Mission and Combat Reports of the 5th Fighter Command, 1942-1945

資料群名(日本語)
米第5航空軍第5飛行師団任務・戦闘報告書
請求記号
MCR-1
資料形態
マイクロフィルム
数量
9巻 
主言語
英語
主な内容
  • 第5飛行団隷下の各飛行戦隊の番号順及び各飛行戦隊の航空戦の任務番号順に整理された部隊戦闘報告書(天候、日時・飛行経路、任務名、敵機との遭遇戦、任務に参加した航空機数)
  • 第36、第39、第80、第431、第432飛行戦隊のすべての飛行任務の報告書(日付、航空機数、出発及び帰還日、任務名、気候条件)、第80飛行戦隊作戦命令
  • 飛行戦隊の番号順及び各飛行師団の任務番号順に整理された個々の戦闘報告、第431飛行戦隊によって撃墜された敵機の公式の認定要求書
歴史
1942年4月マッカーサーは、連合国南西太平洋地域(軍)隷下にオーストラリア空軍の飛行戦隊、若干のオランダ東インド軍の飛行戦隊、フィリピンに置かれていた元の米極東空軍(Far East Air Force)の残存部隊で構成される連合国空軍(Allied Air Force)を創設した。同年9月3日、米極東空軍は、司令官ケニー少将(George C. Kenney)の下にブリスベーンで第5航空軍(5th Air Force)に再編された。1944年6月15日には米極東陸軍隷下に、第5航空軍と同日に南太平洋地域から南西太平洋地域に編入された第13航空軍から成る米極東空軍(United States Far East Air Forces)が設置された。第5航空軍は、ニューギニア、フィリピン、沖縄での戦闘に従事し、日本占領にも参加した。駐屯地は1942.9.3ブリスベーン、1944.7.15ナドザブ(ニューギニア)、1944.8.10オウィ(スハウテン諸島 オーストラリア)、1944.11.30頃レイテ、1945.1ミンドロ、1945.4クラーク飛行場(ルソン)、1945.7沖縄、1945.9.25頃 入間川、1946.1.13東京、1946.5.20名古屋。
第5飛行団(V Fighter Command)は、1942年10月から11月にかけて米本土から南西太平洋地域に移駐し、第5航空軍の隷下に入った。駐屯地は、1942.11オーストラリア、1942.12ポート・モレスビー、1944.12ナドザブ(ニューギニア)、1944.7オウィ(スハウテン諸島 オーストラリア)、1944.11レイテ、1945.1ミンドロ、1945.3クラーク飛行場(ルソン)、1945.8沖縄、1945.10-1946.5.30福岡、1946.5.30動員解除。
駐屯地は、Hyper War: a hypertext history of the Second World War のサイト外部サイトへのリンクに掲載されている Air Force Combat Units of World War Ⅱ による。なお、第5飛行団隷下の各飛行戦隊(Fighter Squardon)については、同サイト掲載の Combat Squadrons of the Air Force, World War Ⅱ を参照。
原所蔵機関
米国国立公文書館(RG18)
受入
このマイクロフィルムは、米国国立公文書館(NARA)から市販されている(NARA Microfilm Publication Number: M1065)。当館では1987年度に購入した。
検索手段
マイクロフィルム付属の目録(憲政資料室内備付冊子目録)
※米国国立公文書館のサイトのマイクロフィルムのカタログに目録のPDF版が掲載されている(米国国立公文書館のサイトのトップページ外部サイトへのリンク から Research Our Records >Other Online Research Tools >Microfilm Catalogへ入り、Search & Browse NARA's Microfilm Catalogを「M1065」で検索)