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第4回本の万華鏡 ベストセラーの歩み ―つくる側の視点から― 第3章

2010年4月21日
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第3章 メディアミックス時代のベストセラー ―話題性を求めて―

目次

 1970年代に入ると、ベストセラーを「つくる側」の手法には大きな変化が生じました。テレビなどが発達した文化状況に対応して、出版側が主体となってメディアミックスなどを仕掛ける戦略が採用されました。内容的にも、予言本やタレント本など話題性を重視し、センセーショナリズムの色が濃いベストセラーが目立つようになりました。ベストセラーにおける「つくる側」の戦略的要素は以前から存在していましたが、この時期以降いっそう強まったと言えます。また、100万部を超えるベストセラー(いわゆるミリオンセラー)が多く生まれるようになったことも特徴的な現象です。

 1980年代にも同様のベストセラー状況は続き、90年代初頭のバブル経済崩壊後も、しばらくの間出版界は活況を維持します。しかし90年代後半以降は、インターネットや携帯電話の発達といった時代状況を背景に、出版業界にも長期不況の波が押し寄せました。その結果、ベストセラーを生み出す戦略も再び見直しを迫られています。

 

第1節 1970年代~80年代のベストセラー ―角川書店の戦略、タレント本―

 

 1971年のドルショック、1973年の第一次オイルショック前後から、出版業界の販売戦略に新たな動きが出てきました。たとえば、それまで文庫市場は岩波・新潮・角川の寡占状態でしたが、講談社文庫(1971年)、中公文庫(1973年)、文春文庫(1974年)などが新規創刊され、各出版社間での競争が熾烈化します。そんな中、1975年に角川書店社長となった角川春樹は、映画と文庫本とのメディアミックス戦略によってベストセラーを誕生させ、出版業界に大きな影響を及ぼしました。そして80年代に入ると、タレントや野球選手などの有名人による著作がベストセラーとなる現象も目立つようになりますが、その背景にはしばしば、「仕掛人」と呼ばれる編集者たちの戦略がありました。


1.ベストセラーの構造 / 中島梓著 東京 : 講談社, 1983.12【UG11-77】

表紙

中島梓(小)

 「栗本薫」名義でファンタジー作家としても活躍した著者による、80年代のベストセラー状況についての評論です。高等教育の一般化・マスコミの発達・知識人の地位低下という状況を背景に、時流に敏感な新しい「知的中流階級」が形成され、その層をターゲットとしたベストセラーが出現するようになったことを論じています。中島は、この「知的中流階級」について、「いちばん恐るべきであるのは、こうしてミリオンセラーの構造をにないながら、当の中流階級たちは、自分たちがマスコミによって「次に何を買うか」を指示されている、とは毛ほども疑っていないことだ」(33頁)と批判的に評価しています。

 

 

 

 

2.犬神家の一族 / 横溝正史著 東京 : 角川書店,1972【Y81-8672】
3.[広告] (野性時代 3(11) 1976.11 p.335 【Z23-292】)

 『野性時代』に掲載された
広告(イラスト:杉本一文)

犬神家の一族

 1972年に角川文庫に収録されていた推理小説『犬神家の一族』は、角川春樹事務所によって1976年10月に映画化され、積極的な宣伝によりベストセラーとなりました。その売り上げは「180万部」(『出版年鑑』1977年版、61頁【UP3-4】)に達しました。小説の内容は、犬神財閥の創始者・犬神佐兵衛の死後その周囲で発生した殺人事件を、探偵・金田一耕助が解決していくというもの。
 広告は、角川書店発行の文芸誌『野性時代』に、映画公開に合わせて掲載された自社広告です。「出版界空前の大ベストセラー!!」「話題沸騰の角川映画いよいよクランク・アップ!」といった宣伝文が掲載されており、出版社側の、文庫と映画をあわせてヒットさせようとする意気込みを感じ取ることができます。

 

 

 

 

4.窓ぎわのトットちゃん / 黒柳徹子著 東京 : 講談社,1981.3【KH297-552】

 テレビ番組「徹子の部屋」司会者として知られる著者による自伝。講談社の雑誌『若い女性』(【Z6-358】)に1979年2月~1980年12月まで連載された内容をまとめたものです。主人公である「トットちゃん」(著者の子ども時代の愛称)は、変わった行動のために小学校を退学になってしまい、「トモエ学園」に転校します。そこでは、初対面の校長先生がトットちゃんの話を4時間も聞いてくれるなど、子どもたちの個性を尊重する教育が行われていました。第二次世界大戦でトモエ学園が焼けてしまうまでの学校生活を生き生きと描き、大ベストセラーとなりました。その販売部数は、1982年末までに「発売以来550万部」(『出版年鑑』1983年版、46頁)に達しました。

 

5.プロ野球を10倍楽しく見る方法 : 抱腹絶倒! / 江本孟紀著  東京 : ベストセラーズ,1982.5【Y77-5228】

 1971年~1981年にかけて、東映フライヤーズ・南海ホークス・阪神タイガースで投手として活躍した著者による、プロ野球界の内幕本です。グラウンドにおける選手の心理状態から私生活上のエピソードまで、プロ野球選手たちの生の姿が硬軟取り混ぜて描き出されており、1982年末までに「220万部」(『出版年鑑』1983年版、46頁【UP3-4】)を売り上げました。まもなく続編も出版されています。王貞治氏・長嶋茂雄氏を始め、著者と同時期に現役として活躍した有名選手たちも実名で登場します。
 特に、「4-熱投編 ピッチャーの真相心理学」には、「一試合完投すると、日によっては体重が一・五キロほども減ってしまう」(156頁)・「ピッチャーは、おなじ仲間つまりピッチャーに打たれることを嫌がる」(174頁)など、投手であった著者ならではの興味深い体験談が多く収録されています。

 

6.一九八二年ベストセラーの仕掛人たち(大図書館) (文芸春秋 61(1) 1983.01 p.268-271【Z23-10】)

文藝春秋(小)

 1982年にベストセラーとなった、『窓ぎわのトットちゃん』『プロ野球を10倍楽しく見る方法』および『日本国憲法』(小学館【AZ-213-280】)の3冊について、その「仕掛人」とされる担当編集者に取材した裏話が掲載されています(記事中の売り上げデータは、掲載時点のもの)。『窓ぎわのトットちゃん』について、編集者は「自分のあずかり知らぬ力が働いた、といいたげ」(268頁)だったといいます。一方、『プロ野球を10倍楽しく見る方法』には「れっきとした仕掛人がいる」とされ、担当編集者は「日本には、これだけプロ野球ファンが多いのに、野球ものの超ベストセラーがなかった」ことから「つくり方しだいでは売れないはずがない、と網を張っていた」(269頁)。ベストセラーが生み出される背景・戦略は一様ではないことを示唆しています。

 

 

 

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第2節 ベストセラーの現在 ―出版不況とインターネット時代を背景に―

 バブル崩壊後も好調を続けたかに見えた出版業界にも、1997年に出版物総販売額が減少に転じた頃から、長期不況の波が押し寄せました。背景には、インターネットや携帯電話の発達といった要因があるとしばしば論じられます。そうした中でも、90年代末には草思社や幻冬舎のベストセラー戦略が、ビジネス専門誌にも取り上げられるほどの話題となりました。また2000年代には、インターネットの匿名掲示板が発信源となったベストセラー『電車男』がドラマ化・映画化されるなど、ネット時代に即応した新しい形での出版戦略も生まれています。

 

7.経営戦略 大手出版社の低迷尻目にベストセラー連発 草思社と幻冬舎,不況下に光る商品開発 (日経ビジネス 969号 1998.12.07  p.51-54【Z4-260】)

ビジネス専門誌の立場から、『他人をほめる人、けなす人』などを出版した草思社と、『ダディ』などを出版した幻冬舎に焦点を当て、出版不況の中でもベストセラーを連発し存在感を発揮していた秘訣を、出版業界以外にも応用可能な事例として紹介しています。本記事では、草思社についてはベストセラーを生み出した編集者への報酬制度、幻冬舎については作家との信頼関係づくりが強調されています。
 しかし、このうち草思社は、21世紀を迎えると出版不況のあおりを受け、思うようにベストセラーに恵まれず、2008年1月9日に民事再生法の適用を申請するに至りました。戦略的にベストセラーを生み出し続けることの難しさを示しています。

 

8.他人をほめる人、けなす人 / フランチェスコ・アルベローニ著 ; 大久保昭男訳 東京 : 草思社, 1997.10【US51-G1039】

標題紙

草思社(小)

 著者はイタリアの社会学者で、原題はL'ottimismo(オプティミズム)。人間関係の様々な場面を想定し、賢明な生き方をする人とそうでない人とを対比的に論じたエッセイで、ミリオンセラーとなりました(『出版年鑑』1999年版第1巻、34頁【Z45-22】)。前者の例として「報いを求めない人」(216頁)、後者の例として「自分の弱さを利用する人」(39頁)などが挙げられています。
 草思社は、販売戦略の一環として、書籍のタイトル決定に編集部門だけでなく営業部門も参加するシステムを採用していました(参考文献『だれが「本」を殺すのか. 上巻』298頁)。本書の日本語タイトルも、原題とは異なるものの、内容に即した判りやすいものとなっています。

 

 

9.ダディ / 郷ひろみ著 東京 : 幻冬舎, 1998.5【KD841-G1275】

 歌手の郷ひろみが、自らと妻との出会い、結婚から別れに至る過程を執筆した作品。実際の離婚手続きに時期を合わせて出版されたため、テレビやスポーツ新聞で広く報道され、短期間にミリオンセラーとなりました(『出版年鑑』1999年版第1巻、34頁【Z45-22】)。
 著者は最終章で、「ダディがこうして本を書くことを決意したのは、言葉では言い尽くせないほどマミィのことを愛していたし、語り尽くせないほどのたくさんの出来事があって、現在にいたったということを伝えたかったからだ」(282頁)と娘たちに呼びかけています。

 

10.幻冬舎から『ダディ』が発売されるまで (特集 話題の出版社の"気になる行方") / 見城徹 (創 28(6) 1998.6 p.94-102【Z23-208】)

ダディ(小)

 角川書店から独立して幻冬舎社長となり、『ダディ』の出版を仕掛けた見城徹による手記。『ダディ』の取次搬入日・発売日を、郷夫妻の離婚届提出日である1998年4月9日に合わせ、かつ事前に情報が漏れないよう入念に工夫したことなど、関係者にしか知りえないエピソードが記されています。秘密保持への配慮は、校正も外注せず社員に行わせるなど徹底したものでした。見城は、「離婚届けが出される日にその経緯が書いてある本って今までなかったと思うんです」(101頁)と、その戦略の独自性を強調しています。

 

 

 

 

11.電車男 / 中野独人著 東京 : 新潮社, 2004.10【KH418-H119】

 2004年3月、匿名掲示板「2ちゃんねる」の「独身男性板」に、オタク青年による、電車内で助けた女性との恋愛相談が書き込まれました。本書は、その恋愛が成就するまでの約2ヶ月間掲示板に書き込まれた、本人(のちに「電車男」というハンドル名を使用)による経過報告や参加者によるアドバイス・応援メッセージなどを1冊にまとめたものです。
 発売前から、掲示板の内容がブログや雑誌などで話題となっていたこともあり、売り上げは「100万部を突破」(『出版年鑑』平成18年版第1巻、43頁【UP3-H25】)しました。なお著者名については、「中野独人とは、「インターネットの掲示板に集う独身の人たち」という意味の仮空[ママ]の名前です」(奥付頁)と記されています。
 参考文献『売れる本のつくりかた』によれば、担当編集者は「2ちゃんねる」の該当スレッドを編集長から紹介され、会社のパソコンで3時間半かけて読んだ後「これは本になると思った」(46頁)ため、出版を提案したとのことです。

 

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コラムロゴコラム 芥川賞とベストセラー

 

 ベストセラーとなった文学作品の中には、芥川賞の受賞がマスメディアで取り上げられたことをきっかけに「売れた」ものも存在します。

 文藝春秋社社長として芥川賞・直木賞を創設した菊池寛が「むろん芥川賞、直木賞などは、半分は雑誌の宣伝にやってゐるのだ。そのことは最初から声明してゐる」(『文藝春秋』1935.10 226頁)と明言しているように、芥川賞が宣伝的な機能を持つことは早くから認識されていました。しかし、芥川賞受賞作がマスコミでクローズアップされ、ベストセラーとなった草分け的な事例としては
・太陽の季節 / 石原慎太郎著  東京 : 新潮社, 1956【913.6-I571t】
が挙げられます。この作品は1955年に第34回芥川賞を受賞し、若者文化を赤裸々に描いた内容が反響を呼びました。"太陽族"という流行語を生んだことでも有名です。

 また、1976年に第75回芥川賞を受賞した
・限りなく透明に近いブルー / 村上龍著  東京 : 講談社, 1976【KH384-110】

も、「若者たちのスキャンダラスな青春」(参考文献『ベストセラーの光と闇』224頁)を活写し、受賞の報道をきっかけとして、1976年末までに「130万部を発行」(『出版年鑑』1977年版、54頁【UP3-4】)するに至りました。


 21世紀に入ってからでは、
・蹴りたい背中 / 綿矢りさ著  東京: 河出書房新社, 2003.8【KH692-H88】
・蛇にピアス / 金原ひとみ著  東京: 集英社, 2004.1【KH248-H109】

は、2004年に第130回芥川賞を同時受賞し、それぞれ19歳・20歳の著者による作品として話題となりました。特に、史上最年少受賞となった『蹴りたい背中』は、「130万部」(『出版年鑑』平成17年版第1巻、30頁【UP3-H23】)を超えるミリオンセラーとなっています。

 

芥川賞受賞者一覧 (文藝春秋社ホームページ)外部サイトへのリンク


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