體戊申倶樂部を組織
          四五六
        • 三重丸船員死刑—密獵船として拿捕され露兵と衝突した爲めか
          四五七
        • サムライ蜂米國遠征
          四五七
      • 八月
        • リボン—世界の流行
          四五八
        • 是からは自動車の世界出現
          四五九
        • 半藏門閉鎖
          四六〇
        • 特許、意匠、商標、著作權に關する日米保護條約發表
          四六一
        • 十文字信介逝く
          四六一
        • 名果「長十郞」
          四六二
        • 隘勇線一部完成
          四六四
        • 日銀會議室の額面—創立功勞者の肖像
          四六四
        • 高島嘉兵衞破綻—高島嘉右衞門の後嗣
          四六五
        • 商品取引所を米穀取引所に合併
          四六六
        • 外務省の移民課
          四六六
        • 無い袖は振られずと世界大博覽會延期さる
          四六六
        • 東洋拓殖會社法公布さる
          四六七
        • 別子銅山煙害問題
          四六七
        • 別子銅山煙害事件—農民厥起住友に迫る
          四六七
        • 新竹隘線完成—前進隊解散式擧行
          四六七
        • 三重丸乘組員遂に死刑確定
          四六九
      • 九月
        • 田中市太郞歿す
          四六九
        • 熊本縣から無盡藏の天然茶
          四六九
        • 大博覽會延期明治五十年に開催
          四七〇
        • 神奈川八王子間の橫濱鐵道竣工
          四七〇
        • 足尾銅山へ鐵道敷設
          四七一
        • 病井上侯の爲に汽車やりくり
          四七二
        • 病める井上侯の爲急行列車停止—興津に一分間
          四七一
        • 鴨綠江森林條約成立
          四七三
        • 鎌倉ハム創業者—小林源太郞逃亡
          四七三
        • 賣藥行商隊遠征—佛領印度に乘込む
          四七三
        • タービン汽罐優秀性認めらる
          四七四
        • 東洋拓殖會社—創立委員任命
          四七五
        • 捕獲禁止の鳥類
          四七七
        • 急行列車に喫煙室設備
          四七八
        • 貨物自動車く
          四七八
        • 自動車不成績—特別大演習に參加不可能と決定
          四七九
        • 韓國の富力ザット廿五億圓
          四七九
      • 十月
        • 空中征服果して可能なりや
          四八〇
        • 桂内閣斷乎馬券禁止
          四八一
        • 重油時代來らんとす
          四八二
        • 肥料混砂禁止
          四八二
        • 馬政局總辭職—問題は競馬禁止
          四八二
        • 富籖類似嚴禁取締
          四八二
        • 馬券禁止令通達
          四八三
        • 東洋拓殖定款認可
          四八三
        • 流通紙幣廢棄の順序
          四八三
        • 明治五十年開催の大博覽會設計
          四八四
        • 三重丸船員特赦死刑を免かる
          四八五
        • 松尾日銀總裁重任
          四八八
        • 愈々明年より電話度數制
          四九一
      • 十一月
        • 三越呉服店子供大會
          四九三
        • 邦人船長元祖福井光利歿す
          四九四
        • 日本獨創の兵商兩用艦たる義勇艦隊さくら丸竣成す
          四九六
        • 自動車の橫行濶歩を取締れ—倫敦でも非難
          四九六
        • 吉林線協定成立
          四九七
        • 競馬規定制定
          四九九
        • 鵜の首より土橋まで溜池の埋立畢る
          五〇二
        • 聖上乘御の宮廷列車動かず—鐵道廳の大失態
          五〇二
        • 古河虎之助婚約
          五〇二
        • 摘細工の創始者
          五〇三
        • 競馬會社上ツタリ
          五〇三
        • 浦鹽閉鎖決定
          五〇六
        • 世界一大船建造—豪華の二巨船
          五〇六
        • 大阪振替貯金開始
          五〇六
        • 英國協會發會式
          五〇七
      • 十二月
        • 松坂屋いとう呉服店創業二百年記念福引
          五〇九
        • 東洋拓殖株式申込三十六倍に達す
          五〇九
        • 東京名物—食傷新道、博士町
          五一〇
        • 三井慈善病院—百萬圓ボンと投出す
          五一一
        • 鐵道院官制公布さる
          五一一
        • 鐵道院職員任命
          五一一
        • 橫濱潮入船渠通水式擧行
          五一一
        • 鐵道靑年會發會式擧行
          五一二
        • 瓦斯、電氣の大敵出現にも拘はらず、軒燈は依然として石油獨占
          五一三
        • 大飯喰ひのミネソタ—巨體を持て餘す
          五一五
        • 電車の時計—喧嘩の種
          五一六
        • 日米移民問題オイテキボリの理由
          五一六
        • 共同苗代問題—廣島縣の高壓手段に村民の反對強硬
          五一六
        • 商船學校練習船大成丸歸航す
          五一七
        • 電話度數制—各方面に反對熾烈
          五一九
        • 滿鐵新正副總裁
          五二〇
        • 阿里山經營鶍の嘴—第廿五議會の一問題
          五二〇
        • 電車値上に市民怒る—不乘同盟組織
          五二五
        • 日露戰役以來の軍事郵便廢止—一年十萬圓增收
          五二五
        • 龜屋主人杉本鶴五郞歿す
          五二五
        • 小坂銅山農民蜂起—煙害賠償問題で二十萬圓の要求
          五二五
        • 自動車で郵便物遞送
          五二六
        • 五大捕鯨會社合同
          五二七
        • 電車値上の魂膽—利光鶴松が株の挽囘策、尾崎市長手先に使はる
          五二七
        • 東洋拓殖會社創立總會開催—正副總裁以下理事監事顔ぶれ決定
          五二八
        • アスベスト礦發見
          五二八
        • 市民の怨府となり了したる東鐵株主總會大混亂に陷る
          五三一
        • 明治四十一年を囘顧す
          五三二
  • 第四類
    神祇・宗敎・敎育・學術・思想文化・藝術・醫事・衞生篇
    • 明治三十九年
      • 一月
        • 丙午は果して厄年なるか
        • ひのえうま太平記
        • 明治三十八年の文壇推移(一)
        • 明治三十八年の文壇推移(二)
          一一
        • 私立學校令の槍玉に擧げられた學校の閉鎖
          一三
        • 明治三十八年の文壇推移(三)
          一七
        • 井上圓了博士退隱—哲學館經營を前田慧雲博士に託す
          一八
        • 櫻痴福地源一郞逝く
          一九
        • 明治三十八年の文壇推移(四)
          一九
        • 谷活東歿す
          二四
        • 梅若新太郞歿す
          二五
        • 「言海」縮刷版
          二六
        • 「曙」—點字新聞發行
          二六
        • 勸進帳家元杵屋六翁歿す
          二九
        • 新聞大同盟會
          三二
        • 女學校通信
          三三
        • 大同繪畫會—各流派合同空前の盛會
          三四
        • 中山愛子の方逝去
          三五
        • 伊藤韓國統監、新聞記者を招宴
          三六
      • 二月
        • 戸水寛人復職して大學敎授總辭職問題圓滿に解決
          三八
        • 軍人俳優を集めて市藏の手芝居
          三八
        • 島崎藤村綠蔭叢書發行
          三九
        • 淺草式の招魂社面目を一新さる
          三九
        • 四方山話
          三九
        • 自殺流行から哲學書の禁讀
          四〇
        • 元祿研究會例會
          四〇
        • 文藝界通信
          四〇
        • 動物虐待防止會—虐待禁遏法研究
          四一
        • 痘苗の犢體繼續法を完成
          四一
        • 蓄妾、接妓みな姦通—婦人矯風會の請願
          四一
        • 小島烏水等—山岳會設立
          四四
        • 帝大前通りは電車御法度
          四六
        • 學界文壇消息
          四六
        • 日本一の女月給取—下田歌子が年五千圓、幸田延子が其の半分
          四六
        • トーダンス流行
          四八
        • 二錢團洲坂東又三郞歿す
          四九
        • 畫壇文壇モデル女占有流行
          四九
        • 文藝協會紅葉館で發會式
          四九
        • 蒙古王の家庭敎師に鳥居喜美子選ばる
          五二
        • 上野の森に聳ゆる東洋一の圖書館
          五四
        • 帝國通辯協會
          五四
        • 坪内逍遙劇界革新—自家の邸内に舞臺を新築
          五四
      • 三月
        • 澤村眞、岡山秀吉敍任
          五五
        • 國語讀本に漢字增加
          五六
        • 桂伯夫婦と攝津大掾
          五六
        • 堺利彦、片山潜、西川光二郞等日本社會黨を組織す
          五七
        • 報德會機關誌「斯民」を發行
          五九
        • 岩井松之助歿す
          五九
        • 女權擴張會—一名お轉婆會
          六〇
        • 明治學館主越山講談師となる
          六二
        • 上野帝國圖書館開館式擧行
          六七
        • 「百藝雜誌」
          六七
        • 兩手の無い藝者妻吉寄席に出る
          六七
        • 竹柏會大會
          六八
        • 藤井環洋行
          六八
      • 四月
        • 熊本高等工業學校
          七〇
        • 二葉亭四迷東京朝日に入社
          七一
        • 「探檢世界」發行
          七三
        • 南葵文庫定礎式
          七三
        • 東洋經濟會發會式
          七三
        • 京都帝大文科學長は狩野享吉に内定
          七五
        • 華族女學校を學習院に合併
          七五
        • 二代目三升家小勝歿す
          七六
        • 華族女學校を學習院に合併事情
          七六
        • 下田歌子が學習院女學部長—淸水澄は學習院主事
          七六
        • 社會主義者一味の兇徒嘯集事件豫審終結
          七七
        • モンナワンナ中止—高須梅溪の助け船も空しく川上發病
          七八
        • 早慶合戰記(鐵骨童子)
          七八
        • 滿洲文學の寳庫
          八〇
        • 「趣味」發行
          八三
        • 薄田泣菫の白羊宮
          八三
        • 鳥居龍藏の蒙古行
          八三
        • 朝鮮に貴族女學校
          八三
        • 德富蘆花西歐巡禮
          八三
      • 五月
        • 醫師法公布
          八四
        • 齒科醫師法公布
          八五
        • 根津榮座燒失
          八六
        • 上海日本人協會設立
          八六
        • 名人常盤津林中歿す
          八六
        • 市川壽美藏歿す
          八七
        • 東大正助敎授任命
          八七
        • 日米間著作權保護條約公布
          八七
        • 萬朝報の名刺投票—讀者募集の新案
          八七
        • 開港以來の好記念—橫濱名物時計臺
          八八
        • 小西新八の盲啞院—癈兵の入院者多數
          八八
        • 愛國婦人會と奧村五百子(上)
          九三
        • 失明畫伯久保田米僊歿す
          九四
        • 愛國婦人會と奧村五百子(下)
          九四
        • 裸體活人畫—顯はれたトタンに幕
          九六
        • 文豪イプセン逝く
          九七
        • 東京高等工業學校二十五年祝賀會
          九八
        • 畫家松本洗耳歿す
          九八
      • 六月
        • 良妻賢母主義の見地から女子參政權など以ての外
          一〇〇
        • 英吉利病蔓延
          一〇〇
        • 東京市の託兒所
          一〇〇
        • 出たら目通信社
          一〇〇
        • 萬國婦人矯風會大會に矢島楫子出席
          一〇一
        • 東京牛込水野ケ原の洞穴
          一〇一
        • 連歌の達人土岐善靜歿す
          一〇二
        • 學生の思想風紀取締に關する訓示
          一〇三
        • 亞細亞學會
          一〇四
        • 北海道大學設立運動
          一〇四
        • 本郷座の古今無類劇
          一〇四
        • 宗敎研究會開堂式擧行
          一〇四
        • 都新聞の俳優投票—一等が三十二萬票
          一〇五
        • 實力を喪つた東京學士會院を廢し新に帝國學士院を設置す
          一〇六
        • 帝國學士院規程公布
          一〇六
        • 東京府立工藝學校—元府立一中跡に建築
          一〇六
        • 歌人植松有經歿す
          一〇七
        • 喜賓會の活動
          一〇七
        • 北海道の土人學校
          一〇七
        • 日宗會創立式擧行
          一〇七
        • 支那人の眼掃除禁止
          一〇七
        • 國香會女子部
          一〇八
        • 本願寺の幽靈盃—おめでた事にケチ
          一〇八
        • 貧民病院創立運動
          一〇九
        • 内藤湖南渡滿
          一〇九
        • 廣島縣の移民學校
          一〇九
        • 帝國愛育院
          一一〇
        • 岸澤古式部歿す
          一一〇
        • 幼稚園界の女王甲賀藤子の閲歴
          一一〇
        • 女子富士登山會
          一一〇
        • 朝日新聞社の滿韓巡航船ロセツタ丸
          一一一
        • 天主敎々師オゾーフ歿す
          一一一
        • 實業學校漸次普及
          一一一
        • 雪嶺一派「日本」を連袂退社
          一一一
        • 手島精一に恩賜—工業敎育普及の功勳
          一一二
      • 七月
        • 「大日本農會報」三百號祝賀會
          一一二
        • 商船學校練習船大成丸入港
          一一二
        • 女人、肉食御免となる高野山
          一一二
        • 「大阪毎日」の東京進出喰止策に「東京毎日」改題祝宴
          一一二
        • 日本藥局方改正
          一一二
        • 國學院を改稱して國學院大學
          一一三
        • 「南樺太」創刊
          一一三
        • 萬國學士聯合會に日本も加盟す
          一一三
        • 基督敎界から實業界に乘出した押川方義の拜金主義
          一一三
        • 學校と家庭の連鎖に母の會
          一一三
        • 新漢字製作不必要(三上參次談)
          一一三
        • 審美書院
          一一四
        • 京城の「朝陽報」
          一一四
        • 淸國留學生の誤解を解くため善隣勸學會設立
          一一六
        • 文部省戒飭令と學校當事者、警察權の濫用を警戒
          一一六
        • 靑山葬祭場落成式
          一一七
        • ニコライ主敎就職二十五年記念
          一一七
        • 西園寺ヨウサイ侯—松方ボクキョ伯と好一對の話柄
          一一七
        • 樂界の二才媛
          一一七
        • 歌文共進會
          一一八
        • 梅謙次郞、韓國法律顧問に傭聘せらる
          一一八
        • 大學獨立財源調査
          一一九
        • 電車會社にも女子登場
          一二〇
        • 貧民救療事業に盡し來れる同愛社
          一二〇
        • 女子判任官初めて出來る—遞信省で先づ十七名
          一二一
        • 奧村五百子引退
          一二一
        • 文部省夏季講習會
          一二三
        • 義務敎育六ケ年採用に決定
          一二三
        • 兩松本、京都大學へ
          一二三
        • 向軍治の舌禍—敎師の資格を奪はる
          一二四
        • 總持寺移轉可決
          一二五
        • 帝國最初の軍艦の模型—和蘭の造船所から日本政府に寄贈
          一二五
      • 八月
        • 川上一座の女優秋波歿す
          一二六
        • 齒科醫養成の必要
          一二七
        • 神社佛閣合併奬勵
          一二八
        • 電車値上反對—社會黨員の運動
          一二八
        • 各種理學的療法跋扈を取締
          一二九
        • 統監府の機關として「京城日報」創刊
          一二九
        • 「千葉新聞」生る
          一二九
        • 救世軍吉原で包圍さる
          一二九
        • 風流宰相の句筵
          一三〇
        • 能本山騷動
          一三〇
        • 東京市内街路樹改良
          一三一
        • あはれ東本願寺の競賣劇—弘誓の舟やつと來る
          一三二
        • 坂東三田八、守田勘彌を襲名
          一三二
        • 大隈の百廿五歳説
          一三二
        • 新元素日本ニユームの發見者小川正孝歸朝
          一三二
        • 下女學校
          一三三
        • 島文次郞、高山正雄叙任
          一三三
        • 春畫及原板大檢擧—板木だけで五千餘枚
          一三三
        • 商科大學設置の要望
          一三四
        • 舶用風力計—馬場信倫發明
          一三四
        • 「朝野新聞」再刊計畫
          一三四
      • 九月
        • 文學博士黑川眞賴歿す
          一三七
        • 田端大龍寺の正岡子規の墓
          一三八
        • 地方感化院の設立
          一三九
        • ライオン小林富次郞賣出の語學蓄音器
          一三九
        • 大歌舞伎の陣容搖がんとす
          一四一
        • 大韓醫院組織
          一四一
        • 電車値上反對を利用して勞働黨創立
          一四二
        • 中島半次郞渡淸
          一四二
        • 幽蘭女史今度は新聞記者に
          一四二
        • 「專修」の大學部設置
          一四三
        • 圖書館の補ひに貸本屋の利用策
          一四三
        • 帝國學士會院會員
          一四三
        • 川上眉山の門下
          一四四
        • 相馬御風入社
          一四四
        • 文藝界消息
          一四四
        • 源之助の手
          一四五
        • 六代目杵屋六三郞歿す
          一四五
        • 樺太の小學校
          一四五
        • 天老居士陽其二逝く
          一四五
        • 記念碑建設禁止の内訓出づ
          一四六
        • 「東亞」主筆玉井喜作歿す
          一四六
        • 文部省體育に注意—「中央體育所」設立か
          一四七
      • 十月
        • 大阪歌舞伎の大御所中村雁治郞東上
          一四八
        • エスペラントと浪花節が本年流行の兩大關
          一四八
        • 若柳燕孃が女優學校設立運動
          一四八
        • 帝國婦人協會の活動
          一四九
        • 易學大家根本通明歿す
          一五〇
        • 十七歳の少女六十圓で淸國へ聘せらる
          一五〇
        • 淺草觀音十夜念佛
          一五〇
        • 東京市日比谷圖書館—市立圖書館名稱決定
          一五〇
        • 川上音二郞名殘狂言—今後は裏面に立ちて劇界の改良を圖る
          一五〇
        • 國書刊行會記念會
          一五一
        • 日本社會黨機關紙「光」の「貧富の戰爭」
          一五二
        • 大日本實業婦人會
          一五二
        • 帝國婦人技藝協會—婦人界の活動顯著
          一五二
        • 劇評家相率ゐて俳優となる—所謂「文士劇」の活躍目覺し
          一五三
        • 世界的大東洋語學者シエレシエフスキー歿す
          一五四
        • 早稻田大學の新聞研究會
          一五五
        • 「肉彈」の著者櫻井中尉の光榮
          一五五
        • 醫療廣告取締
          一五五
        • 晩霞、克巳、藤村會合
          一五五
        • 女子商業學校三周年記念會
          一五五
        • 秋の東京名物菊人形由來記
          一五六
        • 三大學新設か
          一五七
        • シンガーミシンの裁縫女學院開放
          一五七
        • 「大韓日報」改刊
          一五八
        • 都新聞の三傑當選
          一五八
        • 高等演藝場「有樂座」設立問題
          一五九
        • 報知新聞「夕刊」を發行
          一五九
        • 東都運動界の人氣を一つに集めたる早慶野球戰の歴史
          一五九
        • 羅馬字ひろめ會
          一六一
      • 十一月
        • 竹本彌太夫歿す
          一六三
        • 神宮文庫再興
          一六三
        • 淨土宗の女傑輪島聞聲尼
          一六四
        • 哲學博士の文士俳優—荒川重秀登場
          一六四
        • 島崎藤村の「春」
          一六五
        • 國文學會移轉
          一六五
        • 國語假名遣改訂案提出
          一六五
        • 早大慶應野球試合遂に無期延期—熱狂の應援に不測の事態惹起を憂慮
          一六六
        • 女數學者上野石子
          一六六
        • 名譽の剝製師
          一六七
        • 岡本綺堂が九等俳優—頭取の連印なしで許可
          一六七
        • 醫師會規則制定
          一六八
        • 混砂米禁止の經緯
          一六九
        • 洋畫家山本芳翠歿す
          一七〇
        • 國語調査會の假名遣改訂案—發音假名遣に舊來の慣用を加味
          一七〇
        • 新設三大學の特色
          一七〇
        • 第二囘平和會議準備
          一七一
        • 海上娯樂園設立計畫
          一七二
        • 平和協會産聲を揚げる
          一七三
        • 講談師美當一調
          一七三
        • 花柳病豫防會
          一七三
        • 歌道奬勵會に有栖川宮令旨を賜はる
          一七四
        • 百年永續の小學校—深川の金生小學校
          一七五
        • 菊五郞と勝利
          一七六
        • 内務省傳染病研究所落成式
          一七六
        • 「光」告發さる
          一七六
      • 十二月
        • トラホーム菌—奧田伸發見を發表
          一七八
        • 「日本」新聞壞滅理由を發表して三宅雪嶺一派同社を總退場
          一七八
        • 新設三大學建築費全部寄附—古河家が故市兵衞、潤吉の遺志を嗣ぎ
          一七八
        • 帝國劇場株式會社創立
          一七九
        • 博報堂十周年園遊會
          一七九
        • 成女學校落成式
          一七九
        • 女子學院燒失
          一八〇
        • 塚原澁柿園
          一八〇
        • 老優片岡市藏歿す
          一八〇
        • 左團次洋行
          一八〇
        • 女子高等文藝學校
          一八一
        • 習字本の筆者
          一八一
        • 國語擁護會起る
          一八二
        • 救世軍の慰問袋
          一八三
        • 碩儒狩野良知逝く
          一八三
        • 國語問題と大學派—長音符だけ賛成
          一八三
        • 春陽堂女主人歿す
          一八四
        • 婦人ホーム創設
          一八四
        • 山川理學博士學士院會員を辭す
          一八五
        • 大日本史完成
          一八五
        • 萬國測地學協會から日本委員へ感謝
          一八六
        • ロージヤース歿す
          一八七
        • 外敎信奉者數の調査
          一八七
        • 新聞電報やつと開始さる
          一八八
        • 明治三十九年の囘顧
          一八九
    • 明治四十年
      • 一月
        • 小山内八千代と岡田三郞助のおめでた事
          一九二
        • よみうり抄
          一九五
        • 樺太經營及び探檢の功勞者に贈位申請
          一九六
        • 市設日比谷圖書館—工費總額十四萬圓
          一九六
        • 正月のクリスマス
          一九七
        • エスペランド領事館
          一九七
        • 秋水幸德傳次郞の一派日刊「平民新聞」を發行
          一九八
        • 改造された歌舞伎座
          一九八
        • 漢字統一會起る
          一九九
        • 四谷の瓢座燒失
          二〇一
        • 野上八重子の「縁」
          二〇二
        • 結城孫三郞の操り人形
          二〇二
        • 田能村直入歿す
          二〇三
        • 橫濱開港五十年祝典準備打合
          二〇四
        • 山田敬中上京
          二〇四
        • 開業醫の大恩人山田良叔歿す
          二〇四
        • 金儲け色々
          二〇五
        • 洋畫會通信
          二〇六
        • 筑波根詩人の戀—橫瀨夜雨の事
          二〇六
        • 十五代松井源水歿す
          二〇七
      • 二月
        • 乃木希典學習院長となる
          二一一
        • イブセン研究會
          二一一
        • 慶應義塾圖書館—五十年記念に設立
          二一一
        • 百圓の香筥から一萬圓の名香出づ
          二一一
        • 文藝界消息
          二一二
        • 東洋協會大會
          二一二
        • 奧村五百子逝く
          二一三
        • 積善道人坂野久次郞歿す
          二一三
        • 足尾暴動事件と平民社の家宅搜索
          二一三
        • 女高等官宮川すみ子
          二一五
        • 大博士、小博士—博士でない大博士
          二一八
        • 婦人の政治運動自由獲得案—請願書議會に提出されんとす
          二一八
        • 舞踏で婦人の幅を利かさう算段
          二一九
        • 社會主義裁判メモ
          二一九
        • 日本社會黨禁止せらる
          二二〇
        • 全國新聞記者大會發起人會を開く
          二二〇
        • お伽劇組織
          二二一
        • 伊香保に隱栖の木下尚江から堺枯川へ通信
          二二一
        • 北村透谷の妻皆子、海外に苦學して成功
          二二二
        • 正宗ホールで裸體畫の氣焔
          二二二
        • よみうり抄
          二二二
        • 有婦姦征伐の一夫一婦運動起る
          二二二
        • 平民社より(堺枯川)
          二二三
      • 三月
        • 檢事局出頭の記(幸德秋水)
          二二三
        • 日本濟美學校
          二二四
        • 六代目市川壽美藏
          二二四
        • 黑田小學校創立三十年記念
          二二四
        • 日本女子大學の櫻楓會バザー
          二二四
        • 明治學院二十五年
          二二四
        • 五厘の喧嘩—タレ義太界異變
          二二五
        • 岩倉鐵道學校全燒
          二二七
        • 劇通竺仙老人歿す
          二二七
        • 御行の松の保護者雅人酒井龜雄歿す
          二二八
        • 大醫松本順逝く
          二二九
        • 萬國基督敎靑年大會の賓客ホール博士
          二三〇
        • 寒山寺の商賣
          二三〇
        • モデル女拂底—相場は裸體六十錢
          二三〇
        • 荒川農學博士の洋劇研究會—實行運動に取懸る
          二三一
        • 竹本瓢改名
          二三一
        • 上野博物館二十五周年記念
          二三一
        • 博覽會の起原と思ひ出色々
          二三二
        • 義務敎育六箇年となる
          二三四
        • 社會主義撲滅に在郷軍人動く
          二三四
        • 雲右衞門名譽
          二三四
        • 佛敎大辭典發行計畫
          二三五
        • 帝國大學の獨立遂に實現す
          二三五
        • 二代目吉田玉造歿す
          二三五
        • 早稻田詩社
          二三五
        • 男女敎員入り亂れて舞踏の醜態を演ず
          二三六
        • ノーベル賞金
          二三六
        • 婦人運動失敗
          二三六
        • 小學校運動會に花魁の道中—敎師が箱屋となつて傘をさしかける
          二三七
        • 江戸大明神の神體出現
          二三七
      • 四月
        • 竹本呂太夫歿す
          二三八
        • 萬國基督敎靑年大會開催
          二三八
        • 大久保村より(幸德秋水)
          二三九
        • 社會黨大會事件の判決下る
          二四〇
        • 堺枯川、幸德秋水、平民新聞社を退く
          二四一
        • 早稻田大學總長に大隈伯を推戴
          二四一
        • 靑山學院創立廿五年
          二四一
        • 音樂學校に於ける外人生徒の嚆矢
          二四一
        • 慶應義塾創立五十周年記念祭
          二四二
        • 「文庫」第二百記念號
          二四二
        • 「父母を蹴れ」事件—遂に「平民新聞」發行禁止を喰ふ
          二四二
        • 號を重ねる七十餘にして「平民新聞」遂に壞滅す
          二四三
        • 大倉美術館見物
          二四三
        • 義務敎育延長に關する訓令
          二四三
        • 救世軍總督ブース大將入京
          二四五
        • 岡山孤兒院二十年記念
          二四五
        • ヘーグの萬國平和會議に出席の委員
          二四六
        • 露國を思ひ出のサモワール會
          二四六
        • 鈴木鼔村の新箏曲
          二四七
        • 御嶽敎會閉鎖さる
          二四七
        • 五厘の宮田、相變らず女義界にのさばる
          二四七
        • 同胞四千六百萬
          二四七
        • 東京博覽會又もや裸體問題
          二四七
        • 幸德秋水の「平民主義」禁止
          二四八
        • 鷺流狂言絶滅
          二四八
        • 「東京日の出」發行
          二四九
        • 湯島聖堂の孔子祭典
          二四九
        • 武信由太郞出版
          二五〇
      • 五月
        • 維新の囘顧—一日會
          二五〇
        • 夏目漱石東京朝日社に入る
          二五〇
        • 東北大學と札幌農科大學成立
          二五一
        • 日本料理の立食場—「若葉會」文士の考案
          二五一
        • 文士と酒
          二五三
        • 京大總長木下廣次辭職
          二五三
        • 全國敎育大會
          二五四
        • 大日本婦人敎育會創立三十年記念
          二五四
        • 茗溪會創立廿五年
          二五五
        • 大隈の苦言に印度學生怒る
          二五五
        • 六大敎育家追頌式擧行
          二五五
        • 學生の墮落—男色流行す
          二五六
        • 石川千代松突如免官
          二五六
        • 盲人大會第一囘總會
          二五六
        • 東京歡興博食會
          二五六
        • 今村有隣記念文庫
          二五六
        • ケンブリッヂ大學が、伏見宮に名譽學位贈呈
          二五七
        • 天理敎獨立斷念
          二五八
        • 愛國婦人會總會場に兵卒を使役せしめて非難
          二六二
        • 白井光太郞、田丸卓郞、河津暹敍任
          二六三
        • 理學文書編纂委員會に櫻井錠二出席
          二六三
        • 日本女子商業學校
          二六四
        • 慈惠會新組織
          二六四
        • 病院船に關する條約
          二六四
        • 閨秀文學會設立
          二六四
        • 日比谷圖書館設計決る
          二六五
        • 坪内逍遙邸に開く脚本研究會
          二六五
        • お伽芝居氣を吐く
          二六五
        • 渡邊裁縫女學校長歿す
          二六五
        • 詩草社發會式
          二六六
        • 韓國々寶受贈事件—米國で問題になる
          二六六
        • 六代目菊五郞の結婚—「勝利」凱歌を揚ぐ
          二六六
        • 丸の内に建設の中央停車場—建坪二千七百坪經費二百十五萬圓
          二六六
        • 日本メソヂスト敎會獨立
          二六七
      • 六月
        • 「大阪平民新聞」發刊
          二六七
        • 大阪の平民社(思ひ出草)
          二六七
        • 橫濱曙會、ブース大將攻擊演説
          二六八
        • 「社會新聞」又起る
          二六八
        • 社會新聞の社員は片山、西川等の五人
          二六九
        • 美術審査委員會官制公布
          二六九
        • 日本好きのレーヴ博士
          二七〇
        • 質軒岸上操歿す
          二七〇
        • 大村仁太郞歿す
          二七〇
        • 新歸朝者乙竹岩造の情慾敎育談
          二七一
        • 北村四海、製作の神聖を重じて自作の「霞」を展覽會場に毀つ
          二七二
        • 藤井環東京音樂學校の助敎授となる
          二七三
        • 風流宰相陶庵侯の文士招待
          二七三
        • 机の塵
          二七三
        • 博文館創業二十年
          二七三
        • 首相の文士招待—先づ五人招かる
          二七三
        • 萬國平和會議海牙に開會
          二七四
        • 改訂假名遣、實施更に延期
          二七四
        • サンダウの鐵亞鈴—日本でも大流行
          二七四
        • 首相の文士招待—第二日は六人招待
          二七五
        • 三味線の神樣團平の襲名者
          二七五
        • 東北帝國大學令公布さる—札幌農科大學は其の一分科
          二七六
        • 「女鑑」主催の女子敎育講演會
          二七六
        • 文部省展覽會審査官の暗鬪
          二七六
        • 學位令改正企圖の主要點
          二七七
        • 七十六歳の「女」女學校長—松岡みち子表彰
          二七七
        • 二代目團平乘込みの明治座の人形芝居
          二七七
        • 泰明小學校三十年
          二七八
        • 建築大家木子淸敬歿す
          二七八
        • 神社祭式行事作法
          二八一
        • 成金遂に沒落の悲哀へ—七百八十圓の東株一擧逆落し
          二八二
      • 七月
        • 木下京大總長辭任
          二八二
        • 宮中女官ハイカラ風取締
          二八三
        • 野球協會設立運動
          二八三
        • 内閣文庫一部開放
          二八三
        • この花會組織—女子の富士登山奬勵
          二八四
        • 博覽會出品繪畫褒賞授與決定
          二八四
        • 博覽會審査官瀧精一突如辭任
          二八四
        • 美術審査委員決定
          二八五
        • 博覽會の審査に對する不滿勃發—太平洋畫會一齊に褒賞返戻
          二八五
        • 日本畫界も不平—博覽會審査に對し
          二八五
        • 無賞者を勝手に二等賞に選入—正木審査部長の專橫
          二八五
        • 博覽會褒賞の返納者續出
          二八六
        • 成美會も褒賞返却
          二八六
        • ア・カーンの寄附金で高橋作衞、姉崎正治歐米に差遣さる
          二八六
        • 文相美術家諸團體を招致して文展審査に關する意見を徴す
          二八九
        • 女子大學の山中夏季寮
          二九五
        • 社會主義研究會
          二九五
        • 明治五年の富士登山者田中館愛橘の登岳談
          二九六
      • 八月
        • 市川荒次郞歿す
          二九八
        • 歐洲劇壇巡禮の市川左團次歸朝
          三〇〇
        • 明治年間の同盟罷工考察
          三〇一
        • 立敎大學新設
          三〇二
        • 專修大學新設
          三〇二
        • 文展審査問題に關し日本畫十團體意見書提出
          三〇二
        • 美術審査委員會委員決定
          三〇三
        • 子爵福羽美靜逝く
          三〇三
        • 博士現在五百十四人—新博士また十四人
          三〇三
        • 露伴の「二日物語」
          三〇五
        • 舊派日本畫團に對抗して靑年畫家結束す
          三〇五
        • 女學校の修學旅行流行
          三〇六
        • 勤王家小野正朝歿す
          三〇六
        • 豫約新聞電話規則
          三〇六
        • 牛込穴八幡全燒
          三〇七
      • 九月
        • 日本最初の農學校札幌農科大學の起源と現在
          三〇九
        • 島田蕃根逝く
          三〇九
        • 畫壇の大同團結玉成會創立
          三一〇
        • 前「日本」主筆陸實歿す
          三一〇
        • 新派俳優兒島文衞歿す
          三一一
        • 理學博士北尾次郞歿す
          三一一
        • 札幌農大開校式
          三一三
        • 梁川綱島榮一郞歿す
          三一四
        • 岩崎彌之助の奇病—類ひ稀なる顔面癌
          三一五
        • 東京の社會運動(幸德秋水)
          三一五
        • 野口小蘋審査官辭任
          三一五
        • 島崎藤村著「春」のモデル
          三一六
        • 井上通女記念圖書館
          三一六
        • 學位謝絶の二人目
          三一六
        • モデル問題流行—田山花袋の「蒲團」
          三一六
        • 「早稻田文學」刷新
          三二〇
        • ヴアイオリン製造の始
          三二〇
      • 十月
        • 日本速記會發會式
          三二一
        • 新派俳優山口定雄歿す
          三二二
        • 活動寫眞で芝居も出來る
          三二二
        • 中山一位局薨去
          三二二
        • 豫約法制定の動機となつた佛敎大辭典の違約
          三二三
        • 征韓論首唱者佐田白茅歿す
          三二四
        • 大學入學宣誓式由來記
          三二五
        • 團十郞の娘が女優に
          三二五
        • 自然主義流行と其道義的價値
          三二五
        • 懸賞募集の東京唱歌
          三二六
        • 岡田良平京大總長となる
          三二六
        • 大日本地名辭書完成
          三二七
        • 御返禮に文士側から首相招待
          三二七
        • 私立小學校閉鎖
          三二八
        • 社會主義者二派に分離す
          三二八
        • 京都大學の松茸狩に熊蜂の襲擊—大學休校
          三二八
        • 早稻田大學創立廿五年祝典と大隈伯銅像除幕式
          三二九
        • 二葉亭の「平凡」發表
          三三〇
        • 近頃問題の高麗屋にお嫁さんの來る話
          三三〇
        • 敎育勅語を英譯して諸外國に配布
          三三一
        • 夕刊發行は「報知」の獨占—夕刊再興滿一年の喜び
          三三二
        • 嘗て試みられたる新聞夕刊(一)
          三三三
        • 嘗て試みられたる新聞夕刊(二)
          三三四
        • 出品は只一點の繪畫展覽會、岡倉天心の義俠
          三三四
        • 政府事業の美術史出版—隆文館が引受
          三三五
      • 十一月
        • 帝室博物館官制
          三三七
        • 學位授與式
          三三八
        • 文展と美術協會—さすが官立に逸品多し
          三三八
        • 漢字印字機考案者出現
          三三八
        • 第一囘美術展覽會受賞者
          三三九
        • 韓國皇太子日本に留學
          三四〇
        • 畫家市河萬庵歿す
          三四〇
        • 地質調査二十五年會
          三四一
        • 老優大谷馬十歿す
          三四二
        • 元祖時計商小林紀茂歿す
          三四二
        • 俳優の結婚と人氣
          三四二
        • 學習院女學部長下田歌子突如辭職—臆測さるる其の原因の諸説
          三四三
        • 觀世淸之獨立の旗を擧ぐ
          三四四
        • 西川光二郞等控訴判決下る
          三四五
        • 三遊亭圓遊歿す
          三四五
        • 文藝院設置の實現に努力
          三四五
        • 下田歌子遂に學習院を去る
          三四五
        • 谷中五重塔
          三四六
      • 十二月
        • 丁未倶樂部組織
          三四八
        • 漢字タイプライターの發明
          三四八
        • 學習院女學部の將來
          三四九
        • 日本癌種研究會
          三四九
        • 洋畫家淺井忠逝く
          三四九
        • 社會政策學會創設
          三四九
        • 「萬朝」の摘發から仰々しい問題となつた高麗藏不品行問題
          三五〇
        • クリセリアス歿す
          三五一
        • 古川太四郞歿す
          三五二
        • 時計の變遷
          三五二
        • 明治四十年の囘顧
          三五三
    • 明治四十一年
      • 一月
        • 同胞今や五千萬
          三五七
        • 朝日新聞社の世界一週會發表
          三五八
        • 假名遣實施延期
          三五八
        • 明治四十年の音樂界
          三五八
        • 明治四十年の文藝界一瞥
          三五九
        • 靑山練兵場の珍木はヒトツバタゴ
          三六〇
        • 江戸時代の猿曳—廐祓の祈禱
          三六〇
        • 武藏野の名木—根岸御行の松
          三六一
        • 官設展覽會の生れた昨年の美術界
          三六一
        • 古稀庵
          三六二
        • 佐久間象山未亡人歿す
          三六三
        • モルモン敎には敎會設立不許可
          三六三
        • 巴里に於ける貞奴の紅葉狩
          三六三
        • 演劇改良—左團次と明治座
          三六三
        • 橋本雅邦の記念會堂—美術學院の事業
          三六四
        • 動物園の麒麟死す
          三六五
        • 劇評家三木竹二逝く
          三六五
        • 藤公閑あり—梨園の名花と語る
          三六六
        • 畫家の耆宿橋本雅邦逝く
          三六六
        • 臺灣中央山脈橫斷
          三六七
        • 荒木竹翁逝く
          三六八
        • よみうり抄
          三七三
        • 羅馬字會に於る大隈伯の演説
          三七五
        • 今年の自然主義
          三七六
      • 二月
        • 「勿驚」そこのけの金剛石入の名刺
          三七九
        • 吃音矯正の樂石社
          三八〇
        • 頭上を泳ぐ成田山の節分會
          三八〇
        • 奈良丸東上
          三八一
        • 詩人大久保湘南逝く
          三八二
        • 「萬歳」の發明者和田垣博士
          三八二
        • 國民大會の檄文撒布者は社會主義者
          三八五
        • 口語文典調査
          三八六
        • 醫大婦人科確立の濱田博士銅像除幕式
          三八六
        • 暴風雨標條例公布
          三八七
        • 有斐閣江草斧太郞歿す
          三八八
        • 法木德翁歿す
          三八八
        • 秋月、小織引張り凧
          三八九
        • 天龍小林德二郞歿す
          三八九
        • 伊藤銀月義妹の鶴子と駈落
          三九〇
        • 東京市と兒童公園
          三九一
        • 敍勳された河原操子
          三九一
        • 旭川遊廓設置問題
          三九一
      • 三月
        • 片山潜、西川光二郞と斷然袂を別つ
          三九二
        • 權大敎正桃中軒雲右衞門唸る
          三九三
        • 睨み合のタレ義太—兎も角手打となる
          三九三
        • 巖谷小波の世界お伽話完成
          三九三
        • 内務と文部の睨合—問題は陰暦の存廢
          三九四
        • 蒙古學者那珂通世歿す
          三九四
        • 片山潜を除名—社會主義者強硬
          三九六
        • 時事新報社の募集美人寫眞—一等は末弘ヒロ子
          三九六
        • 生田葵山の「都會」風俗壞亂で處罰
          三九六
        • 市川團藏九年振東上
          三九七
        • 猿渡盛雅逝く
          三九七
        • 推薦と請求の新博士又十三人
          三九八
        • 松本愛重敍任
          三九九
        • 文學博士佐藤誠實歿す
          三九九
        • 新橋の東踊
          四〇〇
        • 上村正之丞中將逝く
          四〇〇
        • 大音樂會
          四〇一
        • 癌研究會
          四〇二
        • 洋畫家先覺追弔會
          四〇二
        • 病獨歩の爲に二十八人集出版
          四〇三
        • 所謂出齒龜事件の被害者ゑん子は野口米次郞の先妻
          四〇四
        • 平塚明子森田草平鹽原心中未遂事件
          四〇五
        • スチーヴンス遭難
          四〇六
        • 鹽原心中未遂の禪學令孃の告白
          四〇七
        • スチーヴンス逝く
          四〇八
        • 大學開放の調査
          四〇九
      • 四月
        • 市區改正の嘆き—江戸名物消えて行く
          四〇九
        • 大日本文明協會—大隈伯の文明的活動
          四一一
        • 新富座の文士劇
          四一一
        • 日本式氣球完成—發明家十年の苦心
          四一二
        • 浮世繪大家水野年方逝く
          四一三
        • 栽仁王の御身體解剖さる
          四一三
        • 下婢學校發起—嘉悦孝子の思ひ立ち
          四一三
        • 三越呉服店店頭で活動寫眞映寫
          四一五
        • 時勢と共に移る男女學生墮落の徑路
          四一六
        • 梅若實の金婚式
          四一六
        • 井上秀子歐米漫遊
          四一七
        • 煩悶相談所出來、中央傳道會の設立
          四一七
        • 御歌所寄人小出粲逝く
          四一七
        • ホール博士逝く
          四一七
        • 今更邪魔にも出來ぬ大村益次郞の銅像
          四一七
        • 綿細工
          四一八
        • 敎育勅語の英獨佛譯
          四一八
        • 自然主義全盛時代の文壇
          四二〇
        • タレ義太和睦記念の共演に故障が出る—初代綾之助出演
          四二〇
        • 池の坊宗匠逝く
          四二一
        • 博士廿一名出しためで度い下宿屋
          四二一
        • 兒童舞踊ポルカ流行
          四二二
      • 五月
        • 堺枯川の妻女等旗押し立てて勇敢に街頭宣傳
          四二二
        • 小金井蘆洲歿す
          四二二
        • 早稻田大學の理工科、醫科增設
          四二三
        • 日本で最初の病院
          四二五
        • 音樂學校歌劇公開中止事件—ユンケル外三外人敎授辭職の風説
          四二五
        • 上野戰爭記念の黑門移轉除幕式
          四二六
        • 東京音樂學校オペラ中止問題
          四二九
        • 舞踊の西川嘉義子東上
          四二九
        • 正派同志會展覽會
          四二九
        • 川上音二郞、貞奴歸朝して初上京
          四二九
        • 贅を盡した西本願寺の別莊—六甲山中腹の二樂莊
          四二九
        • エンパイヤ・デー
          四三〇
        • 臨時國語假名遣調査委員の任命
          四三〇
        • ローマ字ひろめ會の主張—「漢字こそ國語を破壞す」
          四三〇
        • 露伴と京都大學
          四三一
        • 宮殿風の赤十字社總會場—慈善的財團の趣意にも背く
          四三一
        • 日本海の奇岩島
          四三一
        • 報知新聞社が無線電信の設備を爲す
          四三二
        • 南洋探檢家服部圖南歿す
          四三二
        • 假名遣改訂案の内容發表
          四三三
      • 六月
        • 愛國婦人會に副會長を置く
          四三五
        • コツホ博士來朝
          四三六
        • 赤十字條約改正
          四三六
        • 浪花節流行—京山若丸東上
          四三六
        • 薄倖の才人川上眉山自殺す
          四三八
        • 文部省の假名遣改定案に賛成したる大槻「言海」居士に天誅状
          四三九
        • 永樂病院移轉す
          四三九
        • 敎育會館建設
          四三九
        • 東京齒科醫師會創立—和強樂堂は戰場化
          四三九
        • 救世敎々主大道安仁逝く
          四四〇
        • コツホ博士謁見
          四四〇
        • 錦輝館の赤旗事件—大杉榮、堺枯川等拘引さる
          四四一
        • 拘留中の社會主義者拷問されて悶絶す
          四四一
        • 國木田獨歩逝く
          四四二
        • 新俳優宮古紫郞歿す
          四四二
        • 淸國留學生差遣契約
          四四三
        • 公判廷で辨慶上使の段—生田葵山の小説「都會」事件
          四四四
        • 上田蠶糸學校設立
          四四四
        • 十代目川柳引退
          四四五
      • 七月
        • 日本正敎會新主敎セルギイ來朝
          四四五
        • 作者倶樂部計畫
          四四六
        • 在米社會黨員の決議文を撒布
          四四九
        • 起癈病院長後藤昌文歿す
          四四九
        • 石河幹明外遊
          四五一
        • 女哲學者の父が怨みの刄—寶文館前の血の雨
          四五一
        • 淺草の奇人山田眞柳歿す
          四五四
        • 京大總長が文部次官兼任
          四五五
        • 長崎に於ける露國革命黨員の家宅搜索
          四五五
        • 山岡鐵舟記念の四谷の薰染小學校—昔の「いろは堂」改稱
          四五五
        • 地方新聞倶樂部新に組織さる
          四五六
        • 種彦の墓中有に迷ふ
          四五六
        • 一萬の土左衞門雑居—奇篤な無縁墓の施主
          四五七
        • 暗から暗へ「社會新聞」沒收さる
          四五八
      • 八月
        • リボン—世界の流行
          四五八
        • 川上貞奴の女優養成所
          四五八
        • 錦輝館の活動寫眞—伊國映畫特約
          四五九
        • 神輿海中渡御—佃島住吉神社大祭
          四五九
        • 川上音二郞の革新劇成立す
          四六〇
        • 名和昆虫研究所(山縣五十雄)
          四六一
        • 都會詩社
          四六一
        • 帝國女子大學校
          四六二
        • 社會主義實情調査・・徹底的取締法研究
          四六二
        • 服部誠一歿す
          四六二
        • 錦輝館赤旗事件公判—女は強し、男は氣勢揚らず
          四六三
        • 「明星」廢刊
          四六三
        • 商大問題暗鬪—東大經濟科獨立
          四六四
        • 創立八十年の小學校—麻布の小暮小學校
          四六四
        • ヌーポー式新建築の日比谷圖書館竣成
          四六五
        • 小學校五六年生に理科敎授の開始
          四六六
        • 美術審査委員任命
          四六六
        • 文士劇凋落
          四六八
        • 芝居道に革新など以ての外也—左團次の懺悔
          四六八
        • 救世軍の大學殖民館
          四六九
        • 小堀鞆音敍任
          四六九
      • 九月
        • 茶道宗匠川上不白歿す
          四六九
        • 竹本組助上京
          四六九
        • 遊就館改築落成
          四六九
        • 京都大學總長に菊池大麓任命
          四七〇
        • 女優志望者の色分
          四七〇
        • 前代議士の令孃俳優となる—インテリ女優の元祖森律子
          四七〇
        • 假名遣案撤囘—敎科書改訂延期決定
          四七一
        • 字音假名遣ひ逆戻りの形—變態假名も敎授、漢字數も增加
          四七二
        • 外山龜太郞、福來友吉等敍任
          四七二
        • 高千穗小學校の級旗授與式
          四七三
        • 琴曲大家山勢松韻歿す
          四七三
        • 富士松ぎん蝶歿す
          四七三
        • 賣藥行商隊遠征—佛領印度に乘込む
          四七三
        • 成女學校の創設者水谷道孝の校葬
          四七四
        • 新橋濱の家の女將明治座を見て高杉晋作の昔を語る
          四七四
        • 女優の首途
          四七五
        • 日本女子商業學校でタイプライター敎授
          四七五
        • 反文展派の旗揚—國畫玉成會派怒る
          四七五
        • シーボルト男爵逝く
          四七六
        • 大日本國民中學會
          四七六
        • 煩悶引受所意外に大受け
          四七七
        • 法科大學の恩人テリーの還暦賀
          四七七
        • 福田狂二又々脱走
          四七七
        • 文界短信
          四七八
        • 鶴見在で發見されたお穴樣の賑ひ
          四七八
        • 石井ブラツク自殺を圖る
          四七八
        • 敎科書調査委員任命
          四七八
        • 東宮御慶事記念の奉獻美術館竣工す
          四七九
      • 十月
        • 陰暦廢止明治四十三年から
          四八〇
        • 救世軍の勞作館—免囚保護の社會事業
          四八一
        • 罪な女淸香—伊井の待ぼけ
          四八二
        • 大日本百科辭書
          四八二
        • 日本一大石碑
          四八三
        • 反射爐永久保存
          四八四
        • 御穴樣の正體
          四八四
        • 南葵文庫公開式
          四八四
        • 市村座の發展
          四八六
        • 第二囘文展
          四八六
        • フエノロサ客死の報
          四八七
        • 女傑中山幸子歿す
          四八七
        • 天山園城寺淸歿す
          四八九
        • 玉成會玉碎—岡倉會長憤然辭職、會員の脱會相踵ぐ
          四八九
        • 東本願寺句佛上人多難の法燈を嗣ぐ
          四八九
        • 文壇消息
          四九〇
        • 説文會三百年記念
          四九一
        • 第二囘文展受賞者
          四九一
        • 巫女大恐慌
          二九二
      • 十一月
        • モデル兩面鏡
          四九二
        • 東京朝日演藝風聞録
          四九二
        • 明治初年の天長節
          四九三
        • 説文會臨時大會
          四九三
        • 東京倶樂部設立—卒業の早慶選手握手
          四九三
        • 讀賣新聞社の人氣競べ投票
          四九四
        • お菊婆と美術學校敎授對立—女モデルのストライキ起る
          四九四
        • 成女高等女學校
          四九六
        • 中央亞細亞大探檢家ヘヂン來朝す
          四九六
        • 村井知至の暴言が香港暴動の一因
          四九七
        • 赤十字東京支部が自動車の巡囘治療
          四九七
        • 寳永山よりも古い九代續いた小學校
          四九七
        • 上田敏囑託
          四九八
        • 小學敎科書の漢字數增加決定
          四九八
        • 日比谷圖書館開館式
          五〇〇
        • 「サンデー」創刊
          五〇三
        • 「東京朝日」八千一號
          五〇五
        • 忙しや大祭日—記すべき會の色々
          五〇五
        • 日本力行會員の世界無錢旅行
          五〇五
        • 東京座の合同文士劇
          五〇六
        • 俳優養成所開所式擧行
          五〇七
        • 英國協會發會式
          五〇七
        • 文藝院不成立
          五〇七
        • 天理敎—獨立認可さる
          五〇七
        • 東京座の文士劇(竹の屋主人)
          五〇八
        • フエノロサ追悼會
          五〇八
      • 十二月
        • 天理敎の管長—敎祖の一人息子
          五〇八
        • 奉獻記念美術館名稱表慶館と決定
          五〇九
        • 俗稱「高等演藝場」—有樂座開場式
          五一〇
        • 大山捨松夫人から「不如歸」上演に苦情
          五一〇
        • 鹽原心中の事實小説「煤煙」を御當人が書く
          五一〇
        • 百人一首採點表—歌聖悉く落第
          五一二
        • 文壇モデル小説流行—桂月は有卦に入り、花袋は勢力を發揮
          五一二
        • 帝國女子大學建設
          五一三
        • 野球試合に入場料を徴收せざる事—早稻田の運動淨化
          五一四
        • 普通敎育の功勞で辻新次授爵
          五一四
        • 講談組合三年の碓執解ける
          五一四
        • 神前結婚繁昌
          五一五
        • 一世一代の攝津大掾—歌舞伎座大人氣
          五一五
        • 商船學校練習船大成丸歸航す
          五一七
        • 天文臺移轉—三鷹村が第一候補地
          五一八
        • 海老名彈正歸朝
          五一九
        • 團十郞の壻養子堀越福三郞の俳優熱
          五一九
        • 妙心寺機外和尚僊化
          五二〇
        • 官僚政治排擊に新聞記者憤起
          五二〇
        • 官選中學唱歌—第一集漸く成る
          五二一
        • 高田竹山の「説文」講義十年懸り
          五二二
        • 鳥谷部春汀逝く
          五二五
        • 有樂座の新試み—子供デー開催
          五二五
        • 島田三郞經營の東京毎日新聞を大隈伯に讓渡
          五二六
        • 雪中庵雀志宗匠歿す
          五二六
        • 女優の巣立
          五二七
        • 明治四十一年を囘顧す
          五三二
  • 第五類
    軍事・戰役・事變・内亂・騷擾篇
    • 明治三十九年
      • 一月
        • 明治三十八年の戰闘經過
        • 海軍敎育に盡瘁した肘付中將へ感謝状
        • 軍人倶樂部新設
          二一
        • 東郷大將艶物語
          二五
        • 奧司令官凱旋—梨本官御凱旋
          二五
        • 給仕齋藤富五郞—今は輝く海軍大臣
          二六
        • 乃木第三軍戰歴
          二六
        • 奧第二軍司令官凱旋復命書
          二七
        • 乃木第三軍司令官凱旋
          二七
        • 床し乃木大將夫人出迎へせず
          二八
        • 乃木大將復命書
          二八
        • 野津第四軍戰歴
          二九
        • 野津大將凱旋
          三〇
        • 野津大將復命書
          三〇
        • 鳴呼旗艦三笠—未知の損傷發見
          三〇
        • 鴨綠江軍戰歴
          三一
        • 山地戰の苦難に立ちし川村軍けふ凱旋
          三一
        • 川村大將復命書
          三二
        • 乃木希典、川村景明—軍事參議官に
          三五
        • 陸軍記念日—三月十日
          三六
      • 二月
        • 野津道貫、伊東祐亨元帥稱號授與式
          三八
        • 淺草式の招魂社面目を一新さる
          三九
        • 韓國統監の兵力使用權と一部軍人の言動
          四〇
        • 椎名大尉夫人の佗住居
          四二
        • 擒れの身となりし自轉車娘の東郷少佐夫人
          四四
        • 第二囘陸軍大歡迎會擧行
          四八
        • 日露戰役戰死者合祀洩れ尚三萬人
          五二
      • 三月
        • 進歩黨の二年兵役案
          五六
        • 二年兵役論の根據
          五七
        • 記念軍艦旗規則發布さる
          五八
        • 今日ぞ陸軍記念日
          五八
        • 乃木大將密に二愛兒を葬る
          五九
        • 立見中將凱旋
          六一
        • 群衆赤旗む飜して市廰に迫る—電車値上反對の大示威運動
          六一
        • 街鐵夜間運轉禁止(市民大會餘聞)
          六一
        • 市民大會發起者の檢擧—社會黨員一味擧げらる
          六二
        • 海軍記念日制定—五月二十七日
          六六
        • 陸海の輸送良好で凱旋終了
          六九
      • 四月
        • 明治三十七八年從軍記章條例
          七一
        • 降服も予に堂々たる理由あり—降將露提督ネボカドフの聲明
          七一
        • 癈兵院設置
          七三
        • 三笠艦海底に膠著して引揚頗る難工
          七三
        • 陸軍擴張事業
          七六
        • 觀兵式記念切手
          八〇
        • 戰捷記念繪葉書發賣で郵便局大雜沓
          八三
        • 近衛師團外十六師團參加して凱旋大觀兵式擧げらる
          八三
      • 五月
        • 竹橋尚文中將歿す
          八八
        • 特科兵新編制と擴張
          九四
        • 日露戰役と日本軍の優秀點—歐洲の軍事界に注目さる
          九七
        • ステツセルに死刑宣告か—乃木大將開城の止む可からざるを開陳して露國に電照訴求
          九七
        • 三十七八年戰役の行賞開始
          九九
      • 六月
        • 滿洲鐵道守備兵二萬を要す—增設二箇師團は全部之に充てらる
          一〇一
        • 陸軍編修官々制改正
          一〇四
        • 日露戰役殉難看護婦—上野天神山の追悼會
          一〇五
        • 陸軍軍制調査—委員長は西大將
          一〇七
        • 捕虜二將校重謹愼
          一〇八
        • 戰利戰艦—石見、宗谷、丹後
          一〇九
      • 七月
        • 旅順開城の軍使山岡中佐失明退役
          一一二
        • メツケル少將逝く
          一一四
        • 佛人フオーク逝く
          一一四
        • 電車賃値上反對の兇徒聚衆判決—大杉、西川等は無罪
          一一五
        • 英國支那艦隊司令長官ムーア中將入京して直に參内
          一一五
        • 國民公憤の犠牲燒打事件の判決
          一一五
        • メツケル追悼會—陸軍お歴々の催し
          一一九
        • 滿韓に於ける增設師團の補充
          一一九
        • 兒玉參謀總長逝く
          一二一
        • 嚴島艦上で將校の刃傷
          一二二
        • 二年兵役實施
          一二二
        • 陸軍の機密—陸相機密嚴守の内訓を發す
          一二二
        • 金洲丸の三將校剝官、褫記勲奪
          一二三
        • 名參謀兒玉源太郞
          一二三
        • 輸卒の金鵄勳章
          一二四
        • 參謀總長に奧保鞏親補さる
          一二四
        • 帝國最初の軍艦の模型—和蘭の造船所から日本政府に寄贈
          一二五
      • 八月
        • 癈兵院條例公布
          一二六
        • 三笠艦浮揚る
          一二七
        • 「鹿島」の姉妹艦「香取」橫須賀へ
          一二九
        • 怪し!帽子眉深に齋藤海相の微行
          一三一
        • 伏見歩兵第十九旅團長馬場少將從卒廢止を斷行
          一三六
      • 九月
        • 乃木軍と生死不明の軍人
          一三六
        • 關東都督は大島義昌
          一三九
        • 値上に激昻の群衆電車を襲擊—憲兵空砲を放つ
          一四〇
        • 旅順に鎭守府を設置せらる
          一四六
        • 實戰の經驗から歩兵操典改正
          一四七
      • 十月
        • 遼東方面の掃海事業經過
          一四九
        • 「肉彈」の著者櫻井中尉の光榮
          一五五
        • 薩摩艦進水式
          一五七
        • 二年兵役實施を急く
          一五八
        • 香取、鹿島、薩摩三新艦天覧
          一五八
        • 第四十九聯隊軍旗燒失事件
          一五九
        • 日露戰役史編纂
          一六一
        • 机の塵
          一六二
        • 大山大將のソロバン—神谷傳兵衞まゐる
          一六二
      • 十一月
        • 露國の日露戰役費十七億圓
          一六五
        • 撒紙競馬
          一六八
        • 新鑑薩摩進水—ド艦二倍の偉力
          一六九
        • 中野鐵道大隊千葉縣下に移轉
          一七一
        • 海軍異動
          一七二
        • 水雷の亡靈うろうろ—秋田縣下で爆發
          一七六
      • 十二月
        • 要塞築造既定計畫殆ど完了—要塞砲兵隊の沿革
          一七七
        • 黑龍會復興
          一七七
        • 南淸に暴徒蜂起—軍艦伏見、隅田急派
          一八〇
        • 乃木大將落馬—重態にて歸邸
          一八一
        • 第四十九聨隊に軍旗御再授
          一八二
        • 陸軍が自動車隊編成
          一八五
        • 電車燒打事件判決—松本道別は重禁錮四年
          一八八
        • 明治三十九年の囘顧
          一八九
    • 明治四十年
      • 一月
        • 陸軍將校乘馬令公布
          二〇〇
        • 二年兵役實現せんとす
          二〇〇
        • 癈兵院開院
          二〇二
        • 奬兵團體の嚆矢
          二〇三
      • 二月
        • 乃木希典學習院長となる
          二一一
        • 海軍の焚火競爭
          二一一
        • 足尾銅山騷擾果然暴動化—火藥庫爆發—死傷多數—遂に出兵
          二一三
        • 東京癈兵院開始
          二一七
        • 陸海軍將校婦人會
          二一九
      • 三月
        • 米國陸海軍祝典に軍艦二隻差遣
          二二三
        • 我海軍の恩人バイソン逝く
          二二五
        • 新設師團基地決定
          二二五
        • 立見陸軍大將逝く
          二二七
        • 軍隊不祥事件續出—旭川ではストライキ
          二二八
        • 橫川、沖等の殉難志士叙勳
          二二八
        • 社會主義撲滅に在郷軍人動く
          二三八
      • 四月
        • 在郷軍人團組織の嚆失—東京神田の在郷軍人團成立
          二四二
        • 常陸丸殉難の英人を合祀
          二四三
        • 萬國平和會議に提案の諸問題
          二四三
        • 電信大隊特設—電信敎導大隊廢止
          二四六
        • 麻布三聯隊の兵士虐待事件
          二四八
      • 五月
        • 幌内炭山の暴動—坑夫賃銀値上要求
          二五〇
        • 帝國の海軍力—大小二百十三隻五十餘萬噸
          二五三
        • 砲兵の砲數
          二五六
        • 病院船に關する條約
          二六四
        • 竹敷要港部司令官伊東中將告訴さる
          二六四
        • 日本海々戰の追懐—東郷大將東宮に言上
          二六六
      • 六月
        • 別子銅山暴動起る
          二七〇
        • 別子銅山暴動由來
          二七〇
        • 別子銅山暴動に軍隊出動の命下る
          二七一
        • 降伏大尉熊に喰はる
          二七一
        • 谷中村強制立退問題—縣の見解と村民の主張甚しく異る
          二七九
        • 谷中村騒擾續報
          二八〇
      • 七月
        • 谷中村強制破壊の第一日
          二八二
        • 片野理事長の變死以來流言蜚語頻りに、財界攪亂遂に豫戒命令執行
          二八三
        • 韓國皇帝の密使海牙の萬國會議に現はれて獨立庇護を哀訴す
          二八四
        • 日露戰爭と宣戰布告問題
          二八七
        • 韓國軍隊叛亂の兆
          二九五
        • 韓國に十二師團の一部增派
          二九五
      • 八月
        • 韓國解兵の詔勅下る
          二九七
        • 解隊の詔勅に大隊長自殺を企て、遂に暴發して我が兵と衝突
          二九八
        • 陸地測量事業—第三期事業完了
          三〇二
      • 九月
        • 軍令の規定
          三一二
        • 鹿島艦の大慘事
          三一四
        • 日露戰役行賞の陞授爵發表
          三一六
        • 鞍馬、利根兩艦進水
          三一七
        • 高等捕獲審檢所—平和會議の重要問題可決
          三一八
      • 十月
        • 防備隊の任務
          三二一
        • 廢彈二萬八百發大爆發—大阪府下の大慘事
          三二三
        • 戰後の論功行賞に富豪の授爵なき理由
          三二四
        • 中將以下に授爵せぬ規定か
          三二六
        • 三八式野戰重砲と其の効果
          三二八
        • 我が造船術の驚異的進捗—鞍馬進水式
          三二九
        • 東京灣口の海堡
          三三三
        • 補充兵敎育廢止
          三三六
      • 十一月
        • 第十四師管下で大演習御施行—聖上御統監
          三四〇
        • 有毒瓦斯研究
          三四四
      • 十二月
        • 三八式野砲の偉力實證さる
          三四七
        • 明治四十年の囘顧
          三五三
    • 明治四十一年
      • 一月
        • 我海軍の恩人ゼームス逝く
          三六四
        • 旅團司令部條例改定
          三七四
        • 要塞司令部條例改定
          三七四
        • 陸軍戸山學校條例改定
          三七四
        • 陸軍士官學校條例改定
          三七四
      • 二月
        • 帝國義勇艦隊の建設と日本海事協會の活動
          三七九
      • 三月
        • 三八式歩兵銃配付
          三九二
        • 第一聯隊の古兵三十餘名—隊伍を整へて堂々脱營す
          三九五
        • 同盟脱營兵歸隊
          三九七
        • 兵器獨立の計晝を進む
          三九八
        • 復活せる三笠艦
          三九八
        • 同盟脱營事件—旅團長以下所罰
          四〇〇
        • 大阪でも結黨脱營
          四〇二
        • 陸軍將校團條例
          四〇六
        • 陛軍服制の改正
          四〇八
      • 四月
        • 日本式氣球完成發明家十年の苦心
          四一二
        • 陸軍刑法公布
          四一四
        • 海軍刑法公布
          四一四
        • 今更邪魔にも出來ぬ大村益次郞の銅像
          四一七
        • 將校婦人會の東郷閣
          四一九
        • 軍旗親授式
          四一九
      • 五月
        • 軍艦松島沈沒
          四二二
        • 脱營の福田狂二上海で捕はる
          四二四
        • 臺灣蕃賊討伐方針
          四三〇
        • 海軍參考館開館
          四三二
      • 六月
        • 義勇艦隊第一船櫻丸進水式
          四三五
        • 帝國海軍の恩人ヴイルニー歿す
          四三六
        • 赤十字條約改正
          四三六
        • 親日派韓人一千名殺害さる
          四四〇
      • 八月
        • 賣國將校射殺さる
          四五九
        • 日露海戰の經驗で艦底防禦装置
          四六二
        • 軍隊に自動車使用—長途運轉の自動車歸り來る
          四六五
      • 九月
        • 遊就館改築落成
          四六九
        • 福田狂二又々脱走
          四七七
        • 自動車不成績—特別大演習に參加不可能と決定
          四七九
      • 十月
        • 元帥野津道貫逝く
          四八七
        • 米國大西洋艦隊來る—橫濱灣頭空前の偉觀
          四八七
      • 十一月
        • 御命名—御嶽ケ原
          四九五
        • 日本獨創の兵商兩用艦たる義勇艦隊さくら丸竣成す
          四九六
        • 聖上奈良、兵庫縣下へ打幸
          四九六
        • 赤十字東京支部が自動車の巡囘治療
          四九七
        • 觀艦式歴史
          四九八
      • 十二月
        • 同胞遺骨二十三、日露戰役に際して露國に客死の捕虜
          五一四
        • 日露戰役と婦人の功勞表彰
          五一四
        • 岡澤侍從武官長逝く
          五一六
        • 第四師團長井上光逝く
          五一七
        • 陸軍省官制改正
          五一九
        • 參謀本部條例改正
          五一九
        • 新參謀次長と敎育總監部本部長
          五二一
        • 日露戰役以來の軍事郵便廢止—一年十萬圓增收
          五二五
        • 小坂銅山農民蜂起—煙害賠償問題で二十萬圓の要求
          五二五
  • 第六類
    家庭・社會・世相・災害・運動娯樂・雜事篇
    • 明治三十九年
      • 一月
        • 明治三十八年の社會小史(上)
        • 明治三十八年の社會小史(中)
        • 池上曙樓の明ぼの踊
          二四
        • 西園寺家おめでた—令孃新子の壻がね極る
          二五
        • 坂本龍馬未亡人危篤—今は窮迫して救護を受く
          二六
        • 講道館の寒稽古
          二九
        • 凶作地福島地方餓死凍死者續出
          三一
        • 打續けた晴天十日—大相撲本場所の異例
          三二
        • 痴漢直訴を企つ—取調祕密で眞相不明
          三三
      • 二月
        • 四方山話
          三九
        • 殺人鬼時三郞の紬屋殺し事件
          四〇
        • 兇漢時三郞の紬屋殺事件(一)
          四二
        • 百萬石のお婿さま—小笠原流の古代で行はるる前田家の婚儀
          四三
        • 兇漢時三郞の紬屋殺し事件(二)
          四三
        • 兇漢時三郞の紬屋殺し事件(三)
          四五
        • 兇漢時三郞の紬屋殺し事件(四)
          四六
        • 兇漢時三郞の紬屋殺し事件(五)
          四六
        • トーダンス流行
          四八
        • 縮屋殺し事件も大久保時三郞か
          五一
        • 磐城平町大火—燒死者三十七名
          五二
        • 意外!西園寺家の系譜爭ひ
          五三
        • 帝國通辯協會
          五四
      • 三月
        • 豐島屋の白酒
          五六
        • 桂伯夫婦と攝津大掾
          五六
        • 詩人野口寧齋殺しの野口男三郞公判廷開かる
          六三
        • 休憩後の野口男三郞公判
          六五
        • 臺灣激震
          六六
        • 兩手の無い藝者妻吉寄席に出る
          六七
      • 四月
        • 自轉車名人後藤新平—民政長官の御威光で一杯喰つた一等賞!
          七二
        • 灣泊會
          七二
        • 野口男三郞事件第二囘公判
          七四
        • 壼家の洋食
          七七
        • 臺灣再び大地震
          七八
        • 早慶合戰記(鐵骨童子)
          七八
        • 也阿彌ホテル燒失
          八〇
        • 芝公園瀧開き
          八一
      • 五月
        • 記念スタンプ—死物狂ひ
          八四
        • 根津榮座燒失
          八六
        • お濠から鮒六斗
          八六
        • 不忍池畔の競馬—競願者合同か
          八六
        • 萬朝報の名刺投票—讀者募集の新案
          八七
        • 河原操子女史は沖禎介の戀人
          八八
        • 結婚信用調査所
          八八
        • 三味にスタンプ
          八九
        • 殺人鬼野口男三郞の判決(一)
          九〇
        • 殺人鬼野口男三郞の判決(二)
          九一
        • 男三郞の判決に對する花井卓藏の所感
          九三
        • 不忍競馬に婦人出馬
          九三
        • 第一囘關八州競馬會—女武者も繰込む
          九四
        • 裸體活人畫—顯はれたトタンに幕
          九六
        • 東西美人の鞘あて—參謀は兒玉粹大將
          九六
        • 鷭獵
          九六
      • 六月
        • 東京牛込水野ケ原の洞穴
          一〇一
        • 本因坊秀榮が九段—名人披露會開催
          一〇三
        • セントラル・ホテル全部燒失す
          一〇四
        • 十九世本因坊の天品
          一〇九
        • 女子富士登山會
          一一〇
      • 七月
        • 隅田川の船料理
          一一七
        • 犬養木堂艶物語
          一一八
        • 直江津大火一千戸燒失
          一一八
        • 上野山下の飮食店街
          一二〇
        • 東海道あべ川餅由來記
          一二四
      • 八月
        • 大磯附近の避署客
          一三一
        • 東京市内街路樹改良
          一三一
        • 春晝及原板大檢擧—板木だけで五千餘枚
          一三三
        • 流行置物師
          一三五
        • 繪葉書屋の一枚看板、富田屋八千代と高橋是淸夫人
          一三五
      • 九月
        • 高木正年の妻投身—前身は神明藝者
          一三七
        • 江戸名物深川の平淸廢業
          一三七
        • ムスメ輸出旺盛
          一三九
        • 向島櫻餅の名物娘
          一四一
        • 幽蘭女史今度は新聞記者に
          一四二
        • 兇惡兩大關男三郞と時三郞
          一四三
        • 文部省體育に注意—「中央體育所」設立か
          一四七
      • 十月
        • 掏摸の姐御か本願寺様の愛妾か—酒匂の可亡人
          一五一
        • ベツタラ市
          一五四
        • 秋の東京名物菊人形由來記
          一五六
        • 東都運動界の人氣を一つに集めたる早慶野球戰の歴史
          一五九
        • 藤八拳大會
          一六〇
        • 九州海上大荒れ漁夫九百名溺死
          一六〇
        • 藤八拳今昔物語
          一六〇
        • 早慶戰第一日は慶應の勝利
          一六一
      • 十一月
        • 早大慶應野球試合遂に無期延期—熱狂の應援に不測の事態惹起を憂慮
          一六六
        • 早慶野球戰中止の經緯
          一六七
        • 紬屋殺し時三郞死刑—妻たけは無期徒刑
          一七〇
        • 女髪結のうで
          一七一
        • 海上娯樂園設立計畫
          一七二
        • 韓國太平記—藤の大臣埋骨の地を求む
          一七三
      • 十二月
        • 黑龍會復興
          一七七
        • 賣春婦狩立—護送馬車滿員
          一七九
        • ワン車禁止
          一八一
        • 忍川どんどんの板覆ひ
          一八一
        • 新橋倶樂部竣成
          一八二
        • 市中の屑屋を郡部に退去せしむ
          一八三
        • 鈴久一派の成金が發起で—「きつね」で豪勢な忘年會
          一八六
        • 百花園の福入番茶
          一八九
    • 明治四十年
      • 一月
        • 状袋入名刺の年賀—氣取つて厄介なもの
          一九二
        • 藤八挙番附再興
          一九五
        • 諏訪湖にスケート場を新設
          一九七
        • 慶應義塾のホツキー倶樂部
          一九九
        • リボン流行
          二〇〇
        • 大食漢!相撲協會の炊出し
          二〇一
        • め組の頭吉野宇之吉歿す
          二〇三
        • 金儲け色々
          二〇五
        • 閨秀碁客—多くは獨身者
          二〇五
      • 二月
        • 富士山頂の雪中征服
          二一一
        • 百圓の香筥から一萬圓の名香出づ
          二一一
        • 手無し藝者妻吉の法要
          二一三
        • 東京市糞攻め案
          二一五
        • 棊界名人本因坊秀榮歿す
          二一五
        • 淺草六區の白首退治
          二一九
        • 海江田子爵家にお家騒動起る
          二二〇
      • 三月
        • 五厘の喧嘩—タレ義太界異變
          二二五
        • 「統監小間使」の肩書も嚴めしからず
          二二九
        • 本因坊廿世問題と田村保壽の破門事件
          二三七
      • 五月
        • 幽蘭女史狂亂の巻
          二五二
        • 「ガラ」は禁止「アナ」默許す—競馬の取締上
          二五三
        • 十五世井上因碩襲名
          二五三
        • 東京歡興博食會
          二五六
        • 原内相を戀ひ焦るる女
          二六〇
        • 祕密探偵社跋扈
          二六五
      • 六月
        • 亂劇!辯護士會の會長爭ひ
          二六九
        • 種牛巡囘交尾開始
          二七六
        • 白山御殿の共同風呂
          二八一
      • 七月
        • 野口男三郞控訴公判の判決
          二九二
        • 新橋夜話
          二九四
        • 食通道樂鹽煎餅品評會
          二九六
      • 八月
        • 吉原の臺灣娼妓
          二九九
        • 常陸山の渡米出發
          二九九
        • 全都あこがれの歡樂境—よか樓
          三〇〇
        • 常陸に經帷子の餞別—イキリ立つ源氏山
          三〇〇
        • 隅田川の流燈會
          三〇〇
        • 奈良ホテル
          三〇三
        • 白畫芝公園に今村勝太郞、賣國奴前田淸次を刺殺
          三〇四
        • 今村勝太郞の素性
          三〇四
        • 獄中の一流どころ昨今の消息
          三〇七
        • 流行の死場所華嚴瀧の大法會
          三〇七
        • 東京を中心に四十餘年來の洪水
          三〇七
        • 山梨縣の大水害—全村滅亡の慘事
          三〇八
        • 水の吉原SOS—東京の一部一面の海
          三〇八
        • 函館大火一萬戸燒失
          三〇八
        • 小山六之助假出獄—李鴻章の狙擊人
          三〇九
      • 九月
        • 韓國の斷髪令で内地理髪師一稼ぎ
          三一一
        • 猥褻畫大量檢擧
          三一一
        • 今夏全國の水害調査
          三一四
        • 方圓社圓く行かず—中川副社長退社
          三一六
      • 十月
        • 野球リーグ問題
          三二一
        • 相撲常設館建築
          三二一
        • 活動寫眞で芝居も出來る
          三二二
        • 廢彈二萬八百發大爆發—大阪府下の大慘事
          三二三
        • 男三郞上告棄却—遂に死刑確定
          三二五
        • 罐詰—新熟語
          三二七
        • 上野精養軒
          三二九
        • 銘酒屋早替り—淺草公園の新聞縱覧所
          三二九
        • 十五年間對立の輪界の兩雄決戰せん
          三三五
        • 高等内侍の魔窟濱町に現はれたバイブル淸子
          三三六
      • 十一月
        • 伊庭想太郞獄死
          三三八
        • 布哇セントルイス野球團來る—慶應勝ち早稻田敗る
          三三九
        • 美顏術の看板
          三四一
      • 十二月
        • 矢の倉福井樓
          三四六
        • 韓廷女官の洋服—妓生と間違へらる
          三四六
        • 深さ五尺—常陸山註文の風呂桶
          三五〇
        • 色さまざま—ホテルの客
          三五〇
        • 蒙古王妃日本で安産
          三五三
        • 明治四十年の囘顧
          三五三
    • 明治四十一年
      • 一月
        • 江戸時代の猿曳—厩祓の祈禱
          三六〇
        • 武藏野の名木—根岸御行の松
          三六一
        • 動物園の麒麟死す
          三六五
        • 大相撲新番付
          三六五
        • 武藏野數百年の舊家立退き—取拂はるる代々木御料地
          三六七
        • 臺灣中央山脈橫斷
          三六七
        • 肉親の現の憎しみ—二十七年間の虐待
          三六七
        • 箸仙の小山仙藏歿す
          三七〇
        • 櫓太鼓—打込と打出二名人
          三七〇
        • 伊勢諸戸家の婚儀—五萬圓の婚禮費
          三七四
      • 二月
        • 名妓の龜鑑—ぼん太の末路
          三七八
        • 廢れ行く江戸名物—吉原の金子が廢業
          三七九
        • 浪人會
          三八二
        • 主催者不明の國民大會—「增税反對」に煽られて群衆殺到
          三八四
        • 岩崎御曹子戀患ひ料二十餘萬圓
          三八七
      • 三月
        • 醬油の野田町全燒
          三九七
        • 新潟の大火千五百戸燒失す
          三九八
        • 人の膏を貪り啜る稀代の人鬼
          三九九
        • 新橋の東踊
          四〇〇
        • 三世相と怨靈—辯天窟本夫殺し事件公判開かる
          四〇〇
        • 名物岸の姫松燒ける
          四〇一
        • 褐色の雪と紅い雪
          四〇一
        • 當世紳士の家庭—「桃色」どころの腐れ方にあらず
          四〇二
        • 「米公」のお米辯解—當世紳士の家庭孰れも此の通り
          四〇三
        • 出齒龜出件—湯屋歸りの婦人強姦致死
          四〇四
        • お湯屋のぞき—大久保物騷の卷
          四〇四
        • 平塚明子森田草平鹽原心中未遂事件
          四〇五
        • 豚に戀する痴漢—詑状入れて豚を引取る
          四〇七
        • 鹽原心中未遂の禪學令孃の告白
          四〇七
      • 五月
        • 宿船の名殘
          四一〇
        • 湯屋のぞきの出齒龜捕はる
          四一〇
        • 陽春四月に帝都の大降雪
          四一四
        • 時ならぬ雪害に大時代の芝居見物
          四一五
        • 噴泥冲天六十尺—臺灣の泥火山
          四一五
        • 時勢と共に移る男女學生墮落の徑路
          四一六
        • 出齒龜は非犯人—辯護士等反證蒐集
          四一七
        • 新遊戯輸入—ロケツトボール
          四一八
        • 花柳界を一人で背負つて立つ萬龍評判記
          四二一
        • 博士廿一名出しためで度い下宿屋
          四二一
        • 兒童舞踊ボルカ流行
          四二二
        • 巖窟ホテル
          四二二
        • 小笠原島を距る五百餘哩の箇所に一新島發見
          四二三
        • 田子の浦曲に三婦人の入水
          四二四
        • 田子浦入水の三婦人の身許判明
          四二五
        • 吉原に紙幣の雨
          四二六
      • 六月
        • 新橋驛の花賣娘
          四三四
        • 春子夫人の嫁選み—親の心子知らずで意中の美人が別にある
          四三四
        • 丸の内螢狩
          四三五
        • 大雹直徑四寸
          四三六
        • 出齒龜事件公判—被告事實の全部を否認す
          四三七
        • 出齒龜綽名の出所
          四三八
        • 電車内の妖婦
          四四三
        • 新喜樂女將の發心—伊井蓉峰を仕立てた女
          四四四
        • 鳴尾競馬の大穴
          四四四
      • 七月
        • 詩人寧齋殺しの男三郞死刑執行
          四四五
        • 亡靈三十二萬五千—死刑獄死者追弔會
          四四九
        • 日比谷の夜の魔風—十二組の野合者押へらる
          四四九
        • 向島の化物會
          四五〇
        • 女哲學者の父が怨みの刄—實文館前の血の雨
          四五一
        • 大膽不敵の賣國奴石山眞一郞
          四五二
        • 出齒龜事件公判
          四五三
        • 粹翰長の遊び哲學
          四五四
        • 白襷白鉢卷の博徒百餘名深夜神田川を挾んで對陣す
          四五四
        • 一萬の土左衞門雜居—奇篤な無縁墓の施主
          四五七
        • 神田の幽靈銀杏
          四五八
      • 八月
        • リボン—世界の流行
          四五八
        • 錦輝館の活動寫眞—伊國映畫特約
          四五九
        • 半藏門閉鎖
          四六〇
        • 出齒龜事件判決—無期徒刑
          四六〇
        • 世界一の大樟樹
          四六五
      • 九月
        • 燒け殘りの新潟又二千戸燒失
          四七〇
        • 子福者松方侯—福々すぎて戸籍法違反の事
          四七一
        • 新橋濱の家の女將明治座を見て高杉晋作を語る
          四七四
        • 藝者も必要品也—藝者曰く「ソレ御覽」
          四七六
        • 石井ブラツク自殺を圖る
          四七八
      • 十月
        • 昔は強盜今は基督敎信者—現職の警部が強盜追剝常習
          四八一
        • 罪な女淸香—伊井の待ぼけ
          四八二
        • 藝者の接待は中止—米國艦隊歡迎に基督敎靑年會より反對
          四八三
        • 日本一大石碑
          四八三
        • 本因坊披露會
          四八五
        • 一葉百圖萬年靑流行
          四八六
        • 掏摸絶えず—大名生活の大親分
          四九〇
        • 巫女大恐慌
          四九二
      • 十一月
        • 東京倶樂部設立—卒業の早慶選手握手
          四九三
        • 鵜の首より土橋まで溜池の埋立畢る
          五〇二
        • 米國野球團早稻田と戰ふ
          五〇四
        • 囘向院相撲常設館鐵骨竣工
          五〇六
        • 新人名字彙
          五〇七
      • 十二月
        • 相撲年寄井筒嘉次郞歿す
          五〇八
        • 俗稱「高等演藝場」—有樂座開場式
          五一〇
        • 東京名所—食傷新道博士町
          五一〇
        • 高山彦九郞の末孫微祿して内閣の小使
          五一一
        • 盲長屋の鶯娘
          五一三
        • 出齒龜の控訴公判
          五一四
        • 同胞遺骨二十三、日露戰役に際して露國に客死の捕虜
          五一四
        • 野球試合に入場料を徴收せざる事—早稻田の運動淨化
          五一四
        • 神前結婚繁昌
          五一五
        • 出齒龜果して眞犯人か—公判延期さる
          五一五
        • 團子坂の藪蕎麥
          五一六
        • 仲店のどら燒
          五一六
        • 晦日蕎麥の由來
          五一七
        • 名妓ちやら次歿す
          五一七
        • 支那革命黨毒茶事件—黄興、宋敎仁等日本で活躍す
          五一八
        • 菊隅の女將慘殺さる
          五二〇
        • 橫濱の暗に躍る魔者
          五二三
        • 郵便婆さん表彰さる
          五二五
        • 由々しき問題を惹起したる藤堂伯懲戒委員會に附せらる
          五二七
        • 露探殺し今村は有期徒刑十二年
          五二八
        • 明治四十一年を囘顧す
          五三二
  • 第七類
    海外紀事篇
    • 明治三十九年
      • 一月
        • 明治三十八年の海外紀要(上)
        • 明治三十八年の海外紀要(下)
          一二
        • 露帝は癲癇—莫斯科の叛亂鎭定
          一三
        • 英國の總選擧—勞働黨四十一名進出
          三五
      • 二月
        • 淸國露國に要求條件を提議す
          四一
        • 鸚鵡返しに露國から對淸要求
          四一
        • 露淸談判大觀
          五四
        • 南昌騷擾事件
          五四
      • 三月
        • 南昌事變續報
          五五
        • 膠州灣を一等要塞—獨逸は否認す
          五六
      • 四月
        • モロツコ問題結了
          七一
        • 降服も予に堂々たる理由あり—降將露提督ネボカドフの聲明
          七一
        • 第二囘平和會議—露國政府から案内
          七三
        • ヴエスヴイアス噴石三千尺
          七五
        • 南昌事件交渉—北京政府の腰強く佛國の要求を拒絶
          七七
        • 米國桑港激震—死傷者多數の見込
          八二
        • キユーリー博士歿す
          八二
      • 五月
        • 米亞橫貫大鐵遣—すばらしい計畫
          八六
        • 桑港の大震災—白石元治郞遭難談
          八九
        • 露國立憲政治に目覺む—皇帝議會開院式に臨んで勅語を賜ふ
          九五
        • 獨逸の日本櫻祭
          九六
        • ステツセルに死刑宣告か—乃木大將開城の止む可らざるを開陳して露國に電照訴求
          九七
      • 六月
        • 滯米中のゴルキー引渡を露政府要求
          九九
        • 露國又内亂
          一〇七
        • 猶太人虐殺—オデツサに於けるよりも更に甚し
          一〇八
      • 七月
        • 韓帝逆鱗—李參頭、姜錫鎬捕縛の詔書下る
          一一四
        • メツケル少將逝く
          一一四
        • 佛人フオーク逝く
          一一四
        • 韓國宮中肅淸案—宮禁令の内容
          一一四
        • 露國降將に死刑—皇帝に哀訴を許す
          一一七
        • 露帝怒つて議會を打摧す
          一二二
        • 露國政府議會解散辯明
          一二四
      • 八月
        • 米國務卿ルート、モンロー主義を強調
          一二六
        • 南米智利大震災
          一三一
      • 九月
        • ブライアンの意氣—トラストを非難し金力政治打破高唱
          一三九
        • 淸帝、立憲政治實施の上諭
          一三九
        • 旅順の守將ステツセルの末路
          一四四
        • 玖馬の叛亂と米國
          一四六
      • 十月
        • 辮髪廢止虚報
          一四八
        • ドレツドノート—英海軍秘密裡の試験
          一四八
        • 西藏へ自動車
          一四九
        • 英彿軍事協約説
          一五〇
        • 支那新聞條例發布
          一五一
      • 十一月
        • 露國の日露戰役費十七億圓
          一六五
        • 淸國宮廷改革の新官制發布
          一六五
      • 十二月
        • 米國大統領の人道的正義觀—膃肭臍慘殺に及ぶ
          一七八
        • 韓國皇帝より我が皇室に親書捧呈
          一八〇
        • 米國星條旗—更に一星を加ふ
          一八一
        • 世界第一の巨艦
          一八二
        • 亡命客孫逸仙の南淸暴動談
          一八四
        • 南米智利又々強震
          一八八
    • 明治四十年
      • 一月
        • 新元素ラヂウム發見
          一九四
        • 印度の排英運動
          一九五
        • 潜航艇噸數增大—佛國で八百噸艇建造
          一九六
        • 韓國皇太子妃入内妃殿下は十三歳
          二〇六
      • 二月
        • 布哇の火山マウナロア大噴火
          二一七
        • 日本淸酒課税問題—米國巡囘裁判所判事痛快な判決を下す
          二二一
      • 三月
        • メンデレーフ歿す
          二二五
        • 出獄した露探コリンス淸國革命に暗躍
          二二八
        • 在米日本兒童就學問題緩和
          二三〇
      • 四月
        • 露國愈々危殆
          二四九
      • 六月
        • 萬國平和會議海牙に開會
          二七四
        • 大日本製糖會社大里製糖を併合か
          二七七
      • 七月
        • 大井川鐵橋破壊—東海道筋大洪水
          二八七
      • 八月
        • 西太后退隱
          二九七
        • 歐亞兩大陸同盟ばやり
          二九九
        • 淸國の立憲大會議
          二九九
        • 佛國八時間勞働法
          三〇一
        • 米國東洋事務局を設置
          三〇二
        • 汽車の元祖生存—自ら昔を語る
          三〇四
        • 米國大統領のトラスト征伐—株式界は慘落
          三〇六
      • 九月
        • 北京政界の變
          三一〇
        • 滿洲八旗兵撤廢問題
          三一八
        • 英露協約内容
          三二〇
      • 十月
        • 電送寫眞成功
          三二四
        • 比島賣却説出づ
          三二五
        • 紐育の財界全く暗黑化す
          三三一
        • 浦鹽に革命起る
          三三五
      • 十一月
        • 英蘭銀行一週間に三囘利上を敢行し、財界恐慌世界的に擴大
          三四〇
        • 間島の廣表
          三四二
      • 十二月
        • 英國理學大家ケルビン逝く
          三五〇
    • 明治四十一年
      • 一月
        • 明治四十年世界の大勢
          三五七
        • 孫逸仙再擧の噂
          三六一
        • 東部西伯利亞併呑五十年紀
          三六六
        • 英國勞働黨大會
          三七三
        • 紐育恐慌再發の兆
          三七四
      • 二月
        • 葡萄國王兇變
          三七九
        • 葡萄新帝踐祚
          三七九
        • 孫文の革命軍頻りに活躍
          三九〇
      • 三月
        • 間島問題紛糾
          三九二
        • 革命黨首領孫逸仙の所在
          四〇一
      • 五月
        • 南淸の革命黨活動
          四二五
      • 六月
        • ゾラ改葬式場の椿事
          四三五
        • 淸國の憲政運動
          四四三
      • 八月
        • 獨逸に出來る氣球會社
          四五八
        • ツエツペリン伯の飛行成功
          四五九
        • 廣東暴風雨死者五萬人
          四六二
        • 布哇の大軍港
          四六四
        • 支那では九年後に國會開設確定
          四六八
      • 九月
        • 韓國の富力ザツと廿五億圓
          四七九
      • 十一月
        • 米國新大統領タフト當選す
          四九四
        • 淸國皇帝崩御—皇儲册立
          四九八
        • 淸國先帝の遺勅
          四九九
        • 光緒皇帝登遐—溥儀皇位繼承
          四九九
        • 西太后崩御、皇后御自殺—淸國宮廷暗雲に包まる
          四九九
        • 西太后遺旨
          四九九
        • カイゼル口幅たし—日本にも同病者あり
          五〇〇
        • 淸帝崩御と革命黨
          五〇〇
        • 淸帝系譜
          五〇〇
        • 淸國宮廷の異變に浮説頻々—袁世凱毒殺説まで傳はる
          五〇一
        • 淸帝は毒殺か—怨嗟の中心李蓮英
          五〇一
        • 北京政局の今後—犬養毅語る
          五〇一
        • 淸國現在の大官
          五〇二
        • 孫逸仙動く—入洛説に當局警戒
          五〇二
        • 袁世凱在り矣—張之洞病む
          五〇三
        • 浦鹽閉鎖決定
          五〇六
      • 十二月
        • 濠洲聨邦首府決定
          五二三
        • 淸國皇帝兇變の眞相
          五二九
        • 伊太利大震—死者十萬人
          五三一


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