日満経済統制方策要綱

昭和9年3月30日 閣議決定

収載資料:現代史資料 7 小林竜夫・島田俊彦編 みすず書房 1964 pp.593-597 当館請求記号:210.7-G29

第一 統制方針
日満経済の進展に付ては満洲国をして帝国と不可分関係を有する独立国家として進歩発展せしむる根本方針に基き両国の共存共栄を精神とし両国国民生活を安定向上せしむると共に帝国の対世界的経済力発展の根基を確立し併せて満洲国の経済力を強化するを目的とし概ね左の方針に依り日満経済統制方策を樹立するものとす
一 日満経済を特に一組織体として合理的に融合するを目標とし両国の資源賦存の状況、既存産業の状態乃至国民経済の発達の情勢を較量し適地適応主義に則ること
二 日満両国の国民全体の利益を基調とし現下経済上の弊害を是正すること
三 国際情勢に適応する様平時及非常時に通ずる日満両国の組織的経済の確立を期すること
第二 一般統制要綱
一 満洲に於ける交通、通信其の他の事業にして帝国国防上の要求に制約せらるるものは之を帝国の実権下に置き適当なる統制を加へて速に其の発達を期す
二 前号の範囲に属せざる満洲の事業に付ては概ね満洲国の行政の下に於て内外人の公正自由なる経済活動に依らしむるも日満経済運営上特に重要なる基礎的事項に付ては適宜統制の措置を加へ、以て其の秩序的発達を期す
三 満洲に於ける金融に関しては適当なる統制の下に日満両国の金融組織の間に円滑なる調和を保たしめ且我国資本と満洲資源との間に有効適切なる連絡を具現するものとす、尚日満経済統制の方針を害せざる範囲に於て適当なる第三国の投資を誘致す
四 満洲に於ける産業の発達上必要なる技術又は労力を供給する為一定の統制の下に成るべく多数の邦人を満洲に移植す
五 日満両国は特に其の外国の供給に依存する資源の保育に力を致すと共に相互に他方の確実且良好なる市場たらしむるに努め且同種生産物の対第三国輸出に付ては両国当業者間に極力無用の競争を避けしむ尚日満両国の東洋に於ける隣接地域特に支那に対する貿易の振興を図りて此等相互間の経済的結合に資せしむ
六 本方策要綱の実施に付ては各庁協力最善の措置を講ずべきは勿論にして其の満洲国経済政策としての具現に至つては主として在満帝国機関の内面的指導に俟つべきものとす
第三 統制方法
満洲に於ける経済の我国経済との不可分関係を深厚ならしむるを主旨とすると共に門戸開放機会均等の原則に顧み各種事業の性質、態様乃至其の統制を必要とする事由等に応じ適当なる行政的乃至資本的統制の措置を講ずるものとす、其の概要左の如し
一 左に掲ぐる種類の事業に付ては原則として満洲に於て当該事業に付支配的地位を有する特殊の会社をして経営せしめ直接又は間接に帝国政府の特別なる保護監督を受けしむ、此の主旨に於て適当なる統制を加ふるも右会社にして未だ設立せられざるものの国籍は概して満洲国に属せしむるものとす
1 交通及通信に関する主要事項
2 鉄鋼業
3 軽金属工業
4 石油業
5 代用液体燃料工業
6 自動車工業
7 兵器工業
8 鉛、亜鉛、ニツケル、石綿等の原鉱採掘業
9 石炭礦業
10 硫安工業
11 ソーダ工業
12 採金事業
13 電気事業
14 伐木事業
二 左に掲ぐる種類の事業に付ては努めて奨励助長の主旨に於て適当なる行政的乃至資本的統制の措置を講ず
1 製塩業
2 パルプ工業
3 綿花栽培
4 緬羊飼育
5 製粉工業
6 油脂工業
7 製麻工業
三 左に掲ぐる種類の事業に付ては特に我国産業の実状に顧み制限的主旨に於て行政的統制の措置を講ず
1 繊維工業
2 米栽培
3 養蚕
4 汽船トロール漁業
5 機船底網漁業
四 前三号の範囲に属せざる満洲の事業に付ては郵便事業の国営、塩、阿片其の他の専売等を除くの外主として自然の発達に委するも我国重要輸出品産業に付従前の関税踏襲等の為反面的に生ぜる生産条件の不公正の如きは出来得る限り速に之が改正を期し其の改正実現に至る迄は努めて適当なる中間的措置を講ず
五 満洲国の輸入税にして特に我国に於て維持又は発達せしむるを適当とする産業に関するものは同国の財政に及ぼすべき影響を考慮の上成るべく速に適正なる調整を行ふ、之が為必要あるときは日満貿易に障害なき品目に付其の輸入税を引上ぐるも妨なきものとす
満洲国の輸出税は同国財攻の許す限り速に之を廃止す
六 我国の輸入税に付ても満洲国の輸入税と同様の主旨に基き之が調整を行ふ尤も農産物の輸入に付ては我国農家経済の実情を考慮す
七 日満共同国防の為必要なる物品に付ては其の日満両国間の移動を容易ならしむる為適当なる措置を講ず
第四 事業別統制要綱
事業別統制の具体的方策は更に審義を進め急速に之を樹立すべきも其の統制要綱概ね左の如し
一 交通及通信業関係
満洲の交通及通信業特に国内及日満両国間の交通及通信施設を整備拡充し且其の運営を合理的ならしむることは国防乃至治安維持上最も重要なるは勿論満洲の経済開発乃至日満経済統制上最喫緊事なり、特に鉄道及船舶の運賃を一層適正ならしむるに付格別の努力を致すものとす
二 工鉱業関係
イ 鉄鋼業
我国内斯業と密接に連繋協調しつつ其の急速なる発達を期す
ロ 軽金属工業
我国内既定計画と連繋の上其の急速なる発達を期す
ハ 石油業
其の急速なる発達を期す
ニ 代用液体燃料工業
右に同じ
ホ 自動車工業
我国内斯業と密接に連繋協調しつつ其の急速なる発達を期す
ヘ 兵器工業
其の急速なる発達を期す
ト 鉛、亜鉛、ニツケル、石綿等の原鉱採掘業
右に同じ
チ 石炭礦業
日満両国の石炭礦業の緊密なる統制を図り両国需給の円滑を期し以て石炭の各種産業に対する使命の適切なる達成に資すると共に満洲炭の第三国輸出を増大するの主旨を以て之が開発を行ふ
リ 硫安工業
日満両国に於ける農業上の要求及我国内斯業の発達状態を考慮し其の急速なる発達を期す
ヌ ソーダ工業
国防上の要求及我国内斯業の発達状態を考慮し其の急速なる発達を期す
ル 採金事業
其の急速なる発達を期す
ヲ 電気事業
其の発達を促進す
ワ 製塩業
其の急速なる発達を期す
カ パルプ工業
其の発達を促進す
ヨ 繊維工業
現状を維持す
タ 製粉工業
其の発達を促進す
レ 油脂工業
右に同じ
ソ 製麻工業
右に同じ
ツ 製紙工業
我国内斯業の発達状態を考慮し其の発達を促進す
ネ セメント工業
右に同じ
三 農業関係
イ 棉花栽培
其の急速なる発達を期し計画的に改良増殖を図る
ロ 小麦栽培
我国内の需給状態を考慮し其の計画的改良増殖に付特に力を用ふ
ハ 米栽培
我国内の需給状態を考慮し其の生産を統制す
ニ 養蚕
我国内の斯業に対する影響を考慮し其の生産を統制す
(備考)
一 満洲国に於て積極的に改良増殖を図るべき農産物概ね左の如し
1 煙草
2 麻類
3 落花生及麻等の油料種実類
4 ホツプ
5 ルーサン
二 満洲国に於て品種改良に主力を注ぎ増殖は自然的の発達に委すべき農産物概ね左の如し
1 大豆
2 高梁
3 玉蜀黍
4 陸稲
5 大麦
6 喬麦
7 黍
8 稗
9 人参
10 果樹疏菜
11 柞蚕
12 粟
四 畜産関係
イ 緬羊飼育
其の急速なる発達を期し計画的に改良増殖を図る
ロ 馬飼育
特に国防上の要望を考慮し其の計画的改良増殖に付力を用ふ
ハ 牛飼育
其の改良増殖を促進す
ニ 豚飼育
右に同じ
五 林業関係
満洲の森林開発は濫伐を抑制し保護撫育に努め、更新方法を講ずる等合理的経営に依り林利の保続を全うし治水及国土保安に資すると共に日満両国に於ける木材及パルプ原料としての需要に応ぜしむ
六 水産業関係
我国の水産政策に順応して満洲水産資源の保護増殖に努め以て其の恒久的利用を図る、之が為満洲国は汽船トロール漁業及機船底曳網漁業の奨励を為さざるものとす