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第9回本の万華鏡 江戸の花見~花爛漫~ 第1章

2012年3月22日
リサーチ・ナビ本の万華鏡第9回 江戸の花見~花爛漫~>第1章

第1章 花見の名所

 

  現代でも、有名なお花見スポットは日本各地にありますが、江戸時代の人々も名所へと花見に繰り出しました。第1章では、江戸および江戸近郊にある桜の花見の名所を、当館所蔵の錦絵とともに紹介します。錦絵の画像は当館ホームページの「国立国会図書館デジタルコレクション」で公開しており、リンクをはっています。章の末尾には、各名所の位置を示した現在の東京の概略図を掲載しています。 

 

上野

  江戸時代には、「名所図会」など、名所を紹介するガイドブックの役割を果たす書物が多数出版されました。大都会である江戸に名所はたくさんありましたが、とりわけ外せないのが上野でした。現代でも、上野は大変な人でにぎわいますが、江戸時代でも随一の人気を誇っていました。

1) 東都花暦 上野清水之桜 (東都花暦十景 / 渓斎 : 越長 【寄別2-9-1-8】[国立国会図書館デジタルコレクション])

上野清水之桜.jpg

  上野が花見の名所になったのは、徳川家の菩提寺である寛永寺の境内に、徳川家光が吉野を模して桜を植樹させたのが始まりです。江戸の中心部からも近く、多くの人々が花見に訪れました。しかし、楽器を打ち鳴らしながら飲めや食えやの大騒ぎが問題になり、花見が禁止されたこともありました。

 

2) 東都上野花見之図・清水堂 (花見の図 / 広重 : 佐野喜 【寄別2-1-1-4】[国立国会図書館デジタルコレクション])

 

東都上野花見之図・清水堂.jpeg

 

浅草

  「花の雲 鐘は上野か 浅草か」

  松尾芭蕉にそう詠まれたように、浅草は上野に並ぶ花見の名所でした。

3) 浅草金竜山奥山花屋敷 (風俗吾妻錦絵 / 広重, 嘉永6(1853) 【寄別1-9-1-2】)

浅草金竜寺奥山花屋敷.jpg

 

  上野の寛永寺は徳川家の菩提寺であったため、暮六つ(午後六時頃)の鐘とともに山門が閉ざされ、見物人は追い出され、夜桜は禁止されていましたが、浅草など他の名所では、このように夜桜も楽しめました。

 

4)浅草寺桜奉納花盛ノ図(風俗吾妻錦絵 / 豊国 : ト山口, 安政4(1854) 【寄別1-9-1-2】[国立国会図書館デジタルコレクション])

 

 

浅草寺桜奉納花盛ノ図.jpg

 

御殿山

  現在の東京都品川区北品川にあった御殿山は、徳川吉宗の時代、花見の名所として整備されました。海を行きかう船が見え、芝の増上寺の鐘が聴こえる、江戸の中心部からも近い立地にありながら、雄大な景色を楽しむことができ、大いににぎわいました。しかし、ペリーが来航した際、幕府は砲台を築くために御殿山を切り崩し、その後の開発などで、残念ながら花見の名所は縮小されました。

5) 東都名所 ・御殿山花見(品川全図)・(御殿山花見)品川全図 (広重東都名所 / 一立斎広重 : 蔦屋吉蔵 【寄別1-9-2-8】 [国立国会図書館デジタルコレクション])

東都名所御殿山花見(合)

 

6) 江戸むらさき名所源氏御殿山花見 見立花の宴 (江戸紫名所源氏 / 広重 【寄別7-1-2-2】[国立国会図書館デジタルコレクション])

江戸むらさき名所源氏御殿山花見

  これから宴が始まるのでしょうか?女性が花見重箱を開いている様子がわかります。

 

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隅田川堤

  もともと隅田川沿いの桜は徳川家綱のころから植えられていましたが、隅田川東岸の向島から千住まで一里(約4キロメートル) にわたり、徳川吉宗が桜を増植させ、花見の名所となりました。

7) 江都名所 隅田川はな盛 (三都名所図会 / 広重 【寄別1-9-1-6】 [国立国会図書館デジタルコレクション])

隅田川

 

8) 花見帰隅田の渡し / 英泉, 渓斎英泉 : 川口宇兵衛 【寄別7-2-1-3】 [国立国会図書館デジタルコレクション]

花見帰墨田の渡し.jpeg

  隅田川東岸への行き帰りは、このように渡し船で隅田川を渡りました。花街である新吉原が近いため、芸者衆をつれた華やかな花見も見られました。

 

飛鳥山

  現在の東京都北区飛鳥山公園にあたるこの地は、徳川吉宗が桜を数千株植樹させ、花見の名所としました。これまで紹介した名所よりも江戸の中心部から遠方でしたが、「足立郡の広地、眼下に見えて、(中略)佳景云ばかりなし」(該当箇所)と『江戸遊覧花暦 4巻』(岡山鳥著 ; 長谷川雪旦画 天保8(1837)【特1-1952】[国立国会図書館デジタルコレクション]) にあり、この錦絵にあるような素晴らしい景色が見られたようです。

9) 名所江戸百景 飛鳥山北の眺望 (江戸百景 / 広重 : 魚栄, 安政3(1856) 【寄別1-8-2-1】 [国立国会図書館デジタルコレクション])

飛鳥山北の眺望

  北に見える山は、2つの山頂を持つ双耳峰である筑波山です。第3章9)江戸名所飛鳥山花見之図にあるように、西には富士山も見えました。

 

  飛鳥山の花見では「土器(かわらけ)投げ」という遊びが流行しました。飛鳥山の崖の上から素焼きの小皿を投げるという、単純な、スポーツに近い遊びでした。人口過密都市に住む江戸の人々は、広々とした飛鳥山でのびのびと遊び、日頃のストレスを解消していたようです。

10) 江戸自慢三十六興 飛鳥山投土器 (書画五十三次 / 広重, 豊国 : 平のや 【寄別7-7-1-4】[国立国会図書館デジタルコレクション])

飛鳥山投土器


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新吉原

  現在の東京都台東区千束にあたる新吉原は、目抜き通りに普段は植えられていない桜を移植し、散ると撤去するという、人工的な期間限定の花見の名所でした。『江戸遊覧花暦 4巻』(【特1-1952】[国立国会図書館デジタルコレクション]) には、「葉桜になりても人なほ群集す。」(該当箇所)とあり、人気を集めていた様子がうかがえます。

11) 東都名所 新吉原五丁町弥生花盛全図 (広重東都名所 / 一立斎広重 : 蔦屋吉蔵 【寄別1-9-2-8】[国立国会図書館デジタルコレクション])

東都名所新吉原全図(合)

 

  満開の夜桜が行灯に照らされ、その中を花魁道中が練り歩く、吉原ならではの幻想的で非日常的な光景を、江戸の人々は楽しんだようです。

12) 吉原仲之町(東都三十六景 / 広重 : 相卜 【寄別1-9-1-9】 [国立国会図書館デジタルコレクション])

吉原仲之町

 

小金井

  徳川吉宗による新田開発の際、新田を管理していた川崎平右衛門らが小金井橋を中心とする玉川上水両岸約6kmに桜を植樹し、花見の名所となりました。江戸の中心部からは七里半ほど(約30キロメートル)と徒歩では遠いため、日帰りではなく、宿泊をして楽しむ花見でした。

13) 武蔵小金井 (富士三十六景 / 広重, 安政5(1858) 【寄別1-9-1-1】 [国立国会図書館デジタルコレクション])

14) 東都小金井さくら (三十六花撰 / 立祥 【寄別2-7-1-7】 [国立国会図書館デジタルコレクション])

  左の絵(13)が広重一世によるもので、右の絵(14)が広重二世(立祥)によるものです。絵の左手前には大きく桜の木が描かれ、奥には富士山という構図は同じですが、広重一世の絵では、木にあいた穴から富士山を覗くという斬新な構図となっています。

東都小金井桜.jpeg武蔵小金井.jpeg

 

15) 江戸近郊八景之内 小金井橋夕照 (江戸近郊八景 / 広重 【WA33-5】 [国立国会図書館デジタルコレクション]) (国立国会図書館デジタルコレクションのページに詳細な解題と翻刻があります。)

小金井橋夕照.jpeg

 

参考 

  本章で紹介した花見の名所を、現在の東京の概略図でその位置を示しました。おおよその位置関係を知る手掛かりとして、ご覧ください。
  なお、電子展示会「写真の中の明治・大正」には明治以降の各名所の写真も掲載されています。

江戸概略地図.JPG

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